第二話 鳴海のやくざ刈り
鳴海は吉野和夫殺害の犯人を突き止めるべく最終手段に出た。
天堂が行く:第四部
第二話:鳴海のやくざ刈り
鳴海はしばらくこの松原市に腰を落ち着けていた。ホテルに週決めで部屋を取り、毎日出歩いてはやくざ狩りをしていた。
同業者を刈ってどうすると言う話だが、鳴海達天堂組に取ってそんな事はどうでもいい事だった。
喧嘩の種などいくらでも転がっている。ちょっと肩が触れたの、ガンを飛ばしたの。それだけで喧嘩になるには充分だった。
ただ可哀そうだったのは相手が誰かも知らずに喧嘩を売ったこの町のやくざ達だった。
相手はどう見ても堅気の中間管理職風のサラリーマンにしか見えない。これはいたぶるにはいいカモだとでも思ったのだろう。
まさか相手が天堂組の頭とも知らずに喧嘩を売ったチンピラ達はみな秒殺だった。喧嘩の「け」の字にもならなかった。
そしてみんなは同じ質問を投げかけられた。誰が吉野和夫を殺したのかと。しかし彼ら三下にはわからない事だった。
『仕方ありませんね、ではもう少し上の方を狙ってみますか』
同じやくざでも着ている物を見ればそれなりの上下の違いが分かる。それと鳴海は天堂商会からこの桑田組に関する資料を取り寄せていた。そこには組員の情報が詳しく記されていた。それを元に幹部クラスを狙ってやくざ刈を始めた。
鳴海としてはあまり事を大きくして組と組とのいざこざにまではしたくなかった。犯人とその責任者位の確保で事を収めようとしていたのだが、この件に関してはもう少し上まで行かないと解決しない様なので仕方がないかと諦めた。
この辺りまで来ると桑田組でも話題になり始めていた。最近組員を狙ったやくざ狩りが横行している。しかも相手は一人でサラリーマンだと言う。
桑田組の本部で招集がかけられやくざ狩りに合った組員達から話を聞いて似顔絵が作られ、それを手に組員達がやくざ狩りを探しに街に散って行った。
鳴海が宿にしているホテルに帰って来ると待っていたかのようにサリーが飛んで来て、鳴海をラウンジの奥の方に引っ張って行った。
「一体どうしたんですか」
「どうしたのかじゃないわよ。あんた一体何したのよ」
「何と言いますと」
「桑田組の奴らがあんたの似顔絵を持って目の色変えて町中探し回ってるわよ。ほら」
そう言ってサリーは鳴海の似顔絵を見せた。
「これは、もう少し美男子に描いて欲しかったですね」
「そう言う冗談言ってる場合」
「しかし、よくこんなものが手に入りましたね。流石はサリーさんです。情報屋は伊達じゃありませんね」
「そんな事言ってる場合じゃないって、あんた早くこの町から逃げないと本当に吉野のおっさんみたいになっちゃうよ」
「それはどうもご忠告ありがとうございます。私も用件が済み次第直ぐにこの町からは離れよと思ってますので」
「用件が済み次第じゃないって、今直ぐにだよ。本当にわかってるの、あんた」
「そのつもりですが」
その時数人の男達が入り口のドアから入って来た。それを見たサリーいきなり鳴海に抱きつき鳴海が彼らに見えない様にかぶさって恋人同士を装うった。この時サリーの心臓はフイゴの様の鳴っていた。
彼らが去った時、サリーはまるで1万メートルマラソンでもやったかのように心臓がドキドキしていた。
「彼らは一体何故吉野さんを殺したんでしょうね」
「あんた、本当にどうしてもそれを知りたいの」
「ええ」
「ボートだよ」
「ボート?つまり競艇の事ですが」
「そう、競艇で八百長があったんだよ。その情報を手に入れたおっちゃんがその当たり券を買った。でもさ、やつらおっちゃんがその情報を元に金を手に入れたと知って消しにかかったんだよ」
「だけどあの時吉野さんはお金はまだ持ってませんでしたが」
「うん、その分け前をもらいに行く所だったのさ。その相手はおっちゃの昔なじみだったからね。だからおっちゃんとその相棒を殺したんだよ。ただおっちゃんだけはあんたが早く店から出て来たんで死体を片付けられなかったんじゃないかしらね」
「そのもう一人と言うのは」
「競艇の関係者だけどね。もうこの世にはいないさね」
