第一話 傭兵との戦争
神戸山王会の特攻隊長と言われた富樫は吉岡殺害の失敗の件で少し落ち込んでいた。
そこに今度はプロを使ったらどうかと提案に乗った。
今日は神戸山河会の定例幹部会だった。
「どうしたんや兄弟、最近元気がないやないか。山河会の特攻隊長と言われた兄弟が元気なかったら若いもんに示しがつかんがな」
「そやな」
「あれやろう。吉岡のガキの玉取り損ねた件やろう。あんなもん気にしな。あれは横根のガキがへた打っただけや」
「あんなちんけなプロ使いよってからに。もっとちゃんとしたプロ使えちゅうねん。そしたら失敗する事なかたったんや」
「そんなプロおるんかいな」
「おるで兄弟。飛びっきりのプロがな。いつも殺し合いやっとるプロの傭兵や。そいつらが殺し屋もやっとるんや。そいつら一流やで」
「ほーそらええな」
「そやろ、どや今度紹介したろか」
「ええな、ほな頼むわ」
富樫は吉岡殺害の失敗もさる事ながらこの前の仮面の襲撃団の事がどうしても頭から離れなかった。あいつらがいる限りいつまた狙われるかわからない。だからまずは目の前の障害を取り除く事が先決だと考えていた。
ただし奴らが一体誰なのか。それが今の所わからない。しかし吉岡に絡んだ奴らに違いないと睨んでいた。
もし吉岡に加担する奴がいるとしたらそれは先ず第一に兄弟分の丹波の金森だろうと踏んでいた。しかもあそこには親衛隊なる精鋭軍団がいると聞いている。それなら可能性はあるだろう。ただしその親衛隊があそこまで強いかどうかは疑問だが。
まぁ、それはどうでもいい。要は可能性のあるやつはみんな潰してしまえばいいだけだと富樫は思っていた。
しかも向こうは山里だ。多少大きな戦争になってもわからんだろう。傭兵には持って来いの戦場だろうと富樫は思った。
久しぶりに日本に帰って来た宍戸は大きく息を吸って、しかし反吐を吐き出すように吐いた。
「相変わらず緩い生ぬるい空気だな。この国の国民と一緒だ」
そう言って宍戸は神戸に向かった。向こうで一人の仲間と落ち合う事になっている。
依頼主の富樫から今回の依頼内容は聞いた。組ごと殲滅してもいいとの事だった。相手は700人からの組だ。そうなるとそれなりの武器がいる。
その為に二人海外に残してきた。これで必要な武器の調達は出来るだろう。日本が如何に武器に関して管理が厳重だと言っても抜け穴はいくらでもある。必要なら核兵器だって持ち込めるのだ。
ロケット砲にロケットランチャーと火炎放射器付きの装甲車、それと手榴弾にナパーム弾それと地雷各種にマシンガンやオートマチック各種を用意した。弾丸も数えきれない程用意した。何しろ700人殺すのだから。
このチームのリーダーは宍戸晃司と言う、日本人だ。後はドレイク、彼は罠を仕掛けるのが得意だった。
シュルツは重火器を扱う、ドルジェノは野戦コンバットを得意としていた。どれも中東やアフリカの第一線で実績を上げてきたA級クラスの傭兵達だ。
その彼らが準備を負えて丹波に戦争を仕掛けた。それはまさに戦争だった。やくざ同士の抗争とはレベルが違った。
仕掛けられた罠でプラスチック爆弾や手榴弾が爆裂し多くの組員が負傷した。逃げ惑う組員に襲い掛かったのはこれまた仕掛けられていた地雷だった。これでまた多くの命が失われた。
そして竹林をなぎ倒してやって来たのは装甲車だ。小型だがカスタムメイドされ、火炎放射器も搭載されていて一人でも大小の機関銃が操作出来るようになっていた。
この戦いは火器の威力が違い過ぎた。その上戦闘の経験も違い過ぎた。やくざの戦争と本当の戦場での戦いとでは勝負にはならなかった。この戦いで金森の組員は既に1/3が命を失っていた。
天堂が事務所で次の絵画の落札について相談をしていた所に吉岡から連絡が入って来た。
「兄弟、ちょっと気になる事があって連絡したんや」
「どうかしたんですか」
「それがな朝から丹波の兄弟の所に連絡取っとるんやが誰も出えへんのや。確かに向こうは電波の届き具合が悪いのはわかるが、固定電話まで出んと言うのはおかしいやろう。
それに兄弟だけとちゃうんや、頭も他の幹部も誰も出ん。それで心配になってな。兄弟何か聞いてないか」
「いいえ、俺は何も、ではこっちでも調べてみます」
「そうしてくれるか頼むわ」
「わかりました」
「鳴海、軍事衛星に入って見てくれ」
「了解しました」
「丹波篠山の方面ですね。ん?」
