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天堂が行く  作者: 薔薇クーダ
第一部
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第五話 釈放

金子刑事の執ような取り調べにも

天堂はどこ吹く風だった。

そして天堂の反撃が始まった。

 今日の天堂に対する金子の取り調べには何故か覇気が感じられなかった。


 それはそうだろう昨日あれだけの事を天堂に見せつけられたんだ。


 いつもならあれで完全に落ちると思っていた最後の手だった。


 事実どんな豪胆なやくざ達もあれで沈没したものだった。しかし逆に落ちてしまったのは金子の方だった。


 金子は心の奥底で、もしかしたら俺は手を出してはいけない相手に手を出してしまったのかもしれないと思い始めていた。


 しかしだからと言ってここで手を引く訳にはいかなかった。これには府警の威信と面子がかかっているのだ。


 金子は気を取り戻して天堂と向かい合った。今日こそ落としてやるぞと。


「金子さん、今何時でしょうか」

「何を言うとるんじゃ。お前に時間なんか関係ないやろう。時間なら24時間たっぷりあるわい」

「いえね、俺もそろそろここで遊ぶのも飽きてきたものですから、時間も良さそうだし、この辺りでもう帰ろうかなと考えているんですよ」


「あほか、何ぬかしとるんじゃ、お前の帰るとこは刑務所だけじゃ、よう覚えとけ」

「あんたはいつもそうやって無実の人間に罪を被せてきたんですか」

「クソやくざがなにを生意気なこと抜かしとるんじゃ、なめとったらその口きけんようにしたるぞ」


 金子がそう言った途端周囲の温度が急に下がった様に感じ、体からは冷や汗が噴出し、心臓が鼓動を速め、喉が渇き、唇が震え、歯がガチガチとなり始め、手足が震え始めた。


 金子は自分の身に何が起きたのか全く分からず目だけをキョロキョロさせていたがその状況は全く改善されなかった。


 いやそれどころか悪くなる一方だった。その事を記録係に伝え様としたが声が出ない。まして動く事さえ出来なかった。


 俺はこのまま死ぬのかとさえ思った。そして目の前の天堂を見ると、その目がらんらんと輝いて金子を虎視していた。


 「こ、これは何だ」これは天堂の殺気なのか。俺は天堂に殺されるのかと思った。


 正直な所これは「殺気」などと言う生易しい物ではなかった。天堂はこれを「鬼気」と呼んでいるがその気になれば確実に人を殺せる秘技の一つだった。そしてその死因は心臓麻痺としか認定されない。


「金子さん、あんたは俺に罪を被せる為にいくらもらいました?」

「何言うとるんじゃ、わしは何ももろとらんわい」

「いくらもらいました?」


 心臓の鼓動が更に速まった。これはもはや拷問ですら生易しかった。


「ひゃ、百万や。百万手付としてもろたんや」

「全部でいくらもらう事になってたんですか」

「に、二百万や」

「残りはいつもらうんですか」

「お前を送検した時や」


「俺は本当に殺人教唆したんですか?」

「そ、そんなもん知るか、実行犯がだんまりきめとる以上わかるか」

「じゃーあの証人はなんです」

「あれは俺が準備した証人や」

「つまりでっち上げと言う事ですか」

「そ、そうや」


「それを誰に頼まれました」

「そ、それは・・・」

「誰に頼まれました」更に天堂の「鬼気」が上がった。

「大崎や、大阪経済連の副会長の大崎や」

「それ以外にもあなたは色々な所から金をもらってますよね。何処と何処からですか」

「これ以外にはない・・」

「何処と何処ですか」金子の抵抗もここまでだった。


 とうとう金子は最近裏社会からもらった組織と金額を全て吐いた。


 金子がそこまで言った時、急に部屋のドアが開けられ、刑事課長が飛び込んで来た。


 そして、

「金子、取り調べは中止や。ええか、中止や。天堂さんは釈放や。わかったな。釈放やぞ」と言った。


 その言葉を聞いた途端、金子は意識を失ってしまい医務室に担ぎ込まれた。この後取り調べ室では課長が米つきバッタの様に天堂に何度も何度も頭を下げていた。


 そして天堂がその部屋を出る時に

「あんたは金子刑事の言葉を聞いたはずだ。もしあんたの中に正義と言うものがあるのなら、何をするのが正しいのかわかるはずだ」

 と天堂は記録を取っていた係官に言った。


 一体この間に何が起こっていたのか。


 それは昨日天堂が弁護士に渡した録画チップだった。それには取調室の様子や、運動と称して剣道場で拷問紛いの暴力使用の様子が克明に記録されていた。


 それを持って弁護士が朝から緊急重大事項だと言って府警のトップ、本部長に面会を申し込んだ。


 そこでこのビデオを見せて、この府警では日常的にこの様な人権蹂躙的な取り調べを行っているのか、それなら然るべき機関に提訴しなければならないし、マスメディアにも公表する必要があると迫った。


