狼の吼える夜に 07 —優しい嘘—
は? イタリア?
私はアルフさんから聞いた通りに発音しただけだが——いやいや待て待て。ていう事はアルフさんは私と同じく地球から来たってコト!?
いかん、動揺してはいけない。私は努めて冷静を装い、誠司さんに合わせる。
「そ、そ、そうだよねっ、うんうん、イタリア、イターリア!」
「な、なんだ? どうした、莉奈。大丈夫か!?」
あー、もう、駄目だ、動揺隠せないって。でも待てよ。私は考える。
誠司さんに、妖精王様が——アルフさんが転移者だとバレるのは不味い。非常に不味い。
その場合、誠司さんは興味を持ってアルフさんに会おうとするだろう。そうすると、ルネディと出くわしてしまう可能性が高い。
だが、そこを隠して、私が誠司さんの考えに自力でたどり着いた風に話を持っていければ——私は覚悟を決める。まったく、今日何回覚悟を決めりゃいいのさ。
「ごめん、私向こうの世界じゃ中卒だからさ、そこら辺あまり詳しくなくて。イタリアも共和国だか王国だかよく分かんなかったし。確か、昔は王国だった様な気が……」
先程の誠司さんの話から、私は適当に知ったかぶりをする。どうだ。
「ああ、そう言えばそうだったな。確かに、そこら辺に関しては世界史をかじってないと分からないかもな」
「うんうん。だからさ、全てがうろ覚えで……よかったら誠司さんの推測、聞かせてくれる? ルネディってイタリア語で間違いないんだよね?」
「うむ。まあ、『ルネディ』だけだったら偶然で片付けていたかもしれない。私もその考えに至らなかっただろう。うろ覚えとはいえ、よく気づいたね」
うん、褒められた。だけどね、甘いよ誠司さん。私は今の時点で何もピンときていないんだよ。私はカマをかけ続ける。
「……って事は、他の『厄災』も……」
「そうだ。『厄災』の名は、ルネディ、マルテディ、メルコレディ。ジョヴェディ、ヴェネルディ、サーバトにドメーニカ。発音は違うが、イタリア語で月曜日から日曜日を表している。偶然では片付けられないよな」
「なるほどね、やっぱり」
——いや、『やっぱり』じゃないよ私。『びっくり』だよ。『厄災』達がイタリア語で曜日の名前を名乗っていたなんて。
そこで私はよくない想像をし、背筋に寒気が走る。まさか、アルフさんが『厄災』を作り出したのか?
けど、『厄災』には魂があるはずだ。アルフさんは『命ある物』は作り出せないって言っていた。
ただ——概念的存在である妖精は作り出せている。『厄災』という存在は、果たして概念なのだろうか。
でも、アルフさんとルネディは最近初めて会ったとも言っていた。わからない、わからない、どっちだ。
「——だから私は、『厄災』もそうだが、この世界の中世ヨーロッパみたいな街並みも転移者が絡んでるんじゃないかと思っている。ただ、あの建築様式は最近の技術ではなく、千年くらい前から広がったらしい。時代から考えて、同一人物ではないだろうね」
「ふうん、確かに、ね」
——はい、同一人物の可能性あるんです。その人、千年前に来た不老不死の人なんです。自分で建築家って言ってましたっ!
そういえばアルフさんは匂わせていた。『転移者』が嫌われていると。やはり、何か後ろめたい事でもあるのか——。
私は言葉を選び、誠司さんに尋ねてみる。
「じゃあさ、もし本当に『厄災』と転移者が絡んでいるとしたら……私が転移者って事、人にあまり言わない方がいいのかな?」
「うん? いや、今の話はただの憶測だ。転移者だというのは念の為に言いふらさない方がいいとは思うが……別に転移者だからどうの、って事は少なくとも私は無かったな。興味を持つ人はいたがね」
「……そっか」
よかった——私は内心、ホッとする。ただ、私の中でアルフさんに対する疑念が高まった。やはり、どこかのタイミングでアルフさんとルネディに会う必要がある。さて、どうしたものか——。
「ところで、莉奈。話は変わるが」
「うん?」
「今日は妖精王の所に行ってたんだろう? 妖精王には会えたのかね」
「んぐっ!? ゲホッ! ゲホッ!」
何だ何だ何だ? 知ってて聞いてるのか!? 思わず唾が気管に入ってしまったではないか。はしたない。
「大丈夫か、莉奈!」
「ご、ごめん、ちょっと咽せた。で、ど、どうしてそう思うのかなっ!?」
いけない、声がうわずってしまう。そんな私の態度を見て、流石に誠司さんも怪訝そうな顔をする。
「どうした、莉奈。今日はおかしいぞ。どう思うも何も、私は妖精王に会ったかどうか聞いただけだが……」
「そ、そうだよね、うんうん!」
返答に困る。会ってないと言っても、レザリアかニーゼに聞かれたら一発でバレてしまう。ただ、あの場での会話は話せない事が多い。あれ、これ、詰んだ?
私が口をモゴモゴさせていると、突然誠司さんの顔つきが変わった。
「まさか、莉奈、君は妖精王に——」
——ギクリ。
放たれる殺気。ビクビクしながらこちらの様子を窺うレザリア。幸せそうに寝返りをうつニーゼ。私はギュッと目を瞑る。
「——変なことをされてしまったのか?」
そう言って誠司さんは刀の柄に手を掛ける。その眼鏡の奥の瞳は、暗く、冷たい。ああ、良かった、察しの悪い人で。いや、良くないけど。
「違う、違うの誠司さん、これを見て!」
こうなったら最終手段だ。例え誠司さんといえど、男の人にこの手は使いたくなかった。
だが、私の尊厳さえ犠牲にすれば全てが丸く収まる魔法の紙。それを誠司さんの前に差し出す。
「あのね、この魔法を妖精王様に作って貰ったの。でも、あまり人には言いたくなくて……」
私は上目遣いで誠司さんの様子を窺う。誠司さんは紙をマジマジと覗き込む。そこに書かれているのは、勿論『胸を大きくする魔法』だ。
その紙を見た誠司さんから殺気が消える。そして——。
「なんだ。君はそんな事を気にしていたのかね」
「……そ、そんな事って」
「いや、失礼。でも莉奈。私も気にはなっていたんだが、この世界はおかしいよな」
「え?」
思ってもいない反応に、私は呆気にとられてしまう。
「君の……その胸も、まあ、大きい、って程ではないが……」
「あん?」
「ンッ。落ち着きなさい。でも、元の世界では別に普通の大きさだと思うぞ。私から見たらこの世界の方がおかしい、そう思うがね」
その言葉を聞き、私は身を乗り出して誠司さんの手を包みこんだ。
「誠司さんっ!」
「な、なんだね」
「誠司さんは、やっぱり、私の味方だ!」
「む? そ、そうか……ふう」
「ん? なに、今のため息」
「……いや、なんでもないぞ。ところで、妖精王はどんな人物だった?」
「んーとね、思わせぶりな人だったよ。誠司さんと同じくらい」
「なんだ、そりゃ」
——こうして、すっかりご満悦になった私を乗せて馬車は走る。
妖精王様の事もうやむやに出来たし、言うことなしだ。まあ、根本的には何も解決してないのだけれど——。
それから数日後、『魔女の家』宛に一通の手紙が届く。
その手紙は、私の世界がまた少し広がる、そんなきっかけとなる手紙だったのだ——。
これにて第五章終了、次回から第六章です。
引き続き、お楽しみくださいませ。




