第一話 SCU
天堂は古美術商の集まりで贋作の話を聞いた。
しかしそれがあまりにも見事な贋作だったと。
そこで天堂は緑を現地に向かわせた。
今日は至って穏やかな日だった。淀の川面ものたりのたりと漂っていた。神戸の事件からこっち天堂商会も何かと忙しく、神戸の事件の事はすっかり忘れていた。
勿論あの事件の陰に潜む者達までは引っ張り出す事は出来なかったがそんなに焦る事もない。いずれは何処かでぶつかる相手だろうと天堂は思っていた。
それよりも気になるのはもう一つの方だ。赤城に接触して来た女性と鳴海を尾行していた者達。
どちらも素人ではない。しかもターゲットが共に天堂商会の人間と言うのが少し気になった。
我々の事を調べ出した何かの組織があると言う事だろうか。いずれはそう言う時が来るだろうと天堂も予想はしていた。
それも想定してこの天堂組、いや、天堂商会を作ったのだ。だからここは言ってみれば仮の宿、この世に築いた空蝉の館のようなものだと天堂は思っている。
ただそれでも今はまだこの館を潰させる訳にはいかない。潰すと言うのならお前達の方こそ全力で潰させてもらうぞと天堂は思っていた。例え相手が誰であれ。
今日も天堂は一人「Time Out」で酒を飲んでいた。今日は幸いにしてあの口うるさい番頭はいない。これでゆっくりと酒が飲めると思っていた。
しかしこんな時に限って面倒なやつが来るものだ。
「よう、天堂。凸凹コンビの片割れはどうしたんや」
「吉田さん、俺達は凸凹コンビじゃないですよ」
「ええやないか、そんな事はどうでも」
「どうでもって。で、何ですか、こんなとこまで来て」
「わしかてたまには酒も飲むで」
「いいんですか、酒なんか飲んでて」
「今日は非番やからな」
「それで俺に絡みに来たんですか」
「別にからみとうて来た訳やない。お前、俺が以前府警本部にいた事は知っとるな」
「ええ、知ってますよ。府警で優秀な刑事だったと聞いてますが」
「世辞はええ。それでな、わしはマル暴やる前は、実は公安におったんや」
「公安ですか。それは」
「何や、似合わんと言いたいんか」
「いえ、そうは。しかし何でまた公安から組織犯罪対策の方に」
「さー何でやろうな。あれは左遷かも知れんな」
「左遷ですか。何かまずい事でもやったんですか」
「わしにもようわからんのやが、もしかすると知らんでもええ事を知ってもうたからかも知れんの」
「知らなくてもいいものですか」
「お前、公安に『SCU』と言うのがあるのを知っとるか」
「いいえ、何ですかそれは」
「『SCU』つまり 『Specail Combat Unit』と言うらしいんやがな。言うてみたら裏方の組織や、アメリカの『CIA』みたいなもんかの」
「へーそんなものが」
「ただしそれは組織上には存在せん組織や」
「それを統括しとるのは東京の公安やが、勿論大阪にもその課員はおる。そしてな、それを育てたのは当時の警察官僚で、今は民政党の幹事長やっとる吉秋や言う話や」
「そう言う事ですか。その話に繋がりますか」
「何やお前、心当たりでもあるんか」
「いえ、別に」
「神戸の件、何やらきな臭い。そこにお前とこの赤城も絡んどったんやろう。気つけや」
「ありがとうございます。ご忠告感謝いたします」
「所で府警の公安の方の責任者と言うのは」
「安芸原警視監か。あの人は確か東京から来た人やったな」
「そうですか、色々ありがとうございました」
「これはわしの独り言や。何や、酔いが醒めてもうたわ。やくざとは飲むもんやないな。ほな、またな」
「はい。お気をつけて」
『なるほど、吉秋は以前の事で俺にまだ恨みを抱いてると言う事か。それは面白い』
後日天堂は画商の集まりに参加していた。同じ画商仲間でも天堂は特別だった。
