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天堂が行く  作者: 薔薇クーダ
第六部
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第五話 地恵襲われる

山王会の富樫組が天堂に潰された後を受けて

今度は米倉が天堂に色気を出して来た。

そして今度は側面から天堂の知る人物を人質に取って

天堂を揺さぶろうとした。


 天堂襲撃からしばらくして再び神戸では山河会の幹部達が集まっていた。彼らは山河会では四天王と呼ばれ、過激な集団の先頭を切る者達だった。


 本来はここに富樫も入るのだが富樫組が襲撃を受けて以来、その復興の為に何かと忙しいのだろうここには参加していなかった。


 よってここに参加していたのは東崎組組長と米倉組組長、それにこのまえ天堂を襲撃した耶蘇組組長だった。


「兄弟、どうやった天堂とか言うガキは。玉取って来たんか」

「いや、あれはそんな者やなかった。ただの飾りや」

「ただの飾り。ほんなら誰が大阪の音頭取ってるんや」

「やっぱり山根を始めとした大阪の中核連中やろうな」

「そしたらやっぱり個別に叩いて行くしかないと言う事か」

「そう言う事やな」


 ここで天堂襲撃の失敗を話す訳にはいかなかった。いや、あれは話せるようなものではなかった。それどころか耶蘇に取っては思い出したくもない事だった。


「ところでな耶蘇の兄弟、面白い話を聞いたんや」

「なんや」

「天堂かと言う奴の事やが、あいつにバックがおること知ってるか」

「何やて、天堂にバックが」

「米倉の兄弟、それはほんまかいな」

「ほんまや。そやからあんな小さい組でもやっていけるんかも知れんな」

「しかしバック言うても天堂とこは一本どっこやなかったんか」


「そうや、一本どっこや。正式には何処とも盃は交わしとらんけど、どうも吉岡と金森のこととはねんごろみたいやで」

「何やて、米倉の兄弟、それはほんまかいな」

「ああ、よう一緒に酒飲んどるそうや」

「そうなったら結構な数やないか」

「そやな、二つの組を合わせたら1000はくだらんやろうな」

「吉岡に金森か、ちと厄介な連中やな」

「そう言うたら富樫の兄弟が吉岡狙ろて一回失敗しとったな」

「そうや」


「確かにそうかも知れんけどな、そやから言うてその二つの組が天堂の助っ人に入るとは限らんやろう」

「そらそうやけど」

「どや、今回はわしにちょっとやらしてくれへんか」

「米倉の兄弟、どうするねん」

「天堂揺さぶって、そこがどう動くか見てみようと思うんや」


 勿論米倉の本当の狙いはそれではなかった。口には出さなかったが本当の狙いは天堂のシマだ。それは耶蘇も凡そは気づいていたが敢えて口には出さなかった。


 耶蘇は「やりたかったらやったらええ。そやけどお前もまた虎の尻尾を踏む事になるぞ」と思っていた。


 米倉は吉岡も金森も結局は天堂のシマが欲しくて接近しているものだと思っていた。だからこれは早いもの勝ちだと。


 米倉は実にオーソドックスな方法を考えていた。誰でも処でもやる方法だ。まずはシマ内の店で面倒を起こして地回りを引きずり出す。そしてその地回りを叩いてシマごと奪ってしまおうと言う腹だ。


 だから米倉は天堂のシマ内でも一番の場所を狙った。それは新地で超高級クラブと言われた「クラリオン」だ。


 そこにまず二人の鉄砲玉を送り込んで店で問題を起こさせる。そうすると当然尻持ちの地回りが出てくる。そこで喧嘩になる。これは勝っても負けてもどっちでもいいのだ。


 それを口実にねじ込めばいいと思っていた。どっちみち相手は9人程の小さな組だ。山王会の米倉組が相手となれば戦わずしてシマは手に入ると考えていた。


 その計画の当日、二人の鉄砲玉を「クラリオン」に送り込んだ。初めは入り口で「ご紹介は?」とか言われたので入り口の所でごねまくっていた。


 それを見たママの地恵がボーイをドアの所にいるマネージャーの所に走らせて彼らを中に入れさせた。


 この時地恵は、気のセンサーで相手がどう言う類の人間かを見抜いていた。まぁ、そんなもの使わなくても態度と風体を見れば誰にでもわかるだろう。ただ地恵はその先の力の程度と武器の有無を観察していたのだ。


