第三話 亀吉戦争
吉岡襲撃は天堂のお陰で無事に済んだが、
天堂はこれだけではまだ終わらないと考えていた。
天堂が行く
第三話:亀吉戦争
吉岡が頭の田崎を病院に送った後、天堂は用心の為にもう1日ここに泊まると申し出た。これには吉岡も感謝していたが、犯人が警察に捕まった事でもうこれ以上は何も起こらないだろうと誰もが安心していた。
その夜天堂は鳴海と連絡を取って事のあらましを伝えた。すると鳴海はそれは恐らく亀岡からのヒットマンだろうと言った。黒田からの情報を精査するとそうなると言った。鳴海の情報判断は抜群だ。天堂は信じられると思った。
そしてまた鳴海は、今晩第二の襲撃の可能性があるかもしれないと言った。ヒットマンが警察に捕まったのを良い事に、油断をさせていおて寝込みを襲おうと言うのか。良い根性をしてやがると天堂は思った。
天堂は「わかった対処しよう」と言って電話を切った。天堂は『闇』に連絡を取って4人をこちらに向かわせた。そしてこう言った。
「この吉岡邸の周りを警護しろ。そしてもし襲ってくる奴がいたら隠密裏に確保して情報を引き出せ。そしてその後痕跡を残さないように処理しろ」と。
この『闇』と言うのは天堂や他の8人が個々に抱えている、言ってみれば私兵の様なものだ。一人に10人の『闇』が付き従っている。
だから見かけは9人の小さな組だが実質は99人の組と言う事になる。そして彼らが表に出る事はない。いつも陰に回って破壊活動や諜報、攪乱、そして死体の処理もする精鋭達だ。
4人の『闇』が吉岡邸の周囲に潜んでいると予想通り4人の暗殺者達が深夜にやって来た。彼らはプロではなかったがそれなりに訓練された者達だった。元を辿れば元警察官だったり元自衛隊員だったりするのかも知れない。
しかし彼らが吉岡邸の中に侵入する事は出来なかった。その手前で『闇』達に音もたてずに確保されてしまった。
意識を失った暗殺者達はライトバンに押し込められ遠く離れた山中に運ばれた。そこで拷問を受けた。拷問と言っても死ぬまで打撃を加えられるとか体のあちこちを切り刻まれると言ったような拷問ではなかった。
彼らだって選ばれた者達だ。この種の拷問には耐える訓練も出来ているだろう。しかし彼ら『闇』達がやった拷問は経験したことも考えた事もない拷問だった。
経絡秘孔を攻める拷問で直接脳神経を攻め、あらがう事すら許されなかった。口では話すまいとするが神経が、いや精神が悲鳴を上げて全てを暴露してしまった。
その後『闇』達は4人の息の根を止め、衣服をはいで遺体を別々の穴に落とし、その上から特殊な液体を振り掛けた。それはタンパク質を全て分解してしまうものだった。その為に死体は急速に白骨化した。
そして穴を埋め、そこに特殊な液を振り撒くと内部が活性化しふ化して数十年の時を経たようになった。
「これでこの白骨が発見されても10年以上前のものと判断されるだろう」
「宗家には痕跡を残すなと言われたが、これならまぁ許してもらえるだろう」
「そうだな。帰るか」
「そうしよう」
その深夜、と言ってももう夜明けに近い頃だが報告を受けた天堂は少し唇の端を釣り上げてほほ笑んだ。
もし天堂達がいなければ吉岡は寝首をかかれていたかも知れない。そしてこの襲撃者達は一体何処からやって来たのか。
翌朝早く天堂は吉岡邸を出て大阪に帰った。黒田は更に内偵をする為に亀岡に残った。黒田はこの手の情報収取に長けていた。
狙撃事件の方は、事件のあったその夜の内に現場検証を終え、京都府警と所轄署の刑事達は翌朝吉岡邸を訪れ、吉岡本人に任意同行を求め事情徴収を行った。当然怪我をした頭の田崎の所にも聞き取りに向かった。ただこの時天堂は既に大阪に帰っていた。
当然警察では暴力団同士の抗争だと見ていたがその動機がはっきりしなかった。当時抗争になる様な案件は出ていなかったからだ。
「なぁ、吉岡よ。なんであんたは狙われたんや。誰がヒットマン送ったんや」
「それがわかってたら苦労しまへんがな。知ってたら教えておくれやす。おたくらヒットマンの身柄押さえとるんでっしゃろ」
「ほんまに知らんのかいな」
「わかりませんな」