「なるほどそう言う事ですか」
「ね、わかっただろう。悪い事は言わないから早くこの町から出なよ。そしてもう帰って来るんじゃないよ」
「ありがとうございます。そうしましょう」
鳴海はサリーに礼を言って自分の部屋に引き上げた。サリーは安堵と共に少し名残惜し気もしていたが、これで良いんだと自分に言い聞かせてそのホテルを後にした。
しかし敵もそう甘くはなかった。サリーがホテルを離れて少しした所で桑田組の組員達に捕まってしまった。
「おい、ズベタ。お前みたいな女があんなええホテルで何してるんや。まさかあそこで客引こうなんて考えてた訳やないやろな」
「何処で客引こうがあたしの勝手じゃないか」
「そうはいかんのじゃ。ここはわしらのシマ内やからの。しかしや、それにしてもちょっとおかしやろう。お前、誰かぼうてるんや」
「あたしは誰も庇っちゃいないさね」
「そうか、それならお前の体に教えてもらうしかないの」
そう言ってサリーは桑田組の事務所に連れていかれた。
それを5階の窓から見ていた鳴海は、
『仕方ありませんね。手遅れにならない内に助に行きますか』
そう言って鳴海は桑田組の事務所に向かった。
丁度同じ頃、桑田組には兄貴分に当たる梶原組の梶原が頭の佐々木と共に来ていた。
「兄貴、わざわざ来てもろてすんまへんな」
「それはええけど、どないしたんや。やくざ狩りにおうてるんやて」
「そうなんですわ、何処のアホか知らんけど、ほんまアホな真似さらしよって。見つけたらバラバラにして豚の餌にしたろう思うてますんや」
「それはええけど何処の誰かわかったんか」
「もう直ぐわかると思います。それを知ってるらしい女を連れて来てますよって」
「そうか、しかしそのやくざ狩りとか言うアホの顔みてみたいもんやの」
「ほんまですわ」
その時急に表の方が騒がしくなり、一人の組員が駆け込んで来た。
「おやじーカチコミですわ」
「何やと、カチコミやと。何処のどいつや」
「それが例の似顔絵のやくざ狩りです」
「何、やくざ狩りやと。そいつが一人で来とるんか」
「ええ、一人で・・・そやけど」
「そやけど何や」
「滅茶苦茶強うて、みんなやられてますねん」
「アホか、たった一人に何寝言うとるんじゃ。はよ片付けんかい」
そう桑田が言った時ドアをぶち破って一人の組員が吹っ飛んで来た。4-5メートル転がってそのまま動かなくなった。
その様子を見た時、梶原は何故か背筋に悪寒が走った。
「まさか・・・」
その後続いて入って来たのが鳴海だった。しかも表の組員達は全員が床に転がっていた。
「な、何じゃわれは、何処のもんじゃ。ここを桑田組と知って喧嘩売っとるんやろの。われ死にたいんか」
「や、止めとけ、桑田」
「兄貴、どないしたんでっか」
「ええから、止めとけ。組潰しとうなかったら止めとけ」
「誰かと思ったら梶原さんじゃないですか。今日はまたどうしてここに」
「い、いや。ちょっと野暮用で」
「そう言えばこの桑田と言うのはあなたの舎弟でしたね。どうします。潰しますか。何ならあなたの所と一緒に潰してもいいんですが」
「いや、ま、待ってくれ。俺は関係ないんや」
「兄貴、一体どないしたんや。こいつが何や言うねん」
「こ、こいつ、いや、この人は天堂組の頭の鳴海さんや」
「天堂組って・・・えっ、まさかあの天堂組でっか」
「そうや。それでもお前戦争するつもりか」
「いやーそう言われても」
実は梶原組を壊滅状態寸前までに追い込んだのはこの鳴海だった。それもたった一人で。だからこそ梶原はこの鳴海の恐ろしさを骨身にしみて知っていた。
そして今、ようやく組の立て直しが何とか出来始めた時だった。そんな時にまたこんなバケモノに出会うなんてと梶原は思っていた。
ましてここで自分まで巻き添えを食ってはたまったものではない。例え舎弟とは言え桑田に力を貸す事は出来ないと思っていた。
だから桑田に手を引けと言った。引かなければ俺がお前の玉を的にかけなければならないと。
「そんな兄貴、何でですねん」
「ともかく死にたくなかったら、今直ぐ手を引くんや」
それこそ梶原は必至だた。