 そして席に着くとお定まりのホステスに対する嫌がらせが始まった。


 それを見かねたフロアマネージャーが、

「お客さん、困りますね。ここはそう言う店ではないのですが」

「なんやと、われは客に文句つけるんか。飲み来て横に女つけると言う事はそう事やろうが。こっちは客やぞ」

「ですからそう言うお店がお望みから紹介いたしますが」

「われ、客を追い出そう言うんかい。責任者出さんかい。責任者を」

 そう言って更にごねた。


「私が一応この店のフロアーの責任者でございます」

「ならこの責任どう取ってくれるんじゃい、ええ」

「ですから申し上げております。ここはお役様には相応しくない店だと」

「われ、客に喧嘩売っとるんか、ええ」

「では警察に営業妨害と言う事で連絡させて頂いてもよろしゅうございますか」

「何が営業妨害じゃ。そっちこそ客に対する不平等やろうが」


「普通のお客様ならそうかもしれませんが、代紋をお持ちのお客様にはそれは当てはまりません。暴対法の対象になりますので」

「なんやと、われ、死にたいんか。ここの尻持ち出さんかい。そっちと話つけたろうやないか」

「私共の店にはそのような者はおりませんので私がお相手をさせていただきます」


「何、尻持ちがおらんやと、そんなアホな。ほたらどうして話つけよう言うんじゃい」

「ですから私がお相手させていただきますと申し上げております。それともこのまま警察までご同行願いますか」


 予定が少し狂ってしまったと米倉の鉄砲玉は思ったが所詮は空威張りだろう。もっと脅かしてやれば必ず地回りに連絡を取るはずだ。


 ここでちょっとこいつを痛めつけておくかとテーブルにあったウイスキーの瓶を手で掴んで立ち上がった。


 そしてその瓶で目の前のマネージャーの頭を殴りに行った。その時マネージャーは自分の右手で相手の右手首を握り、手を離れて落としたウイスキーの瓶を器用に左手で受け止め、今度は手首を握っていた右手で相手の中段に猿臂を入れた。要するに肘鉄を食らわせたと言う事だ。その一撃で相手はノックアウトしてしまった。


 残った一人はテーブルの上を踏み越えて飛び上がる様にして殴り掛かって来た。俗にカンガルーパンチと言われるものに似ていた。


 マネージャーの志野池はその手を捕って背負い投げの要領で床に投げつけた。勿論それでまたノックアウトだ。


 そうしておいて警察に連絡を入れ二人を逮捕してもらった。普通でも営業妨害に迷惑防止条例違反や障害未遂当には相当するかも知れないが、それが広域指定暴力団の構成員ともなれば罪は更に重くなるだろう。


 しかもこの時ママの地恵がちゃかりこの様子をビデオで撮影していたのだから逃れようもない。マネージャーは当然正当防衛だ。


 今回は後で天堂組にねじ込む関係上、鉄砲玉には金で雇った人間は使わずに正式な組員を使った事が逆に仇となった。


 これは米倉に取っても予想外の計算違いだった。天堂組の組員が出てくると思っていたのに店のど素人のマネージャーごときにねじ伏せられて警察に逮捕されたなど恥もいい所だ。


 しかし本当の所は、この程度のやくざなど20人や30人が束になって掛かって来てもこのマネージャーには指一本触れる事は出来なかっただろう。それだけこのマネージャーは強い。なにしろ天堂の門下なのだから。


