第四話 国家権力
天堂は大崎の策略により
濡れ衣を着せられ大阪府警に逮捕された。
担当官の金子は何とかして
天堂に罪を被せようと躍起になっていたが
中々思うようにはかどらずイライラしていた。
「東和土木産業」との交渉が不成立に終わった夜、正木組の正樹組長は大阪経済連の副会長の大崎にその報告をしていた。
「何でそんなにあっさりと引き下がってきたんや。何の為にあんたらに頼んだと思ってるんや」
「すんません。しかし相手が悪すぎるたんですわ。わしらではどうにもならん相手なんです」
「何やそれは。そんなに大きな組なんか」
「いや、組そのものはほんの10人程の小さな組なんですがそこの組長の天堂と言うのがどうも・・・」
「そんな小さな組の組長一人がどうしたと言うんや。そんな人間一人どうにも出来んのかいな。情けないな。もうええ。わしの方で何とかするするさかい」
「すんまへん」
大崎は民政党の幹事長の吉秋に連絡を取って、大阪にある小さな組が邪魔をしているので何とかならないだろうかと頼んだ。
それを聞いた吉秋はわかったと一声で返事をした。彼は警察官僚から議員になって民政党の幹事長になった男だ。
今でも警察には太いパイプを持っている。その彼がわかったと言ったんだから大崎は何の心配もしていなかった。
どう言う形でかはわからないがともかく大阪府警に天堂組壊滅指令が下る事は確かだろう。
ただ念には念を入れて、黒い噂のあるマル暴の金子刑事と言う人物に会ってみる事にした。どっちみち彼が中心になって動くと正樹から聞いたので。
大崎が金子刑事に指示した事は、天堂組を潰す事が出来ればそれに越した事はないが、もしそれが出来ず更に天堂に罪を負わせることが出来なければ最低限出来るだけ長く勾留して欲しいと言う事だった。警察と検察を含めて。その為に大崎は金子に手付として100万円を渡した。
組を潰したければいくら組員を逮捕しても仕方がない。まずはトップの逮捕だ。
その定石に従って金子は天堂の過去や現在を洗ってみたが何一つ逮捕につながる様なものは出てこなかった。
逮捕歴がないどころか良い評判しか出てこなかった。これには金子も困惑した。
金子は更に重箱の隅を突っつく様に調べてみたがこれまた何も出てこない。これではらちが明かない。
こう言う時はどうすればいいか。それは彼が一番よく知っていた。要するにでっち上げればいいだけの話だった。
しかし天堂の場合でっち上げるにしてもあまりにも身が奇麗すぎた。これじゃ堅気と変わりがないじゃないかと金子は嘆いていた。
しかしここで根を上げる訳にはいかなかった。ただ一つの救いはもし有罪にまで持ち込む事が出来なかったとしても勾留期限と検事勾留で時間を稼げと言う指示だった。
これなら簡単だ。要は言いがかりをつけてつなぎとめておけばいいだけだから金子にとっては楽な仕事だった。そしてまたいたぶれると金子はほくそえんでいた。
大崎側はこの間に今度こそ「東和土木産業」に脅しをかけて今回の件から手を引かせる計画を立てていた。その為に正樹組よりももっと大きな組に頼むつもりにしていた。
その為の第一段階だ、警察にはしっかりやってもわらないといけないと大崎は思っていた。
そこで金子が目を付けたのが京都で起こった吉岡襲撃事件だった。この事件の現場には天堂もいた。
一応天堂は吉岡をヒットマンから救ったと言う事になってはいるが、そのヒットマンが誰に雇われたかは未だにわかってはいない。本人達もその事に関しては頑として口を割らなかった。
金子もこいつらはプロだろうと見当をつけていた。だから金輪際真相を語る事はないだろう。それに本人達は今刑務所の中だ。
だが雇い主は未だにわかってはいない。ならこの雇い主がもし天堂だったとしたらどうだと金子は考えた。
途方もない考えであり、筋が通らないと言えば通らない。しかしそこはごり押ししてしまえばいいと金子は考えた。
そして金子は天堂を吉岡に対する殺人教唆容疑で逮捕状を取った。証人をでっち上げた上で。
普通はこんなもの通るはずがないのだが上層部が後押しをしている。そうなると通らない捜査でも通ってしまう。
そして天堂は逮捕され勾留された。勾留期間は10日間、更に10日追加されて最大20日間の勾留になる。
そして送検されれば更に伸びるだろう。それだけの期間があれば大崎の計画も成功する。そう大崎は踏んでいた。
そして金子もこれでこの天堂の泣きっ面が拝めると喜んでいた。今までこの金子にいたぶられて根を上げなかったやくざはいなかった。
それに金子には奥の手もあった。それ故金子は鬼のマル暴と呼ばれていた。
勾留された日から金子の執拗な取り調べが始まった。怒鳴られ、罵声を浴びせられ、こずかれ、蹴り飛ばされ、これが近代警察の取り調べかと疑りたくなるようなものだった。
見た目にはひどい扱いを受けているように見えるが天堂は適当にそれらの力を流していた。
眠らせないような長時間に渡る取り調べもあったが天堂には苦にもならないものだった。
金子は何とか自供を引き出そうと強制していたが天堂はどこ吹く風で聞き流していた。
「天堂よ。お前ええ根性しとるの。しかしそれがいつまで続くか見ものやの。どうや、座ってるのも疲れたやろう。ちょっと運動させたろか。ついてこいや」
そう言って金子は府警の道場に連れて行った。そこは柔道場ではなく剣道場だった。だから床は板の間だ。そこで待っていたのは柔道着を来た巨漢だった。
「金子さん。ここで運動するんですか」
