第三話 ケビン大佐
緑は青柳の協力のもと
河野正二の奪還にむかった。
そこには影の第三部隊を率いるケビン大佐がいた。
天堂が行く:第五部
第三話:ケビン大佐
緑はその館の前に立ち中の様子を探っていた。『闇』の報告では中に五人の人間がいると言っていた。
確かに五人いる。そして緑は『闇』達より遥かに細かい情報収集が出来る。
五人の性別、およその年齢、体型からその運動性能まで。人としての精神的、肉体的強度と言う事に関しては青柳も龍気を極めた達人なので感じ取る事は出来る。しかしそれでも緑の精度には少し劣るだろう。
『なるほど、あれが凄腕と言われる男ですか。まぁ、少しは楽しめるかもしれませんね』
そう言って緑は何の躊躇もなくその館のドアを開けた。入った所は玄関から居間になっていた。
洋風の作りなので入って左側に暖炉があり中央に大きなテーブルとその周りを取り囲むようにコの字型に設えられたソファーがあった。
右側にはそれなりのどっしりした机と本棚が並んでいた。ここで読書でもするのだろう。床は木目の奇麗な板張りだった。
そしてそのソファーの中央に一人の男が座っていた。丁度緑と面と向かう形で。角刈りのがっしりとした男だった。軍人と言っても差し支えない風貌をしていた。
そのソファーの左端、緑から見て右にも男が一人立って緑を見つめていた。
「君は招かれざる客の様だが誰かね」
「余裕ですね。仮面を被った男が入って来ても驚きもしませんか。あなたがここの管理者ですか」
「管理者ではないがここを任されている者には違いないがね」
「そうですか。では単刀直入に申し上げます。人を一人お返し願いたい」
「どう言う事かな、それは」
「この館の中にいる河野正二と言う人物を返してもらいたと申しているのです」
「さて誰の事だかわからんのだがね」
「とぼけなくてもいいでしょう。昨日あなたの部下から大体の事情は聞きました」
「ほー私の部下から聞いたと言うのかね。昨日か。そう言えば昨日から連絡を絶ってる者が二人いるとか言っていたがその者達の事かな。しかしそれは問題だな。そう簡単に情報を漏らすなど再教育の必要がありそうだ」
「まぁ、そうかも知れませんね」
「それに君は今ここにいる。それは表の二人を倒してやって来たと言う事だね。あの二人を倒さない限りここには辿り着けないからね」
「そう言う事になりますね」
「それは大したものだ。ここまで私の部下を圧倒した者は今まで見た事がない」
「それはどうも」
「どうだね。私の部下にならないかね。君なら優遇してもいいと思うが」
「いえ、結構です。僕には既に仕える人がいるもので」
「それは残念だな。ではその者の命も絶たなくてはならなくなる」
「あなたにそれが出来ればですがね」
「そうだな。だが私は今までまだ誰にも負けた事がないんだがね」
「では今日があなたの命日と言う事になりますかね」
「面白い、やってみるがいい」
その男がそう言った途端、右端にいた男が緑に向って飛び出して行った。
しかしそのちょっと手前で影に遮られ男はそのまま緑を飛び越えて部屋の左隅まで投げ飛ばされていた。そして立ち上がった時にはその男の胸にはクナイが刺さっていた。当然即死だ。
そこに忽然と現われたのは青柳だった。そして驚いたのはそのソファーの中央にいた男だった。
「貴様、一体何処から入って来た」
「何処からっておめぇ、そりゃー入り口からに決まってるじゃねーか」
「馬鹿な、私に感知されずに入って来ただと」
「こんな事くらい、俺達の世界じゃ子供でもやるぜ」
「お前達は一体何者だ。初めは『SCU』の者達かと思ったがそうではなさそうだな。あいつらにそこまでの技量はない」
「そうかい。それは褒め言葉としてもらっとくよ」
「なら裏に配置した者達はどうした」
「あれか、あれはお寝んねしてるさ。ただしもう永久に目覚める事はないと思うがな」
「これは驚いた。私が育てた者達をこうもいとも簡単に倒してのけたのは君達が初めてだよ。君達の名を聞かせてはくれないかね」
「人に名を聞く時は自分から先に名乗るのが礼儀ではありませんかね」
「確かにな。私は影の第三部隊を率いるケビン大佐だ」
「へー第三って事は他にもあるって事かい」
「まぁ、そう言う事になるな。で君達は」
「俺は青龍で向こうが緑龍だ」
「ほー龍の名を持つ者達と言う事か・・いや、待て。そう言えば古に龍の冠を頂く『闇』の一族と言うものがいたと聞いた事がある。古の暗殺集団。しかしそれは伝説だ。本当の話であるはずがない。まさかな」
「嘘か真か、自分の体で確かめたらわかるんではないですかね」
「確かにそうだな。では参る」
