第一話 鳴海のバケーション
天堂は鳴海にバケーションを名目に
北海道で川野麻美の実家の事情を探らせようとしていた。
今日もまた天堂商会の凸凹コンビはいつもの「Time Out」で飲んでいた。
「なぁ鳴海、ちょっと頼みがあるんだがな」
「そう言い方は後が怖いですね」
「別に難しい事を頼もうって言うんじゃねーよ」
「では何でしょうか」
「お前ちょっと北海道まで行ってくれないか」
「私がですか。また何の為に」
「実は調べて貰いたい事があるんだ」
「それってまさかあの川野麻美さんの実家の事ですか」
「そうだ。彼女はまだ当時の事で何かまだわだかまりを持ってるみたいなのでな、どう言う状況だったのか調べて来てもらいたいんだよ」
「社長はもう大体の事はご存じじゃないんですか」
「ああ、両親が事業に失敗して自殺したと言う事はな。しかしただそれだけならあそこまで思いが鬱積する事はないだろう」
「その原因を私に調べろと」
「そう言う事だ。頼むよ。有給扱いにするからよ」
「そう言う問題ではないと思うのですが、わかりました。明日北海道に出向きます」
「ああ、それからな、これは急ぐ事ではないのでゆっくりとお前のバケーションを兼ねて行ってきていいぞ。たまにはお前も骨休めしろよ。2-3週間休んでもいいからな」
「それは後の事が心配ですね」
「お前ってほんと苦労性だね。俺やみんなに任せておけば大丈夫だって」
「それが怖いんですよ。でもまぁ、たまにはいいですかね。ではゆっくりと行かせていただきます」
「ああ、そうしろ。俺も助かる」
「何か言いましたか」
「いや、何も。乾杯しようぜ」
天堂はこれで気兼ねなくギャンブルが出来ると喜んでいた。
鳴海は急ぐ旅ではないと言う事なので、バケーションを兼ねて飛行機ではなく列車で北海道まで行く事にした。
東京-大阪間は東海道新幹線を使い、東京で一旦降りで一泊してから翌日東北新幹線と北海道新幹線を使って新函館北斗に入り、そこから函館本線を使って余市まで行く計画にしていた。
出発の日、新幹線の乗車口まで天堂が見送りに来てくれた。
「何も社長自ら見送って頂くほどの事ではないと思うのですが」
「わかってるさ。ただな、気づいてるか」
「ええ、二人いますね」
「そうだ。多分前回の奴らと同じだろう」
「でしょうね。と言う事は『SCU』ですかね」
「多分な。気を付けてくれ。いや、むしろ誘い出して向こうの真意を探り出すと言うもの手かも知れないな」
「そうですね。それも含めて今回は遊ばせてもらいます」
「ああ、そうしてくれ。じゃーな」
「お見送り、ありがとうございました」
そう言って鳴海は列車に乗り込んだ。
今回鳴海はグリーン車に座席を取っていた。そして気を放って相手の居場所を探った。このグリーン車を挟んで前後の車両に席を取った様だった。
何処で調べたのか、まぁ、それ位の事は出来るんだろうと鳴海は思っていたが、今は特に気を使う事もないのでそのままにしておいた。
座席に腰を下ろしてのんびりした時に急に声がした。
「オジサン、そこ私の席なんだけどどいてくれる」
「ここがですか。それはおかしいですね。私が予約した席なんですが」
「あたしさ、今回は投げなしの金でやっとグリーン車に乗ったのよ。あたしの楽しみ取らないでよね」
「そう言われましたも困りましたね。ここは私の席のはずなんですが」
「じゃーさ、ちょっとオジサンの切符見せてよ」
「いいですよ。どうぞ」
そう言ってその女の子は鳴海の切符と自分の切符を見比べてそして車内の上に表示してある座席番号と比べていた。そして、
「やだー、ごめんなさい。あたしこっち側だった」
「そうですか。間違がわかって良かったですね」
「ごめんなさいね、何かひどい言い方しちゃって」
「別に気にしてませんから、そちらも気になさらないでください」
「あのーオジサンって物凄く丁寧な話し方をするんですね、こんなガキにさ。銀行の行員さんか何かですか」
「そのオジサンと言うのもちょっとどうかと思うのですが、まぁ、あなたの年齢からみればやはりオジサンですかね」
「ごめんなさい」
「いえ、いいですよ」
「ちょっと待っててね」
そう言ってその子はその車両を出て行った。そしてしばらくして帰って来た手には二つのコーヒー缶を握っていた。
「これお詫びの印です。受け取ってください。それからあたし神井綾香っていいます。一応芸名なんですけど」