 最初の作戦は失敗に終わってしまった。ではどうするか。米倉は既に次の作戦を考えていた。「クラリオン」の美人で有名なママを誘拐す事だった。


 そして天堂を呼び出して殺す。美人のママと天堂のシマ、一石二鳥だと米倉はほくそ笑んでいた。


 そしてその計画は実行に移された。拉致用のバンも用意され、監禁用の建物も用意した。ただし米倉はあのママは自分のものにするつもりだったので誘拐以外では誰も指一本触れるなと厳命していた。


 地恵が店がハネ、地下の駐車場で自分の車に乗ろうとした時に陰から3人の男達が出て来て地恵にスタンガンを当てて意識を失わせバンに運び込んだ。


 勿論そんな事で気を失う様な地恵ではなかったが一応は気絶している振りをしていた。そして拉致の部屋に運ばれた地恵はそこで椅子に縛り付けられてその様子を写真に撮られ、天堂商会のメールアドレスに送り付けられた。


 メールにはこの女を返して欲しければ天堂、お前一人で引き取りに来いと書いてあった。


「おい、どうする鳴海」

「困ったものですね、可哀そうに」

「本当にそう思うか」

「当り前でしょう、よりにもよってあの女を人質にするなんて、地獄の閻魔さまを人質にした方がまだましですよ」


 何と言う表現なのか。「クラリオン」の地恵とはそれほど恐ろしい女なのだろうか。


 まぁ、仕方ないかと天堂は出かける事にした。誘拐した犯人達が無事でありますようにと願いながら。


 その建物には米倉自身と彼が最も信頼する屈強なボディガード20人を連れて来ていた。これで誰が来ても負ける事はないと米倉は思っていた。


 建物に着いた天堂は米倉の部下達に身体検査をされて地恵が監禁されている所に連れてこられた。その様子を見て天堂は驚いていた。「まじかよ」と。


「何を驚いてるんや、天堂よ。この女が無事なのがそんなに不思議なんかい」

「いや、逆だよ。お前達がまだ生きてる事が信じられなくってね」

「なに寝ぼけた事を言うとるんじゃ、わしらが誰にやられる言うんじゃ」

「そこにいるじゃないか、鬼がよ」

「なに、鬼やと」


「よう、どうした。今日はえらく大人しいじゃないか。趣旨替えか、地恵」

「まったくもう、待っててあげてたのにその言い草はないでしょう」


「おい、お前ら何勝手な事ぬかしとるんじゃ。よう、天堂よ。お前のシマ、わしによこせや。そしたらこの女返したるぞ」

「よせよ、その気もないくせに。その女と俺のシマが目的なんだろう。なら始めからそう言ったらどうだい」

「ほーようわかってるやないか。それならここで死んでもらおうか」


「それが出来るのならな。しかしお前らとんでもない間違いをしたもんだな」

「とんでもない間違いやと、それはどう言う意味や」

「その女を人質にした事だよ。よりにもよってとんでもない女をよ」


「ちょっと、その言い方、何かすごく頭に来るんですけど」

「悪い、悪い、もういいぞ地恵。好きにやってくれ」

「了解です。じゃー始めさせてもらおうかしらね」


 そう言って地恵は縛られていた縄を簡単に解いた。


「おい、どうなっとるんや、お前らちゃんと縛ったんか」

「馬鹿じゃないの、こんなもので私が拘束出来るとでも思ったの。じゃー始めるわよ坊や達」


 そう言って地恵が椅子から立ち上がるとその周囲で風が舞い上がった。その風には薄っすらとした色がついていた。まるで砂塵の様な。


 その風は一陣の刃となって周囲の者達を切り刻み始めた。手と言わず足と言わずあるとあらゆるものが切断されて行った。


 それは目に見えない程の微細な物質だった。それが超高速で回転しながら薄刃となって物質を、つまり人間の体を切り刻んで行ったのだ。


 まさに声一つ上げる暇さえなかった。瞬時にして10人のボディーガードが肉片になった。


