そのクエストは運命を狂わす 05 —現れた者—
「リナ、ごきげんよう。元気にしてたかしら?」
「ルネディ!!」
私は上擦った声を上げて飛び退き、小太刀を抜き、構える。ヤバい、ヤバいヤバいヤバいヤバい。
どうする?誠司さんはいない。とてもじゃないけど私が敵う相手ではない。
とりあえず外にいるライラ達を逃がさないと——と、私がライラに連絡をする為に通信魔法を立ち上げようとした、その時だった。アルフさんが私に語りかける。
「落ち着きない、リナ。彼女は何もしないよ。そうだろ、ルネディ」
「当たり前じゃない。私は私を殺そうとする者を殺すだけ。まあ、もしこの娘が私を殺そうとするなら、その限りではないけど」
そう言ってルネディはクスクスと笑う。それを見たアルフさんは、ふうとため息を吐いた。
「驚いたな。君達、面識があったんだね。まさか、君と戦った空飛ぶ女性と言うのが——」
「そう、この娘よ。なかなか面白い娘なの。度胸もあるし——まあ、胸は貧相だけど」
「き、着痩せするだけだもんっ! ていうか胸は関係ないでしょ!?」
くっ、さては『乳デカ女』と煽った事を根に持っているな?それにしても言うに事欠いて貧相って何よ、貧相って。
そんな私達のやり取りを見て、アルフさんは苦笑いを浮かべる。
「まあ、とりあえず座りなさい。頼むからここでは暴れないでくれ。ルネディ、君も煽る様な事は言わないように」
「ふふ、ごめんなさいね、リナ。分けてあげられたらよかったのだけど」
「なんだとコラ」
「——こら、ルネディ」
アルフさんに注意され、ルネディはペロリと舌を出す。くそ、可愛いじゃないか。
気の抜けた私は小太刀をしまい、ルネディを睨みながら席に座る。そんな私の様子を意に介する事もなく、ルネディはアルフさんに声を掛けた。
「アルフ、私にも紅茶をちょうだい」
「ああ」
ルネディはアルフさんから紅茶を受け取り、私の隣に座った。
香水だろうか、とても良い香りが私の鼻をくすぐる——いや、ちょっと待て。なぜ、八人掛けのテーブルでわざわざ私の隣に座るのだ。胸元か? 胸元を見せつける為か?
そんなヤキモキとした私の気持ちを余所に、ルネディは紅茶を口に運ぶ。絵になるな。悔しいが見惚れてしまう。
そして紅茶を置いたルネディは頬に手を当て、私の顔を覗き込んだ。
「それで、あの男——セイジは今日はいないのかしら?」
「……今はいないよ」
「そう、良かった。なら、ゆっくり話せそうね」
「……ちょうどよかったよ。私も聞きたい事がある——」
不思議だ。ルネディから敵意を感じられないからだろうか、今は恐怖よりも、好奇心の方が優っている。あと、ちょっとした怒り。見ていろ、ちょっとでも隙を見せたら揚げ足取ってやるんだから。
私はルネディと、そしてアルフさんの顔を見る。
「——まず先に……あなた達知り合いだったの?」
「ふふ。この前知り合ったばかりよ。そうよね、アルフ」
「ああ、間違いない。彼女が先日ここを訪ねてきてね、その時知り合ったんだ」
——訳が分からない。この森を守った妖精王、この地を滅ぼそうとした『厄災』。その相反した二人が、当時ならいざ知らず、今更出会ったという。どこに接点があるというのだ。それに——。
「だったら結界は? この場所を知らなければ、たどり着けないはずだよね?」
「それは簡単よ。この場所を教えて貰ったの。とある人物に」
「……それは……誰?」
私の質問に、ルネディは口の横に人差し指を当て考える。そして少し思案した後、微笑んだ。
「ごめんなさいね、リナ。それは言えないわ。まあ、いずれ分かるわよ」
くっ、皆んなして含みを持たせた言い方しやがって。
いやいや、落ち着け私。今は月が出ていないとはいえ、この前の戦闘を見る限り、私では絶対に勝てない。戦っても勝てない以上、彼女の真意を聞き出すのだ。
「ここに来た目的は何? アルフさんに会いにきたの?」
「うーん。それは違うかもね。ただ、これだけは教えてあげる。私はね、私達の故郷に戻って私の仲間を待ってたの。私の様に生き返っていたら、そこに来るんじゃないかって」
そう言えば、あの時ルネディは言っていた。動ける様になったら探しに行こうと。確か——。
「それって、マルティやメルっていう人?」
「そう!もしかして、リナ、会ったのかしら!?」
「……ううん。あの時あなたから聞いただけ。会ってないよ」
ルネディは「そう」と言い、哀しそうな顔をする。いけない、同情するな。この人は誠司さんの、敵だ。
「それでね、その場所であてもなく待っていたらその人物が現れて……ここの場所を教えてくれたの。必要な事だからって。そして、私がここに来たらアルフがいたというわけ」
「うん。そして僕は彼女の話相手になっている、という訳さ。どうだい、納得したかい?」
「出来るわけありません。ええと、ルネディ、今から失礼な事を言うけどごめんね」
ルネディは私の言葉に返す事なく、紅茶に口をつける。
「——あの、この人……昔、たくさんの人を苦しめたり殺したりしたと聞きました。別に私が見た訳じゃないんですけど……」
「事実よ」
ルネディは目を瞑りながら私の言葉を肯定する。願わくば聞きたくなかった言葉だ。
「それで、アルフさん。あなたはこの森を救った人として、ルネディのことが怖かったり、憎かったり、怒ったりとかしないんですか?」
アルフさんは「ふむ」と息をつく。
「君はルネディから、何も聞かされていないようだね——」
「やめなさい、アルフ」
ルネディの声色に怒気がはらむ。だが、アルフさんは構わずに続けた。
「——ルネディは被害者だ。あの忌まわしき、魔法国のね」




