第六話 古美術商
天堂は商いの為に京都に来ていた。
仕事絡みで吉岡組とも縁があったので
吉岡の所の若い衆が天堂の助手を務める事になった。
その時天堂達は族に襲われる事になったしまった。
今日も二人は「Time Out」で酒を飲んでいた。するとそこに少しほろ酔い加減の上品なナイスミドルの女性が近寄って来て、
「羨ましいですね、いつも楽しそうなお酒で」
「えっ、俺らの事ですか」
「ええ、そうです。いつもお二人で楽しそうにお酒を召し上がっていらっしゃる」
「そうですか。俺なんかいつもこいつに嫌味ばかり言われてるんですけど」
「でもそれを嫌だとは思っていらっしゃらない」
「そうでもないですよ。こいつほんとに嫌味な奴なんですから」
「ほほほ、それなら一緒にはお酒を飲みませんわよ」
「そうですかね」
「そうですよ」
特に派手さはないが年相応に身に付いた気品と胸の宝石が落ち着いた、それでいて人を引き付ける輝きを放っていた。
「あのー失礼ですが、貴方は吉川雅代さんですよね」
「はい」
「おい、何でお前知ってるの」
「何で知らないんですか、こんな有名な方を」
「えっ、有名なの」
「ジュエリー・デザイナーの吉川雅代さんです」
「うそ、あの世界ジュエリー・デザイナー賞を取った」
「そうですよ」
「そうだったんですか。失礼いしました。こんなお美しい方をお見忘れしていたなんて」
「もうおばあちゃんですから」
「とんでもない、まだ後光がさしてますよ」
「ほんとお口がお上手なんですね。きっとおもてになるんでしょうね」
「ええ、社長は口説きのプロですから」
「おい、お前、なんて言う事を言うんだよ上司に対して。こんな奴なんですよ」
「ほんといいですわね、貴方がたって。そうですわね、私にも輝いていた時があったのかも知れませんわね。今の貴方がたの様に」
「それはどう言う意味でしょうか。今だってそうじゃありませんか。コマーシャルだって全国展開だし」
「あれはもう私のジュエリーではありませんわ。少なくとも私の心のこもったジュエリーでは。どうも余計な事を申し上げてしまいました。では機会がありましたらまたお会いいたしましょう。失礼いたします」
「はい、ではまたお会いしましょう」
「おい、どう思う」
「そうですね。何かありますね」
「そうだな、少し調べてみるか」
「そうしましょうか」
今「天堂組」は名前を改め「天堂商会」と言う会社組織になっている。元々シマ内では、普通のやくざがやるような堅気相手のしのぎなど、始めからやってはいなかったのだから、やくざと言えたかどうかもわからない。
まぁ、たまに頼まれて揉め事の仲裁や喧嘩の仲裁、それに入り込んできたやくざやハングレの退治等の力技はやっていた。
しかもほとんどの場合、障害事件を起こしていない。要するにいつもそこまで行く前に決着がついてしまうのだ。
だから地元の警察もこの天堂組に関しては普通のやくざ組織に比べて取り締まる対象外にしていたと言ってもいいだろう。それに前回の事件がまだ尾を引いていると言ってもいいかも知れない。
そして今度、「天堂商会」と言う名称に変えたが人員はそのままだった。ただし役職を付けた。
天堂が社長で鳴海が総務部長だ。幹部7人は7課長になった。しかし係長もいなければ社員もいない。正直いい加減な役職だ。
天堂が聞こえが良ければ良いだろうと言って付けただけの肩書だった。ただし必要に応じて使える『闇』の人間は何人でもいる。
で仕事は何をしてるかと言うと取りあえずは絵画や骨董品を扱う古美術を商売にしている。
不思議な事に天堂商会のメンバー全員が古美術に目が利くらしい。それで世界各国に買付や掘り出しに行く事がよくあると言う。
事務所も美術品の展示も兼ねて近代的な大きなビルに移った。ここまでくるともう健全な会社経営と言ってもいだろ。
元々経済やくざだったのだからその実態は今も変わってないのかも知れない。
時々訪ねてくる吉岡は
「兄弟、なんやこれは。えらい変わり様やな。これはもうやくざやないで」と言う具合だった。
「今日日やくざだけではおまんまも満足に食えませんからね」
「そらそうやけどな」
「ところでこの前言うとった吉金のおやっさんの話やけどな、あの壺、是非譲って欲しいと言うとったで、金は言い値でええそうや」
「それはいいですね。では吉岡さんには仲介料として20%と言う事でよろしいですか」