「芸名と言うと芸能人と言う事ですか。私は鳴海と言います。それと別にお詫びされるような事は何もないと思うのですが」
「まぁ、いいじゃないオジサン。あっと、いけない、じゃー鳴海さん、一緒に飲みましょうよ」
流石の鳴海も何となく押し切られた形で向かい合わせになってその子と話をするようになっていた。
「投げなしのお金でこのグリーン車に乗ったと言ってましたが」
「あたしね、一度ここに座ってみたかったのよ。いつもはこだまの自由席だったから。それもかつかつよ」
「あなたは俳優さんなんですか」
「まぁ、何と言うかさ、一応は歌手希望なんだけど、それだけじゃだめだから今はタレントもやってるの。でもまだ見習いと言うか卵みたいなものなのよ。だからこんな席に座れるお金なんかなくってさ、でも先輩や有名タレントさんはみんなこれに乗ってるじゃない。だからあたしも一度くらいその気分を味わいたくってさ」
「タレントさんと言うとマネージャーさんとかが付いてるんじゃないんですか」
「ああ、それはねちゃんと金を稼げるタレントね。あたしなんかさ、仕事が終われば現地解散みないな感じで勝手に帰って来いみたいなもんよ」
「そうですか、タレント業も大変なんですね」
「オジサンは・・あっといけない、鳴海さんは何をしてるんですか」
「私は古美術を扱う会社で働いてます」
「骨董品屋さんとか」
「そうですね、昔は骨董品と言いましたが今は古美術品と言う言い方をしますね」
「そうなんだ。うちのじいちゃんが何だかわからない古いものを集めてたから、そんなガラクタどうすんのよなんて言ってたんだけどそれって商売になるの」
「ええ、立派な商売になりますよ、中には何千万と言う値の付くものもありますから」
「すごいのねそれって。あたしのうちにももしそんな物の一つでもあったらもっと楽出来たのに」
「それはいけませんね、若いんですからしっかりと自分で働かないと」
「なんだか鳴海さんて学校の先生みたいな事言うのね」
「そうですかね」
「そうですよ、ははは」
何となく鳴海も和んでいた。お昼にはまだちょっと早かったがたまたま車内販売が通りかかったので、鳴海は弁当とお茶を二人分買って一つをこの少女、神井綾香にあげた。
「いいの、お弁当なんかもらっちゃって」
「お腹が空いてるんじゃないんですか」
「実はそうなのよ、グリーン車代でみんなはたいちゃったから弁当買うお金も残ってなかったんだ」
「無茶な列車の乗り方をしますね、まぁ、どうぞ」
「あざっす」
この綾香とは東京駅で別れた。その時にもし新宿の近くまで来たら寄ってよねと言って「劇団よしね」と言う住所を教えられた。綾香はそこの劇団員だと言った。
鳴海はそれをポケットにいれて、
『さて何処に泊まりますか。彼女は新宿と言ってましたか。新宿も面白いかも知れませんね』
鳴海はそうつぶやくと新宿を目指した。当然鳴海の尾行者もきっちりとついて来ていた。今回は鳴海も巻く気はなかったので好きにさせていた。
鳴海は西新宿にあるホテルに宿を取り、日本一と言われる繁華街歌舞伎町を少し歩いてみる事にした。まさにそこは人でごった返していた。
『よくこんなところでみんな生活してるものですね。精神衛生上も良くないと思うんですがね』
鳴海は一旦ホテルに帰り、ホテルのレストランで夕食を取ってもう一度夜の新宿へ出かけた。ここは眠らない街と言われる東洋屈指の歓楽街だ。
その夜の街を物色しながら一軒のバーに入った。ここは鳴海のセンサーに黒と出た所だった。つまりろくでもない所と言う所だ。
鳴海が席に着くなり頼みもしないのに二人のホステスが席に着いた。そして鳴海が飲み物を注文すると女の子達も飲んだ。
そして少し会話をしてそろそろ頃合いだろうと鳴海が勘定を請求した。するとそこには30万円と言う数字が書きこまれていた。要するに鳴海の容姿を見て金が取れると思って吹っかけたのだろう。
「これは何ですか、少し高過ぎませんかね」
「お客さん、客さんはうちでも高級のシャンパンを飲んだんです。それ位は当然でしょう」
「この安物がですか。私ならこれと同じものを一本1200円で手に入れられますがね」
「お客さん、冗談は困りますよ。払っていただかないとね」
「大阪でもここまでのぼったくりはしないんですがね。大したもんだ」
