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天堂が行く  作者: 薔薇クーダ
第六部
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第三話 不可侵条約

天堂と大阪最大の暴力団山根組との戦争は終わった。

天堂の完全勝利だった。

後はこの結末をどう処理するかだった。

 天堂が去った後山根組では大騒動だった。800人以上もの兵隊を揃えて出て行った井之頭が全滅したと聞かされ、その上に本部に乗り込まれた一人の男によって全員が倒され会長の両腕を動かなくさせられた。


 残った幹部達が「返し」だと言った。親がこんな目に合わされて黙っていてはやくざが務まらんと。


 しかしそれは現実問題として可能なのか。山根組最大戦力の井之頭が敗れた相手だ。しかもたった7人に。


 それは相手がバケモノじみた強さだと言う事を物語ってる。誰が相手をする。


 そして何より山根自身が消極的だった。天堂が言ったように動かなくなった両腕を治してもらおうと色々な医者の所を駆けずり回った。しかし何処でも原因不明で治せないと言われたのだ。


 いくら検査をしても神経にも骨や筋肉にも異常が見当たらなかった。ただ本人の意思が腕に伝わらないのだ。


 こんな事は初めての経験だとどの医者も言った。これはもしかすると物理的なものではなく精神的なものではないかと言い出す医者もいた。


 山根は何人かの医者に経絡秘孔を突かれて動かなくなったと言ったがそんな非現実的な事がある訳がない。映画の見過ぎでないかとさえ言われてしまった。


 正直な所お手上げ状態だった。しかし日々の生活は現実だ。両手の使えない生活がどれほど不便で惨めで辛いものなのかと言う事を嫌と言うほど思い知らされた。


 物の上げ下げ一つ出来ないのだ。それどころか自分の下の始末すら出来ない。人としての尊厳そのものが剥ぎ取られてしまう。こんな生活を続けるくらいなら一層死んだ方がましだとすら思ってしまう。


 しかし可能性はまだあった。それは天堂が言った言葉だ。「それを元に戻せるのはこの世で俺一人だ」と言った。またこうも言っていた。「俺が死んだらお前の腕は一生そのままだ」とも。


 もしそれが本当なら天堂に治してもらうしかない。だから天堂を殺す訳にはいかないのだ。


 頭の井之頭も本部に顔を出していた。しかし井之頭に再戦の意志は全くなかった。それはそうだろう。自分の所の殆どの部下が半死半生の状態に陥り、あのバケモノじみた強さを見せられてまた戦おうなどと言う気が起ころうはずがなかった。


