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天堂が行く  作者: 薔薇クーダ
第七部
32/77

第二話 函館での遭遇

鳴海はバケーションを兼ねて札幌までやって来たが

そこで思わぬ相手、正に鳴海に取っては

会いたくない相手に出会ってしまった。

 翌朝鳴海はホテルで朝食を取った後、自分の部屋からセンサーを広げて昨日のやくざや『SCU』の所在を探ってた。


  一旦接触した相手には気のブックマークを付ける事が出来るのだ。そうすれば何処にいても鳴海の気のセンサーでその居場所を感知出来る。それで鳴海はやくざ達の場所も『SCU』達の場所も把握した。


『さてどうしますかね。まぁ、「SCU」はまだそのままでいいでしょう。ただし向こうのやくざの方には少し話をつけてから行きますか』


 こちら『SCU』の方では飛んでもない事が起こっていた。昨日喧嘩をしていた者達の様子がソーシャル・ネットワークに流れていたのだ。


 勿論一種のアングラ系のサイトになるが「やくざと一般市民の喧嘩」と言うタイトルで。


 この画像では顔はまだはっきりとはわからなかったが、もしこれを解析機にかけたら顔も丸わかりになってしまうだろう。


 これは鳴海が手を回して昨日の動画をこのサイトに投稿したのだ。


「お前達は一体何をやっているんだ。前回は巻かれて今度はやくざと喧嘩か。お前ら正気か」

「すいません、こんな事になるとは想像もしなかったものですから」

「しかも何だこの様は、お前らが顔を晒してどうする」


「課長、もしかするとこれは鳴海に嵌められたのかも知れませんね」

「では何か、始めから尾行の事は把握されていたと言う事か」

「はい、そうとしか考えられません」


「プロのお前らがこうも容易く手玉に取られるとはな」

「課長、あいつは我々が想像している以上の男かもしれませんね」

「そうだな、そうなるとこっちも手を変える必要があるな。お前らはしばらく謹慎してろ」


 こうして『SCU』の分会では新たな計画が練られえ始めた。


 鳴海はホテルをチェックアウトして、取り合えず新宿駅のコインロッカーに荷物を預けておいてやくざの組事務所に出向いて行った。


 彼らの事務所は南新宿の外れの方だった。名前を有川組と言う。


 それほど大きな組ではなかったがそれでも30人ほどの組員を抱えていた。


 しかし組事務所には常に30人がいる訳ではないので事務所のドアにはロックが掛かっていた。


 しかしそんなもの鳴海にかかれば錠なしも同然だった。鳴海はドアを開けて堂々と入って来た。


「何だてめぇは。どっから入ってきやがった」

「何処からって入り口に決まってるじゃないですか」

「馬鹿な、入り口には鍵がかかってるはずだ」

「まぁそれはいいんですが、昨日のご挨拶にあがりました」


 その時に中にいた一人が、

「兄貴こいつですよ、昨日うちの店を荒らしに来たと言うのは」

「失敬な、不当請求したのはそちらでしょう。それとも警察で白黒つけますか」

「何だとてめー。ここに来て満足な体で帰れるとでも思ってやがるのか」

「それはそちら次第ですがね」

「じゃかましいわ、おい、やっちまえ」


 そして事務所の中で乱闘になった。いや、争いにすらならなかったと言った方が正しいだろう。それは一方的な掃討だった。


 近寄って来る者は片っ端から左右の壁に叩きつけられていた。それも数メートルも離れている壁に。


 数分で15名近くの組員達が床でのたうち回っていた。それを見た組長も頭も成すすべがなかった。


 余りにもあっけなさ過ぎたからだ。喧嘩にもならない喧嘩だった。それもたった一人の素人に。


 そして鳴海は組長の両腕と頭の片腕に点穴を施した。これが出来るのは天堂を除いては三傑の中で筆頭と言われる鳴海だけだった。


