第一話 丹波の金森
天堂は京都の吉岡の紹介で
丹波の金森と知り合った。
その金森の依頼で美術品の鑑定に出かけたのだが、
そこに待っていたのは。
天堂が吉岡の所に寄っていた時に、吉岡の兄弟分だと言う丹波篠山の金森と言う組長がやって来た。久々に顔が見たくて来たと言って。それは丁度いいと言うので吉岡は天堂に引き合わせる事にした。
「兄弟、こっちが天堂の兄弟や」
「あんたが天堂さんか、兄弟から話はよう聞いとるよ」
「はじめまして、天堂です。よろしくお願いします。ただ俺はまだ正式に吉岡さんとは盃は交わしてませんので」
「ああ、その話も聞いとる。それでも兄弟がそう呼びたい言うんや、それだけあんたの事を認めとると言う事やろう」
「ありがとうございます」
「あんた何でも古美術を扱うとるそうやな」
「ええ」
「やくざもんもかわったもんやの」
「かもしれませんね」
「あんまり気にならんようやの。まぁええわ。どうや、今度一回わしのとこに来てくれへんか。見てもらいたいもんがあるんや」
「そらええわ兄弟、この天堂の兄弟はええ目利きしとるよって」
「そう言う事でしたら是非とも」
「ほなこれで話は決まりやな。追って日時は連絡させてもらうよって頼むわ」
「わかりました」
その帰り道、
「おやじ、うちには売ってもええ様な骨董品は何もありまへんで」
「あほ、あれがあるやないか」
「えっー、あれでっか。そやけどあれは・・・」
「あいつの目がどれ程のもんか確かめてみるのもおもろいやろ」
「そうでんな」
「それとな、わしは見てみたいんや、あいつがまともなやくざかうつけかどうかをな」
「へえ」
「それによっては兄弟にも忠告してやらなあかんよってな。そやからお前は天堂組の事を調べて来い。兄弟は一本どっこでやってると言うとったけど、そんな小さい組でほんまに一本どっこでやれるかどうかをな」
「わかりました」
天堂が新社屋から南大阪の方を眺めていると鳴海が、
「社長、最近ううちを嗅ぎまわってる奴がいるみたいですが」
「ああ、それは多分丹波の身内だろう」
「丹波ですか」
「そうだ、吉岡の所で丹波の金森と言う組長に会った。多分その手下だろう。今度目利きをして欲しいと頼まれてるんだが、その前にこっちの様子を調べに来たんだろうさ」
「それで行くんですか」
「まぁな、断る理由もないしな」
「わかりました」
「あれーそれだけ、他に何かないの?」
「ついて行って欲しいんですか」
「そうじゃないけど、普通心配とかしないわけ」
「別に」
「あのさーお前ってすごく冷たくない。親分が一人で行くって言ってるんだよ」
「軍隊が出て来るって言うんならついて行きますけど」
「そうかい、そうかい、わかったよ」
「黄龍、いるか」
「はい、いるっす」
「社長の警護だ」
「いいんですか、さっきは一人で放り出したくせに」
「いいさ、どうせ気にしない人だ。ついでに丹波の周辺も探ってくれ」
「ラジャー」
こちら丹波の金森の組事務所では
「で、どうやった」
「そうですね、なんぼ聞き回らせてもおかしなもんは何も出て来ませんでしたわ。確かに一本どっこでやっとるようです。それに堅気衆の評判はものすごよろしましたで」
「そうか、すると評判通りと言う事か」
「何か気になる事でも」
「いや、それやったらええんや」
丹波篠山は山と山に囲まれた山深い所だ。今は大分都会化したが昔は人も通わない陸の孤島と言われたほどだっだ。
そこに広大な敷地を持つ金森組と言うのがある。周りを竹藪に囲まれ森林の要塞と化している。
その切り開かれた広い庭の奥に大きな館がある。それが金森の家であり組事務所にもなっている。
ただそこに辿り着くには竹藪に囲まれた長い一本道を進んで来なければならない。だから襲撃は難しい。
そこに天堂は一人で来ていた。
「わざわざこんな遠い所まで来てもろて悪かったな、しかし連れはなしかいな」
「ええ、これも商売の内ですから。それに俺みたいな小さな組の組長狙っても仕方ないでしょう」