「あのヒットマン倒したの誰や。何でももう一人若いのがおってそいつが倒したそうやな」
「あれはわしの客人ですわ。天堂はん言うんですわ」
「天堂?何処の誰や」
「大阪にある天堂組の組長で天堂渡言うんですわ」
「天堂渡なー聞いた事ない名前やな」
「そらそうですやろ。8-9人の小さな組ですよって」
「そんな小さな組とあんたとこみたいな大きな組とどんな関係があるや」
「組と組と言うより個人的な付き合いですわ」
「個人的な付き合いな。まぁ、調べさせてもらうで」
「調べてもなんも出て来ませんで」
そう言う事で吉岡は解放された。いくら調べても何も出てこないし吉岡達は被害者で暴力行為の一つもしてないとなると留めておく理由もない。
そこで京都の刑事達は大阪の地元の所轄署の協力を得て天堂組の天堂の事情聴取に向かった。案内人として付き合ったは所轄署のマル暴の吉田刑事だった。
吉田は天堂の事をよく知っているので、何処をどう攻めても天堂からは何一つ警察に有利になる様な事は引き出せないだろうと思っていた。
事情聴取に当たった刑事達も現場で聞いた証言以上の事は何一つ聞けなかった。しかも天堂は吉岡をヒットマンから救った者であり過剰暴力の一つも加えてはいない。これでは相手が例え暴力団の組長とは言え警察としてもどうしようもなかった。
「なぁ、吉田さん。あの天堂って一体何者なんですか。妙に落ち着いてると言うか肝っ玉が据わってると言うか、まだ若いのに」
「さー、何者と言われましてもなー、ただこの町の堅気の衆に慕われてると言う事だけは確かですわ」
「ほー堅気に慕われてるやくざですか。まるで昔の任侠映画に出てくるやくざみたいですな」
「そうですな、不思議やけど」
これは後日談だが、吉岡を襲った二人はとうとう口を割らないまま送検されて裁判で有罪となり刑務所に送られた。殺人未遂と傷害罪それに器物破損に銃刀法違反で1年8か月の実刑判決だった。
ただ彼らに関しては送った方も素性がばれるのを恐れて弁護士を付ける事も出来なかった。それも仕方ないだろう。どうせそれがプロとしての宿命だ。
ただ刑務所の中で彼ら二人は出所したら天堂への復讐を誓っていた。それはプロ意識からだろ。
今までプロとして失敗した事のない仕事に初めて黒星をつけられた。その汚点は取り返さなければならないと心に決めていた。
「どうかしたんですか、宗家」
人のいない所では天堂組の組員達は天堂の事を宗家と呼ぶ。
「いやな、報告にあった富樫組だがな」
「そうですね、今回は陽動作戦みたいですね」
「陽動作戦か」
「ええ、まずは亀岡の横根がプロを雇い、尼崎の富樫が奇襲部隊を送る。プロが倒せればそれでよし。もし失敗してもそれで気を抜いた所に奇襲部隊を送ると言う所でしょうかね」
「そうか。しかし何で横根と富樫なんだ」
「その横根組と富樫組が最近兄弟杯を交わしたらしいです」
「すると富樫が横根の後ろ盾になったと言う事か」
「そうなりますね」
「横根自体ではとても吉岡と戦争は出来ないが富樫の戦力が加われば戦争も可能と言う事か」
「そうですね」
「では次はどう出て来るかだな」
「どうします」
「そうだな、せっかく親しくなった吉岡だ。このままみすみす潰させるのも癪だしな」
「確かに」
「少し様子を見てみようか。奇襲作戦が失敗した今となっては今度はきっと常套作戦で来るだろう」
「そうですね、鉄砲玉でも飛ばして、死にでもしてくれれば返しと称して戦争に持ってゆくと言う事でしょう」
「まぁ、そんなとこだろうな。ただ山河会の特攻隊と言われた富樫組がどんな作戦で来るかだな。それを見極めてからでも遅くはないだろう」
「そうですね」
天堂が予想した通り吉岡のシマ内に横根組の組員達が頻繁に出入りするようになった。それに応じて小競り合いも増えて行った。
しかし吉岡は首をかしげていた。横根組と言えば精々が200人ほどの組だ。それに比べ吉岡組は600人からの組員を抱えてる。とても戦争になるとは思えなかった。それが何故ここまで積極的に出て来るのかと。
そして事態は最悪のシナリオを駆け巡って行った。ある争いで吉岡の方にも二人怪我人が出たが横根組の幹部二人が死んだ。
