第五話 ホームレス狩り
天堂が久しぶりに大阪城公園を散歩していると
知り合いのホームレスから最近この辺にホームレス狩りが出ると聞いた。
それで天堂はホームレスに化けてそのホームレス狩り達を待っていた。
今日天堂は久しぶりに大阪城公園を歩いていた。大阪城は豊臣秀吉により築かれた日本三名城の一つに数えられる。
大阪城は大阪の上町大地の北端に位置し、今で言えば中央区に位置し、西は上町筋から東は玉造筋、北は土佐堀通から南は中央通りにまたがる一角を占める地域だ。
東側の上町筋から谷町筋にかけては大阪の公官庁のビルが立ち並ぶ。
本来なら静かな街並みと言えるのだが最近その大阪城公園にも多くのホームレスが住み着くようになった。そしていつもの様に市当局とのいざこざが絶えない。
まぁ、ホームレスにしても彼らには彼らなりの理由があってホームレスをやっているのだろう。
社会構造が悪いと言ってしまえばそれまでだが、そこに至るまでには個々の紆余曲折があったはずだ。
そして彼らに取っての一つの安住の地とは言えないまでも、生活出来る場所がここだった。
天堂は時々ここにも顔を出していた。こう言う所にいる者達の裏町情報と言うのは侮れない。だから天堂は差し入れと共にそう言う情報も吸収していた。
「よう、やっさん。どうだい調子は」
「やぁ、天堂ちゃん。やっぱり歳やな。腰が痛うてかなわんわ」
「そう言うほどの歳でもないだろうに」
「まぁ、これはわしの古傷や」
「そうか、まぁ、気をつけて。そうだ、これ差し入れだからまたみんなで食べてよ」
そう言って今日は焼き鳥と焼酎を持って来た。
「悪いねいつも、天堂ちゃん。おーい、みんな、天堂さんからの差し入れや」
やっさんがそう言うとテントの中から一人二人と這い出して来て、やがてその場は宴会場と化した。
「ところでな、天堂ちゃん。最近この辺りが物騒になってな」
「物騒と言うと」
「あれは『ホームレス狩り』とでも言うんかな。もう何人かが怪我させられてるや。そやけどわしら国民保険なんかないから怪我したら大変なんや」
「まぁ、そうだろうね。それでその『ホームレス狩り』ってどんな奴なんだ」
「やられた者の話によると若い4人組らしいと言う事や。ところがな、そいつらだけやないみたいやねん。そう言う奴らが何人かいると言うとった」
「何人かね。それでそいつらここを襲って来るのかい」
「いいや、みんなのいるとこは襲わんようやけど、一人でいる所を襲われてるみたいやな」
「一人の所をね。なるほど一応向こうも考えてると言う事か」
天堂はその後、襲われた時の詳しい話を聞いていた。そして囮になってどんな奴が「ホームレス狩り」をしているのか見てみようと思った。
『今日は天気もいいし、今晩当たり出るかもしれないな』
そう言って天堂はみすぼらしい上着を着て公園のベンチに横たわっていた。見るからにホームレスと言う格好だった。
夜の10時半を回った頃、ズルズルと何かを引きずる様な音をさせながら4人の若い男達が近づいて来た。
その音は金属バットを引きずる音だった。二人が金属バットを持ち、一人は素手、もう一人はカチャカチャと折り畳みナイフを振り回し弄んでいた。
そして天堂が寝ているベンチの所まで来ると、
「おい、いやがったぜ、まだゴキブリみたいなクズがよ」
そう言うや否や、一人が手に持った金属バットを天堂の腹掛けて目思いっきり振り下ろした。勿論一片の容赦もない一撃だった。
その時天堂の腹でボコっと言う何か人間の肉体でない物に当たった様な音がした。
「おいおい、これは図書館から借りた本なんだよ。傷ついたらどうしてくれるんだよ。お前ら弁償してくれるのか」
そう言って天堂は分厚い百科事典の様な本を腹から取り出した。
「なんじゃこらー。舐めとるんか」
「お前らか、この辺りで『ホームレス狩り』とか言ってくだらん事やってるクズは」
「なんだとてめぇ、死にたいのか」
天堂が横になっていた姿勢からベンチに座り直したので、その天堂の頭を狙って、その男は今度はバットを水平に振った。これが野球なら外野ヒット間違いなしと言う様な振りだった。
天堂は手に持っていた本を半分に曲げて手に持ち、それでバットの一撃を防いで、踏み込んでいた左足を刈り倒してその上から本で鳩尾の急所を突いた。それでその男は白目を剥いてのびてしまった。
金属バットを持ったもう一人が、逆スウィングで天堂の反対の頭を狙って来たがこれも同じ様してのばしてしまった。
「お前ら本当に芸がないな。出来るのはそれだけか」
「おっさん、やってくれるじゃねーか。なら死ねや」
そう言ってナイフを持った男は天堂の腹を目掛けてふナイフで突っ込んで来た。
しかし立ってる相手ならまだ突っ込み易いのだが、座ってる相手となると屈みこむようになって思うように相手を刺す事が出来ない。こう言う時は横に払って顔を切りに行った方がまだ効果的なのだ。
コキーンと言う音と共にその男のナイフは途中から折れてしまった。
「本ってよ、結構丈夫なんだよ。そんなナイフじゃ突き刺せないって知ってたか」
天堂はナイフの切っ先が本に触れた瞬間に角度を変えてナイフをへし折っていた。
「やべー、本がちょっと傷ついてしまったじゃねーか。お前ら弁償な」