「どうした」
「何か交戦してますね。それも少し大きい。これはやくざ同士の抗争ではありませんね。どうやら重火器が使われてるようです」
「重火器だと。本当の戦争でも始めたか。そうか、プロの殺し屋ではなく今度はプロの戦争屋を雇ったと言う事か。しかし何故丹波なんだ。吉岡ではなく」
「どうします」
「放っておく訳にもいかんだろう」
「そうですね。ではお供します」
「お前、この前は行かないと言ってなかったか」
「軍隊が出てこなければと言いました」
「あっ、そー、そう言うのありなの」
「黄崎。お前も準備しなさい。そして紫村と黒田、お前達はここで連絡係です。それ以外はここで待機。それから紫村は吉岡に連絡を取って丹波の屋敷の情報を出来るだけ詳しく聞いておくように。抜け道や隠し部屋等について知ってるかどうかです。わかりましね」
「了解です。部長」
「何でお前がここで仕切る訳」
「では行きましょうか。社長」
「今回は久しぶりに仮面が被れそうだな」
「そうですね」
金森の地下には昔で言う防空壕があった。今で言えば核シェルターだ。ともかく金森はそこに逃れた。上ではまだ闘いが続いているがその大半はやられてしまっただろう。
それだけ相手の戦力が強大過ぎた。まさかここまでの敵に出会うとは金森も想定していなかった。
確かにやくざ同士の大きな戦争と言うのは想定済みだが本格的な戦争道具を使った戦争までは想定外だった。そんなものこの日本国内では武器そのものが手に入るものではなかったからだ。
しかも相手の技量がこちらのそれを大きく上回っていた。人殺しを何とも思ってない者達だ。勿論やくざだって人殺しはする。
しかしその質は少し違う。いくら残忍になっても人を殺していると言う認識はある。しかし奴らにはそれすらない。道端の石が邪魔だから退ける。それくらいの感覚で人を殺して行くのだ。
このままでは全滅も時間の問題だろう。だからと言って天堂に助けを求める気にはならなかった。天堂は息子を助けてもらった大事な恩人だ。
ここで巻き込んで死なしてしまったら天堂にも息子にも合わせる顔がないと思っていた。それほど今度の敵は脅威だ。いくら天堂でもどうにもならないだろうと思った。
幸いこの部屋の無線はまだ生ている。だから最悪何処かに連絡しようと思えば連絡は取れるはずだが、それがここしばらく妨害電波でも流れているのか何処とも連絡が取れなくなっていた。所がその無線が突然反応した。
「アーアー聞こえますか、こちら管制塔ー、こちら管制塔。何言ってんだよ、違うだろうがバカ。ちょっとかせ。えー、こちらは天堂商会であります。感度はいかがでありましょうか、どうぞ」
「なに、天堂だって。天堂さんなのか」
「いえ、私は紫村と言うものであります。連絡係を仰せつかっております。はい」
「そうか、それで天堂さんは」
「現在社長は部長と黄龍、いえ失礼致しました。黄埼を引き連れて現場に向かっております」
「あの黄埼か」
「はい」
「しかし、相手は」
「はい、承知いたしております。傭兵上がりの殺し屋ですよね」
「傭兵上がりやない。現役の傭兵や」
「了解です。でもそんなのはちょちょいのちょいです。いや、であります」
「お前、それ本気で言うてるのか」
「はい、社長に任せてくれとの事でありました。ではまた後ほど連絡いたしますです。失礼いたします」
そう言って連絡は切れた。まったく遊んでいるとしか思えないような連絡だったがともかくは一息がつけたような気がした。
「ははは、まったく天堂と言う男はなんちゅう部下を持っとるんじゃ」
「ひゃー、社長、これはまた派手にやってますね」
「そうだな。よっぽど弾代が気にならんらしいな」
「政府から金でも出てるんすかね」
「バカ、そんな訳ないだろう」
「そうっすよね」
「では私は救援物資を持って金森さんの方に向かいます」
「そうだな、合言葉は紫村に伝えさせてある。『風林火山』だ」
「わかりました」
その後の連絡でシェルター内で何が必要なのか聞いていた。それとドアを叩く回数と合言葉で確認を取り、鳴海はシェルターの中に入った。
「おお、鳴海か」
「はい、金森さん大丈夫ですか。何方が怪我を?」
「こいつらや」
「わかりました。今救急処置を行います」
「あんたそんな事が出来るんか」
「はい、野戦病院にいた事がありますので」
「そうか、それは助かるわ」