「そうとも限らんやろう。兄弟も言うとったがあんたとこのシマは宝の山やと。もしわしがここであんたの玉狙うたらどうする」
「さーどうしますかね。逃げますかね」
「そうか、ほな、まぁ、こっちに入ってんか」
「はい、失礼します」
「実はこれなんやけどな」
「シャガールですか」
「そうや、どうや」
「見事ですね」
「そう思うか」
「はい」
「値段はなんぼや」
「つけられません」
「何、なんでつけられへんのや」
「俺は贋作には値は付けませんので」
「これが贋作や言うのか」
「はい、見事な贋作です。これほどのものは見た事がありません」
「何処が贋作や言うんや」
「言葉では難しいかもしれませんね、かすかな筆使いとしか。後は絵具とキャンバスの年代鑑定士しかないでしょう」
「それでもあんたは贋作やと言うんやな」
「はい」
「自分の目を疑わんのか」
「ええ、自信を持ってますから」
「今まで何人もの知名な鑑定士にこの絵を見せたが、これを贋作やと言うたんはあんたが始めてや」
「そうですか、もし気に入らなかったら他の人に見てもらってください」
「いや、ええ。あんたが正しい」
「わかっていたんでしょう。あなたには」
「なんでそう思うんや」
「俺が贋作だと言っても驚きませんでしたからね」
「あんたおもろいのー」
「こんな話をご存じですか。今から15年ほど前、京都の芸術大学に大学始まって以来の天才が入学したそうです。数々の賞を総なめにし、将来は有名な芸術家になるだろうと言われたそうですが、卒業して画壇に立ったのですが彼の作品は奇抜過ぎて何処の画廊でも売れなかったそうです」
「持って生まれた才能がありながらそれでは生活出来なかったのです。それで世を儚んだ彼はやってはいけない事をやってしまいました。それは贋作作りでした」
「所がその贋作はあまりにも精巧過ぎて誰にも見抜けなかったそうです。ただそれでは本人の為にならないと思った家族によって密告され彼は刑に服しました。その後出所してからは何処でどうしているのかは誰も知らないそうです」
「そんな彼ならこう言う作品も描けるかもしれませんね」
「そうや、その通りや。そしてな、その時にそいつが描いた贋作がこの作品やったんや」
「しかしそれは収監された後、家族の手で破棄されたと聞きましたが。まさか・・・」
「そうや、その家族と言うのがこのわしなんや」
「でも苗字が」
「あれはやくざの息子じゃ肩身が狭いやろうと思うてな親戚に養子に出したんや」
「ではその息子さんは?」
「それがわからんのや。今何処にいるのか皆目見当もつかん。ただ最近巧妙な贋作が出だしたと言う噂を聞いたんや」
「それで俺に」
「そうや、もしこの贋作が見抜けるような人間がおったら見つけてくれるんやないかなと思うてな」
その時カタカタと言う音がした。これは外に仕掛けられていた鳴子に誰かが引っかかったんだろう。それで天堂も金森もその場にいた全員外が外に飛び出した。
流石に電子警報装置には敏感だったかも知れないがこの様な古の忍者返しの警報装置には気が付かなかったのかも知れない。
すると表で四人の男達が一人の男と闘っていた。その四人と言うのは金森の手の者だろう。しかもなかりのものだ。
その四人を相手に戦っていたのは、目出し帽を被っていて人相はわからなかったが、その動きからして相当な手練れだと見て取れた。
四人は何とか囲い込もうとするがいつの間にかその包囲網からするりと逃げられている。集団戦で闘い慣れている証拠だ。
しかもそのナイフ使いは昨日今日のものではなかった。生まれ落ちた時から握っていたかの様に巧みに操り、一人一人を確実に葬り去って行った。
投げ打つの闘法に合わせ、武器の使用もマスタークラスに達した者の動きだった。流石の金森の手練れ達もこの男の前には手も足も出なかった。
そして最後の一人がその男の持ったナイフで倒された。あれはやくざのナイフ捌きではなかった。
明らかに戦闘用のものだ。実戦で磨き抜かれた殺人者が使うナイフ捌きだった。