 本部長の笹村にしてもそうだ。両腕は免れたがあの「気」を浴びて立ち向かおうなどと思う根性など出てくるはずがなかった。今度やれば必ず殺されるとわかっていた。


 いや、それどころか今でも夢で恐怖にうなされているのだ。それは会長の山根やその場にいた者達も同じだった。死神に取りつかれてしまったようなものだった。


 だから1日も早くこの状況から脱出したかった。それには天堂に許しを乞うしか方法がないと思っていた。


 山根にも「返し」をする意志はなかった。出来る事はただ一つ。一日も早く天堂に詫びを入れて腕を治してもらいたいのだ。


 しかし方法がないのだ。どうして詫びを入れる。今回は和解すら成り立たない状態だった。


 和解とは戦争が膠着状態に陥り、双方これ以上の被害を出したくない時に取る手段だ。


 しかし今回は既に戦争の決着はついている。山根組の完敗だ。和解など入る余地はない。あるとすれば敗北宣言だけだろう。


 しかしそれでもいいと山根は思っていた。今のこんな惨めな状態から抜け出せるのなら何でもやってやると思っていた。


 ただどうして天堂と話を付ければいいかだった。のこのこと出かけて行った所で門前払いでは話にならない。


 とかくやくざ社会と言うのは儀式を重んじる。手打ち式にしても代替わりにしてもそうだ。それを内外の同業に知らせ、約束事の担保を取る為だ。


 しかし天堂は始めから自分達はやくざだとは思ってはいない。これはあくまで仮の姿だ。だからそんな約束事など知った事ではなかった。


 今までもそうだった。天堂のシマを狙って戦争を仕掛けて来た組は実は随分あったのだ。それを天堂達は全てねじ伏せた。


 そして「不可侵条約」なるものを直に突きつけて処理してきた。そこに儀式などが介入する事は一度もなかった。


 だから山根も知らなかったのだ。どれだけ多くの組が天堂の軍門に下っていたかを。


 親睦会で天堂のシマにちょっかいを出す事に反対していた組長達は全員がその制裁を受けていた者達だった。


 ただそれは内々で行われていたので関係者以外は知らなかったと言う事だ。


 それを知らない山根は、この事を頭の井之頭と本部長の笹村に相談した。


 普通ならこんな弱気など一家の長たる者が子供達に見せられる訳がない。しかしここにいるのは全員が天堂の恐ろしさを知っている者ばかりだ。恥も外聞もなかった。


「おやじ、一つだけ方法があります」

「なんや笹村、言うてみい」

「あの二人に頼んでみたらどないでっしゃろ」

「あの二人って誰や」

「京都の吉岡か丹波の金森ですわ。あの時天堂と一緒にいたのはあの二人です。きっと親しい間柄なんでしょう」


「そやけど天堂のとこは一本どっこやろう。盃事はしとらんはずや」

「そうかも知れまへんけど、ああやってわざわざ大阪まで来て、一緒に酒のんどるくらいやからきっと親しんやと思います。それなら仲に入ってもらえるんとちゃいますか」


「そうかもしれんな。それでどっちがええ」

「丹波はちょっと癖が強いよってやっぱり吉岡でっしゃろ」

「わかった。ほな笹村、話付けてくれ」

「わかりました」


 こうして山根の意を受けて笹村は京都に飛んだ。吉岡に大まかな事の事情を話して天堂との戦争の終結をしたいので仲に入ってもらえないだろうかと頼んだ。


 吉岡としてもこれ以上天堂が狙われる事がないのならそれに越した事はないと思っていた。


 しかし実際山根組がどれほどの被害を受けていたかは吉岡も把握していなかった。ともかく天堂にとっては有利な話だと思い、笹村を待たしておいて天堂に電話をかけた。


「と言う訳や、どうや兄弟。悪い話やないやろう。ここいらで手打たへんか」

「わかりました。吉岡さん。ただ俺は形式的な儀式とかは嫌いですので直接山根と話をつけますので、そこに来ている笹村とかに、明日2時にそっちの本部に行くので腕の治療費現金で2億用意しておけと言っておいてください」


「兄弟、それはちょっと無茶ちゃうか。この時点で敵の本拠地に行くのは」

「大丈夫ですよ。もう事実上の決着はついてますから。そう伝えてください」


「わかった。兄弟がそう言うのならそう伝えよう。ところでその腕の治療費って何や」

「まぁ、マッサージ代みたいなものです。言えばわかると思います」

「そうか。何やわかったようなわからんような話やがともかくそう伝えとくわ」


 その話を受けて笹村は大阪に帰って来た。


「何、天堂が明日ここに直接来るやと。しかも仲介人もなしやと。何考えとるんじゃあいつは」

「それと腕の治療費現金で2億用意しておけと言うとりました」


「に、2億やと。クソめ。吹っかけやがって」

「そやけどおやじ。その腕、天堂以外では治されへんのなら飲むしかおまへんろう」

「わかっとるわい、そんな事は」


 翌日の午後2時、天堂は鳴海と共に山根組の本部事務所を訪ねた。ここは前回来て暴れた場所だ。だから天堂もこの中の様子はよく把握していた。


 入り口を入って通路を通って山根のいる部屋に行くまでの間、通路の左右に山根組の組員達が並んでいた。


 天堂を始めて見る者は怒りの目を持って、天堂に倒された者は目を背ける様に、そして天堂の「気」を受けた者達は足が震えていた。


 天堂達が山根の部屋の前まで来た時に組員が天堂さんがお見えになりましたとドアを開けた。


 部屋の中は前回のままだった。そしてそこには山根と井之頭と笹村が雁首を揃えていた。


「山根さん、紹介しておこう。うちで総務部長をやってる鳴海だ。要するにうちの頭だ。それとこいつはこの前戦争で戦った6人の誰よりも強い。それだけは覚えておいた方がいいだろう」


