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ライラと『私』の物語【最終部開幕】  作者: GiGi
第二部 第五章
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狼の吼える夜に 05 —空中戦—






 私は空から俯瞰ふかんする。


 ヴァナルガンドさんに向かい駆けて行くレザリアとニーゼ。ヴァナルガンドさんは二人に気付いた様だ。よく見ろ私、彼の動きを——。


 ヴァナルガンドさんは左の耳をピクリと動かす。


「——ニーゼ!」


 私は通信魔法でニーゼの名前を呼ぶ。それに反応し、ニーゼは全速で回避の動きを取った。


 その直後、ニーゼを狙った攻撃が彼女を襲う。だが、あらかじめ自分が狙われていると知っていた彼女は何とか回避に成功した。


 その隙に、自分は狙われていないと気づいているレザリアは果敢に飛び込んでいき、ヴァナルガンドさんの後脚に一撃を入れる。それに反応するヴァナルガンドさん——。


「——レザリア!」


 その私の言葉に反応したレザリアは、大きく旋回する様に駆けて攻撃に備える。ヴァナルガンドさんが攻撃をしようとした時には、すでに距離を取れていた。


 そこに今度はニーゼが果敢に斬り込んでいく。ニーゼの方を意識するヴァナルガンドさん——。


「——ニーゼ……いや、レザリア!」


 気づいた。フェイントだ。彼はニーゼの方を意識しながらも、その耳はレザリアの位置を注意深く探っている。


 そして次の瞬間、予想通りヴァナルガンドさんはレザリアに飛びかかっていった。


 だが、遅い。一瞬早く反応していた彼女は、ヴァナルガンドさんの攻撃を避け切った。


 そう、戦いにおいてはその『一瞬』が大事なのだ。命運を分ける程に。


 その一瞬——ほんの一瞬早く攻撃を察知出来れば、いかに相手が素早かろうと、レザリアとニーゼの身体能力なら避け切れるはず、だ。



 先程、誠司さんとヴァナルガンドさんの戦いを観察していた私は、気づいた事がある。ヴァナルガンドさんは、目よりも耳を頼りに動いている節がある。


 勿論、それが全てではないだろうが——それでも耳の動きを見れば、相手の意識がどこにあるのかが大体分かる様になってきていた。



 私は矢継ぎ早に名前を呼び続ける。


 特に申し合わせた訳ではないが、片方が狙われている時はもう片方が安全な位置になる様に——ヴァナルガンドさんを挟み込む様に彼女達も立ち回っていた。仲良いな。


 彼女達がヴァナルガンドさんを翻弄している間、誠司さんは一息ついていた。お疲れ様。


 そして三十秒程休めただろうか、息を整えた誠司さんも本格的に参戦する。頑張れ、誠司さん。勝手に動いて。



 攻撃を仕掛け続ける三人。ダメージは与えられているはずだ。そして、ヴァナルガンドさんの意識が誠司さんへと向く。


「——誠司さん狙い、チャンスだよ!」


 それを聞いた彼女達は、距離を取り剣から弓に持ち替える。先程は射線の問題もあったが、これだけデカい図体だ。問題ないだろう。


 そして連続で放たれる彼女達の矢は、ヴァナルガンドさんに突き刺さってゆく。


 さあ、次はどっちだ、私はヴァナルガンドさんを睨む——


 ——いや、考えるまでもないな。彼の視線は、攻撃を受けながらも私の方を真っ直ぐ見ているのだから。



「ふははは! 急に動きが良くなったと思ったらそういう事か。指示を出していたな。叩き落としてくれるわ!」


 そう言ってヴァナルガンドさんは私に向かって空を駆け上がってきた。これこそが私の狙い。私は唾を飲み込む。ここが正念場だ。


 私は覚悟を決め——ヴァナルガンドさんに向かって突っ込んでいった。


 ヴァナルガンドさんは向かってくる私を見ると「ほう」と口元を緩ませ、その口を大きく開く。


 そこには青白い炎が渦巻いていた。怖い怖い怖い怖いって、そこから炎とか吐いたりするの!?


 それでも私は構わずヴァナルガンドさんに突っ込んでいく。彼の口から青白い炎が放たれた。私はその炎をかわしながら、全速で突っ込んでいく。


 何発も何発も発射される炎。私は避ける、避ける、避ける。私は近づいていく。ヴァナルガンドさんの顔はもう、目前だ。


 そして私はヴァナルガンドさんのその顔も——避ける。


 彼とすれ違い様に目が合った。ごめんね、ヴァナルガンドさん。目的地はもうちょっとだけ、先なんだ。


 ヴァナルガンドさんの顔を通り過ぎた私はそこで急停止して、彼の尻尾の付け根付近に手を伸ばした。


 高速度からの急停止により脳が揺すぶられるが、構わない。ここが私の目的地だ、頑張れよ、私。


 届け、届け、届け、届け——私は必死に手を伸ばす。時間がスローモーションみたいに流れる。


 後、もう少し——よし、つかんだ!


