大阪最大の暴力団山根組
大阪最大の組、山根組が天堂のシマを狙おうと頭の井之頭を向かわせた。
天堂が行く:第六部
第一話:大阪最大の暴力団山根組
大阪のやくざ組織は一枚岩ではないがそれなりの集合体はあった。そこでは月に一度の親睦会が持たれていた。その親睦会の名前は「関西縁友会」と言った。
そしてそこには大阪の主だった組の組長達が参加していた。主に神戸に対抗する方策が目的だったがそれ以外の事でも話し合う。
その日は誰が持ち出したのかたまたま天堂組の話が出た。この組については知ってる組もあれば知らない組もあった。
近隣の組はみな知っているが少し離れた所の組では知らない組もあった。たった9人でやっている組があると聞いて驚いている組長もいた。
勿論大きな組の枝葉なら9人位の組があってもおかしくはない。第3次団体、第4次団体ともなれば規模はどんどん小さくなって行く。
しかしそれがオリジナルで一本どっこの組ともなれば話は別だ。よくそんな組が生き残れてるもんだと言う事になる。
そんな小さな組なら吸収してしまえばいいだろうと言う組長もいた。しかしそれなりに大きな組の組長が何人も難色を示すのでその件に関しては宙に浮きかけた。
しかし何処でその情報を仕入れて来たのか、大阪で一番大きな組がそんな小さな組に大阪の一等地を任せるのはおかしいだろうと言い出したのだ。
昨日や今日の仕切りではないので、それを今更おかしいはないのだが、要は自分のものにしたいと言う事の裏返しだ。
それは止めた方がいいと言う組長が何人もいた。何故だとその理由を聞いたがそれには誰も答えなかった。
ならこの件は俺が仕切ってもいいなとその大阪最大の組、山根組の会長が押し切った。山根組の組員の総数は2500人だ。本部は生野区にあった。
そこでまず山根は頭の井之頭を向かわせた。井之頭組自体で800人を数える組員を擁している大組織だ。
「あんたが天堂はんか、わしは山根組の頭やっとる井之頭言うもんや。えらいええとこに事務所構えてるやないか。こら維持費も結構かかるやろう。どやわしが肩代わりしたろか」
はじめから、お前らみたいなごみやくざなんか眼中にないと言う態度で接してきていた。まさに言う事を聞いて当然だと言う話し方だった。
「どう言うご用件でしょうか。何か商談の話でも」
「商談?何や、それは」
「俺の所は古美術商ですから」
「古美術商?、そう言うたら何や絵が仰山あるの。何なら一つくらい買うたってもええぞ、なんぼや、1000万か2000万か」
「そのような金額のものはありません」
「なんじゃ、ないんかい。精々が100万とか200万、いや10万程度のもんか」そう言って付いて来た者達も一緒に笑った。
「俺のとこでは億以下の物は扱っていませんので」
「何、億やと。ほな、あそこの絵はなんぼや」
「あれは1億2000万です」
「あれは?」「あっちは1億8000万ですね」
「何やと、本気でぬかしとるんか」
「ええ、うちの客は上客ばっかりですから、絵の価値もわからない様な教養のない人とは取引をしませんので」
「われ、舐めとんのか」
「で、用件は何でしょう」
「ここのシマ、今度から山根組で仕切る事にしたから、事務所たたんで出て行くか盃受けるかのどっちかにせえ」
「そう言われましても、ずーっとうちで切り盛りしてるシマですからね」
「そやから、生き延びる道を与えてやってるんやないか。それともこのまま踏み潰されたいんか」
「そうですね、しばらく考えさせてもらえますか」
「考えるやと、時間はないぞ。どれくらいや」
「そうですね、100年くらいでどうでしょうかね」
「100年やとアホかわれ、死にたいんか」
井之頭がそう言った時、ついて来た6人全員が懐に手を入れて拳銃を出そうとした。しかしそれは叶わなかった。天堂の所の一人の男によって全員床に叩きのめされていたからだ。
「何、何をしたんじゃ」
「これが返事です」
「われ、本気で山根組と戦争する気か。うちは2500人やど。お前とこはたったの9人やないけ。それで戦争になるとでも思とるんか」
「戦争は数じゃない。よく聞く言葉じゃないですか」
「アホか、われは。そんな精神論で勝てるほど現実は甘いもんとちゃうんじゃ」
そう言いながら、井之頭は得体の知れない圧迫感に気押されしていた。それは目の前の天堂からであり、また周りにいる数人の幹部達からでもあった。まるで自分が猛獣のいる平原の中央に立たされているような。
今までどんな修羅場に立ってもこんな圧迫感など感じた事がなかった。しかしこれはもはや物理的な力を持った圧迫感だった。
人として凶暴な野獣の前ではどうしても抗えない恐怖のような。正直膝が笑っていた。もう少しここにいたら失禁していたかも知れない。
「ねぇ、井之頭さん、一つ提案があるんですよ。ここは大阪でも一等地です。こんなとこでドンパチやったら近所に迷惑がかかるし、自分のお膝元ですから府警もだまってはいないでしょう。それに商業価値も下がります。それはお互いにとっても利益にはならないでしょう」