 その言葉に3人に緊張が走った。あのバケモノの6人よりも更に強いと言うのか。まだそんなバケモノがいるのか。それはもはや脅威以外の何物でもなかった。


 天堂が示した戦争の終結条件は簡単なものだった。「不可侵条約」に調印しろ。それだけだった。


 ただその「不可侵条約」と言うのは天堂商会及び天堂の関係者への一切の関与の禁止。


 そして天堂のシマ内の飲食店への組員の一切の立ち入り禁止と言うものだった。


 それに違反した場合は責任者を一生不自由な生活に処すと記されてあった。


 まぁ、言ってみれば降伏宣言のようなものだ。ただし金銭の賠償はない。それだけでも助かったと言うべきだろう。


 確かに一方的な条約だがこれは飲むしかなった。飲まなければ今のままだ。それにここで天堂を殺せるかと言ったらそれもまた不可能な話だった。


 前回ですら手も足も出なかったのに今回はその天堂と更にバケモノまで一緒にいると言う。これを何とか出来る人間がこの世にいるとは思えなかった。


 それを条件に天堂は山根の腕の「解穴」を施してやった。今まで動かなかった腕がまるで嘘のように動くようになった。


 山根は驚きと共に心と体が歓喜に震えていた。腕が動くのならこんな「不可侵条約」くらい何でもないと思えた。


 そして山根はその「不可侵条約」に署名と血判にて調印した。


 ただし天堂はそこで一言付け加えた。


「この事は末端の組員に至るまで全員に徹底させろ。一人でもその条約を破った時はその責任は長たるお前達の責任だ。その罰は受けてもらうぞ」と。


 そして天堂は3人に一瞥をくれた。それだけで3人は自分の体温が10度も下がった様に感じて震えた。3人はこれは絶対に守るしかないと改めて肝に銘じた。


 天堂が腕の治療費として2億円を持ち帰ったのは言うまでもない。


 一通りの決着がついて大阪は再び平和になった。しかしそれがいつまで続くかは誰も予測は出来ない。


 何処かでまた火種が燻ぶって大火事になるかもしれないがその時はまたその時だと天堂は思っていた。


 大阪戦争が終わって平和になってからまたいつもの大阪やくざの親睦会が持たれた。


 みんなも天堂組と山根組の戦争の事は薄々と知ってはいたが敢えてそれを持ち出す者はいなかった。


 ただ山根が前言を撤回した。今後山根組は天堂組に対して一切手を出さないと言い、そして大阪の各やくざ組織もあそこに手を出すのは控えて欲しいと言った。


 多くの組長の間ではそんな事は始めからわかり切った事だった。それは自分達が通った道だったのだ。ただ言わなかっただけだ。


 無理もないだろう。大阪最大の組がまだ天堂には折れてない。そんな状態で自分達の敗北を言える訳がなかった。


 しかし今となっては大っぴらに言える状況になった。それで一人の組長がこんな事を言い出した。


「どうやろうみんな。大阪を神戸から守る為にこの際頭を作って一致団結せえへんか」

「頭って何や、山根はんとこに音頭取ってもらえ言うんかいな。わしは山根はんとこの系列に入る気はないで」


「それはわかってる。そやからこの中の誰かに頭になれと言うとるんとちゃうんや」

「ほなら誰を頭に据えるんや」

「天堂や」


「何やて、あの天堂をか。そら無理や。あいつとこは一本どっこの組やぞ。わしらの頭になってくれる訳がないやろう」

「それはわかってる。それにこんな事言うても『うん』とは言わんやろう」

「ほなどないするんや」


「そやから相談役言う事で名前だけを借りるんや。本来相談役は閑職や。あってない様なもんやろう。決議権も決定権もない。ただ堅気衆の為の相談役と言う事で。これやったらやってくれるんとちゃうか」

「まぁ、それならやってくれるかもしれんな。しかしそれでどうするんや」

「後はわしらで今まで通り話し合うたらええんや。ただし会長も副会長も作らんとみんなただの一般理事にしとくんや」

「それで、後は神戸がどう判断するかや」


「なるほどな、実質的なトップは天堂やと思うかも知れんと言う訳か」

「そうや、それで天堂の方を向いてくれたら助かるし、もし天堂を敵とみなしたら」

「なるほど向こうで共倒れしてくれたら言う事がないと言う事か」

「そう言うこっちゃ」


「それならわからんように大阪での天堂の株を上げとかんとあかんな」

「ああ、そうや。神戸には天堂が神輿やと言う事が分かる様にな」

「そう言う事や、どないやみんな」

「それならええな。それでまとめようか」


 と天堂の知らないところでとんでもない相談がまとまっていた。

応援していただくと励みになります。

よろしくお願いいたします。

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