「わかりました。兄貴がそこまで言うんなら、手引きます」
「では和解の証として、取り合えず三つの条件を飲んでもらいましょうか」
「三つの条件と言うと」
「まず吉野和夫さんを殺した犯人を自首させる事。ただし代理人は認めません。第二に吉野さんが受け取るべきだった代金の支払いと葬式代一式合わせて2,000万円。それとさっき連れて来たサリーを直ぐに解放してもらいましょうか。ただし今後一切彼女に手を出す事は許しません」
「ええか、桑田。間違えてもその女、人質にしようなんて思うなよ。こいつらにその手は効かん。お前一生方輪にされるぞ」
「兄貴」
「ほんまや、わしの言う事信用せえ」
「しかし2,000万と言うのはちょっと」
「あなた方は違法な方法でもっと儲けたんでしょう。なんならそれをちゃらにしますか。私はそれでも構わないんですがね」
「いや、わかりました。それで手打ちます」
桑田の答え如何によってはむしろ梶原の方が怯えなければならない所だった。
その時囚われていたサリーが連れられてきた。
「サリーさん。大丈夫でしたか」
「あんた、何してるのよ。こんなとこで」
「もう全て片付きましたので帰りましょう」
「えっ、ええっ」
「梶原さん、いいですね。私としてもこれ以上の厄介事は好みませんので、あなたがしっかりと収めておいてください。でないとあなたの所との『不可侵条約』を白紙に戻す事になりますので」
「わ、わかっとります」
そう言って鳴海はサリーを連れて桑田組を出て行った。桑田組の事務所を出る時に、廊下の至る所で転がっている組員達をサリーは不思議な思いで眺めていた。
そして鳴海はサリーに800万円を渡して、これは今回の情報料と迷惑料だから受け取って欲しいと言った。
こんな大金は受け取れないと言ったが、元々あぶく銭だから嫌ならドブに捨ててもらっても結構と言って鳴海はサリーに押し付けた。
残りの800万円は当然戸田義三に渡した。吉野和夫の稼いだ分だと言って。そして残りの400万円で吉野和夫の墓を建てた。
そして鳴海が戸田に立て替えた100万円は返してもらった。これで三方が丸く収まった事になる。
松原署ではテンヤワンヤだった。諦めていた銃撃犯が自首して来たと言って。
しかもトカゲのしっぽ切ではない。れっきとした幹部だ。それも戦闘要員として十分に通用する元自衛隊員だった。
普通は堅気を殺しても何の勲章にもならない。だからどんな幹部もその罪を背負って服役をする事はない。
しかし今回は何故かそれが起こった。しかも犯人は間違いないと思われた。ただ彼が認めたのは吉野和夫殺しだけだったがそれでも警察としては大金星だった。
ただ競艇の八百長に関する事に関しては警察も思う所があったが上からの圧力もあり、闇から闇に葬り去られてしまった。一人の失踪者が出たと言う事以外は。
その報告を兼ねて西崎刑事はまた新地南所の吉田刑事を訪ねていた。
「先輩、色々と助言ありがとうございました。事件がやっと解決しました」
「そら良かったな」
「正直なとこ、お宮入りやと思うとたんですわ。それやのに何でか急に犯人が自首してきよりましてな」
「そら、良かったやないか」
「そやけど普通こんな事、あり得へんでっしゃろ」
「事実は小説より奇なりと言うからな」
「それと先輩、あの鳴海の言うとった事、全部当たっとりましたわ。犯人像まで」
「そうか、やっぱりな」
「何がやっぱりなんですか」
「いや、何でもない独り言や」
「先輩、ちょっと聞きたいんですけど」
「なんや、改まって」
「あの鳴海って一体何者なんですかね」
「そやのー、もしかしたら法律のない世界の法の番人かも知れんの」
「何ですのん、それは」
「いや、何でもない。わしのたわ言や」
「そうですか。ほなわし帰りますわ」
西崎刑事は納得のいかない顔をしながらも松原署に帰って行った。
『無法地帯の法の番人か。もしかしたら天堂組自体がそうかも知れんの』と吉田は一人思っていた。
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