最後の一人が倒され、こちらに向かって来ようとした時に後ろから追いすがって来た者がいた。
その者に後ろ襟を掴まれ引き倒されると同時に足を刈られた。しかし流石はよく鍛えられている。上手く回転して戦闘態勢に入った。
そしてその男は見た。自分の前に立ちはだかる男を。こんな男がいるとは何処にも記されてはいなかったはずだとその男は思った。
その男は目出し帽を被っていたので表情はわからないが明らかに動揺しているようだった。対峙したのは天堂の部下、黄龍だった。
「おい、お前、少しは楽しませてくれるのか」
そう言うと黄龍は無造作に歩み寄っていた。
「黄埼、殺すなよ」と天堂が言った。
「了解っす」
相手が蹴りの牽制を入れてナイフを喉に突き立てようとした時にはその腕はへし折られ、後脛骨に圧拳で当身を入れられ意識を失っていた。その間僅か1秒と言う所か。
「天堂さん、あれは」
「俺の部下です」
「あんたえらい部下を」
と言いかけた時に天堂は金森の腕を引いた。同時に黄龍が駆け出して金森の頭上に向ってジャンプした。
この時屋根の上に潜んでいたもう一人の賊がナイフを両手で握って飛び降りながら金森目掛けてナイフを突き立て様としていた。
しかし天堂によって目標がずらされしかも黄龍によって飛び蹴りを見舞われて後ろの壁に激突させられてしまった。しかしそれでも上手く受け身を取って着地した。
その状態から黄龍と天堂を眺め勝ち目はないと悟って直ぐに煙幕弾を破裂させて遁走を図った。黄龍はその後を追った。
「天堂さん助かったわ。命拾いしたで。おおきに」
「いいえ、取りあえずは身内の方々を。それから」
と言って、天堂は倒れている賊の所に行き後ろ手にジップロックで両の親指を縛って目出し帽を取り、活を入れて息を吹き返させた。
「誰に頼まれて何をしに来たか吐いてもらおうか」
その男は一通り周りを眺めまわし、観念したのか強く奥歯を噛み締めた。すると唇の端から一筋の血が流れてこと切れた。
「くそ、自ら命を絶ったか」
「どうやって」
「きっと奥歯に毒薬でも仕込んでたんでしょう。正直これはやくざレベルの相手じゃないですね。プロの殺人集団と言う所ですかね」
その時黄龍が戻ってきた。
「すいません。逃げられました。あいつ表に車用意してました」
「そうか、仕方ないな。仕切り直しと行こうか」
「あんた。さっきは助かったでおおきに。しかしあんた強いな」
「いえ、どういたしまして」
「名前は何や?確か、黄埼とか言うんか」
「はい、黄埼っす」
「うちの幹部の一人です」
「そうか、それは頼もしいな。天堂さん。あんたええ部下持っとるな」
「ありがとうございます」
「ところでさっきの話ですが、うちの方でも贋作と息子さんの件調べてみます」
「そうか、そうしてくれるか。ほなよろしゅう頼むわ。費用はなんぼかかってもかまへん。なんぼでも請求してくれ。それからもし兵隊がいるならうちからなんぼでも・・いや、足手まといやったな」
「では、今日はこれで失礼します」
「ああ、ご苦労さん」
金森の部下で死んだのは四人だった。ただし彼らは普通の組員ではない。金森が特別に育てている親衛隊だ。金森の護衛であり同時に暗殺部隊でもある。
その彼らが四人でも歯が立たなかった相手とはどれ程の者だったのか。ではその相手をたったの1秒で倒した天堂の部下とは。
金森は身震いするのを覚えた。そしてあの時もそうだったと思った。金森も傍にいた親衛隊の一人も屋根上に潜む賊には気づかなかった。
しかし恐らく天堂と黄埼は気がついていたのだろう。だからその賊が行動を起こすと同時に、天堂は金森の腕を引き黄埼は行動を開始していた。
「富永」
「はい」
「あの男、とんでもない大うつけかもしれんで。第六天魔王みたいな。おもろいのー」
「第六天魔王でっか?」
頭の富永は第六天魔王が織田信長の事だとは知らなかったようだ。
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