そのクエストは運命を狂わす 07 —望んだ姿—
「……ねえ、ちょっとルネディ、耳貸して」
「あら、どうしたの?」
不思議そうな顔をするルネディを手招きし、耳元で私はささやく。さすがにアルフさんには聞かせたくない。
「今の話が本当なら……望んでいた自分になれるんなら……なんで私は……胸が大きくなる様に望んでなかったんだろうね……」
「え?」
ルネディが聞き返す。何を言ってるんだ、という風に。まあ、いいさ。私は死んだ目で続ける。
「……だってさ、あの頃はまだまだ成長すると思ってたんだもん」
「リナ、あなた……そこまで気にしていたのね。さっきはからかってごめんなさい」
「いいの。貧相な私がいけないんだから」
「そこまで卑屈にならなくても……いいわ、私に任せてちょうだい」
そこで私は正気に戻る。ちょっと待て。私は何を言ってるんだ。というか何仲良く話してるんだ、ルネディと。いや、任せてちょうだいってなんなのさ。
「ねえ、アルフ。あなた、魔法を生み出せるのよね」
「ああ。何でもかんでも作れる、って訳じゃないけどね」
「なら、『胸を大きくする魔法』って作れるのかしら?」
——おいーっ、言うな言うなっ! 耳打ちの意味がないだろっ。ほら、アルフさんも怪訝そうな顔をしているじゃないか。
「何だか今日は変な注文が多いね——いや、失礼、こっちの話だ。『胸を大きくする魔法』ね……作れなくはないけど」
「で、出来るんですかっ!?」
私は食いつく。身を乗り出して。我ながら必死だ。なりふりなんか構っていられない。
「まあ、待ちなさい。僕の作る魔法は複雑な構造式でね。それを覚える位なら、失礼ながら胸に詰め物をした方がいいと思うよ」
「教えてください」
「それに、魔力消費量も高めだし……」
「教えてください」
「……ふう、分かったよ。少し待ってなさい」
きたこれ。私の第三の人生が始まるぞこれ。
私はルネディにハイタッチの姿勢を取る。ルネディは最初は首を傾げていたが、私が無言で促すと恥ずかしそうに手をチョンと合わせてきた。
アルフさんはスキルで紙を作り出し、何やら集中し始めた。そして、ものすごい勢いで紙にペンを走らせ——
——待つ事数分。紙束を私に手渡した。え、紙束?
「これが『胸を大きくする魔法』だ。超長文詠唱なのは申し訳ない、諦めてくれ」
私は紙束を見てその長さに愕然とする。目の前が暗くなる。なんじゃこりゃ。それに——。
「あの……この長さだと魔力消費量はどれくらいに……」
「ああ。魔族ならいざ知らず、人間の場合だと魔法が得意な者でないと厳しいだろうね。それに、魔法の効果中は魔力を消費し続けてしまう。まあ、例えるなら『空を飛ぶ魔法』みたいなもんだ」
思ってたのと違う。いや、実際には多少の苦労は乗り越えるつもりではいた。
だがこれは——努力でなんとかなる範疇を越えてしまっている。
——いや、まだだ。きっとルネディなら魔力量が足りているはず。私はルネディに恐る恐る紙束を差し出す。
「あの……ルネディさん?……少しお願いが……」
ルネディに駄目元でお伺いを立てようとした私だったが、それを察したアルフさんが私を止めた。
「リナ。人体変化の魔法は他人に使うのは『禁忌』とされているんだ。他人には使用出来ない、諦めてくれ。なに、仮に適性がなくても、人間の寿命でも一生涯捧げれば、或いは……」
「そんなあ……」
私は力なくテーブルに突っ伏す。そんな私の肩に、ルネディが手を置いた。
「リナ、今のあなたのままでも充分に魅力的よ」
「それ、持ってる者だから言えるんだよう……」
すっかりしょげかえる私。でも、この魔法は有難く頂いておこう。ちきしょう。
