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ライラと『私』の物語【最終部開幕】  作者: GiGi
第二部 第四章
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そのクエストは運命を狂わす 06 —紅茶は冷めゆく—






 魔法国——このトロア地方の中央部にあった、二十年程前の『厄災』により滅んだ国。私はヘザーにそう教わった事がある。ルネディがその国の被害者……?




「口を閉じなさい、アルフ」


「彼女は当時、魔法国の兵器として力を与えられ、理性を奪われていた。彼女の意志はどこにもなかった。彼女は実験体だったのさ。だから——」


 ルネディの瞳が赤色を帯びる。


「……ちっ。言うんじゃなかったわ。――『暗き刃の魔法……」


「だめっ!」


 私はアルフさんに向かって突き出されたルネディの手を、必死に両手で包み込む。


 ——何をやっているんだ、私は。


 だが、魔法は中途半端に完成してしまっていた。


 包み込んだ私の手から、黒き刃が突き出す。その刃はポト、ポトっと勢いを失って床に落ち——私の手から鮮血が吹き出す。


「——ッ——!」


「——な、何をやってるの、リナ!」


 今度はルネディが慌てて私の両手を包み込み、溢れ出す血を必死に抑えようとしている。ルネディは明らかに狼狽していた。え? なんで?


 慌てて駆け寄って来たアルフさんが、スキルで生み出した回復薬の瓶のフタを開ける。キュポン。


「すごい染みるよ、我慢してくれ」


 ルネディは私の腕を押さえて、アルフさんの前に私の手を差し出す。


 いや、待って待って待って待って、これ、すっごい染みるんだよね? まだ心の準備が——。


「早く!」


「ああ!」


 私の手に向かって降り注がれる回復薬。時間がゆっくり進む。ああ、誠司さん、ヘザー、ライラ……私はもう駄目かもしれません。



 ——バシャッ


「……おおぉぉっっああぁぁっっちゃあああぁぁあぁっっ!!」



 私の叫び声が神殿内にこだまする。誠司さんはこんなのを耐えていたのか。ごめんよ、誠司さん。


 ブスブスと異臭を放つ私の手。だがおかげで、傷はみるみる内に塞がっていった。


『——リナ! どったの、だいじょうぶ!?』


 ライラから通信魔法が入る。どうやら叫び声は外まで聞こえてしまったらしい。


「——あー、うんうん、大丈夫。話が盛り上がってるだけー。全然大丈夫だから、ごめんだけどもうちょっと待っててねー」


『——ほんと? 何かあったらすぐに呼ぶんだよっ!』


 いや、実際は何かあるどころの騒ぎではないが——言える訳がない。


 通信を終えた私を見て、ルネディが心配そうに声を掛けてきた。


「リナ、ごめんなさいね……アルフを少し威嚇しようとしただけだったの……」


「ううん、大丈夫だけど……なんで私の心配なんかするのよ。殺し合った仲でしょ?」


「それは……」


 口ごもるルネディ。その様子を見ていたアルフさんが、たまりかねたのか会話に入ってくる。


「ルネディ、もう僕からは何も言わない。ただ、彼女には無理して悪役ぶる必要もないと思うよ。だから、自分の口で言いなさい」


 ルネディはアルフさんに頷き、私に向き合った。


「あの男——セイジは私を殺しにきていた。私は私を殺そうとする者は殺すだけ。でも、あなたからは全然殺気を感じなかった。だから殺したくないだけ。傷つけたくないだけ。ただそれだけよ」


