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天堂が行く  作者: 薔薇クーダ
第十三部
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第一話 誘惑

 先崎は時々仕事の終わりに一人高層ビルのバーに寄って酒を飲む事がある。特に酒が好きと言う訳ではないのだが、日々の緊張を和らげる為にゆっくりした時間が必要だと思っていた。


 しかし先崎の様な男に緊張すると言う事があるのだろうか。天堂商会での地位と言い、隠し持った力と言い、今の先崎の右に出る者はいないだろうと思われるのだが。


 またやくざとしても周囲から一目置かれている男に緊張などあるのだろうか。ただ本人曰く社長の前にいると緊張して仕方がないと言う。


 それなら一層の事、鳴海の様に天堂と一緒に酒を飲み交わして親交を深めたらどうかと思うのだがそれが出来ないらしい。


 会社の立場から言うと今の先崎はかっての鳴海と同じ立場だ。別に遠慮する事もないと思うのだが先崎にしたら立場が違い過ぎるらしい。


 確かに表の社会でなら鳴海と今の先崎は同格なのかもしれないが『闇』の世界に属する鳴海と先崎とでは月とスッポンほどの差があると言う。


 先崎ではまだあの天堂8人衆には届かない。まして鳴海は『闇』の三傑の筆頭だ。立場が違い過ぎる。


 その鳴海が気安く天堂と付き合っていたからと言って自分の立場で出来る事ではないと先崎は思っていた。


 この男、もう少し気楽に物事を考えれば良いと思うのだが、こと『闇』に関しては几帳面で律儀過ぎる所がある様だ。


 それともう一つ、先崎には気がかりな事があった。それはあの和樹の事だった。かって武の皆伝を競い合ったライバル。あの時の自分なら確実に勝っていた。 


 しかしこの前のあの和樹はどうだ。あの和樹と戦って自分は勝てるのだろうかと思った。


 別に自分の腕が落ちたとは思ってはない。しかし和樹の方が想像以上に成長していた。あの成長ぶりは一体処から来ているのだろうか。


 彼の言う『暗玉』の修練の賜物なのか。もしそうだとしたら恐ろしい敵と言う事になる。


 幸い宗家の力によって和樹の処分は下されたが、もしあれが自分だったら出来ただろうかと思う。


 そして柴村先輩だったらどうか。あの時和樹は先輩とも互角の戦いをしていた。あのままだったら先輩は勝てたのだろうか。


 いや、待て。あの時先輩は何かをやろうとしていた様に見えた。自分の知らない何かを。何かの必殺技だろうか。何故なら先輩にはまだ余裕があったからだ。


 なら自分にはそんなものがあるのか。あの和樹を凌駕出来る何かが。残念ながら今はないと言わざるを得ない。


 良くて引き分けだろう。いや、あの状況では負けていたかも知れない。ならばこの先更に腕を磨き、組織自体も強固にして行かなければならない。課題山積だなと先崎は思った。


 そんな事を考えながらクラスを傾けているとふと良い香りが漂って来た。


 その香りの方に顔を向けてみると一人の妙齢な美女が佇んでいた。年の頃なら二十代後半から三十初めと言った所か。


 美しい顔立ちに魅力的な体の線を持っていた。むしろ十分過ぎるほどの大人の女性の妖艶ささえ滲ませていたと言ってもいいだろう。着ているものもシンプルではあるが十分に金のかかったものだった。


 そんな女性が一人でこんな所にいる。人妻とは思えない。ならばそれなりの仕事の人間か。先崎がそんな事を考えていると、


「ここから見る夜景は素敵ですよね。良くここにご覧に来られるのですか」と声をかけられた。


「ええ、確かに。こうしてこの夜景を眺めていると何故か心が休まるのですよ」

「そんなにキツイお仕事をなさっていらっしゃるのですか」

「さーどうなんでしょうかね」


「あのー良ければご一緒させていただいても宜しいでしょうか」

「これは失礼いたしました。どうぞ。お飲み物は」

「向こうにありますので持ってきて頂きますわ」


 そう言ってその女性はウエイターに頼んだ。


「初めまして。私は冴子、鳳冴子と言います」

「こちらこそ、私は先崎悟と言います。宜しく」


「ここには良くいらっしゃるんですか」

「そうですね。良くと言う程でもないですが、週に何回かは」

「そうですか、ではまたお会い出来るチャンスもありますわね」

「そうかも知れませんね。貴方さえ良ければ」


 そう言う事で鳳冴子との出会いが始まった。


 こちら神戸では

「で、どうなんや兄弟、先崎の方は」

「まかしとけ。そろそろ罠に掛かっとる頃や」

「兄弟、罠ってどんな罠なんや」

「言うたらハニートラップ言う奴や。どんな朴念仁でもこの罠には引っかかるで」


「ほー、そんなにええ女なんか」

「そらーとびっきりや」

「それはええな。わしにも紹介してもらいたいもんやで」

「死にたかったらな」

「なんやそれは。そんなにやばい女なんか。しかし先崎はそこそこ出来る言う話やで。女の細腕で倒せるんかいな」


「あいつは普通の女やない。一級品の暗殺者や。それにどんな男でも同衾中に狙われたらどうしようもないやろう」

「確かにそれは怖いな」


 そんな話が取り交わされているとは露知らず、先崎と冴子の仲はそれなりに親しくなっていた。


 その頃四国に飛ばした青柳から、最近おかしな麻薬が出回っていると言う報告が天堂に届いた。


 普通の麻薬なら何処にでもあるものだが、その麻薬は何かがおかしいと言う。つまり覚醒効果が身体に及ぼすよりも精神の内面に多く及ぼすようで、錯乱する事もなく深い瞑想状態に陥ると言う。


