第三話 明野と毒サソリ
天堂は先崎の任務遂行の前に邪魔になる『毒サソリ』の処分に出向いた。
先崎は四国の徳島空港に着いた。そこで待っていたのは青柳だった。
「お久し振りです。青柳さん」
「よう、先崎。お前随分活躍してるそうじゃないか」
「そんな事ありませんよ」
「で、どうなんだ。『暗玉』が関係してると思うか」
「そうですね、まだ100%の確信はありませんが、その可能性は高いんではないかと思ってます」
「そうか、お前がそう言うのならそうなんだろう」
青柳も先崎の勘は認めていた。
「で、これからどうします」
「そうだな。まずは麻薬の現状を調べて、それからだな」
「わかりました」
先崎と青柳は例の麻薬が流行り始めたと言う町に行ってみた。そこは徳島県の阿波池田と言う小さな町だった。
こんな小さな町で麻薬を捌いても幾らにもならないだろうと思われた。では一体何の為に。
青柳の手の者に調べさせた所、やはりここでも運動選手やその方面に能力を持っている者達が被害に合ってる様だった。
「なぁ先崎よ、お前の言ってた実験と言うのは正しかも知れねぇな」
「どうしてです」
「実はな、ここにも『闇高野』があるんだよ」
「ここに高野山がですか」
「そうじゃねー、『高野』と言うのは山や地名じゃねーんだ。そう言う場所だ。お前の所はたまたま本当の高野山にあったと言うだけの話だ」
「そうでしたか」
「だからここにも俺達の部門の『闇高野』があるんだよ。それにな、言いたかねーが俺達の所でも『闇抜』はあったんだ」
「ではここにも『陰玉』がいると」
「その可能性はあるだろうな」
それなら今回の麻薬は、被験者を『裏高野』に送り込んで『陰玉』の予備軍を作る為なんだろうか。
人間の潜在意識を魂のレベルで覚醒させる為の麻薬。そう言うものなのかも知れない。
もしそれが事実なら容易ならない事になる。やはり早い内に悪い芽は摘み取っておかなければならないだろう。
そう思って青柳と先崎は四国の秘境と言われる祖谷渓谷へと向かった。
その頃、先崎の暗殺に失敗した鳳冴子は『フォーグル』のアジトに戻っていた。
「どうした。超一流のアサシンと呼ばれた『毒サソリ』が失敗するとは」
「それだけ相手が並みではなかたっと言う事よ」
「先崎とはそれ程の相手か」
「少なくとも今のままでは無理ね」
「ではどうする。諦めるのか」
「いいえ、まだ手はあるわ」
「そうかならもう一度任せるがこれが最後だぞ」
「わかってるわ。任せてよ」
冴子は再度先崎を暗殺する計画を練った。
ここ「Time Out」では、
「最近、お前とこの先崎が見えんようやがどうしたんや」
「何ですかそれは、いつも監視してるんですか」
「当たり前やろう。今やあいつは大阪やくざのドンやぞ。それをマル暴が監視せん訳ないやろう」
「参りましたね。先崎は今出張中です。商いですよ」
「ほんまかい。まさかまた和歌山にいっとるんとちゃうやろうな」
「違いますって。そう言えば和歌山の件はどうなったんですか」
「それがさっぱりらしい。何処のどいつが川俣組を襲ったのかもわからんそうや」
「そうですか。早く解決するといいですね」
「お前、何か知ってるんとちゃうやろうな」
「知りませんて」
「そうか、それならええんやが。お前とこも気つけや」
「ありがとうございます」
翌日天堂は、本社の社長室でこれまでの情報を整理して考えていた。
少なくとも今はまだ『陰玉』と『フォーグル』が手を組んでいると言う事はなさそうだ。しかし共に敵である事には違いない。その上どちらも無視する事の出来ない勢力である事もまた事実だ。
ここはひとつ、こちらも褌の紐を締めてかからなければならないなと思っていた。
『先崎の話だと女刺客は撃退しが逃げられた様だ。これで諦めるとは思えないな。するとまた何か別手を打って来ると言う事か。なら早めに潰した方が良さそうだな』
『フォーグル』の女刺客、鳳冴子を雇ったのは明野組組長だと言う事はわかっている。そしてその明野組と組長の明野組は天堂達の手で制裁された。
ただ明野は左腕一本を失っただけでまだ生きている。女刺客、鳳冴子との連絡方法も明野ならまだ知っているだろうと天堂は神戸に向かった。
明野組の組事務所は未だにごたついていた。それはそうだろう。主だった幹部達が殆どやられてしまったんだ。その立て直しにはまだまだ時間がかかるだろう。
そんな所に天堂が訪ねて行った。
「組長に会いたいんだが」
「なに、組長に会いたいやと。お前何処のもんや」
「俺は天堂商会の天堂と言うものだが」
「なにー天堂商会やと。て、天堂商会言うたか」
「ああ、そうだ」
その組員は慌てて奥に飛んで行った。
「親父、大変です。天堂の奴が来よりました」
「なに、天堂やと。あの大阪の天堂か」
「はい、そう言うとります」
「しかも一人でやと。舐めとんのか」
「まぁ、ええ。応接室へ通せ。それで分かっとるな。みんなに準備させとけ」
「はい、わかりました」
応接間の奥の席に座った明野は横柄に天堂を招いた。
「あんたが天堂の使いか。あんたは先崎のなんや」
「先崎は俺の部下だが」
「部下、それはどう言うこっちゃ。先崎は『関西縁友会』の相談役、言うたら大阪やくざ界のドンやろう」
