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ライラと『私』の物語【最終部開幕】  作者: GiGi
第二部 第三章
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涙 03 —涙—









「——私の『深き眠りにいざなう魔法』は、はっきり言って実用的じゃないの」


 カルデネは誠司に説明する。その方法と予想される結果を。


「この魔法は詠唱に時間がかかるし、対象を問わず全方位に広がってしまう。敵味方関係なくね。でもその効果は強力で、霧に包まれた対象をとても深い眠りへと誘うの。魔法の効果が切れるまで、普通は目覚める事はないんだけど……」


 そこまで言って、カルデネは言い淀む。


 魔法の効果については、誠司も聞きかじり程度の知識だがそう聞いている。カルデネが自信なさげなのは、その魔法に抗ったあの元騎士団長の存在だろう。


「カルデネ君。ノクスは例外だ、あれは考慮しなくていい。抗おうとしなければ問題ないのだろう?」


「うん、そのはず。それでセイジ様、今、ライラは自身に『子守唄の魔法』を掛けて眠っている状態。セイジ様が私の魔法で眠ったら、すぐにライラに『深き眠りの魔法』を掛ける。それで、もしセイジ様が起きてしまったら、その時は重ね掛けをしてみる。もし、上手くいけば——」


 カルデネは誠司の目を真っ直ぐに見る。


 ——彼女は思い返す。まだ少ししか話していないが、カルデネからお父さんの話を聞きたがる、そしてお父さんに会いたがっている少女の姿を。


 一呼吸置き、彼女は言葉を繋げた。



「——あちらの空間で、ライラに会えるかも知れない」



 誠司は息を飲む。


 話を聞いた限り、いや、当事者の誠司の感覚的には可能性として十分にあり得そうではある。あり得そうではあるのだが、もしかしたら二人とも意識がないまま空間に放り出されるかもしれない。


 だが、あわよくば——誠司は返答の為に、ゆっくりと口を開いた。


「……カルデネ君……お願い出来るかね」


 絞り出したその声は震えていた。いや、期待しすぎてはいけない。ただ、もし、叶うならば——。


「……分かった。始めるね」


 カルデネは静かに詠唱を始める。


 魔法の効果に巻き込まない様に、莉奈達は遠ざけておいた。この魔法は障害物の影響を受けない。範囲五十メートルまできっかり広がる。


 カルデネは言の葉を紡ぎながら考える。


 この魔法のせいで私は生かされた。この魔法のせいで辛い思いをした。この魔法のせいで人がさらわれた。この魔法のせいでノクス様が殺されかけた。私にとって呪いの魔法。


 だけど——初めてこの魔法が人の役に立つかもしれない。


「——『深き眠りに誘う魔法』!」


 カルデネが詠唱を完成させると、ピンク色の霧が部屋中に広がる。それを受け入れた誠司は、瞬く間に眠りに落ちた。


 そして一瞬の光の後、少女が現れ——カルデネは急ぎ次の詠唱を始める。


 現れたライラは、ぼやーっとし、すぐに眠りに落ちそうだった。急がないといけない。


 頑張って、ライラ!——カルデネは心の中で応援をする。しかし、ライラは今にもまぶたを閉じそうだ。


(……お願い、もう少し……!)


 カルデネの祈りも虚しく、ライラは船を漕ぎ始める。無理もない、先程魔法で眠りについたばかりなのだから。


 やがてライラは、光に包まれ、現れを繰り返し始めた。眠っては強制的に起こされているのだろう。これではタイミングが——いや、駄目なら何回でも唱えるまで——そうカルデネは覚悟を決める。