 そして鳴海は天堂と同じ注釈を述べてから、私が帰って来るまで自分達の態度を反省する事ですねと言ってその場を去った。


 鳴海はお昼の新幹線に乗れば夜遅くならない内に札幌に着けるだろうと新宿で切符を求めて東京駅に向かった。


 東北新幹線から北海道新幹線に乗り継ぎ札幌のホテルに着いたのは夜の8時を少し回っていた。


 鳴海は早速チェックインを済ませて部屋に向かう途中で華やかな女性達のグループをラウンジで見かけた。


 その一人に目を向けた途端、鳴海はまるで顔を隠すような仕草で足早にそこを離れようとした。


 しかしその中の一人がいつ動き出したのかもわからない足取りで鳴海の前に立ちはだかってこう言った。


「天兄ちゃん、あたしを無視して何処に行くのよ」

「その呼び方はよしなさいと言ってるでしょう」

「天兄ちゃんは天兄ちゃんじゃないの、何が悪いのよ」

「あのな」



 その時に向こうにいた4人の美女達もやって来て、

「ママ、その方は何方なんですか。ママのお知り合い。それともママの良い人だったりして」

「そんな訳ないじゃない。ママの良い人は天堂さんに決まってるわよ」

 とワイワイと騒いでいた。


「この人はね、あたしの故郷の幼馴染なのよ」

「そうなんだ。ママの幼馴染ですか。初めましてあたし和代です」

「ちょっと抜け駆けはよくないでしょう。私は冴子です。よろしくお願いします」

「あたしミサです」

「私小百合」


 とそれぞれに名乗り出し、そしてまた一騒ぎとなった。


「ねぇ、天兄ちゃんは何でここにいるの」

「仕事ですよ」

「うそ。社長がさ、バケーションだと言ってたわよ」

「また余計な事を。そうです。仕事を兼ねたバケーションなんですよ」

「だったらさ、急がないんでしょう。ならこれから札幌の夜の観光につき合ってよ。いいでしょう」


 そう言ってごり押しして来たのはミナミの超高級クラブ「ナビロン」のママ、青海はるかだった。


「お前こそ何故ここにいるのです」

「これはさ、うちの慰安旅行なのよ。たまには気晴らしにも連れて行ってやらないとさ」

「それで札幌に来たと言う訳ですか、何と間の悪い事ですね」

「反対じゃないの。こんな美女軍団に囲まれてさ、皆の羨望の眼差しの的になってるわよ」


 そう言われて見るとホテル中の男達の目がこちらを向いていた。


「わかりました。着替えて来ますから少し待っててください」


 そう言って鳴海は逃げる様にしてエレベーターに向って行った。流石の鳴海もこの女傑には弱いらしい。


 鳴海は着替えて来ると言ったがその姿は殆ど変わってなかった。


 違ったのはカッターシャツとネクタイ位だろうか。いつもの様に隙の無い中間管理職タイプの服装だった。


 鳴海は遅くなると分かっていたので車中で夕食を済ませていた。


 また青海達も夕食は済ませていたので後は夜の街の散策だけだった。


 ここにはススキノと言う北海道随一の歓楽街がある。


 鳴海達はそのススキノに繰り出した。そこでも鳴海達は物凄く目立つ存在だった。


 無理もないだろう。これだけの美女を引き連れて歩いているのだ。誰だって何処のお大尽かと思うだろう。


「なぁ青海、もう少し離れて歩きませんか」

「何言ってるの天兄ちゃん、嬉しいくせに。これだけの美女に囲まれる事なんて滅多にないわよ」


 確かにそれはそうだが鳴海としてはどうも居心地が悪かった。他の男達からすれば贅沢な悩みだろうが。


 ウインドーショッピングも終えた頃、青海がこの街のクラブへ行こうと言い出した。


「君達が毎日やってるとこに行っても面白くないでしょう」

「そうじゃやないのよ。市場調査ってやつ。この街の飲み屋ってどんな感じなのかって勉強しとくものいいかなと思ってさ。でもさ、あたし達女ばかりじゃちょっとハードルが高かったのよ。でも天兄ちゃんが一緒なら、兄ちゃんのお連れさんって感じで入れるんじゃないの」