「ご覧の通り、僕の魔法を作る能力はいまいち使い勝手が悪い。ただ研究次第では洗練され、君にも使える様になるかもしれないよ。まあ、持っていってくれ。あと、それと……そうだな、これがいいか」
そう言ってアルフさんはスキルで生みだした物ではなく、足元から何かを取り出した。
「——呼び立ててしまって悪かったね。お詫びにこれを受け取ってくれ」
「矢筒……ですか?」
そう、アルフさんが取り出したのはどこからどうみても矢筒だった。いや、レザリアが使っている物と一緒か?アルフさんは微笑む。
「これはね『無限の矢筒』という物で、僕の魔道具を作り出す能力と、エリスの空間魔法の力を足した便利な道具さ。この矢筒にはいくらでも矢が補充出来るし、その分取り出せる。弓を扱う者にとっては役に立つと思うよ」
「え! いいんですか!?」
これは便利である。安全圏からペシペシ矢を撃つ事の多い私は、矢が切れたら戦力が半減してしまう。
それが、事前にいくらでも補充しておけるというのだ。神アイテムか、これは。
「気にしないでくれ。ここを訪れるエルフ達にも渡している物だから。エリスに縁のある君に渡すのも当たり前だろう。ただ、私が作ったとは外部に漏らさないでくれよ?」
「ありがとうございます、大事に使います!」
「ああ、そう言ってくれると嬉しいよ。さて、そろそろレザリア達も待ちくたびれている頃だろう。重ね重ね悪かったね、呼び立てて。また来てくれると嬉しいな」
「はいっ」
元気に返事をして立ち上がる私を、ルネディが寂しそうな声で引き止める。
「もう行ってしまうのね、リナ。もっとお話ししたかったわ。今度会う時は、敵としてかしら」
私は動きを止め考える。今日は仲良くなってしまったが、ルネディは敵だ。私が誠司さんの味方をする以上、それは変わらない。
でも——。
「——あのね、ルネディ。一つだけ忠告してあげる。この後、夜、誠司さんはここいら辺に現れる。そして詳しくは言えないけど、誠司さんは近くにいたらあなたを見つける事が出来る。だから——」
「だから?」
私は一瞬息を飲む。はっきり言って誠司さんへの裏切り行為だ。
それでも——。
「——数日間はここから離れて。私はあなたとは戦いたくない」
——言ってしまった。言葉に出してしまった。でも、自分の心に嘘はつけない。ごめん、誠司さん。こんな私で、ごめん。
そんな私の葛藤を余所に、ルネディはクスクスと笑う。
「ほおら。言ったでしょう? 私達、やっぱり仲良くなれた」
「その胸は許せないけどね。今度秘訣、教えなさいよ」
「ふふ、今度ね。さて、じゃあ私もリナとは戦いたくないし、少し離れる事にするわ」
そう言ってルネディも立ち上がる。私はルネディに小太刀を鞘ごと抜き、彼女に向けた。
「じゃあルネディ。今度は是非『新月の夜に』」
「じゃあね、リナ。今度は是非『満月の夜に』」
向かい合った私達は、こらえ切れずに笑い出す。何で私達はこんな形で出会ってしまったのだろうか。そんな事を考えてしまう。
そして私は、二人に手を振り神殿を後にするのであった——あれ、なんか聞き忘れた様な? まっ、いっか。
†
——あの時、少女は願っていた。
家庭環境は悪かった。父は最初からいなかった。
家庭環境は悪かった。母は少女の事を愛してはくれなかった。
生活に追われていた。友達とも深い仲になる事はなかった。
生活に追われていた。いつしか冷めた少女は、誰とも深い仲になる事はなかった。
——少女は願っていた。
愛が欲しいと。
——少女は切に願っていた。
『愛される私』になりたいと——
——それが彼女の、望んだ姿だった——。
これにて第四章完、明日より第五章です。
いよいよ第二部も折り返しになりました。
引き続きよろしくお願いします。