そう言った瞬間、その男、ケビンはソファーから消えていた。そして緑の前に出現した時には手に「日月槍刀」を持っていた。これは中国の暗器で太陽と月が組み合わさった形をした暗器と言われている。
そしてケビンは緑を通り過ぎ様に緑の頸動脈を切断して行った。勿論普通ならそれで即死だ。
ケビンが振り返った時、そこに緑はいなかった。緑もまたその場から忽然と消えていた。そしてケビンの後ろを取っていた。
「馬鹿な、私の縮地をかわすなどあり得ない」
「縮地が出来るのは何もあなただけとは限らないのですよ。そこにいる青龍だってこれ位の事なら難なくやってのけますよ。いや、むしろあなたよりも遥かに速い」
「成程、伝説は嘘ではなかったと言う事か。なら私も本気でやらせてもらおうか」
この男まだ本気ではなかったと言うのか。なら本気を出せば緑に勝てるとでも言うのだろうか。
改めて緑に対峙したケビンは体が少しぶれている様に見えた。次の瞬間、ケビンが二人に増えていた。分身の術か。
そうではない。高速移動による残像だ。しかしそれはまるで実体が二人いる様に見える。そして二人のケビンは平行しながら緑に向かって突き進んできた。
ケビンが緑を通り過ぎた時、武器は左手に持ち替えられていた。逆方向からの攻撃に切り替えたようだ。その暗器は今度は確実に緑の左の頸動脈を切り裂いた。のはずだった。しかし緑はまた消えた。
「何故だ。縮地を使った様子はなかったぞ」
さっきいた場所から少し左に寄った所に緑は現れていた。
「これは縮地ではありません。残像移動と言うものです」
「残像だと。では縮地を使った残像ではないと言うのか」
「違いますね。全くの別物です」
「そうか、私を超える能力を持つ者か。しかも二人とはな。なるほどこれでは勝てそうにないな」
そう言った途端ゲレンは自らの武器で頸動脈を切り裂き自害した。
「くそ、何て事しやがる。こいつらには命を大切にするって認識はないのかよ。折角の情報源が消えちまいやがった」
と青柳はぼやいていたが、あまり相手の死を悼んでの事ではないようだった。
そして最後にケビンは一言、
「やはり影では闇の深さには勝てなかったか」
そう言ってこと切れた。
緑は外の者達や、ここにある死体の処置を『闇』に命じ、青柳と共に館の中の捜索を始めた。一階を青柳に任せ緑は二階に向かった。
二階の寝室の一つに二人の気配がした。匂いから緑は男と女だと判断した。
一人は中年の男、そしてもう一人は若い女だ。何やらガラス質の器具を扱ってる音がする。緑はそれは直ぐに注射器だと判断した。
そして緑がその部屋に飛び込んでみると、今まさにその女が男の左肘の内腕部に注射をしようとしている所だった。
女は飛び込んできた仮面の男を見て驚いて硬直してしまった。緑は女から注射器を取り上げ男の状態を確かめた。
緑の超感覚がこの男は麻薬の中毒症状を起こしているがまだ重度ではないと触感した。
それはそうだろう。この男にはまだ贋作作りと言う仕事がある。あまり重度の麻薬中毒にしてしまうとまずいと思って中程度に抑えていたのだろう。
緑は女を当身で意識を奪い男を点穴で眠らせた。一階では青柳がキッチンで後片づけをしていたメイド風の女を捕まえていた。
女の話によるとこの館の中には二階の男とメイドが二人。そしてここの主人であるケビンとその従者だけだと言った。そしてもう一人のメイドは看護師の資格を持っているとも言った。
それだけの事を聞けば十分だ。青柳もまたそのメイドを眠らせた。殺してはいない。
緑と青柳は二階にいた麻薬患者を連れて帰った。おそらく彼が河野正二に間違いないだろうと思われた。
緑はその事を天堂に報告し、その男をしかるべき施設に入れて麻薬を抜く処置を依頼した。
天堂はドラゴン・ファンドが持ってるヘリコプターを飛ばして、その男を真っ先に丹波篠山の金森の所まで運んだ。面通しをする為だ。
男はやつれてはいたが金森は自分の息子に間違いないと言った。
剛の金森と言われた男がこの時初めて涙を流した。そして息子の治療は自分の所で責任を持ってすると天堂に言った。
そしてまた金森は天堂には一生掛かっても返せない恩が出来たとも言った。
しかし天堂はこれは前回の約束を実行しただけなので費用だけいただければそれでいいと言ったが、それだけでは金森の感謝の念は収まるものではなかった。
天堂は金森にとってはまさに命の恩人にも等しい者だ。そして金森はこう言った。後日改めて挨拶に寄らせてもらうと。
天堂もそれで納得した。今は久しぶりの親子の対面に時間を譲り、後の事はまた後日考えようと天堂は丹波の地を去った。
応援していただくと励みになります。
よろしくお願いいたします。