「私はダシですか」

「まぁ、いいじゃない。お願い協力してよ」


 そう言う事で鳴海は美女達を引き連れてススキノのクラブに行く事になった。


 これは店の方としてもいい顔はしないだろうが客の連れとあれば断る訳にもいかないだろう。


 そこで鳴海達はススキノでも高級と言われる一軒の店に入った。名前を「ジョセーヌ」と言った。


 鳴海達が入って来た時は、まずマネージャーが驚いた。無理もないだろう。


 入って来た5人が今店にいるどの女の子達よりも美人だったのだから。


「ちょっと飲ませてもらいたいのですがいいですか」


 ときっちりとした身なりの客にそう言われたら断る訳にも行かず席に案内した。


 それこそ店の中は騒然としていた。何だあの美女達はと言う具合に。


 正直マネージャーもどうしていいものやら迷っていた。ここにうちのホステスをつけていいものかどうかと。


 つけたらつけたで見劣りするのは目に見えている。しかし客達だけで放置する訳にもいかなかった。


 マネージャーが悩んでいる時にママが来て、私が行くわと言った。それでマネージャーはどれほど安堵した事か。


「いらっしゃいませ、ここは初めてですわよね。私ママのルミエと言います」

「どうも申し訳ありません。大勢で押しかけまして」

「本当ですわ。しかもこんなに美しい方々をお連れになってはうちの商売があがったりですわ。こちらは何処かのお店の方々かしら」

「いえ、ちょっとした慰安旅行なもので」


「慰安旅行ですか、随分と美人さんの多い会社なんですね。これではうちの子達も近寄れませんわ」

「こう言う所の雰囲気を味わいたと言う事ですので、我々で勝手にやりますのでお気になさらないでください」

「そうですか、何だかうちの子達よりも慣れていらっしゃる様にもお見受けしますので、それではお任せいたしますわ」

 そう言ってママは離れて行った。


「感ずかれたかな」

「そりゃわかるんじゃないですか、向こうだってプロなんですから」

「まぁ、いいわ。それならそれで。はい、みんなお酒を注いで」

「はーい」


 全員手慣れたものだった。当然と言えば当然だろう。大阪で超一流と言われた店の女の子達なんだから。


 そこに別の団体が入って来た。


「おい、どうなっとるんや。昨日はこんな別嬪さんはおらんかったぞ。しかし何で一人の男が独占しとるんや。おい、マネージャーこっちにも回さんかい」


 と関西なまりの見るからにそれらしい男が言った。


「お客さん、すいません。あの女性達はうちのホステスではないんです」

「何や、ほな他所の店のホステスやと言うんかい。お前とこは他所の店の子もここで使うんか。どっちでもええ。はよ回せや」

「それは出来ないんです。あれはあの方のお連れさんなんで」

「何やと、あの男の連れやと。そうか、ほな俺が交渉したるわ」


 そう言ってその中の見るからに兄貴格らしい男が鳴海の席に近づいて来た。


「その子らあんたの連れらしいな。しかし独り占めはあかんやろう。わしらにも回してくれんかの」

「この子らはここの客なんですよ。ホステスではないのです」

「何やとわれ。おとなしゅう言うてるうちにはよ回さんかい。怪我でもしたいんか」


「あなたは誰ですか」

「俺は大阪の吉沢組の小敷言うもんじゃ」

「吉沢組と言うと確か山根組の枝葉でしたかね」

「何やと、われ誰にぬかしとるんじゃ」

「私は大阪の天堂商会の鳴海と言う者ですがここは大人しく収めてもらえませんかね」


「何、天堂商会やと、・・ちょっと待て。天堂商会と言うたんか」

「はい、そう言いましたが何なら山根さんに確認を取ってみますか」

「いや、すんまへん。わしらはこれで失礼させていただきます。おい、お前ら帰るぞ」


 そう言って逃げる様にして店を出て行った。


 これにはマネージャーも驚いていたがまた安堵もした。


 そしてしばらくはワイワイとやって居たが、鳴海はそろそろ切り上げ時かなと思い青海の顔を見た。彼女もまたうなずいたのでチェックを頼んだ。


 するとマネージャーが奥に引っ込んで出て来た時にはお盆の上に請求書が乗せてあった。


 それを鳴海が払おうとした時に青海がそれを見て「ちょっと待って」と言った。


「あのさ、これってちっとおかしくない。大分水増ししてるでしょう」

「何を仰るんですかお客さん。うちは真っ当な店ですよ」

「なら益々これはおかしいわね」


 そこに出て来たのはこの店のオーナーだった。


「お客さん、難癖をつけられては困りますね。これは正当な酒代ですので」

「あんたさ、あたしの目を節穴だとでも思ってるの。なら教えてあげましょうか」


 そう言って青海は請求されていた全ての飲み物の原価と卸値、小売値まで言ってのけた。