天堂ほど高価な物を扱う画商は少ない。それだけ資金力がないと出来ない仕事だからだ。その分リスクもあるが商売が成り立てば利益も大きい。
そんな話の中で誰かが贋作の話をしていた。何でも東北の方で実に精巧な贋作が出たと言う話だった。
初めはどんな鑑定士もそれが贋作だとは見抜けなかったらしい。
ただちょっとした事故があってキャンパスが傷つきそれの修理をして初めてそれが贋作だと気づいたと言う様な話だった。
天堂はそれは面白そうな話だとその話をしている画商から詳しい話を聞いた。場所は宮城の石巻だと言う。
『宮城か。ではまた誰かを出張させるか。さて誰がいいか。ここは贋作が絡んでいるからやはり緑か。そうだな緑しかいないだろう』そう一人ごちた。
今回出張で派遣したのは緑だった。彼は天堂商会の中でも天堂に勝るとも劣らない鑑定眼の持ち主だった。だからこの手の調査にはもってこいだ。
緑と言う男は一見神経質そうに見えるがそれは違う。彼は感性が鋭過ぎるのだ。
本来人間に備わっていると言われる、視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚、これらの感覚がずば抜けて優れている。
つまり緑は超感覚の持ち主と言っていいだろう。その彼が今回の担当となった。
場所は宮城県の石巻だ。正直って大都会とは言い難い。しかしその時石巻市では町興しの一環として「日本の画家展」と言うのをやっていた。
贋作が見つかったのはその画家の一つの作品だった。その画家は画壇にも名を遺す有名な画家だった。
その作品の一つに贋作が見つかったと言う訳だが、大阪で画商達が話していたように、その会を主催していた関係者及び画商に鑑定士に至るまで、それが贋作だとは誰一人気づかなかった言う。つまりそれだけ精巧な贋作だったと言う事だ。
今その贋作は証拠品として所轄が保管していると言う。天堂が吉田にその件で相談した所、その所轄には自分の後輩が転属しているとの話だった。
そこで吉田を通して話をつけてもらって一度だけでも見せてもらえるように手配した。
それだけの下準備をしておいて緑がその所轄に訪れたのは石巻に着いた翌日だった。前日には主催した関係者から事情を聞いていた。
相手が天堂商会の絵画の鑑定士だと言う事で石巻の主催者は色々と話を聞かせてくれた。
その絵は盛岡にある画廊に持ち込まれた物だったと言う。それを今回の催し物の為に借り受けたと言う話だった。
その絵を買い取った画廊も勿論そんな物だったとはつゆ知らず自信を持って貸し出してくれたと言う話だ。
問題はその絵を持ち込んだ人物だが、ある貿易商の課長だと言う話だったが、この話が出た後でもう一度身元を確認したらそんな会社も人物も存在しないと言う事だった。完全に詐欺に引っかかったと言う事になる。
緑はいずれは盛岡にも足を運ばなければいけないなとは思っていたが、今はまずその贋作を保管していると言う警察署に出向いた。
「あんたが吉田さんが言ってた画商さんかい」
「はい、緑と言います。宜しくお願いします」
「本来ならまだ事件の捜査中なんで証拠品は見せられんのだが特別だ」
「ありがとうございます」
そう言って担当刑事の榊は緑を保管庫に連れて行った。そこに置いてあった有名な画家の絵は確かに見事な物だった。その見事と言うのは贋作としての出来栄えの事だ。緑はそう判断した。
「どうだい、これは本当に贋作なのかい」
「ええ、間違いなく贋作ですがこれ程の物は見た事がありません」
「それはこの贋作がそれだけ本物に近いと言う事かい」
「そうです、まず普通の鑑定士では見抜けないでしょう」
「だろうな。会場では誰一人として贋作だと言った者はいなかったと聞いてるからな」
「でしょうね」
「でもあんたは贋作だとわかるのか」
「はい」
「それは大したもんだ。まだ若いのに」
