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ライラと『私』の物語【最終部開幕】  作者: GiGi
第二部 第五章
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狼の吼える夜に 04 —遠吠え—






「——では、行くぞ」


 低く、くぐもった声を上げたヴァナルガンドは人間形態と同様、その四肢に、瞳に、吐息に、青白い炎を纏わせる。


 そしてヴァナルガンドは——跳ねた。


「リナ!」


 ニーゼは叫び、莉奈を突き飛ばした。莉奈が状況も分からずニーゼの方を見ると——直後、莉奈のいた場所、今はニーゼのいる場所の前に、ヴァナルガンドの青白い炎を纏った脚が突き刺さる。


 その脚は爆音と共に地面をえぐり、ぜ、破片と共にニーゼを吹き飛ばした。


「ニーゼ!」


 莉奈は急いでニーゼの元へと飛行する。だが、間に合わない。勢いよく吹き飛ばされたニーゼは地面に身体を打ちつけ、ゴロゴロと転がっていく。


「レザリア、回復魔法——」


 そう叫びながらレザリアの方を振り向く莉奈の目に映ったのは、先程と全く同じ光景だった。


 一瞬の後にレザリアの元へと移動したヴァナルガンドは、前脚を地面に叩き付ける。その衝撃で吹き飛ばされ、岩壁に身体を打ち付けるレザリア。ズルリと地面に落ちた彼女も、ニーゼ同様動かなくなってしまう。


 そこで誠司がヴァナルガンドに追いつく。誠司は後脚に太刀を入れようとするが、ヴァナルガンドはその巨躯をひるがえして元の位置へと戻った。


 その隙に莉奈はニーゼを壁際へと退避させ、空へと浮かび上がる。そして莉奈はレザリアの元へと飛び向かおうとするが——なんとヴァナルガンドは、莉奈を目掛けて空を駆け上がって来た。


「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっとぉーー!?!?」


 莉奈は全力で逃げる。


 そう、ヴァナルガンドの対空手段とは先程の炎などではなかったのだ。彼女——いや、彼は空中をも駆ける事が出来るのだ。


 だが、空中の移動なら莉奈も負けてはいない。地上程の素早さを持たないヴァナルガンドの追跡を、三百六十度フルに使ってなんとかのがれていく。


 ヴァナルガンドから次々と青白い炎が放たれる。莉奈はその炎を旋回しながら避けつつ、地上の誠司の元へと向かった。


「ちょっと、誠司さん、何よアレ!」


 すれ違いながら半ばヒステリック気味に叫ぶ莉奈に、誠司は空を睨みながら答える。


「はは、やっぱりヤツは強いな——莉奈、来るぞ、全力で逃げなさい」


「え?」


 莉奈が空を見上げると、宙に立っているヴァナルガンドが遠吠えをした。


 辺り一面に響き渡る声。彼の周囲に、次々と青白い炎の塊が浮かび上がる。


 そして、二回目の遠吠え。


 それに呼応するかの様に降りそそいでくる青白い炎の雨。まるで爆撃だ。


 誠司は駆け出し、その炎の雨を避けていく。莉奈は比較的炎の雨が薄い壁沿いを飛び、なんとか凌ぐ。


 莉奈は心配になってレザリアとニーゼの方を見るが、彼女達の周りには雨は降り注いでいない様だ。そこいら辺は気をつかってくれているらしい。





 誠司と莉奈は必死に雨をかわす。


 体感では非常に長く感じられたが、実際にはそれ程の時間でもないのかもしれない。


 やがて雨は止み、三回目の遠吠え。


 ヴァナルガンドの全身が青白い炎に包まれ、今度は彼自身が誠司に向かって降りそそいだ。


「誠司さん!」


 例えるなら彗星だろうか。青白い光となって迫ってくるヴァナルガンドを、誠司は壁に向かって走り回避を試みる。そして、壁を駆け上がり——


 ——ドゴォン!