怪我をしたのは頭の富永と親衛隊の隊長の小室だった。富永は金森を守って、小室は最前線に立っていて被弾した。
それでも最後まで戦うと言ったが組織の再生には絶対に必要だからと言われて二人とも余儀なくシュルターに入れられた。
鳴海は必要な処置を行い、必要な物資を渡した。そして何故こんな事になったのか事情を尋ねたが金森にもその辺りは良くわからないと言う。
「そうですか。もし誰かを生きて捉える事が出来たら聞いてみましょう」
「あんたら、勝つ気でおるんかいな」
「でなければここには来ません」
「ほんま大した自信やな、恐れ入るわ」
表では闘いの様子が少し変わって来ていた。金森側が劣勢である事に変わりはないがその金森側の全部が退却を始めたのだ。
傭兵隊のリーダーである宍戸は
「今更退却しても遅いわ、お前らの行き先は地獄だけだ。おーいみんな殲滅するぞ」
と指令を出した。
一番左翼にいたドレイクが何かに引っかかった。それは自分が仕掛けた罠と同じだった。とっさに身をかわしたが爆薬の一部が左わき腹を掠った。
「惜しかったすね。もうちょっとでみんなぶっ飛んだのに。あんた悪運が強いっすね」
「お前何をした」
「あんたが作った罠をね。ここに作り直しておいたんすよ」
「何だと向こうに作った俺の罠をここに持って来ただと。どうして、どうしてあれが再現出来たんだ」
「あんなの初歩的なもんしょ。子供でも作れますよ」
「なに!」
「でもあの地雷は酷だったすね。ここの人達大分やられましたからね。可哀そうに」
「ならお前も死ね」
そう言ってドレイクは小型のロケット砲を黄龍に向けて発射した。しかしそのロケット弾は黄龍の周囲を旋回してドレイクに戻って炸裂しドレイクは爆死した。
『知ってましたか黄色の龍は風を操るって。これを風気功と言うんですよ。さて次に行きますか』
向こうでは装甲車が天堂の持つ木切れで中央から真っ二つにされていた。勿論気功斬で切ったものだ。
中に乗っていたシュルツは信じられないものでも見たような目で天堂を見ていた。それはそうだろう。こんなもの誰が見ても信じられる訳がない。
次に横一閃に薙ぎた一刀で装甲車諸共シュルツの首が飛んでいた。そしてその後閃光と爆発によって装甲車は木っ端微塵に砕け散った。
「いやー派手にやってますね。そう言えば一人は生かしておけって社長が言ってたっすかね。でもそれは社長がやるっすよね。俺は次のを殺すとしますか」
この時は二人とも例の仮面をつけていた。彼らがその仮面を付ける時は『闇』の力を解放する時だった。
勿論その時は殺人も辞さない。むしろそれこそが彼らの本来の姿だと言っていいかもしれない。
黄崎は林の中を疾風の様に駆け回割りながら自動小銃を撃ちまくるドルジェノのバックを取った。
今までなら誰一人このスピードと射撃の正確さについて行けず屍の山を築いていたドルジェノだが今度だけは後ろの影を引き離せずにいた。
ヅルジェノは何故だと不思議に思っていた。今まで俺のスピードについて来た奴など一人もいないのにと。
黄村がこの前ここで戦った時はノーマルモードで戦っていた。しかし今は全開モードで戦っている。だからこの程度のスピードに付いて行くくらい訳もない事だった。
振り返って射撃してもブラインド・シューティングしてもかすりもしなかった。それでもしっかりとバックを取られている事は肌が感じていた。
時間ともに冷や汗が滲んで来た。これまでの戦闘人生でこれほど嫌な思いをした事はなかった。
たった一人で百人のゲリラを相手にした時ですらこんな嫌な感じはしなかった。しかも何をどうしても振り切れない。
正直な話、自分なら100回は殺してるだろうと確信が持てた。つまり相手はそれを承知で遊んでると言う事だ。これを理解した時点でドルジェノは走るのを止めた。
「どうしました。駆けっこはもうおしまいっすか」
「ああ、あんたにはいくら走っても敵わないからな」
「で、どうするんっす」
「一騎打ちと行こうじゃないか」
そう言ってドルジェノは銃を捨てた。何故銃を捨てたのか。距離を取った戦いでは勝てないと踏んだからだ。それならまだ接近戦なら可能性があると。そしてこの相手なら乗ってくると。
「一騎打ちですか。それも無駄だと思うけんすけどね」
「随分はっきりと言ってくれるね。しかしな、白兵戦と言うのはやってみないとわからないぜ。いくぜ」