 いやいやいや、自衛はするけど本当は殺したくないって事なのか? 私の中のルネディ像が崩れていく。


「で、でもだよ? 私、あの時あなたの事、真っ二つにしちゃったし、さっきも剣向けちゃったよ?」


「あの時はセイジを助ける為でしょう? そして、さっきのは表の娘達を守るため。そう、何かを守るため。私にはそう感じられたのだけれど」


 ——くそっ、よく見てるな。確かに私からは殺意は感じられないのだろう。それは私に殺意がないから。そりゃ当たり前だ。


「それじゃあ、別に何もしなければ何もしないってこと?」


「私、ずっとそう言ってるつもりだけど」


「じゃあさ、じゃあさ。『次は満月の夜に』ってなんだったのさ? 私達、襲撃予告って受け取ってたんだけど」


 その言葉にルネディは「ああ」と声を上げる。


「ええと、負け惜しみ?」


「……あのですね、ルネディさん」


「なにかしら?」


「……私達の時間を返せー!」


 そう言って私はルネディの腕をポスッと殴る。そんな私を見てルネディはクスクスと笑い、目を細めた。


「ごめんなさいね、リナ。でも、セイジは私の事を見つけ次第、殺そうとするでしょ?」


「……うん、そうだろうね」


 ルネディの言う通りだ。実際のルネディがどうであろうが、誠司さんはルネディを殺しに掛かるだろう。そして、彼女はそれを迎え撃つはずだ。


「それにね、私は私の意志でなかったとしても、私は私のした事を覚えている。沢山の人を苦しめたの。殺したの。それは取り返しのつかない過去。だから言い訳もしたくないし、私を殺したいって人がいたら、それは構わないわ。分かって貰おうとは思わない。でも、私も戦わせて貰う。せっかくなら長生きしたいもの。我が儘でごめんなさいね」


「……ううん。気持ちだけは……少しわかるかも……」


「……ありがとね、リナ」


「お礼なんか言わないでよ……。もし誠司さんがまたあなたと戦う事になったら……私はあなたと戦うんだから」


 駄目だ。私の心が揺らいでいる。


 私は当時を知らない。今の、私の事を心配してくれたルネディしか知らない。正直、もう、この人とは戦いたくない。


 でも誠司さんが戦うなら、誠司さんを守る為に私はこの人と戦うだろう。感情がぐちゃぐちゃになる。


「ふふ。それでいいのよ、リナ。私は『厄災』だもの。戦うのが当たり前。今日の話は忘れなさい」


「あー、もー、散々聞かせといてそう言う事言うんだー」


「別に話すつもりはなかったのだけれど。それもこれも、アルフのせいよ」


 そう言ってルネディはアルフさんをジロリと睨んだ。そこで私も、話の矛先をアルフさんへと変える。そう言えば、気になる事を言ってたんだった。


「あの、アルフさん。さっきの話の続きなんですけれど。『転移者』が嫌われているってどういう事なんですか?そもそも、千年近く生きてるって、どういう事なんでしょう?」


 アルフさんは見た感じ人間に見える。アルフさんの世界では人間の寿命が違うのかも知れないが——この世界の人間族も、私の世界の人間族の寿命と大差ないらしい。違和感しかない。


「ああ。なら、まず何故僕が千年近く生きてるかについて答えようか。それは僕が不老不死に近しい存在だからだよ。恐らく、元の世界でそう願っていたからね」


「は?不老不死?願っていた?」


 私は思わず聞き返してしまう。その私の反応を見て、アルフさんは不思議そうな顔をした。


「あれ?僕の勘違いかな。僕は当時、強く願っていたんだよ。不老不死になれば、ずっと建物を造り続けられるのにってね。そのための学問——錬金術というものに手を染めたりもした。だから転移した時にそうなったと思ったんだけど……リナ、君にはなんの心当たりもないのかい?」


 そのアルフさんの言葉を聞いて私は思い当たる。誠司さんや、もう一人の転移して来たという人は、願っていた年齢になってこの世界に来たらしい。


 ——そうか。私は閃く。


 勘違いしていたんだ。私も誠司さんも。


 私達は『望んだ年齢』になって転移するんじゃなかったんだ。きっと『望んだ自分』の姿になって転移してくるんだ。


 もしそうだとしたら、私は、私は——。




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