 だがしかし、そんなライラに向かってヘザーが声を張り上げた。


「頑張りなさい、ライラ! セイジに成長したあなたの姿を見せたいのでしょう!?」


 毅然と放たれるその声に、ライラはビクッとし瞼を開けた。


「……うん……お父さん……お父……さん……」


 微睡まどろむ意識の中、ライラは必死に眠気に耐える。ライラの身体が安定する。


 そして——言の葉は紡がれた。


「——『深き眠りに誘う魔法』!」


 再びピンク色の霧が広がる。間に合った。ライラは魔法の効果により、更に深き眠り——昏睡状態に落ちる。


 そして、一瞬の光に包まれた後に現れた誠司は——眠ったままの姿だった。









 誠司はいつもの空間で意識を覚醒させる。この感覚は——あの時と同じだ。ライラが胎児だった時のものと。


 まるで明晰夢めいせきむを見ているかの様な感覚。見慣れたはずの何もない空間。だが、今日は違った。


「ライラ……ライラなのか……?」


 暗闇の中に横たわっている、白い前開きのローブをまとっている少女。その姿を認め、誠司は思わず駆け寄る。


「ライラ!」


 誠司は少女のかたわらに座り、その名を叫ぶ。だが、昏睡状態に陥っている少女は返事をしない。


 いつの間にか誠司の背後に現れていた、この空間の管理者が誠司に声を掛ける。


「セイジ。彼女がライラちゃんだよ」


「……そうか……大きくなったんだな……」


 誠司の瞳から涙が流れ出す。誠司はライラの頭を撫でようと手を伸ばすが——その手は虚しくすり抜けてしまった。


「——今の君はあの時の様に意識だけの存在だ。触れる事は出来ないよ」


「……分かってるよ……くそ、涙は出るのにな……」


 誠司の瞳から溢れ出す雫も、ライラの身体をすり抜けてしまう。誠司はギュッと拳を握りしめた。


「なあ……管理者。ライラは……可愛いだろう?……ああ、エリスの面影もある……これは将来美人になるぞ……私に似ないで良かった……」


「そうかい? 僕には君の面影もある様に見えるけど」


「……そうかなあ……いや、やっぱりエリス似だよ……」


 誠司は目を細めライラを眺める。幼い頃の写真は見た事はある。だが、誠司が死を選択に入れてからは意識的に見ない様にしていたのだ。未練が残るから。


 だが——こうして実際に会ってしまうと——


「——こんなの見せられたら、死ぬ訳にはいかなくなってしまうな」


「それは良かったよ、セイジ」


 管理者は目を瞑り、息を吐いた。良かった、本当に良かった、思い直してくれて。君はライラちゃんのために、生きてくれ。


「——だけど、この状況を作り出すなんて一体どんな魔法を使ったんだい?」


「魔法、か。そうだな……」


 ライラから目を離さずに誠司は答える。


「……私にとっての、幸せの魔法さ。彼女に感謝しなくちゃいけないな」


 ——誠司はいつまでもいつまでも、飽くことなく成長した娘を眺め続ける。その姿を見る空間の管理者も、優しく微笑み続けるのだった。









「……成功……かな?」


 力なく椅子にポスッと座るカルデネに、ヘザーは魔力回復薬を手渡す。


「……ええ。セイジの寝姿を見るのは……十七年振りです」


 感慨に浸るヘザーに、カルデネは魔力回復薬を飲みながら話しかける。


「でも、驚いた。ヘザー、本当に私の魔法効かないんだね」


「ええ、私は眠った事がありませんので」


 カルデネの問いに、ヘザーは飄々(ひょうひょう)と答える。


 最初に話を聞いた時は半信半疑だった。正直、今でも信じられない。本当は魔法を無効化する装飾品を身に付けているんじゃないかと疑っている程だ。


 カルデネはそんなヘザーに興味が湧くが、今は目の前の事を考えなくてはならない。そう、誠司とライラの事を。


 カルデネは眠りについている誠司をぼんやりと眺める。


「もし……もし肉体もあっちに行く様だったら、何か手を打てたかもしれないね」


「どういう事でしょう?」


「うん……完全に元に戻す方法。でも期待しないで。私もまだ何も思いつかないから。詳しい経緯を知れればいいんだけど……」


 まるで独り言の様に呟くカルデネ。その様子を見るヘザーは、思わず言葉を漏らす。


「カルデネ。あなたは何者なのでしょうか」


「うん? あ、ごめんなさい。私はただの研究者。五十年ほど前まで、魔法国で色々な研究をしていたの。性分かな、こういうの色々考えてしまって……」


 魔法国——当時『厄災』によって滅ぼされた国だ。この世界の魔術の発展に、大きく貢献してきた国でもある。


 そこに属していた彼女なら、もしかしたら誠司とライラの身体を元に戻す方法を調べられるかも知れない。そうヘザーは淡い期待を抱く。


「そうだったのですね。ああ、忘れてました。リナ達をそろそろ呼び戻しましょうか」


「あ、そうだね。今連絡するね」


 カルデネは通信魔法を立ち上げる。


「——リナ。終わったよ。もう戻ってきて大丈夫だよ——」





 しばらくして、部屋をノックする音が聞こえてきた。ヘザーは莉奈を招き入れると、涼しげに微笑んで言う。


「今なら珍しいものが見れますよ。ほら」


「えっ、せ……誠司さんが……寝てるっ!」


 驚くのも無理はない。莉奈が異世界に来て四年、誠司が寝ている姿を見るのは初めてなのだ。莉奈は茶化した台詞を口にしようとしたが、誠司のその姿を見て思いとどまる。


「……誠司さん、泣いてるね」


「……ええ、きっと向こうでライラに会えたのでしょう」


 二人は誠司を暖かく見守る。


 起きたらいっぱい、いーっぱいからかってあげるんだから——莉奈もまた、誠司を優しく見つめ続けるのだった——。









今回で第三章終了、次回から物語の転機となる第四章、始まります

引き続き、よろしくお願いします

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