 確かに気持ちは良いのかも知れないが高揚感はなさそうだ。一体何の目的でこの様な麻薬が作り出されたのか。


 しかもこの出所がわからないと言う。青柳も周辺のやくざ組織に当たってみたが誰も知らないと言う事だった。そもそもこの薬の製造方法がわからない。


 そう言えば和歌山でやくざの組事務所への襲撃事件があった時、同時に麻薬の話しも出ていた。


 しかし襲撃の方に目が行ってまその麻薬に関しては詳しい調査をしてなかった事に気が付いた天堂は、早速配下に調査に向かわせた。


「社長、お呼びですか」

「ああ、先崎君。悪いがもう一度和歌山に行ってくれないか」

「和歌山でまた何かありましたか」

「新しい事は何もないが、この前調べ忘れた事があった」

「はい、麻薬の事ですね」


「そうだ。君も気が付いていたかね」

「ええ、あの時は和樹達の件ですっかり忘れていましたが、麻薬に『ザンギ』と言う組織が関わっていると言うのなら、それは『暗玉』とも関係があると見て間違いないでしょう」

「だろうな。では悪いがその再調査をしてくれるかね」

「わかりました」


 こうして先崎はまた和歌山に出張する事になった。当然だ。表向きは天堂商会の仕事として来ているのだから。


 そして先崎はこの前立ち寄った赤室組に再び立ち寄った。ここでの先崎への応対は最上級になっていた。


 それもそのはずだ。今や先崎と言えば「関西縁友会」の相談役。事実上の大阪やくざのドンなのだから。


 それにこの前の先崎の物凄い戦い方を見ている。あれを見て先崎に楯突こうなどと思う者は誰もいない。


「これは先崎様、今回はどんなご用件でしょう」

 

 赤室組長も自分の本家の会長に対するよりもへりくだっていた。


「麻薬の件なんですがね。どの程度掴んでますか」

「それがですね、あの麻薬が出回ってたのは潰された川俣組のシマやったんですわ」

「その川俣組が今回潰されたと言う事ですか。証拠隠滅ですかね」

「さー、その辺は何とも」

「わかりました。ではその辺の情報を集めてくれますか」

「わかりました」


「それとその麻薬の被害にあったと言う人はいるのですか」

「何人かは医療施設に送られてるはずですが氏名は公表されとりません」

「その辺りも調べてもらえますか。それと被害者のバックグランドもお願いします」

「わかりました。直ぐにやります」


 そだけの事を依頼して先崎はその潰された川俣組のシマに向かった。


 町そのものはこれと言って変わった事はなかった。ただ川俣組の組事務所だけが無残な形になっていた。


 先崎がその壊れた事務所を見ているといきなり後ろから声をかられた。


「お前そこで何してるんや」

「私ですか」

「お前何処の組のもんや」


「私はやくざではありません」と言いながら、先崎は名刺を出して「私は天堂商会と言う所の社員です」と言った。


「天堂商会、何をするとこや」

「古美術を扱ってます」

「その古美術屋さんがここに何の用や」

「いえね、ここの組長さんは骨董品の趣味があると聞いたものですから何か残ってないかと」


「そら何も残ってないで。中は滅茶苦茶になっとる。それやったら奥さんに聞いたらどうや」

「そうですね。ではそうします。所でここでは何が起こったんですか」


「さーな、テロリストにでも襲われたんとちゃうか。中は滅茶苦茶やし大勢死んどる。しかしこの組ことの抗争はなかったからな」

「そうですか。テロリストですか」

「あんたもあんまり近づかん方がええで」

「はい、そうします」


 先崎は引き上げて行ったが少し気になる事があった。


『まぁいいか』


 先崎はこの町で海の見えるホテルに部屋を取った。眺めが良いからだ。そこで『闇』の配下の手も使って色々と情報を集めていた。


 そこで分かった事は今回の麻薬は今での麻薬とは少し違うと言う事だった。確かに禁断症状はあった。しかし麻薬自体の症状がどうもおかしい。


 通常の麻薬がハイになる(そう)の状態だとしたら、この麻薬はむしろ精神を(うつ)の状態に落とし込むようだ。それでいてこの薬から離れられないと言う。


 何とも不思議な麻薬だ。一体何の為にこんな麻薬を作ったのか。もしかするとこれはまだ実験段階の麻薬かも知れないと先崎は思った。


 そんなある日、いつもの様に最上階のバーで海を眺めながらブランディーを飲んでいると思わぬ客が来た。


「ん?冴子さんじゃないですか。どうしてここに」

「実はクルージングしてたんです。それでこの和歌山に寄って海の見えるホテルに宿を取ったら、そこで貴方を見つけたと言う訳です。私達やはり縁があるのかも知れませんね」

「不思議ですが本当にそうかもしれませんね」

「では再会を祝して、乾杯!」


 こうして二人の夜は更けていった。

応援していただくと励みになります。

よろしくお願いいたします。

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