 私は身体をくるりと回転させて、尻尾の付け根にしがみつく。


 ——上から戦いを見ていて、考えていた。


 背中や腹は、転がられたりしゃがまれたりしたら押しつぶされてしまう。首元や脚は熱そうだ。尻尾の先につかまっても、ビタンとされてしまうのがオチだろう。


 だからもし、しがみつくとしたら——ここしかない。


 私にしがみつかれた事に気づいたヴァナルガンドさんは、私を振り解こうと必死に尻尾を振る。


 だが、残念。付け根の部分は先端程動きは激しくないし、私は今、空を飛ぶ能力——つまり、重力の影響を受けずにしがみついている。そう簡単に振り落とされてなるものか。


 そして、私は小太刀を取り出す。


(……ええと、このぐらいは大丈夫だよね?)


 私はヴァナルガンドさんに小太刀を突き立てる。



 ——ザクッ、ザクッ……



「ぐっ! こ、こら、やめんか娘、痛い、痛いぞ!」



 よし、少し硬いが、なんとか刃が通りそうだ。



 ——ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ……



「痛っ! 痛っ! 分かった、分かったから止めてくれ!」



 ん? 効いてる?



 ——ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ……



「ち、千切れる! やめろ、今すぐやめてくれ!」



 体毛に覆われてよく見えないが、何か、ヴァナルガンドさんの傷口から血に混じって黒いモヤみたいなのが立ち昇ってきた。大丈夫かな?



 ——ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ……



「ま、参った、降参だ、頼むから、その手を止めてくれい!」



 ハッ。しまった、つい夢中になってしまった。


 気がつけばヴァナルガンドさんの動きは止まっていて、痛みをこらえるかの様にうな垂れていた。


 私は慌てて手を止め、苦悶の表情を浮かべているヴァナルガンドさんの顔の前に急いで近づいた。


「ごめんなさい、ヴァナルガンドさん! 痛かった!?」


「……くぅ……まったく、さっきからそう言っておろう……容赦ないな、娘よ」


「いやいや、容赦ないのはお互い様でしょ」


「……はは、確かにな」


 力なく笑うヴァナルガンドさん。そして私はヴァナルガンドさんに付き添い、地面に降り立つ。


「レザリア! ニーゼ! ごめんやり過ぎた、回復魔法お願い!」


 呆気に取られて私達を見る三人だったが、状況を理解したレザリアとニーゼが慌てて駆け寄りヴァナルガンドさんに回復魔法を掛ける。


 その様子を心配しながら見守る私に、誠司さんが声を掛けてきた。


「……驚いたな。まさか彼に勝ってしまうとは」


「え、勝ちなの? 終わったって事でいいんだよね?」


「ああ。そうだよな、ヴァナルガンド」


 誠司さんに声をかけられたヴァナルガンドさんは、回復魔法を受けながら穏やかな顔付きで答える。


「うむ。セイジならともかく、我がこの様な娘にやられるとはな……油断したぞ。いや、気を悪くしないで聞いて欲しいが、我は彼女を弱者とみくびっていた」


「うんうん、全くもってその通りです」


 私はヴァナルガンドさんに全力で同意する。それは間違っていない見立てだ。


 だけど、レザリアとニーゼは首を振る。いや、そこは同意しとけ。ヴァナルガンドさんはフッと笑いながら続ける。


「しかし、娘よ。お前の攻撃が一番効いたぞ。面白いものよのう。我にあの様な痛みを感じる部分があったとは。偶然か、狙ってやったのか、どっちだ?」


「あ、もちろん偶然です。あそこが一番安全っぽかったんで、つかむならあそこしかないと……」


 それを聞いたヴァナルガンドさんは、高らかに笑い出す。


「ははは、偶然か! いやいや、我にあの様な弱点があったとはな、気をつけよう。しかし、偶然とはいえ勝ちは勝ちだ。娘よ、名は何という?」


「あ、莉奈っていいます」


「そうか、リナか。覚えたぞ。リナよ、ぬしはこのヴァナルガンドに勝利したのだ。誇れよ、胸を張れい!」


 楽しそうに宣言するヴァナルガンドさん。その言葉を聞いたレザリアとニーゼが慌てて私の胸を指差し、「シーッ!」というジェスチャーを取る。いや、あんたら大概失礼だな。


 こうして私達は、命からがら誠司さんのリハビリを終えたのである。


 私は急には強くなれない。でも、そんな私でも出来る事があるのかもしれない、そんな感触をつかめた戦いでもあったのだ。





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