「そ、それでどないしよう言うんや」
「ですから場所を改めて邪魔の入らない所で戦争しませんか」
「な、なんやと。ど、何処で戦争しよう言うんや」
「そうですね、今丁度堺の港に埋め立て中の所があります。そこなら周りに迷惑がかからなくていいでしょう。そこでどうですか」
「時間は」
「2日後、朝6時。ただし出来るだけ多く連れて来てください。そっちは大阪最大と言われる組なんですから、せめて800人以上は。それ位は集められるでしょう」
「お前とこは」
「勿論、こっちも俺ら全力で相手させてもらいます。ではその時に。それとこのクズは連れて帰ってくださいね」
と床に転がってもがいている井之頭の部下達の方を見て天堂は顎をしゃくった。
井之頭は床に倒れている者達を蹴飛ばして正気付け逃げるように天堂の事務所を引き上げて行った。
その報告をしに行った井之頭が山根会長に相談をしていた。
「何、本部からも兵隊出せやと、われ何寝とぼけた事ぬかしとるんじゃ、相手はたったの9人やないけ、そんなもんお前とこで片をつけんかい。100人も送ったら十分やろうが」と会長の山根からどやし付けられた。
100や200で事が済めば頼みに来はしない。自分の持つ全勢力を以てしても不安だから頼みに来たのだ。しかしこの不安はあの男と面と向かった者にしかわからないだろうなと井之頭は思っていた。
井之頭の所には800の組員がいるが今直ぐにその800人が全員使えるかと言うとそうではない。服役している者もいれば地方に出している者もいる。直近で出せる者は精々が600と言う所だろう。
それで井之頭は舎弟の所にも協力を仰いで850の兵隊を用意した。これはもう大阪での一大戦争だ。
この話を聞いて山根組本部では山根会長が苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「たかが9人のクズ潰すのに一体何人兵隊集めとるんじゃあの井之頭のやつは。恥さらしやないけ」
「そやけど会長、考えようによったらええデモンストレーションになるかもしれまへんで」
と本部長の笹村が言った。
「なんでや」
「『獅子は兎を狩るにも全力を尽くす』言うやおまへんか。ここでわしらの力を見せつけときますんや。誰も逆らわんように」
「そうやな。それもええかもしれんな」
片やこちら天堂商会の会議室では明日戦争を控えていると言うのに作戦会議ならぬ雑談が繰り広げられていた。
「明日だけどな、黒田、お前はここに残れ」
「何でですか。それは不公平ですよ」
「自分が動かなくても相手を翻弄したり倒したり出来るのはお前の得意技だろう」
「それはそうですけど」
「なら事務所を守るのはお前が最適だ」
「別にここには攻めてこないでしょう」
「多分な、だけど電話がかかってくる。それにお前はもうこの前暴れただろう」
「それはそうですけど。それで電話って何です」
「京都とか丹波とかだ」
「そうですね、なら私も残りましょう」
「なんだ鳴海、お前も残るのか」
「別に私まで行く必要もないでしょう」
「まぁーそーだけどさー。つれないねーお前は」
「ああ、それから緑、お前は明日、周辺警備な」
「なんですか、それは」
「余計な奴らが偵察に来るかも知れんからな、そいつらの目を潰せ」
「いいんですか、それが官憲だったとしても」
「構わんよ」
「わかりました」
「それとな、明日の朝だが、5時に現地集合な」
「あれー、6時じゃなかったんですか」
「みんな腹減るだろう。だから戦争の前に向こうでバーベキューをする」
「バーベキューっすか。いいっすね。で、なにするんっすか」
「そうだな、何がいいかな。ハンバーグかホットドッグか」
「社長、やっぱりここは焼き鳥でしょう」
「焼き鳥か、そう言う発想はなかったがいいかもな」
「ああ、それいい。俺賛成」
「じゃー焼き鳥だ。えーっとインスタントのガスコンロとアミがいるな」
「だめっすよ。焼き鳥にはやっぱり備長炭でしょう」
「備長炭って今からどうするんだよ」
「大丈夫っす。家にありますから」
「お前なんでそんなもん持ってるの」
「俺、焼き鳥大好物だから、家にちゃんと備長炭用意してあるんすよ」
「じゃーあとは焼き鳥と七輪だな」
「焼き鳥は後で鳥玄で買ってくるとして、七輪だけど・・」
「アッ、俺それ知ってる。角の金物屋にあったぞ」
「なんで七輪が金物屋にあるんだよ」
「わかんないけどあったんだよ。俺見たぞ。きっとオヤジの趣味じゃねーの」
「まぁいい、じゃー柴村はそれを手に入れろ」
「了解です」
「いいなーみんな。俺は留守番かよ」
「ちゃんとお土産買って来てやるからさ」
これはもうピクニックだ。まさか800人のやくざ相手に戦争をしようと言う人間の話ではなかった。
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