「兄弟、ほんまにええんかいな。わしゃ何にもしとらんで、ちょっと紹介しただけや。それで2000万はもらい過ぎやろ」
「いいんですよ。古美術なんて値段があってないようなものですからね。物好きな金持ちからふんだくってやればいいんですよ。また物好きがいたら教えてください。お願いします」
「よっしゃ、まかしとき」
こう言う時は古くから土地にいる博徒は顔が利く。天堂はそう言う吉岡を見込んでセールスマンに仕立てているのかもしれない。
この手のセールは超高級クラブ「クラリオン」でも行われていた。ここにも金のなる木が多く集まっている。
そこで天堂は古美術商としてママの地恵から顧客を紹介してもらっていた。
天堂が扱うのは値の張るものばかりだった。億以下の物は扱わない。何処でその情報を聞きつけたのか、天堂がいつものように「クラリオン」のバーで自分の酒、ヘネシーのXOをオンザロックで飲んでいると、一人の男が近寄って来て、少し骨董品の事でお話があるのでお時間をいただけませんでしょうかと慇懃に申し出て来た。
「いいですよ」と付いて行くと表には立派な高級車リンカーン、コンチネンタルが待っていた。
「チッ、またかよ」と天堂は思ったが何も言わずにそれに乗り込んだ。その時天堂は発信機のボッタンを2度押していた。
着いたのは倉庫の様な所だった。出て来たのはお定まりの手合いだ。天堂が車から降りると、葉巻を咥えて白いハットに白いロングジェッケット、それに極めつけは白い長いマフラーを垂らした男がやって来た。こいつ映画の見過ぎだろうと天堂は思った。
「おい、兄ちゃん。えらいええ稼ぎしてるそうやないか。そのブツ何処から仕入れてるんや。うちにも流してくれへんか」
「仕入れ元は企業秘密でして」
「企業秘密かいな、そやけどそれも命あっての物種やと思うけどな」
「確かに」
「ほな、契約成立やな」
「バカか、てめえは。誰がてめぇみたいなクズに品物渡すって言ったよ。帰ってクソして寝ろ」
「なんやと、われほんまに死にたいみたいやの」
「俺を殺したら品物の仕入れ先が分からなくなるぞ」
「そんなもん、お前とこの従業員脅して聞いたらすむ事やろうが」
「そうか、なら今聞いたらいいだろう。ここに来てるからよ」
天堂がそう言うと、黒いパンツと黒いジャケット、それに白いタートルネックの左の首元に、縦に赤い2本の線、もう一人は青い2本の線を入れた二人の人間が現れた。これは天堂組7人衆の戦闘服だ。赤は「赤龍」青は「青龍」だった。
「お、お前らは」
「知ってるのか、こいつらが誰だか」
「ま、まさか、じゃーあんたは・・・」
「俺は天堂だ。天堂組の天堂だと言えばわかるか」
「・・・ ・・・ ・・・」
そこにいた全員が固まってしまった。
「おい、帰るぞ」
「はい」
そこに残っていたのは半死半生の者達だけだった。
ここ京都では
「義男。お前、天堂の兄弟知っとるな」
「はい」
「明日な、何でも大事な商品持って来るそうやから、お前かばん持ちしてこい。それから富雄には運転させたらええ」
「あのーおやじ、ええですか」
「なんや」
「その天堂のおじきの事ですけど」
「ん?兄弟がどうかしたか」
「天堂のおじきってやくざなんですよね」
「なんでや、立派なやくざやないか。あれほどのやくざは滅多におらんぞ」
「そうですか。わかりました」
流石の義男もそれ以上は聞けなかった。
翌日天堂が現われて吉岡としばらく話をした後、吉岡の持つ車に乗り込み、富雄と言う若いのが運転をし、義男が天堂の隣で大事そうに荷物を自分の膝の上に置いて抱えていた。
「義男だっけ、久しぶりだな。お前も出世したそうじゃないか。今じゃ兄貴分か」
「ええ、ありがとうございます。その節はどうも」
「別に俺は何もしてはいないさ。お前があれからも護衛をやり通したからその功績を認められたんだろう」
「あのーちょっと聞いてええですか」
「いいよ、何だ」
「おじきは」
「そのおじきと言うのは止めてくれよ。俺は正式に吉岡さんと盃を交わした訳じゃないんだから」
「すんません。ほなら天堂さんはやくざですよね」
「そうだけど」
「ほなら何でこんな骨董屋みたいな真似してはるんですか」
「それは組を維持して組員を食わして行く為だろう。切った張ったで飯食える時代ではなくなったからな今はもう」
