第五話 名古屋の闘争
名古屋から50分程離れた猿投温泉と言う所の利権を狙う染丸組を阻止しようと青海と綾香の戦いが始まった。
今回のやくざが絡んで来た件、青海は大丈夫だと言ったが綾香は物凄く気になっていた。
残念ながら今は頼りになる鳴海がいない。いや待て、電話すればすむじゃんと綾香は鳴海に電話をして状況を説明した。
「わかりました。大丈夫です。そのまま今まで通りにしていて下さい。助っ人を送りますので。本当は青海さんがいれば助っ人はいらないんですがね。いや、やはりいた方が無難ですね」
「えっ、何それ」
「いえ、いいです。ではまた連絡します」
そう言って鳴海は電話を切った。綾香には少し意味不明な所があったが、鳴海が大丈夫だと言うのなら大丈夫なんだろうと思い一安心した。
青海は染丸組の組員が必ず表で見張ってるだろうと思ったので、綾香には裏口からメガネを掛けて出かけさせた。
染丸組の者達は誰も綾香がメガネを掛けた所は見ていないのでメガネを掛けた綾香を見てもわからないだろう。
ただ青海はさっきメガネを掛けて染丸と話のやり取りをしていたので誰にも分らない様に隠形の術で宿を出た。そして外で綾香と落ち合った。
外に出た時二人を見てもその一人が神井綾香だと気づく者は誰もいなかった。表で見張っていた染丸組の組員達も。
それで綾香達は今まで通りのんびりと町の散歩を楽しんでいた。ただ所々で聞く話の中に染丸組の名前が出て来た。
どうやら染丸組はこの辺りの利権を狙ってる様だった。嫌がらせをして立ち退かせ、その土地を二束三文で手に入れる。そんな企みを抱いている様だった。
法的には簡単ではないが違法な方法を使えばそれも可能になるのが裏社会のやり方だ。
彼らの企みに嵌って閑古鳥の鳴いている旅館もあると言う。ここいらは良い温泉の出る所だ。普通ならここいらの旅館が閑古鳥が鳴く事などない。余程酷い嫌がらせをしたんだろう。
もしかすると今泊ってる旅館も次のターゲットに入ってるかのも知れない。だから組長自らがその下調べを兼ねて泊りに来ている可能性があると青海は思った
昼食に二人で名古屋名産の鰻のひつまぶしを食べその後でデザートにういろうを食べながら、青海はこれがもし天兄ならどうするだろうかと考えていた。
青海は何も戦闘馬鹿ではない。一人であの高級クラブをあそこまでにしたのだ。経営センスもあるし色々な戦略も考える。
ただ戦いが始まってしまうとタガが外れると言う欠点はあるが優秀な戦略家でもあった。
先ずはこの地盤の経済の建て直しが必要か。その為にはどうすればいい。通常の旅館経営では既に染丸の毒牙が入り込んでいるだろう。それ以外の方法が必要だろうと青海は思っていた。
そう思いながら歩いていると前から飄々と歩いて来る一人の男がいた。
その男は一見華奢そうに見えるが体は表面に薄く張り詰められた柔軟な筋肉の塊の様な男だった。見た目にはわからないが。
「お久しさっす、青姐」
「あれー、柴村じゃないの。あんたこんなとこで何してんの」
「実はここ、俺の今度の地盤の一部なんすよ」
「ここって、ああ、名古屋に支社を出したんだったわよね、あんた」
「そうっす」
「あのー青海さん、この方は?」
「ああ、紹介するわね綾香ちゃん。天堂商会の名古屋支社長の柴村さんよ。鳴海さんのかっての部下だった人」
「今でも部下なんすけどね」
「天堂商会ってあの大阪の天堂商会ですか」
「そうよ、あそこにいた幹部がみんな分家して各地に支社を持ったのよ。そして名古屋地区担当がこの柴村ってわけ」
「綾香さん、お噂はかねがね鳴海部長から聞いてます。今後とも宜しくっす」
「えっ、はい。こちらこそ宜しくお願いします」
「それであんた、今回はどうしてここにいるの」
「いえね、部長から助けに行けって」
「やっぱり天兄の差し金か」
「ええ、青姐一人じゃ危ないからって」
「何それ、私を何だと思ってるのかしら」
「デストロイヤーですから」
「あんたね!」
「あのさー前から思ってたんだけど、最近のあんたの話し方って黄崎に似てない」
「そうっすか、あいつとは同郷なもんで」
「同郷って、方言じゃないんだから話し方まで似るっておかしくない」
「いや、この方が楽しいじゃないっすか。ただし親しい間柄の者に対してだけっすけどね」
「じゃーなに、綾香ちゃんも仲間だと言うの」
「そりゃーそうじゃないっすか、何しろ青姐にタメ口きいてんですから」
「そうか、そう言うのもありかもね」
綾香には何の事だかさっぱりわからなかったが、そもそも柴村の方が青海よりも年上だ。しかも社会的地位と言う点で言えば、一介の水商売のママと天堂商会と言う支社長とは言え会社の社長だ。
何方の方が上に見られるかと言えばやはり社長の方だろう。しかし柴村は青海に遜ってる。つまりそれは彼らの世界では歳の上下や下界の地位の差ではないと言う事だ。
魂と力の強さのみが上下関係を決定する。彼らはそう言う世界に住人だった。
だから柴村に取って上位にいる青海にタメ口をきける綾香は、半分精神面での仲間みたいなものだと思っていた。そんな事は綾香にはわからないだろう。