「まずお前の体をほぐしてやろうとおもうてな、専門家を連れて来てやったんや。ゆっくりほぐしてもらえや」
そう言うなり、その巨漢が天堂の胸倉を掴むと一本背負いで投げた。しかも板の間の上に。
バスーンと言う音と共に天堂の体は板の間の上に投げ落とされた。普通ならこれ一発で病院行きだろう。しかしそれでも天堂は起き上がって正座をした。
それを見た巨漢は微笑みながらまた天堂を捕まえて投げた。それを何度繰り返したか。その都度床が振動し大きな音を立てていた。
普通ならもう担架で担がれていてもおかしくはない頃だ。それでも天堂は起き上がって正座をした。
正直な所天堂は何のダメージも受けてはいなかった。床に当たる瞬間身体と床の間に気の圧を張って衝撃を吸収していたのだ。音だけは派手に立てていたが。
「ほー大したもんや。これだけ耐えた奴はお前が初めてやで」
「今までの最高はどれくらいですか?」
「そうやな、10回位かな」
「それは何人目位で」
「そうやな、20人目位でやっと出て来たかな」
「そうですか。ではこれでほぐしは終わってそろそろ運動させてもらってもよろしいですか」
「ほーわしと運動したいんか。ええやろう、運動の相手になってやろうやないか」
「でもそれでまた公務執行妨害なんて事はないでしょうね」
「あほか、よう見てみ、わしが着てるのは柔道着や。これで公務執行妨害がある訳ないやろう」
「それを聞いて安心しました」
「あのな、天堂。教えといたるがな、この吉村は警察の柔道大会で全国優勝を2回もしとる猛者や。お前がどうあがいても勝てんよ」
「そうですか。ではお願いします」
「なんじゃ、かかってこんのか」
「俺はこのままで結構です。そちらからどうぞ」
「なめとんのか、わりゃー」
そう言って吉村はまた天堂の胸倉を掴みに行った。その手が天堂の胸倉に届いたか届かないかの所で吉村の体は宙を舞っていた。そして床にドスンと落ちた。
吉村は自分の身に何が起こったのか全くわからなった。吉村はふらふらする頭を振りながらまた天堂に掴みかかって行ったがまた触れる瞬間に宙を舞っていた。
そして今度の落下の衝撃は前回よりも大きかった。一瞬息が出来なくなった。
無理やり息を吐きだして何とか呼吸が出来るようになった。吉村はふらふらになりながらも辛うじて立ち上がった。
「流石は全国大会2回の優勝者ですね。ここまでタフだとは思いませんでした。俺の投げを2度耐えた人は貴方が初めてですよ」
吉岡はやっと息を整えて今度は慎重に、これまでの吉村の人生で一度もした事のないような慎重さで天堂に近づいた。
そしてこれまた慎重に天堂の右袖を捕りに行った。これなら投げられそうになったら放せばいいと思っていた。
やっと吉村の指が天堂の袖に掛かったと思った瞬間吉村はまた宙を舞っていた。今度はもうだめだと吉村自身が思った。その通り吉村はもう二度と起き上がっては来なかった。
あっけにとられていたのは金子だった。あの吉村がこれほどまでに子供扱いされるとは思ってもいなかった。あまりにもㇾベルが違い過ぎたのだ。
自分も少しは柔道が出来る。だから余計にそのレベルの違いが分かったのだ。そして急に気が付いて救護班を呼んでいた。
「金子さん、いい運動をさせてもらいましたので、そろそろ取調室に戻りましょうか」
そう言われた金子だがすっかり毒気を抜かれていた。
取調室に戻ってしばらくは金子がにらめっこみたいに天堂の顔を睨んでいたが何を思ったのか、「今日はこれで取りやめや」と言って部屋を出て行った。
天堂が勾留されて今日で3日目になる。組長のいなくなった天堂組ではあるが何も変わってはいなかった。いつものように天堂の分は頭の鳴海が取り仕切っていた。
そんな時京都の吉岡から電話がかかって来た。
「鳴海か、天堂の兄弟の様子はどうなんや」
「吉岡の親分さん、ご心配していただいてありがとうございます。おやじの事ですから大丈夫だと思います。明日弁護士の先生が面会に行く予定になってますので詳しい事がわかると思います」
「しかし滅茶苦茶な話やな大阪府警も。何で兄弟がわしの殺人教唆なんや。兄弟はわしの命の恩人やないか」
「そうですね。何かの間違いか、それとも何かの意図があってやっているのかも知れません」
「その何かの意図と言うのは何や」
「まだ証拠が掴めていませんので詳しい事は申し上げられませんが、しのぎに関した事だとだけ申し上げておきます」
「そうかいな、わしに出来る事があったら何でも言うてや。協力するさかいな」
「ありがとうございます。その時はまた宜しくお願いいたします」
「よっしゃわかった。ほな大事にしたってな」
「はい」
「筆頭どうします。こっちも何か行動を起こしますか」
「いや、今はまだです。今は大崎の動きを探るのが先です。どうせあいつの事です宗家のいない間に何か手を打とうとするでしょう。それを確かめるのが先です。私は村上と連絡を取ります」
「わかりました。では『闇』の間者を放ちます」
翌朝また取り調べを始めてしばらくして係員が弁護士が天堂に面会に来てると告げた。
「まだ取り調べ中で合わせる訳にはいかんと言うとけ」
「それが大物弁護士事務所からで断るとちょっとまずいかも知れません」
「しゃーないな、ほな15分だけやと言うとけ」
天堂は弁護士と今後の打ち合わせをして予定の品物を渡した。後は弁護士次第だなと天堂は思った。
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