そう言ってドルジェノは突っ込みながら近距離でナイフを投げた。そして蹴りを放ってきたがそのブーツの先には刃先が飛び出していた。
しかし黄崎はその両方を難なく捌いた。しかしそれはドルジェノにとっても想定内だった。
その状態で半回転し、普通なら後廻し蹴りに行く処だがそこで後ろ猿臂を出した。
ただしそれは普通の猿臂ではなかった。そこに仕込まれてあった毒矢が飛び出す仕掛けになっていた。
振り返ったドルジェノが見たものは黄崎が二本の指でその毒矢を挟み取ってる所だった。
「あんた面白い物を持ってるんすね。これって何の毒っすか。マムシかトリカブト、それともサソリやタランチュラとか。普通は野生で手に入るやつっすよね」
「お前、それをどうして受け・・・」
「甘いんすよ。何もかもが。本当に戦った事があるんすか、あんた」
「た、戦った事があるかだと。この俺にそれを問うのか。ははは。そうか。勝てない訳だな」
その言葉を最後にその矢はドルジェノの喉に突き刺さっていた。そして心臓には短剣が。
ようやく周りが静かになって来た。戦闘音が聞こえない。宍戸はあいつらが制圧したと思っていた。これなら俺が出るまでもないと。
この宍戸がどうしてリーダーでいるかと言うと百発百中の銃の名人と言うのもある。しかしそれ以上に宍戸の優れている所は持って生まれた勘のようなものだ。
それは相手の心理状態と微妙な動きから先読みが出来ると言う点だった。確かに弾よりも速くは動けないが銃を撃とうとする意識を読み取る事が出来る。
その為に引き金を引いた時にはその軌道から自分を外す事が出来るらしい。今まで一度も銃で当てられた事がないと言う。だから人は彼の事を「死なずの晃」(宍戸晃司)と言うらしい。
斜め前の草むらで人の気配がした。そこに向って宍戸はマシンガンを連射した。マガジンが空っぽになった時点で止めて直ぐにマガジンを交換した。
「いやー流石にいい腕してますね。かかしがボロボロっすよ」
そう言って殆ど枠組みのみになったかかしを持った黄村が姿を現した。そして天堂も。
「お前ら二人が仮面の男達か。後二人はどうした」
「なるほどそう言う事か。お前らを雇ったのは富樫と言う事か。しかしいいのかそんなに簡単に依頼主の正体を明かしてしまって」
「構わんよ。どうせお前らはここで死ぬんだからな」
「大した自信だな」
「俺達は今まで仕事をしくじった事がないんでね」
「残念だな、その連勝記録も今日までだ」
「何だと」
「あんたのお仲間3人はもうあの世に旅立ちましたっすよ」
「何だと、そんな馬鹿な」
「だと思うんなら呼び出してみるんすね」
宍戸は三つの呼び出しを掛けたが二つは反応しなかった。しかし最後の一つは目の前で振動していた。
「これっすよね。もう二つは爆死したんでここにはないっす」
宍戸は通信機を握りしめて壊してしまった。
「きさまら、許さんぞ」
「それはこっちのセリフだ。どれだけの人間を殺したと思ってやがる。この外道が」
「てめえらこそ、所詮はやくざじゃねーか。俺達と何処が違う」
「あんな事言ってますがどうします」
「そうだな、結構良い事言うよな」
「それってまずいっしょ」
「そうか。やっぱりまずいか。じゃーお前が悪い」
「なめてんのか。きさまは死ね」
そう言って宍戸はマシンガンを連射した。しかし天堂には一発も当たらず、天堂は弾を無視して歩いてきた。宍戸は馬鹿なと更に連射したが何も状況は変わらなかった。
宍戸がマガジンを取り換えようとした時、急に間の前の風景が変わった。自分が一段階下がった処から見ている事に気が付いた。下を見てみると自分の足の膝から下がなかった。
宍戸には天堂の動きが何も見えなかった。
「き、きさま、何をした」
そう言った時には握ったマシンガンと一緒に両手が地に落ちていた。
「そ、そんな、な、なんだーこれはー」
「それがお前の末路だ。戦争を弄ぶ者のな」
「もういいだろう。黄崎、慈悲だ。止めを刺してやれ」
「了解っす」
各死体は『闇』の配下によって完全に処分された。こうしてこの4人の殺戮者は上位の殺戮者によって淘汰されたのだ。
そしてその後数日して、山河会若頭補佐の富樫組組長富樫とその富樫に今回の傭兵を紹介したとされる同じく若頭補佐の東崎組組長の東崎がこの世から姿を消したのは言うまでもない。
応援していただくと励みになります。
よろしくお願いいたします。