 けたたましい轟音、立ち昇る土煙。莉奈は目を凝らし誠司を探す。


(——どこだ、どこだ……いた)


 莉奈の視線の先には、地表から三分の一程の高さの岩壁の付近、そこを斜めに駆ける誠司の姿があった。


 重力に負けず限界まで駆け登った誠司は、その壁を蹴り、勢いをつけて土煙の中へと飛び込む。


 ——ザクッ


 手応えあり、だ。


 果たしてその誠司の刃は、ヴァナルガンドの頭と胴体を繋ぐ頸部けいぶに見事突き刺さっていた。


「ぐおっ!」


 ヴァナルガンドは叫び声を上げ、身体を大きく揺すり誠司を振り解く。振り解かれた誠司は空中で身を捻り、華麗に着地した。


「……フフ、ふはは、ふははははっ! いいぞ、セイジ、そうでなくてはな!」


 ヴァナルガンドは歓喜の声を上げる。それに呼応して、誠司もニヤリと笑った。


「ありがとう、ヴァナルガンド。でも、効いてないんだろう?」


「当たり前だ! ははは、まだまだ楽しませてくれよ?」


「……はは、努力するよ」


 ——そして二人は、互いに向かって駆け出して行く。











 私は上空から見惚れる。誠司さんの動きを。ヴァナルガンドさんの動きを。なんなんだよ、あの戦い。


 誠司さんはヴァナルガンドさんの動きを予測して避けていく。そして、的が大きくなったおかげもあり、隙を見つけては的確にダメージを与えていってる様だった。


 だがそれでも、ヴァナルガンドさんの方が優勢だった。攻撃を受ける事を意にも介さずに誠司さんに襲いかかる。攻撃の余波で誠司さんの服から度々炎が上がるが、その度に地面を転がり火を消している。戦い辛そうだ。


 何か私に出来る事は——そんな事を考えている時に、壁際でお互いを治療する二人のエルフの姿が目に入った。私は二人の方へと向かう。


「二人とも、大丈夫? ニーゼ、さっきはありがとうね」


「ううん。リナが無事ならそれでいいの。でも、アレ、すごいね……」


「ええ。悔しいですが、私達では力になれそうにありません。リナも、もう無理せず——」


「うん、ごめん、レザリア。私は戦うよ」


 私はレザリアの言葉を遮る。その言葉の続きを聞いてしまったら、私は甘えてしまうから。


「リナ……」


「誠司さんが私達を巻き込んだのには、きっと意味があるんだと思う。だから、行ってくるよ」


 その私の言葉を聞き、レザリアがため息をついて立ち上がった。


「しょうがない人ですね、リナは。だったらリナは私が守ります」


 続いてニーゼも立ち上がる。


「私も行く。私の方がもっといっぱいリナを守ってあげるから。さっきの実績もあるし」


「……レザリア……ニーゼ」


 猫の様に睨み合う二人。仲が良さそうで何よりだ。


「ありがと、二人とも。じゃあ、通信魔法」


「え?」


 キョトンとする二人を余所に、私は手を差し出す。


「うん。私が指示を出すよ。いい加減、目が慣れてきたからさ——」




 私は私の考えを手短に二人に伝える。それを聞いたレザリアが苦笑した。


「とても作戦と呼べるものではありませんね。それに、一番危険なのはリナですよ?」


 レザリアは私の右手に指を絡み合わせる。


「でも、上手くいけば面白そうだね」


 ニーゼが私の左手とレザリアの右手に指を絡ませる。


「ふふっ。まあ、殺されはしないでしょ。じゃあみんな、いくよ——」


「——『想いを繋ぐ魔法』」


 通信魔法を唱えた私達は、未だ戦いが繰り広げられている方を見る。誠司さんもいよいよ苦しそうだ。早く行かなきゃ。


 そしてレザリアとニーゼは剣を抜き戦いの方へ、私は空へと向かい駆け出していったのだった。





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