これを機に富樫が横根組への応援参加を宣言してきた。吉岡は何とか手打ちに持っていこうとしたが相手は聞き入れず戦争に突入しそうになっていた。
元々この争いは仕組まれたものだった。死んだ二人も死ぬ為に送り込まれたものだった。勿論後ろで糸を引いていたのは富樫だ。
富樫は丁度頃間だと選りすぐりの富樫組本家特攻隊300人を用意させていた。横根組にあちこちで暴れさせ、この300人で一気に吉岡本家を襲う計画にしていた。
勿論それに気づかない天堂ではなかった。あちこちに配置してあった『闇』の間者からそれらの情報は受けていた。
「おい、久しぶりにお前らを遊ばせてやるよ」
「本当ですか、宗家」
「ああ、ただし4人だがな、ジャンケンで決めろ」
こうして天堂組、幹部7人衆の中から白龍、黄龍、緑龍、紫龍の4人に決まった。
「白龍、お前は富樫の持つ特攻隊300人を叩きのめせ。そして残りの3人は富樫の分家三つの組をみんな叩きのめしてこい。ただし殺すな。仮面をつけてな」
「ラジャー」
こうして4人は嬉々として事務所を飛び出して行った。
富樫は今度こそあの邪魔な京都の吉岡を葬れると思っていた。その時はもう直ぐだ。後は特攻隊の報告を待つばかりだった。
そして電話は鳴った。
「どうや、やったか」
「そ、それが、やられました」
「なんやと。なに言うとるんじゃわれは」
「そやから、特攻隊全員がやられてしもうたんですわ」
「なんやねんそれは。言うとることがようわからんぞ。どう言う事や説明せい!」
「それが一人の男が入ってきよりまして、その男はけったいな仮面をつけてたんで顔はわからんかったんですが、そいつに300人全員倒されてしもうたんですわ」
「何言うとるんじゃ、われは正気か。一人に300人全員倒されたやと。そんな事誰が信じられる言うんじゃ」
「そやけどほんまなんですわ」
「ほな、なんでお前はそこでしゃべっとるんじゃ」
「お前だけは残しておいてやるからこの事を富樫に報告しろと言われたんです」
「あいつら道具もっとたんやろう」
「はい、ヤッパもドスもチャカも」
「それで何で勝てんのや」
「それがあかんのです。滅茶苦茶強うて、あれはもう人間やおまへん。バケモンですわ」
「バケモンやと・・・」
それから間もなくまた電話が鳴って、富樫から盃を受けた三か所の組が襲撃されて全員が叩きのめされたと言う報告が入った。そしてそのどれもがみんなけったいな仮面をつけていたと言う。
一人で出来る訳がないので少なくとも4人の人間がやった事になるが、その4人が4人共バケモノの様な強さだったと言う事になる。
彼らが仮面をつける時、それは『闇』の力を解放してもいい事を意味する。
いくら富樫組が山河会の特攻隊で総勢900人の直系組員を従えているとは言え、天堂組の幹部一人一人の『闇』の力は一騎当千だ。だから一人に富樫組の200や300が束になってかかって行っても焼け石に水みたいなものだった。
富樫組は完全に崩壊状態だった。京都の吉岡に関わってる場合ではなかった。ともかく一旦撤退だ。横根組にも撤退の指示を出した。そして富樫は横根に手打ちしろと言った。
こうして一触即発の危機は避けられた。しかしその裏の事情は当事者以外誰も知らなかった。横根も吉岡も。
後日双方が納得の出来る人物を立てて手打ち式が行われた。これに関しては富樫は一切関わっては来なかった。きっとそれ所ではなかったのだろう。
「吉岡さん、今回は大変でしたね。大丈夫ですか」
「兄弟、ほんま、えらい事やったで。そやけど何とか回避出来たわ」
「それは良かったですね」
「しかし不思議やな。あれだけイケイケやった横根が急に引きよった。なんでやろう。まさか兄弟、なんかやったんとちゃうか」
「俺は何もしてませんよ。でも良かったじゃないですか。今度また祝杯をあげましょう」
「そうやな兄弟。ほなまたな。おおきに」
「これで少し落ち着けばいいんですがね」
「そうだな。しかし山河会は今でもまだ全国制覇を狙ってるだろうからまだまだ油断は出来ないだろうな」
「かもしれませんね」
「ところで宗家、例の話ですが」
「ああ、大阪経済連の副会長の大崎だっけ」