「そこにここの利益を乗せてもこれは水増しが過ぎるんじゃないかしらね」

「な、何だと」


 まさか仕入れ担当の自分にしかわからない様な詳細まで言い当てられて流石のオーナーも驚いてしまった。


 その時だった。店にいた一人の老人がやって来て、


「三代目、もうそれ位にしたらどうだい。先代に恥をかかすんじゃねーよ」

「川澄のおやじさん」

「三代目、請求書を書き直して来なよ」


 そう言われて三代目と呼ばれたオーナーはすごすごと引き下がって行った。


 その後マネージャーが恐る恐る請求書を差し出した。


「お客人、申し訳ない。この老人に免じて許してやってはくれないか。悪い男ではないんだが、きっと死んだ父親や爺さんに経営で負けまいとしたんだろうさ」

「そうですか。わかりました。ちゃんとした請求書なら文句はありません。どうですか、青海」

「ええ、これなら問題ないわ」

「ではこれで」


 そう言って鳴海は代金を払った。


「なぁ、客人。良かったら気分直しにちょっとつき合っちゃくれないか。こんな爺で悪いがよ」

「わかりました。お供させていただきます。ただ彼女達はもういいでしょう。なぁ、青海」

「そうね。あたし達はこれで帰らせていただきます」

「そうかい。それは寂しくなるな。こんな美人さん達と別れるのは。折角の目の保養だと思ったんだがな」

「それじゃー失礼します。じゃーお兄ちゃん後は宜しく。またね」

「わかりました」


 その老人、名前は川澄と言ったが、彼が鳴海を連れて行ったのは古い居酒屋の様な所だった。


「ここがよ、俺が昔から通ってる店なんだ。店はこ汚ねぇーがよ、味は一級品だ」

「じっちゃん。こ汚いは余計だろう」

「ははは、そうだった。ここも三代目でよ。こいつの爺さんとは、あそこの爺さんと同じでみんな幼馴染さ」

「そうだったんですか。きっと良い時代だったんでしょうね」


 そこに酒と何種類かのあてが運ばれて来た。


「まぁ、一杯いこうや」

「はい、頂戴いたします」

「そう言や、お前さん、さっきお兄ちゃんと呼ばれてたよな。あれはあんたの妹さんかい」

「いえ、ただの幼馴染です」


「ただの幼馴染ね。そうは見えなかったが、まぁいいか。ところでよ、あんたは堅気さんかい?」

「何故ですか」

「あの関西弁の男達な、あれはやくざだろう」

「みたいですね」

「それをあんたは言葉だけで追い返した。大した貫禄じゃねーか」

「そんな事はありません。たまたまですよ」


「たまたまね。ところであんたは何者だい」

「申し訳ありません紹介が遅れました。私は大阪の天堂商会と言う所に勤める鳴海と言う者です」

「鳴海さんかい。でその天堂商会って言うのは」

「古美術を扱ってます」

「ほー画商みたいなものかい」

「そうですね、絵画も扱います」


「天堂商会とか言ったかい」

「はい」

「俺はよ、こんな老いぼれなんだがよ、意外と情報だけは色々な所から入って来るんだよ。その中にな、大阪にとんでもない組があると聞いた事があるんだよ。何でもたった8-9人で大阪の一等地を守ってる一本どっこの組があるってよ」

「そうですか。でもそれは凄い事なんですか」

「ああ、凄いさ。普通じゃありえねぇ事だ」

「そうなんですか」


「大阪くらいになりゃよ、数百の組員を抱えた組だって少なくはないだろう」

「でしょうね」

「言ってみればよ、群雄割拠するってやつさ。その中で、それもたったそれだけの人数でシマを守り通す事がどれだけ難しいか。そりゃよ、ここみたいな田舎なら話は別さ。誰も欲しがらねーからよ。しかし大阪の一等地となりゃ話は別だろう」

「そうかも知れませんね」

「でよ、あんたその組の事を知ってるんじゃねーのかい」

「さー私はそちら方面には疎いので」

「そうかい、それならいいだがよ」


 その時だった、入り口のドアを勢いよく開けて二人の男が駆け込んで来た。


「おやっさん、ここにいたんですか。一人で出歩かれちゃ困るって言ってるじゃないですか。どれだけ探したか」

「おめえら、相変わらずうるせぇ奴らだな。こちらの方にご迷惑だろうが」

「すいません」


「悪いね、鳴海さん。またいつか飲みなおそうぜ。まだしばらくはいるんだろう」

「そうですね、まずは余市に行って、それからまたここに帰って来ます」

「そうかい。なら帰って来たらこの辺で川澄の爺さんの場所は何処だと聞いてくれ。誰でも教えてくれるからよ」

「わかりました。ではまたその時に。失礼いたします」

「ああ、達者でな」

「はい」


 そう言って別れたが鳴海は面白い人物だなと思っていた。

応援していただくと励みになります。

よろしくお願いいたします。

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