「恐れ入ります」
「で他に何かわかるか」
「そですね。顔料とキャンパスの科学鑑定はもう済んでるんですか」
「ああ、一応はやった。それで贋作だとわかったんだからな」
「そですか。ではその資料を見せていただけませんか」
「まぁ、仕方ないな。いいだろう」
そして榊刑事はその検査結果の資料を緑に見せた。
「何かわかるか」
「いえ、特にこれと言っては。ただ一つ気になる物質が混ざっていますね」
「何だそれは」
「顔料に間違って混ざりこんだのかも知れませんが、ここに記載されている微量な花粉です」
「ああ、こんな物が良く混じっていたなと分析官も言っていたよ」
「でしょうね。もしこれが自然に混ざったものでなかったとしたら」
「どう言う事だい。それは」
「いえ、まだわかりません」
「そうか。ならもし何かわかったら教えてくれ。いいな」
「わかりました。今日は本当にありがとうござました」
そう言って緑は石巻の警察署を出た。
『もしあれが意図的な物だとしたら、犯人は助けを望んでいるんでしょうかね』
緑はここではもうこれ以上の収穫はないだろうと判断して盛岡に向かう事にした。
緑は宮城県の仙台に着いた時点でレンタカーを借りていた。だから今度はその車で石巻から岩手県の盛岡に向った。車で約4時間弱の距離だ。
その画廊は東北新幹線の盛岡駅前の中心地にあった。中は中々のもので著名な画家の作品も多く展示されていた。
緑はその画廊を訪れて画廊の主人に面会を求めた。そこの主人は安部幸吉と言って五十がらみの人の好さそうな主人だった。
これだけの作品を揃えているのだから画廊としての手腕はそこそこにあるのだろう緑は思った。
「初めまして、私は天堂商会の緑と言うものです。今回は突然お邪魔しまして申し訳ありません」
「いえ、天堂商会の方なら大歓迎ですよ。こちらこそ宜しくお願いいたします」
ここでも天堂商会の名前はよく響き渡っていたようだ。あれだけの大きな取引をする画商となら付き合っておいて損はないと考える画廊の主人も多くいた。
「で、今回は贋作の件でのお尋ねだとお伺いしましたが」
「はい、そうです。どう言う経緯であの贋作を手に入れられたのかと思いまして」
「それがもう私どもとしましても寝耳に水でした。まぁ、あれを贋作だと見抜けなかった私に落ち度があったと言われればそれまでなんですが」
「お気持ちはよくわかります。それだけあの贋作は精巧なものでしたからね」
「ご覧になったんですか」
「はい、ちょっとした手ずるを使いまして」
「そうですか。ともかくあんな見事と言っては語弊がありますが、贋作は私も見た事がありませんでした」
「でしょうね。それでそれを何処から」
「実は警察にも話したのですが、それを持ち込んだ人物もその人物が務めていると言う会社もみんな架空のものでした。完全に騙されたと言う事でしょうね。情けない話です」
「もし宜しければ、その人物が言った名前と会社の住所などわかればお教え願えないでしょうか」
「いいですが、そこはもう空き家ですよ」
「わかってます。でも一応見ておこうと思いまして」
「わかりました。少々お待ちください」
そう言って画廊の主人は奥に入り、その人物と会社の住所を書いたメモを緑に渡した。
そこに記されていた住所は岩手県の宮古だった。しかもそこは宮古湾の一端、竜神崎となっていた。
『竜神崎ですか、面白いですね。私達と何か関係がありますかね』
緑はそう言いながら竜神崎に出かけ、その周辺の探索を始めた。
勿論会社は撤収されもう何も残ってないはずだったが緑の感性には何か引っかかるものがあった。
そしてそこには緑を遠くから見つめる四対の目があった。
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