「クソが、舐めやがって」
そう言って殴り掛かって来たナイフ男のテンプルを本の綴じ込み部で叩いた。それだけでその男ものびてしまった。
残ったのは素手の一人だけだったが、よほど余裕があるのか両手をポケットに入れて今までのやり取りをじーっと見ていた。
「おっさん、大したもんだな。何かやってるのか」
「俺か、俺はおまえ、そのなんだ。喧嘩の達人と言う奴だよ」
「舐めるのもそこまでにしとけよ。本当の喧嘩がどんなものか今教えてやるよ」
「そうかい、それは楽しみな事だな」
と言って天堂はやっとベンチから立ち上がり、残った最後の男、矢曽部良治と対峙した。
矢曽部の身長は約180センチ、天堂より少し高い。ちなみに天堂の身長は178センチだ。多分この矢曽部は何かの格闘技でもやっているのだろう。
矢曽部はゆっくりと両手をポケットから出すとアップライトに構えて前に出した左足の踵を浮かせた。俗に言われる猫足立になった。
「なるほど実践空手と言う所か。お前そこまで修行したのに、もう少しそれをまともなものに使えんのか。情けない奴だな」
「うるせー、試合じゃ血が湧かねーんだよ」
「血がね、喧嘩なら血が湧くのか」
「まだ血が湧くような奴には会った事がねーんだがよ。あんたならどうだ。俺の血を沸かせてくれるのかよ」
「それは無理だな」
「なんだそうかい、それは残念だな。じゃーここでお寝んねしなよ」
そう言って順足によるランニングキックから左右の上段パンチの雨を降らせてきた。しかも時々フックやアッパーを織り交ぜて。
確かにこの男、戦い慣れてはいるようだ。しかしそのどれもが天堂にはかすりもしなかった。
矢曽部はそこから一旦引くと見せかけて逆蹴りで天堂の頭へ廻し蹴りを放って来た。革靴の先端でテンプルにでも当てられた死活問題だろう。
しかしその時天堂はその足の軸足の膝の上の急所を軽く蹴った。それでその男はバランスを崩してその場に倒れてしまった。そして蹴られた足をおさえていた。
「俺はまだその足を折っちゃいないぞ。ちっと痺れさせただけだ。どうだまだやれるだろう。かかって来いよ。遊んでやるからよ」
矢曽部は左足を少し引きずりながらそれでも何とか立ち上がった。少し足は不便だが使えない事はない。
体格的に見てパンチでも倒せるだろうと、今度もまたパンチのラッシュをかけてた。
それもまた天堂には掠りもしなかった。そして最後に放った渾身のパンチを天堂の左手でガッチと握られてしまった。しかもそれはビクリとも動かなかった。
これはかって赤龍こと赤城が暴走族の六甲バスターズのリーダー大槻に使った手と同じだった。
ただ違った点は、天堂はその握った状態から瞬間手を開くと同時に気を放った。
それは矢曽部の腕の中で爆発し、肩関節から前が強烈な痛みと共に一切動かす事が出来なくなった。そして鳴海はこう言った。
「そろそろ遊びは仕舞にしようか。これからが本番だ。で、どっちがいい。へし折られるのは腕か足か。選ばせてやるぞ」
そう言った途端に、天堂の周りがまるで風が舞った様に物凄い圧力が矢曽部を襲った。
その時矢曽部は初めて知った。俺はとんでもないバケモノを相手にしてしまったのかも知れないと。
『俺は精いっぱいの構えを取ってるのに、目の前の男はなんだ。ただ自然体でそこに立ってるだけだ。なのにこの圧力はなんだ。踏み込めない。一歩たりとも体が前に進もうとしない。これは何だ。恐怖か。俺は恐怖してるのか』
それを知るのが少し遅かったようだ。
そしてその圧力は益々強くなって行った。まるで何十トンもの重機がのしかかって来るように。
目の前にいるのは一人の男ではなかった。大きな壁だ。いや、鉄の扉だと言ってもいい。叩こうが何をしようがびくりともしない巨大な鉄の扉だった。
『この男は言った。俺の血を湧き立たせるのは無理だと。では何だ。今の状況は何だ。この男は俺の血を凍らせ、震え上がらせているのか』
この男、矢曽部良治は生まれて初めて恐怖を知り、自分など足元にも及ばない者がいる事を知った。
その後矢曽部良治の目の前に闇が広がったのは言うまでもない。
天堂は今回の「ホームレス狩り」の事を吉田刑事に伝えて取り締まってくれるように頼んだ。
「それはわし管轄やないやろう」
そう言いながらも吉田はその辺りを管轄するかっての自分の古巣であった大阪府警に連絡を取り取り締まる様に伝えた。
天堂の協力もあり、「ホームレス狩り」のグループのアジトやその仲間の事もある程度把握出来ていたので、彼ら全員を検挙するのも時間の問題だろうと思われた。
いつもの様にバー「Time Out」では、
「なぁ、天堂よ。あんまり余計な仕事をわしのとこに持って来るなよな」
「それって市民を守る警察官の仕事じゃないんですか」
「あのな、仕事分担ちゅうもんがあるやろが」
「そんな事言ってるとまた税金泥棒って言われますよ」
「お前な」
「まぁ、それにしてもや。今回の事は助かったで。一応本部の奴らに代わって礼を言うとく」
「ほんと、刑事って素直じゃないんですね」
「言うな、ボケ」
こうして「Time Out」での時間は過ぎて行った。
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