 流石の府警のトップもこの様な物的証拠を突き付けられてはグーの根も出なかった。


 更には確たる証拠もなく、違法な暴力的な取り調べて嘘の供述を引き出し、罪を被せ冤罪を作ろうとするのかと。


 私はこの様な違法捜査は許せない。天堂氏の即時釈放を要求する。もしこれが聞き入れられなければ直ちに然るべき法的処置と管理者責任を問わせていただくと言った。


 この要求は特急で聞き入れられ天堂は即刻無条件釈放となった。そして非は警察側にあるとし、弁護士は天堂に対し謝罪要求をした。


 更には今後の警察の暴走を防ぐ為、このビデオはこちらで保管させていただくと宣言した。


 本来は留置所に入れられた時点で身体検査を受けているので、おかしなものは何も身に着けていない事は確認されているはずだ。なのにどの様にしてこのような隠しカメラを隠し持っていたのか。


 実は天堂は逮捕された時に眼鏡を掛けていた。普通伊達眼鏡だと簡単に見抜かれてしまうが天堂と面識のない金子や府警の面々は意識誘導されていた。そしてカメラはその眼鏡のフレームの中に仕込まれていた。


 剣道場では眼鏡が壊れては困ると言って外してしっかりと全体像を撮影していた。


 では電池はどうした。そんなに長く持つはずがないだろうと言う指摘もあるだろうがそこは天堂の特殊能力がカバーしていたのだろう。


 そして内部的にはこのような物が持ち込まれているのを見過ごしていたと言う事自体が府警の面子を失う事にもなるので公にも出来なかった。


 保健室で気が付いた金子は課長に事の顛末を聞かされた。


「やっぱり俺は手を出してはあかん相手に手を出してしもたんやな」とぽつりとつぶやいた。


 その後上層部が取った処置は、即座に金子と吉村の二人の解雇処分だった。


 遅かれ早かれ大阪経済連の副会長の大崎には検察の手が伸びるだろう。その火の粉が飛び移らない先に火の元を消しておこうと言う事だ。


 大阪経済連の副会長の大崎は贈賄と買収および犯罪への強要罪で逮捕された。


 これにより大崎が、「富岡建設」を通してやろうとしていた廃品処理計画は頓挫した。


 この計画の大本には民政党の国土再生計画なるものがあった。それにも当然影響が出た。


 そして天堂の廃品処理工場の計画が再び軌道に乗り出したと言う事になる。


 府警はテレビで今回の不祥事について謝罪会見を行ったが少なくとも二人の刑事のしっぽ切りで何とか面子を保つことに成功した。


 その後府警は刑事部長と刑事課長を府警側の代表として天堂に謝罪に行かせた。


 ただし場所は弁護士事務所だった。それが最大限出来る府警側の誠意だった。


 それならばと言う事で、天堂は最後の取調室での金子刑事の告白ビデオを見せて、これは今後の警察官への戒めの道標としてこちらで保管させていただくと宣言した。


 それを聞いた刑事部長と刑事課長は苦虫を潰したような顔をしていた。


 天堂の釈放のニュースを聞いた吉岡は早速京都から大阪に飛んで来た。


「兄弟、出てこれてよかったな。お勤めご苦労さん」

「吉岡さん、俺はまだ刑務所には行ってませんよ」

「あはは、そうやったな。ちょっと早とちりやったか」


 大阪の天堂組の事務所ではしばし賑やかな笑い声が響いていた。


「で、亀岡の方の動きはどうですか」

「そうやな、今は大人しいけど、まだ完全に矛を収めた訳やなさそうなんでな、警戒は必要やろうな」

「でしょうね」


「ただな富樫の様子がおかしいんや。どうも活気がないと言うか勢いがないみたいでな」

「それならいいじゃないですか。まぁ、富樫が動かなければ横根も動かないでしょう」


「それはそうやな。なら今の内に足固めしとくか」

「それがいいでしょうね。何と言っても神戸の山王会はまだ全国制覇を諦めた訳ではありませんから、いつかは何処かでぶつかるかしれませんからね」


「確かにな。なら兄弟もどうや。この辺で組広げたら。兄弟の力ならなんぼでも広げられるやろう」

「俺はいいですよ。今のままで」

「ほんま、兄弟は欲がないんやな」


 大阪のやくざの勢力地図の中でこの天堂組のシマは一つの小さな空白地帯だ。まるでイスラエルの中にある聖地エルサレムの様なものかもしれない。


 ただ違う所は、エルサレムはユダヤ教もキリスト教もイスラム教も我が聖地と主張するがこの北新地は天堂組のみの聖地であり他のどの組の侵略も許さないと言う所だろう。


 勿論今までもこの聖地を奪おうと侵略を試みた組は幾つもあった。


 しかしその悉くが天堂組によって撃退されている。いやただ単に撃退されただけではない。徹底的に叩き潰されたのだ。


 そして不可侵条約なるものを天堂組との間で結ばされた。不可侵条約と言えば聞こえはいいが、要は一方的な降伏宣言の様なものだった。


「今後一切、一人の組員も天堂組のシマ内には足を踏み入れません。もしこの約定を違えた場合は責任者の両腕が一生動かなくなっても文句は言いません」みたいな事が書かれてあったとか。