ともかく青海はこれまでの事を柴村に説明した。柴村は柴村で染丸組の行動をそれとなく監視していたそうだ。どうも名古屋の西部地区で良からぬ事をやっていると言う情報が入っているとかで。
「なるほどそう言う事っすか。良くわかりました。俺の配下を旅館に潜り込ませて内情を探らせましょう」
「そうしてくれると助かるわ。だけど肝心の救済策よね」
「十中八九、金銭的な問題だと思うんすがどうしますかね」
「染丸組の内情はどうなの」
「それほど裕福ではないようっすよ。だから今回の賭けに出たんっしょね」
「なら今回の件が失敗すればかなりの痛手よね」
「そうっすね。そうなると戦争を始めるかも知れませんっすね」
「戦争・・・うふふ」
「青姐、いけませんよ」
「わかってるわよ」
綾香にはもう一つ、この二人の会話にはついて行けずにいたが、ともかく鳴海が助っ人としてこの柴村と言う人を送ってくれた事には感謝していた。
その夜は旅館に帰らず、近くのホテルを借りて3人で作戦会議をしていた。そこで青海はこう切り出した。
「あのさー、綾香ちゃん、ここでコンサート開いてくれないかな」
「えええっ、何でコンサートなの」
「この町で綾香ちゃんのコンサートをやるのよ。そうすると近隣の町や名古屋からも観客が一杯来ると思うのよ。それに各旅館には演芸場みたいなのが付いてるから、そこでも綾香ちゃんのコンサートを個別にやるの。きっと人が集まると思うわよ。そして旅館も入場料を取れるし部屋も満室になると思うわ」
「それは良いっすね青姐。どうっすか綾香さん」
「そ、それは構わないですけど、コンサートのマネージメントや地場衆への根回しなんかはどうするんですか」
「それは大丈夫っす。俺とこでもその部署はありますし、地元のやくざ衆とも面識がありますから。それとこの件は俺の方から部長に断りを入れておきますっから」
「それなら私は構いませんけど」
「じゃー決まりね。それじゃ柴村ちゃん宜しく頼むわよ」
「了解っす」
そしてここで綾香の特別コンサートと言う大イベントが開かれる事になり前評判は沸きに沸いた。そして県外からも人が殺到し、この小さな温泉町が人でごった返す事になった。
当然そうなると警察の警備や巡回が入り、染丸達やくざは益々居ずらくなった。
その間に各旅館に潜り込ませた柴村の配下から実情を聞き、柴村は必要な物は司法の手に委ねた。そうする事で染丸達には簡単に手出しが出来なくなっていた。
しかも旅館は繁盛する。今までの負債を取り返す絶好の機会となった。勿論これが一時的な繁栄だと言う事は旅館側も分かっていた。しかしこれを機会に挽回のチャンスが訪れた事は事実だった。
綾香達が公演の控室にいると顔を真っ赤にした染丸が手下を連れて乗り込んで来た。
「おい、何処のどいつがここで講演する許可を与えたんじゃ。わしの許可なくこんな事が出来るとでも思っとるんか」
「ここじゃー何だからちょっと表で話をしませんか、染丸さん」
そう言って柴村は染丸達を表に出した。
「染丸さんよ、ここは今俺が仕切ってる」
「誰じゃわれは」
「俺は天堂商会の名古屋支社長をやってる柴村と言うものだ」
「何だと、天堂商会だ、なんじゃそれは」
「親父、あれは例の大阪の天堂商会、いや天堂組の者です。しかも支社長と言えば天堂8人衆の一人です」
「なんじゃと天堂組・・まさかあの「関西縁友会」の相談役をやっていたと言う天堂組か」
「そうです」
「それとな染丸さん。中京連合の了承も取ってある。これに文句を付けると言う事は俺や中京連合を敵に回す事になるがどうするよ」
「そ、それは・・・」
「それともう一つ言っとくがな、この辺りも俺のしま内だ。余計な事は止めてもらおうか」
「いつからここがお前のしまになった」
「今日からだ。取りたければ腕ずくで取る事だな」
「てめー覚えてろよ」
そう言って染丸は引きげて行ったがそれで済むとはとても思えなかった。
「あれで良かったんすかね」
「いいんじゃない。きっと攻めて来るわよ、あんたとこへ」
「でしょうね」
「楽しみよね」
「いいですか青姐、程ほどにですよ、程ほどに」
「わかってるわよ、うるさいわね」
『本当に分かってるんすかね』
今回の計画に破綻をきたし、赤っ恥をかいた染丸は天堂商会名古屋支社を潰してやろうと考えていた。
それで舎弟や親戚筋に応援を頼んだが誰も乗ってはくれなかった。それだけここでも天堂の威勢はすごいと言う事だった。
それで仕方なく自分達で天堂をやろうとした矢先、何者かの襲撃によって染丸組は崩壊、組の家屋も中は粉々になっていた。
まるで爆弾でもばら撒いたように。そして組長の染丸も何処に消えたかそれ以来姿が見えないと言う。
それ以降一つの噂が流れた。天堂に手を出すと木っ端みじんに潰されると。
鳴海は柴村の報告を受けてうんざりしていた。
『だからあれ程言ったのに、程ほどにやれと』
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