第一話 場末のバー
今回鳴海は一人で河内松原まで来ていた。
それで仕事の相手と待ち合わせをしたいたら、
その相手が狙撃されてしまい、
鳴海は事件に巻き込まれる事になってしまった。
今日の鳴海は珍しく場末のバーで飲んでいた。正直着ている物からして似つかわしくないと言えば似つかわしくない。 ここいら辺りではちゃんとした背広服姿の客など来る事は滅多にない。
派手な柄シャツの客にダボシャツの客と言うのもいる。そう言う場末の店だ。 そんな所できちんとした身なりで飲んでいれば逆に目立つと言うものだ。
だからさっきから周りの客にチラチラと見られているのだが、当の本人は一向に気にならないようだ。 そして鳴海はここではシーバスリーガルの12年物を飲んでいた。
そんなに高級と言うほどの酒ではないが、この店では高級の部類に入るかもしれない。 そんな鳴海の所に一人の女が寄って来た。
「お兄さんここいらじゃ見ない顔だね。一杯おごっとくれよ」
「何で私が」
「お金持ってそうだしさ、それにあたしこの辺りの事なら何でも知ってるよ。誰か探しに来たんだろう」
「生憎と間に合ってます。もう直ぐ探し人がここに来ますので」
「そうかい。それは残念だね。じゃーまた何かあったら呼んどくれよ。あたしはサリーって言うんだ。この辺りじゃ有名なんだよ」
「そうですか、覚えておきます」
その時、ギシガタと音を立てながらドアを開けて一人の男が入って来た。
「やー待たせてすんまへんな。ちょっと野暮用を済ませてたもんで」
「あなたが吉野さんですか」
「そうです。すんません。戸田のおっちゃんには何と謝ったらええか。 早う返さんとあかんあかんとは思うとったんです。 ただそのメドが今日やっとついたもんですよって」
「それで約束のものは」
「これからもらいに行って来ますよって8時にはお渡し出来ると思います。それでもうちょっとお待ち願いますか」
「わかりました。それでは食事にでも出かけてここでまた8時と言う事でよろしいですか」
「はい、それで結構です」
「ではその時にまた」
そう言うとその男、吉野はまた出て行った。
「あんたが待ってた人と言うのはあの人かい」
とまたサリーが寄って来た。
「そうですが、何か」
「ちょっとまずいかもしれないよ」
とサリーが言うなり表で微かな発射音がし、人の倒れる音がした。
勿論そんな小さな音は鳴海の様な聴覚の持ち主でなければ聞き取る事は出来なかっただろう。 しかもそれが拳銃の発射音だと理解出来たのは鳴海だけだった。
鳴海が急いで表に出てみるとそこには撃たれた吉野が倒れていた。 鳴海が脈を診たがもう手遅れだった。
体に3発の銃弾を受けていた。銃殺だ。 音がしなかったのは消音銃を使ったのだろう。プロではないが素人でもないようだと鳴海は思った。
鳴海が急に飛び出したので、サリーも気になって出て来て吉野を見て手で口を押えて驚いていた。 そしてその目には恐怖の色が漂っていた。
誰かが一報したのだろうサイレンの音と共に警察車両が駆けつけて来た。 バーの前で現場検証が始まり鳴海は第一発見者と言う事で警察で事情聴取を受ける事になった。
「あんた名前は」
「鳴海天一郎と言います」
「鳴海さんね、で、何処にお勤め」
「大阪の北区にある天堂商会で総務部長をやっています」
「ほう、大阪の一等地やないの、そんなとこのお偉いさんが何でこんな場末のバーで飲んではったんや」
「いえ、人に会いにあのバーに寄っただけです」
「その相手と言うのは」
「それが吉野定さんです」
「で、あんたと吉野さんとの関係は」
「別に何も」
「何もってどう言う事や」
「特に関係はありません。強いて言うなら赤の他人です」
「それはどう言うこっちゃ。何で赤の他人と会う必要があるんや」
「いえ、ちょっと頼まれたものですので」
「頼まれたって。誰に」
「それは個人情報に関する事ですので言えません」
「あんたな、人が一人死んでるんやで、黙っててすむ問題やないやろう」
「吉野さんが殺された件とその人とは直接関係はないと思いますので」
「関係あるかないかは警察が決める事や、あんたが判断する事やない。で誰なんやその相手と言うのは」
「だから言えないと申し上げております」
「あんたなええ加減にしいや、何ならここに泊まって行ってもろてもええんやで」
「それは無理でしょう。私は容疑者ではありませんので」
「何やと、あんた警察を舐めとんのか」
「止めとけ、西崎」
「しかし、デカ長」
「そんな事より本題に入りませんか」
「そうやったな。そんであんた、何か見たんか」
「いいえ、私が表に出た時には既に吉野さんは撃たれて倒れていました。 立ち去る影も何も見えませんでした」
「で銃声は何発聞こえた」
「銃声は聞こえませんでした。多分消音銃でしょう。弾は3発です。 腹部下方に2発、心臓に1発、この1発が致命傷です。 拳銃は恐らく38口径の9ミリのフル・メタル・ジャケットでしょう。 入射角の破損状況から考えて狙撃者は一人、約5メートルほどの距離から撃ったものと考えられます。 犯人は恐らくプロではないがそれに近い人物。 たた最後の犯人像は私の私見ですから忘れてくださっても結構です」
「デカ長」
「あんたな、何でそんな事がわかるんや、いや、何でそんなに詳しいんや」
「私は医師免許を持っていますので。 そして海外の野戦病院で従事していた経験があります」