「それはそうだが、俺の会社では先崎は俺の部下、うちの総括部長だ」
「なら、お前、いや、あんたは何や」
「俺は天堂商会の社長、天堂だ」
「しゃ、社長やと。つまりあんたが天堂組の組長と言う事か」
「まぁ、そうなるな」
「ほう、大した度胸やの。一人でのこのこやって来るとはの。よっぽど死にたいんか」
「あんたの方こそ残りの腕を失くしたいのか」
「なに、お、お前。これをやったのは」
「うちの手の者だ。なんならこの組、壊滅させてもいいんだがどうする」
この会話をドア越しに聞いていた組員が我慢出来なくなって飛び込んで来た。
「親父、こんなダボ話聞く必要なんかありまへんで。やってまいまひょ」
そう言って一人がヤッパで天堂を切りつけて行った。その男はヤッパを握った手を天堂に掴まれ、ソファ越しに壁まで投げ飛ばされ、壁にめり込み動けなくなっていた。
どれだけの怪力で投げればこうなるのか誰にも分らなかった。その後も近づく者は全て投げられ一投でみな動けなくなっていた。恐らく全員病院通いだろう。
「あんた一人になっちまったがどうする。その片腕でやるかい。なんならその残りの腕も落とすか。この前の仮面がそう言わなかったか」
その一言を聞いた時、明野は震え上ってしまった。その一言はまさにあの時の仮面が言った言葉だったからだ。
もう間違いない。ここを襲ったのは天堂だ。そして俺の腕を切り落としたのも。ここで逆らえば残りの腕も落とされる。この前の仮面がそう言った。
「ま、待ってくれ天堂さん。もう逆らう気はない。これで勘弁してくれ」
そう言って明野は両膝を床に付けた。
「そうかい、なら教えてもらおうか。あの女刺客とはどうやって連絡を取ってる」
「あ、あいつか。場所は知らん。俺が知ってるのはあいつの電話番号だけや」
そう言って明野は必死になって電話番号を探していた。
「いいだろう、ならこう言ってもらおうか。『先崎の弱点を見つけたので会って相談したい。あんたはまだ依頼料分の仕事はしてないから』とな」
「わ、わかった」
こうして明野に冴子に連絡を取らせ、向こうの指定する所で会う事になった。そこは神戸の海に近い倉庫街の一画にあった。
「随分と勇ましい姿になったのね、親分さん」
「うるさいわ、お前がしくじるからこうなったんやないか」
「それはごめんなさい。それで私に話があると言うのはそっちの方かしら」
「そうや、お前に先崎の弱点を教えるそうや」
冴子は天堂を値踏みする様に見ていたがこれなら何とかなりそうだと判断した。
「それはいいけど、これって約束違反よね」
「何がや」
「私と会うのはあなた一人だけと言う事になってなかった」
「そ、それはそうやが・・・」
「あなた脅されたの、その人に」
その時天堂が前に出て、
「あんたかい、女刺客の『毒サソリ』と言うのは」
「へー私の事を知ってるんだ。あんたは先崎の何なの」
「だから言ってるだろう。先崎の弱点だって」
「どう言う意味よ」
やはりこいつは俺の事を知らないらしいと天堂は思った。恐らく天堂を知っているのは丹波の金森を襲った時の連中だけだろう。
「つまり俺を倒せば先崎も力を失うと言う事だ」
「へーそれほどあななたが先崎に取って大事な人間て事」
「そうなるな。ただし俺を殺せばあいつが一生掛かっても復讐するかも知れんがな」
「それは困るわね。それであんたは誰」
この時天堂は、周りを伺い8人が隠れてる事を既に認識していた。
「俺は天堂商会の天堂だ」
「へー社長自ら御出馬と言う訳」
「そうだ。それでこれが俺の見納めになる」
「言ってくれるわね。出ておいで」
その合図で天堂と明野は取り囲まれてしまった。
「おい、待て。俺はお前の依頼主やぞ」
「もう違うわね。我々の約束を破った時点で、あんたは処刑の対象になったのよ」
「そんな、待ってくれや」
その言葉が言い終わった時には明野の首が落ちていた。
「随分とあっけないものだな」
「そうね、あんたも直ぐにそうなるわ」
天堂を円形に取り巻いた8人が一方方向に回り出した。そしてその動きは徐々に速くなり、一人一人の姿が人の目では追えない程の速さになった。
これこそが『フォーグル』から選んだ8人の使い手による先崎暗殺の為の布陣だった。
その竜巻の中から攻撃の刃が襲って来た。しかし天堂にはそれは緩やかな動きにしか見えなかった。
全員が交差して天堂への攻撃を終えた時点で天堂は細切れになっているはずだった。しかし実際には8人全員が自分の持っていたナイフで自分の心臓を貫かれている姿だった。
「な、何これ。あんた一体何をしたの」
「要するに俺を倒すにはまだまだ未熟だと言う事だ。これでは先崎ですら倒せんよ」
ここでようやく冴子は理解した。自分はとんでもない男を敵に回してしまった事を。
「あなた、まさかこんなか弱い女を殺そうなんて思わないわよね」
そう言って降参の恰好をしながら冴子が近づいて来た。
「ああ、思わないね。女性は労わるものさ。ただし手に隠した毒の短剣を握る女は別だがね」
冴子が天堂を刺そうとした時、明野の時の様に冴子の首が落ちていた。
「随分とあっけないものだな」
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