「そうかもしれませんけど、やくざもんにはやくざもんらしいやり方があるんとちゃいますか」
「じゃーどんなやり方があると思う」
「そら、賭博とかノミ屋とか」
「それで食って行けるんならそれでもいいと思うよ」
「ええーい、じれったいなーもー。わしの言いたいのはそう言う事やないんですわ」
「どうしたんだ、いったい」
「そやから、やくざもんの根性はどうした言う話ですわ」
「やくざもんの根性ね。そんなもんで飯が食えるのか」
「ええーもうええわ」
義男は自分の言いたい事が上手く伝えられない事が歯痒かった。しかし仮に伝わったとしても果たしてこの人にそれを理解してもらう事が出来るのだろうか。いや、経済やくざのこの人にそんな事が出来るのだろうかと思っていた。
今日の品物は明の陶器3点セットで実に珍しい物だった。収集家なら誰でも喉から手が出るほど欲しがる品だとか。
それを天堂は傘峰と言う京都でも指折りの収集家に2億4千万円で売却した。しかも現金でだ。
この仲介料4800万円がまた吉岡の手に入る事になる。これは吉岡にとっても大商いだろう。
その帰り道、突然周りを数十台ものバイクに取り囲まれた。いや、その外側にもいたので恐らく40台はいるだろう。
義男が外に出て威嚇した。
「何じゃお前ら、わしらを吉岡組のもんと知ってやっとるんか。怪我せん内にはよいね」
「俺らは鞍馬ハリケーンズ言うんや。そんでな、こいつ傘峰とこの息子なんや」
「それがどないした」
「何でも今日大きな買いもんする言うて親父が現金引き出してたそうや。それも億言う額のな。ほなそれもらおか」
そう言うとバイクが義男達の車の周りを回り出した。しかも鉄パイプや金属バットを振り回しながら。
バイクに乗ってる奴を捕まえようとする義男には容赦ないバット攻撃が降り注ぎ義男はどうする事も出来ずその場にうずくまってしまった。
その時天堂は運転手の富雄に左斜め前にあるぼた山に頭から突っ込めと指示した。
富雄は指示通り突っ込んだ。そうする事で前半分が遮られ族達は完全に取り囲む事が出来なくなった。そのぶつかった瞬間天堂は少し手を加えて富雄を眠らせておいた。そうしておいてからようやく天堂は車から出て来た。
これから先に起こ事は、出来るだけ証人は少ない方がいい,噂には尾ひれがつくものだからと天堂が考えたからだ。
しばらく周りを見渡して近くに転がっていた1・5メートル程の棒切れを拾い上げ少し素振りをしてこれでいいかと納得した。
それを見た族達は今度は天堂を扇形に取り囲んでバイクから降り、手に手に武器を持って天堂を取り囲んだ。その隙間を割って中に入って来た義男は、
「天堂さん、逃げてください。ここは俺が何としてでも食い止めますから。もし天堂さんに何かあったら俺はおやじに殺されますから」
「義男、それじゃーお前はどっちにしても殺される事になるな」
「こんな時に冗談は止めてくださいよ」
「お前さっき、やくざの根性がどうのこうのと言ってたよな。義男、お前が言いたかったのは、やくざは最後は力だと言いたかったんだろう。なら今からそれを見せてやるからようく見ておけ」
そう言うと天堂はまるで滑るように正面の敵に向かって行った。それがいつ動いたのかもわからない内に。
天堂が相手に届いたと思った時にはその棒の一閃で左右の敵が数メートルも吹き飛ばされていた。
普通の棒切れにそんな事が出来る訳がない。これは天堂が棒に気(天堂の流派ではこれを龍気と呼んでいる)を込めて気功波(龍気波)で弾き飛ばしたのだ。その一撃を受けた者はそれだけで立ち上がれなくなっていた。
まるでコマ落としの漫画を見るように見る見る間に相手の数が減って行った。40人もいた族達で残ったのはリーダーとサブリーダー、それと最初に言っていた傘峰の息子だけだった。
3人はまるでバケモノでも見るような目で天堂を見、身体はみな震えていた。
「義男、族とやくざの違い見せてやれ。だたしそのバカ息子は殺すなよ」と言ってもその3人には殆ど戦意など残ってはいなかった。
義男は族の二人をボコボコにした。そして組に連絡を入れ、族の落とし前をつけ、傘峰にもそれなりの大きな貸を作った。
天堂の車が吉岡の門を出て行く時、義男は深々と頭を下げて「ありがとうございました、おじき」と心の底からそう言った。
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