「そうです。彼が狙っていたのは廃品処理場の様です。この大阪の地に大きな廃品処理場を作るんだとか。それで地域の首長に幹事長を通して口をきいてもらいたいと言う様な話だったみたいですよ」
「それがまともな廃品処理場ならいいが、不法投棄の場所になったら目も当てられないな」
「そうですね。どうします?」
「どうだろう鳴海、この事業一つ我々の手でやってみないか」
「廃品処理ですか」
「そうだ、我々で最新の廃品処理の機械を導入して広域な廃品処理工場を作るんだよ。そしてそれを管理して県外からも廃品処理を請け負う。何処とも廃品処理には困ってるだろう。だから不法投棄などと言うものが起こるんだ」
「そうですね、我々の知る科学力を持ってすればどんな廃品処理も難しくはないでしょう。後は場所だけと言う事になりますね」
「何処がいいと思う」
「そうですね、海に近い所となると堺の方か山の方なら大東市の方ですかね」
「そう言えば堺にはうちの関連会社があったな」
「ええ、一つあります」
「じゃーそれを使って買収を始めてくれないか。もし出来なければ海を埋め立ててもいい」
「わかりました。手配しましょう」
こうして天堂の新しい事業、廃品処理工場計画が始まった。天堂のフロント企業である「東和土木産業」と言う所がこの計画の発信元となりかなりの土地の買収も進んでいた。
ところがこの計画に待ったをかけたのが地元にシマを持つ正樹組だった。待ったと言うよりは嫌がらせに近いものだった。そこには当然関西経済連の副会長の関連会社、「富岡建設」の意向が働いていた。
実はその会社もその地域に当たりを付けていたので、「東和土木産業」の動きが邪魔になっていた。そこで正樹組を使って妨害工作に入って来たと言う訳だ。
正樹組の頭、豊岡が「東和土木産業」の社長室に何度か乗り込んできて脅しをかけていた。
「なぁ、社長さんよ。これ以上ゴタゴタ言うとったらあんたまともな体で外歩けんようになるで。それにあんたには可愛い家族もおるんやろう。そこんとこよう考えや」
「それは脅迫と言う事ですか。警察に訴えますよ」
「好きなようにしたらええ。あんた次第や」
「わかりました。しばらく考えさせてください。2-3日中に返事を差し上げます」
「よっしゃ、ええ返事まってるで」
そう言って豊岡は帰って行った。
「宗家、予定通り正樹組は豊岡を脅してきました」
「そうか。ではそろそろいいだろう。会見の日取りを決めてくれ。俺も行く」
「わかりました」
そして2日後、「東和土木産業」の社長、上村と副社長の吉川と正樹組の組長、正樹と頭の豊岡。この4人がある料亭で会談を行った。
「で、どうや社長はん。腹は決まったかいな。土地はわしらに譲ってくれるんか」
「あなた方にではなくバックにいる「富岡建設」にと言う事ではないのですか」
「なんじゃそれは。そんな事はどうでもええんじゃ。それで売るんかどうなんや」
「それで私どもとしましてもある人に相談に乗ってもらいましたのでその人をお呼びしました」
「なんじゃ、それは。そんな話、きいとらんぞ」
その時襖が開いて、入って来たのは天堂だった。
「よう、久しぶりだな正樹。まだ堅気をいたぶってるのか。相変わらずだな」
「お、おまえは、いや、あんたは天堂・・さん。何であんたがここに」
「だからその人が言ってただろう。俺がこの件の相談役になったんだよ。相手はお前らやくざだろう。ならこっちも同業で行くのが筋だろうが。違うか」
「いや、それはまぁ・・そうなんやけど・・しかし」
「しかしもへったくれもあるか。これ以上横槍を入れると言うのなら俺が相手になるがそれでもいいか、ええ、どうなんだよ。もう一回戦争やってみるか」
「いえ、それにはおよびません。失礼します」
前回の天堂との戦争がよっぽどこたえていたのだろう。正樹達はすごすごと引き下がって行った。
「流石は天堂組長ですね。ありがとうどざいました」
「いや、これで終わった訳ではないさ。これからが本番だ。今度はまた別の敵が現われてくるさ」
「別の敵と言いますと」
「国家権力と言う敵だ」
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