狼の吼える夜に 04 —遠吠え—
「——では、行くぞ」
低く、くぐもった声を上げたヴァナルガンドは人間形態と同様、その四肢に、瞳に、吐息に、青白い炎を纏わせる。
そしてヴァナルガンドは——跳ねた。
「リナ!」
ニーゼは叫び、莉奈を突き飛ばした。莉奈が状況も分からずニーゼの方を見ると——直後、莉奈のいた場所、今はニーゼのいる場所の前に、ヴァナルガンドの青白い炎を纏った脚が突き刺さる。
その脚は爆音と共に地面を抉り、爆ぜ、破片と共にニーゼを吹き飛ばした。
「ニーゼ!」
莉奈は急いでニーゼの元へと飛行する。だが、間に合わない。勢いよく吹き飛ばされたニーゼは地面に身体を打ちつけ、ゴロゴロと転がっていく。
「レザリア、回復魔法——」
そう叫びながらレザリアの方を振り向く莉奈の目に映ったのは、先程と全く同じ光景だった。
一瞬の後にレザリアの元へと移動したヴァナルガンドは、前脚を地面に叩き付ける。その衝撃で吹き飛ばされ、岩壁に身体を打ち付けるレザリア。ズルリと地面に落ちた彼女も、ニーゼ同様動かなくなってしまう。
そこで誠司がヴァナルガンドに追いつく。誠司は後脚に太刀を入れようとするが、ヴァナルガンドはその巨躯をひるがえして元の位置へと戻った。
その隙に莉奈はニーゼを壁際へと退避させ、空へと浮かび上がる。そして莉奈はレザリアの元へと飛び向かおうとするが——なんとヴァナルガンドは、莉奈を目掛けて空を駆け上がって来た。
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっとぉーー!?!?」
莉奈は全力で逃げる。
そう、ヴァナルガンドの対空手段とは先程の炎などではなかったのだ。彼女——いや、彼は空中をも駆ける事が出来るのだ。
だが、空中の移動なら莉奈も負けてはいない。地上程の素早さを持たないヴァナルガンドの追跡を、三百六十度フルに使ってなんとか逃れていく。
ヴァナルガンドから次々と青白い炎が放たれる。莉奈はその炎を旋回しながら避けつつ、地上の誠司の元へと向かった。
「ちょっと、誠司さん、何よアレ!」
すれ違いながら半ばヒステリック気味に叫ぶ莉奈に、誠司は空を睨みながら答える。
「はは、やっぱりヤツは強いな——莉奈、来るぞ、全力で逃げなさい」
「え?」
莉奈が空を見上げると、宙に立っているヴァナルガンドが遠吠えをした。
辺り一面に響き渡る声。彼の周囲に、次々と青白い炎の塊が浮かび上がる。
そして、二回目の遠吠え。
それに呼応するかの様に降りそそいでくる青白い炎の雨。まるで爆撃だ。
誠司は駆け出し、その炎の雨を避けていく。莉奈は比較的炎の雨が薄い壁沿いを飛び、なんとか凌ぐ。
莉奈は心配になってレザリアとニーゼの方を見るが、彼女達の周りには雨は降り注いでいない様だ。そこいら辺は気をつかってくれているらしい。
誠司と莉奈は必死に雨をかわす。
体感では非常に長く感じられたが、実際にはそれ程の時間でもないのかもしれない。
やがて雨は止み、三回目の遠吠え。
ヴァナルガンドの全身が青白い炎に包まれ、今度は彼自身が誠司に向かって降りそそいだ。
「誠司さん!」
例えるなら彗星だろうか。青白い光となって迫ってくるヴァナルガンドを、誠司は壁に向かって走り回避を試みる。そして、壁を駆け上がり——
——ドゴォン!
けたたましい轟音、立ち昇る土煙。莉奈は目を凝らし誠司を探す。
(——どこだ、どこだ……いた)
莉奈の視線の先には、地表から三分の一程の高さの岩壁の付近、そこを斜めに駆ける誠司の姿があった。
重力に負けず限界まで駆け登った誠司は、その壁を蹴り、勢いをつけて土煙の中へと飛び込む。
——ザクッ
手応えあり、だ。
果たしてその誠司の刃は、ヴァナルガンドの頭と胴体を繋ぐ頸部に見事突き刺さっていた。
「ぐおっ!」
ヴァナルガンドは叫び声を上げ、身体を大きく揺すり誠司を振り解く。振り解かれた誠司は空中で身を捻り、華麗に着地した。
「……フフ、ふはは、ふははははっ! いいぞ、セイジ、そうでなくてはな!」
ヴァナルガンドは歓喜の声を上げる。それに呼応して、誠司もニヤリと笑った。
「ありがとう、ヴァナルガンド。でも、効いてないんだろう?」
「当たり前だ! ははは、まだまだ楽しませてくれよ?」
「……はは、努力するよ」
——そして二人は、互いに向かって駆け出して行く。
†
私は上空から見惚れる。誠司さんの動きを。ヴァナルガンドさんの動きを。なんなんだよ、あの戦い。
誠司さんはヴァナルガンドさんの動きを予測して避けていく。そして、的が大きくなったおかげもあり、隙を見つけては的確にダメージを与えていってる様だった。
だがそれでも、ヴァナルガンドさんの方が優勢だった。攻撃を受ける事を意にも介さずに誠司さんに襲いかかる。攻撃の余波で誠司さんの服から度々炎が上がるが、その度に地面を転がり火を消している。戦い辛そうだ。
何か私に出来る事は——そんな事を考えている時に、壁際でお互いを治療する二人のエルフの姿が目に入った。私は二人の方へと向かう。
「二人とも、大丈夫? ニーゼ、さっきはありがとうね」
「ううん。リナが無事ならそれでいいの。でも、アレ、すごいね……」
「ええ。悔しいですが、私達では力になれそうにありません。リナも、もう無理せず——」
「うん、ごめん、レザリア。私は戦うよ」
私はレザリアの言葉を遮る。その言葉の続きを聞いてしまったら、私は甘えてしまうから。
「リナ……」
「誠司さんが私達を巻き込んだのには、きっと意味があるんだと思う。だから、行ってくるよ」
その私の言葉を聞き、レザリアがため息をついて立ち上がった。
「しょうがない人ですね、リナは。だったらリナは私が守ります」
続いてニーゼも立ち上がる。
「私も行く。私の方がもっといっぱいリナを守ってあげるから。さっきの実績もあるし」
「……レザリア……ニーゼ」
猫の様に睨み合う二人。仲が良さそうで何よりだ。
「ありがと、二人とも。じゃあ、通信魔法」
「え?」
キョトンとする二人を余所に、私は手を差し出す。
「うん。私が指示を出すよ。いい加減、目が慣れてきたからさ——」
私は私の考えを手短に二人に伝える。それを聞いたレザリアが苦笑した。
「とても作戦と呼べるものではありませんね。それに、一番危険なのはリナですよ?」
レザリアは私の右手に指を絡み合わせる。
「でも、上手くいけば面白そうだね」
ニーゼが私の左手とレザリアの右手に指を絡ませる。
「ふふっ。まあ、殺されはしないでしょ。じゃあみんな、いくよ——」
「——『想いを繋ぐ魔法』」
通信魔法を唱えた私達は、未だ戦いが繰り広げられている方を見る。誠司さんもいよいよ苦しそうだ。早く行かなきゃ。
そしてレザリアとニーゼは剣を抜き戦いの方へ、私は空へと向かい駆け出していったのだった。