 そして天堂はそれを実行出来る力を持っていると闘った事のある者達が言っていた。だから天堂組の天堂とは恐怖の対象以外の何物でもないらしい。


 前回話に出て来た正樹組の正樹も闘った事のある一人でその恐怖を味わった一人だった。


 ある公園に二人の元刑事だった男達がいた。


「先輩どうします。天堂に仕返しでもしますか」

「お前こそどうするんや。道場での仕返し、せえへんのか」

「あきまへんわ。わしがなんぼ頑張っても、例え100年修行してもあいつの足元にも及ばんでしょうな」


「そうか、お前がそう言うのならそうなんやろうな。わしかてそうや。わしは生まれて初めて恐怖と言うものを味おうたわ」

「どないしたんです?」


「あいつと面と向かった時震えがきた。あれが殺気と言うやつかな。ほんま死ぬかと思うた。もう2度とあいつの前には立ちとうないな」

「あいつは一体なにもんなんでしょうな」

「あれはバケモンや」

「バケモンですか。まぁ、そうでしょうな」


 警察を追われた二人がこの先どう言う人生を歩むのか、それは誰にも分らないが出来れば道を踏み外す前の人生に戻って欲しいものである。


 ただ悪いのを承知で弁護するならば金子には寝たっきりの女房がいると言う事だった。それも金のかかる。


 残念ながら刑事の安月給ではその維持費は賄えない。だから悪いと知りながら悪に手を染めたと言う事だろう。だからと言ってそれが許される事でない事は言うまでもない。


 更に言うならば人間と言うものは一旦悪に染まるとそれが日常化し善悪の基準がズレてしまうと言う事だ。


 普通では許されない事が染まった自分の基準では許される基準になってしまう。

 

 そうなればもはや人間としての善悪の判断が出来なくなってしまうのだ。残念な事に。


「よう、天堂。釈放されたんやてな。よかったな」

「ええ。ありがとうございます。吉田さん」

「お前の事やから出て来るとは思てたけどな。しかし金子の奴が首になるとは思わんかったで」

「金子刑事を知ってるんですか」


「ああ、警察学校の同期やった。あいつも昔は正義感の塊みたいな奴やったんやがな」

「朱に交われば赤くなると言いますからね」

「おいおい、わしまはだ赤くはなっとらんぞ」

「わかってますよ」

「じゃーな、頑張れよ」


 やくざに「頑張れ」もないだろうと思ったが、天堂は「はい」と答えておいた。


 そして刑事はいつまでも刑事でいてもらいたいものだなと思った。


 夕闇の荒涼とした廃墟で3人の男達が対峙していた。


「あの時は随分と世話になったな」

「いつ刑務所から出てきた」

「先週だ」

「もう少し娑婆を楽しんでからでも良かったのに」

「待ち切れなくってな」


「お前らプロだろう」

「それがどうした」

「プロがこんなに堂々と人殺ししていいのか」

「なに?」

「普通はもっと人知れずやるもんじゃないのか」

「ここだって周りに人はいないだろうが」


「まぁ、そうだな。じゃーいいか。ところでお前ら『闇』って知ってるか」

「何だそれ」

「知らないか。じゃいい」


「ところで何だそれは。まさかそんな短い棒切れで俺達の相手をしようと言うんじゃないだろうな」

「だとしたら」

「怖くなってまともにものが考えられなくなったか」

「最近の人殺しと言うのはおしゃべりなんだな」

「うるせー死ね!」


 そう言って二人の殺し屋は拳銃の引き金を引いた。勿論消音器の付いた銃だ。


 しかしその悉くがまるで天堂の体を避けるように外に流れて行った。二人は全弾を撃ち尽くしたが一発も当たらなかった。


 しかし流石はプロだ。そこで躊躇する事はなかった。直ぐにカートリッジを取り換えて次の射撃に備えた。


 しかしその時には天堂が目の前にいて次の瞬間すり抜けていた。


 二人の間を駆け抜けた天堂を目で追った時、その目はそのまま180度後ろを見ていた。そしてポロリと二人の首が落ちた。


「いるか」

「はい」

「始末しておけ」

「承知いたしました」

「やっぱりお前ら本当のプロではなかったな」

「『闇』を知らないか」


「天堂が行く」第一部完

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