「そうか、なるほどな。 ようわかりました。参考にさせていただきます。 ほな今日はこれで帰ってもろて結構です」
「では失礼いたします」
「ですがまたお聞きする事があるかも知れませんのでその時はまたよろしくお願いします」
「はい、わかりました」
「デカ長、あの男、匂いませんか」
「そうやな、何か匂うな、別の意味でやがな」
「わし、あの男の素性洗うてみますわ」
「ああ、わかった。頼むで」
鳴海は松原署を出た後直ぐにまた例のバーに戻って行った。
それからしばらくして松原署では、 「デカ長、えらい事がわかりましたで」
「どないしたんや」
「あの男やけど、あれはやくざでしたわ」
「やくざやと」
「天堂商会言うんは、天堂組の事で例の本部と問題起こした天堂渡の組ですわ。 ほんで鳴海言うんはその頭でした」
「天堂組の頭か、道理で肝っ玉が座っとる訳や、そうなるとちょと厄介やの」
「ええ」
「本部からは、天堂組には手出すな言うお触れが出とるしな」
「そうですけど、そんなん関係おまへんやろう」
「まぁ、そやけどな、もしかしたらまだ何か本部は天堂に弱み握られとるかもわからんしな」
「ほんならどうなります」
「そやな、圧力がかかるかも知れんと言う事や」
「圧力ですか・・・」
「そや、わし、新地南署に行って来ますわ」
「新地南署?」
「ええ、そこにわしの先輩がおるんですわ。その先輩に鳴海の事聞いてきますわ」
「そうか、わかった」
松原署の西崎刑事は新地南署の吉田刑事の元に向かった。
「先輩、お久しぶりです」
「何や、西崎やないか。ひさしぶりやの、どうしとったんや。元気やったか」
「はい、先輩もお変わりなく」
「ああ」
「そうですか。それはよろしいな」
「それで何の用や、急に」
「ええ、ちょっと聞きたい事がありまして」
「ん?あれか、お前とこで起こった射撃事件に関連した事項か」
「そうです。先輩は鳴海言う男を知ってはりますか」
「鳴海って天堂商会の鳴海か」
「そうです。その鳴海です」
「その鳴海がどないしたんや」
「それが今回の第一発見者なんですわ」
「そうか、あいつがな。しかしあいつは犯人とちゃうで」
「何でそんなにはっきりと言えるんですか」
「そやな、わしの勘みたいなもんかな。そんで何か証拠でもあったんか」
「いいえ、何も」
「硝煙反応は調べたんか」
「いえ、それは」
「何しとるんじゃ、それを一番初めにせんかい。銃殺やろう」
「すんまへん。今から行ってきます」
「待て西崎、それとな害者の裏洗え。 特に金銭関係や。鳴海が動いたと言う事は金が絡んどるはずや、 あいつらは経済やくざやからな、ドンパチはやらん。 わかったら早よ行け」
「ありがとうございました。先輩」
そう言って西崎は飛んでいた。
結局鳴海の周辺からは何も出て来なかった。そこで西崎は吉田の言った様に吉野のバックを徹底的に洗い始めた。
一方で鳴海はその吉野に金を貸したと言う一杯飲み屋の「戸田のおっちゃん」こと戸田義三に金の回収が出来なかった事を詫び、 その金を自分の方から建て替えると言った。
「鳴海はん、何もそこまでしてもらわんでも、貸したわしが悪いんや。死んだもんからは回収出来んのやから諦めますわ」
死んだ吉野には身寄りは一人もいなかったので他に回収の仕様もなかった。
しかし鳴海は回収の当てはあるので取りあえずはこの金を納めておいて欲しと戸田に言った。
戸田は涙を流して感謝していた。正直戸田にとってもあの金は投げ出しの金だったのだ。
恐らくこんな所が天堂組がこの町の人々から慕われている理由の一つだろう。
決して堅気を犠牲にはしない。それが天堂の信念だった。ただし悪いやつは徹底的に叩く。
鳴海はあの時、松原署から解放された後、また例のバーに寄ってみたがサリーと言う女はそこにはいなかった。
バーのマスターに何処に行けば会えるかと聞くと、何か所か場所を教えてくれたのでそれらの場所を辿ってみた。
そして最後の屋台のおでん屋で身体を丸くして酒を飲んでいるサリーを見つけた。
羽織ったジャージの中で身体が少し震えている様にも見えた。そしてコップ酒も底をついていた。
鳴海はのれんを潜るとおでんと熱燗を注文し、こちらの女性にも一杯あげてくださいと言った。
「あんたはさっきのお客さん。もう帰されたのかい」
「勿論です。私は何もしてませんので」
「まぁ、そうだけどさ・・・」
「あのさー、あんた、もうあの人には関わらない方がいいよ」
「どうしてですか」
「どうしてもさ。あんたもああなっても知らないよ」
「それは困りますが、私もお金の回収を頼まれているものですから、そう簡単には引き下がれないのですよ」
「あんた借金取りかい」
「商売でしてる訳ではありませんが、個人的に頼まれたものですので」
「なら尚更だよ。止めた方がいいって」
「そうですか。そんなに怖い相手ですか」
「そうだよ。なんせ、桑田組って言えばここらじゃ泣く子も黙るって言われてるくらいだからね。あっ、今のは内緒だよ」
「はい、聞かなかった事にします」
「ありがとう。じゃーこのお酒いただくわね」
「どうぞ」
『桑田組ですか。組長の桑田は確か梶原組の組長の舎弟でしたね。 梶原組は以前うちが潰した組でした。それなら上はもう邪魔はしないでしょう。では個別に揺さぶりをかけてみるとしますか』
鳴海はそう言うとあやしく笑ってその場を去って行った。
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