「おい、舐めてんじゃねーぞ。そんな田舎と一緒にするんじゃね。払うのか払わねーのか、はっきりしろ」
「もし払わないと言ったらどうなりますかね」
「田舎もんが良い度胸してるじゃねーか、ええ。死にてーのかよ」
「今度は脅しですか。やくざそのものですね。ただし三流のやくざのですが」
「おい!」
店のマネージャーらしい男がそう言った時、奥からまさにやくざそのものと言う感じのむさくるしい男達が3人出て来た。
「よう兄ちゃん、奥で話聞かせてもらおうか」
そう言って鳴海の腕を取って奥の部屋に連れて行った。そこで何が行われるかは想像しなくてもわかる事だった。普通ならだが。
しばらくしてドタバタとした音が聞こえてまた静かになった。マネージャーもこれで決着がついたと思ったのだろう。しかしまさかさっきの客がそのまま無傷で出て来るとは思ってもみなかった。
「おい、あいつらはどうした」
「さー、気分でも悪いんではないですかね。皆さんお疲れだった様でお休みですよ」
「何だと、誰か見てこい」
そう言われて一人のボーイが奥に駆け込んで行った。
「マネージャー、みんなのばされてます」
「なんだと」
「それとですね。このシャンパンですが、これを持って警察に行きますか。この請求書と突き合わせればぼったくりだと言う事が一目瞭然になりますがどうします」
「てめー、こんな事してただですむと思ってるんじゃねーだろうな」
「さーどうなんですかね。私にはわかりませんが、取り合えず5000円を置いて行きますので領収書を頂けますか」
「何だとなめんじゃねーぞ」
鳴海はそう言ってマネージャーの腕を掴んだ。それだけでそのマネージャーはまるで操り人形のようになってギクシャクとしながらレッジに向って歩いて行った。
正直あまりの痛さに口もきけない状態だった。レッジで腕を放されたマネージャーは全身に冷や汗をかいていた。そして鳴海の要求に嫌々ながらも領収書を出した。
「では私はこれで失礼します」
そう言って鳴海は店を出た。
当然そのマネージャーは自分のバックの組に電話を掛けていた。店を荒らしに来た奴がいると。この辺りはシマ割が物凄く複雑になっている。同じビルで違うフロアー毎に別の組が受け持つと言う事もある位だ。
ともかくその組は有川組と言った。連絡を受けた組員が6人飛んで来た。中で仲間がのばされたと言う事を聞いて彼らは益々いきり立ち、その勢いで鳴海を追いかけて行った。
勿論鳴海はその事も承知で事を起こしたのだ。東京のやくざがどう言う反応を示すのか参考の為にと思って。
新宿にも夜ともなれば人目につき難い所と言うものはある。鳴海は敢えてそう言う所に足を向けた。その為に昼間歩き回っていたのだから。そして彼らはその誘いに釣られて鳴海の思う様に動かされていた。
6人がやっと鳴海に追いつき取り囲んだ。その時に鳴海は彼ら6人と鳴海をつけている二人の居場所も確認していた。
「おい、舐めた事をしてくれたそうだな。こんな事してただで済むと思ってるんじゃねーだろうな」
「何の事でしょうかね、私は正規の料金を払ったつもりですがもし文句があるなら警察にでも中に入ってもらって話をしてもいいのですが」
「じゃかましーわ、おい、やっちまえ」
いつもの鳴海なら数秒で片ずくはずだか、何故か今日はそれをせずに遊んでいた。いつもぎりぎりで相手の攻撃をかわしてのらりくらりと。
そして鳴海は頃合いを見て逃げ出した。当然やくざ達は鳴海を追いかけた。その時鳴海は、鳴海を見張っていたいた男達の方に駆けて行って、通りすがり様にその二人を捕まえてやくざ達の方に放り出した。
まさか自分達が巻き込まれるとは思ってもみなかったのでとっさに地が出てしまった。つまりやくざ達に対して反応してしまったのだ。
本来なら目立たない一般人を装わなければならないのに地力があるが為に咄嗟にやくざを殴ってしまったのだ。その為にそこでまた新たな喧嘩が始まってしまった。
そこでは2対4の喧嘩が繰り広げられていた。残りの2人が鳴海を追いかけたが完全に鳴海の姿を見失っていた。
その時鳴海はこっそりとその喧嘩の現場に戻ってその喧嘩の様子をビデオに収めていた。
『今日はこれ位でいいでしょう。では退散するとしますか』
そう言って鳴海は眠らない街を後にした。
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