 それにしては流れた血が少ない。その風は血さえ吸収してしまったと言うのだろうか。


それを見た米倉は何かが口から飛び出して来そうだった。何人かのボディガードが吐いていた。


 この女と戦う、そんな気など何処を探しても出ては来なかった。生きているだけで幸せだと誰もが思った。


 地恵は優雅にその両手を動かしながら残りの男達の始末にかかった。


「ま、待ってくれ。わしが、わしが悪かった。許してくれ。もう何もせん。そやから許してくれ。この通りや」


 米倉は頭を床にこすり付ける様にして命乞いをしていた。


「そんな事でこの私を誘拐した罪が消えるとでも思ってるの、あんた」


 その声はまさに地獄からの声だった、甘美でありながら魂をも食い尽くす恐怖の声だった。


「どうします、こいつら」

「そうだな、米倉だけを残して後はみんな始末しろ」

「了解。それがいいわね」


 そう言って再び死の風の舞が始まった。その砂塵の刃は地恵の手でコントロールされ、確実にボディーガードだけを切り刻んで行った。そして残ったのは米倉だけだった。


「よう米倉さんよ、あんたどうするよ」

「え、ええっ、どうすると言われても・・・た、助けてください」

「助けてくださいだとよ、地恵どうする」

「そうね、社長にお任せしますわ」


「そう言う事だ。米倉よ、俺の言う事を聞いてもらおうか。嫌ならこの場で肉片だ。どうする」

「わ、わかりました。何でも言う事を聞きますから命ばかりはお助けください」


 やくざが情けないと思うかも知れないがこれはもはや情けないのどうのこうのと言う次元の問題ではなかった。地獄の中で生き延びられるかどうかの問題だ。人間に選択の余地などなかった。


 天堂は米倉を自分の「S」つまりスパイとして山王会に送り返した。その前に「鬼気」を与えて二度と反旗を翻さない様に心に楔を打ち込んでおいた事は言うまでもない。


 これもまた鬼の成せる業だろう。それにしても地恵恐るべし。地龍とはこれほどのものなのか。流石は『闇』に君臨する三傑の一人と言うべきだろう。


 「クラリオン」での騒動が収まったある日、天堂が「Time Out」で酒を飲んでいるとまた吉田がやって来た。


「吉田さん、今日も非番ですか」

「まぁ、そんなもんや」

「そう言えば吉田さんのボトルが入ったと聞きましたよ」

「おう、そうなんや。雅代ちゃんが入れてくれたんや。助かるで」

「それは良かったですね」


「しかし何でお前がそれを知ってるんや。お前なんかしたんとちゃうか」

「いいえ、俺は何もしてませんよ。ここでその話を聞いただけですよ」

「ほんまかいな。どうもおかしいな。まぁ、ええわ。それでや天堂」

「何ですかまた」


 「この間の『クラリオン』での騒ぎやけどな、一応わしが担当したんやが、ちょっと気になる事があってな」

「気になる事ってなんですか」

「あそこのフロアマネージャーって何者や。お前の知り合いか」

「何で俺の知り合いになるんですか」


「いや、以前にお前が京都で吉岡と言うやくざを助けた事があったやろう」

「ええ、そんな事もありましたね」

「その時の様子を担当の刑事から聞いたんやがな、どうも似てる気がするんや、今回のあのマネージャーとお前のやり方が」

「それとこれとは関係ないと思いますがね」

「そうかな、まさか天堂、あのマネージャー、お前の弟子とか言うんやないやろうな」

「なんですかそれは。ちょっと想像が過ぎませんか」

「そうかのー」

「じゃー乾杯しましょうか」

「お、おぉ」


 そうしてまた「Time Out」での静かな時間が過ぎて行った。

応援していただくと励みになります。

よろしくお願いいたします。

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