涙 02 —カルデネ—
「遅かったね。何話してたの?」
「いやあ、ちょっとね。あはは……」
馬車の中ではライラとカルデネが話をしていた。好奇心旺盛のライラが先程の場に顔を出さなかったのは、ひとえにカルデネに気を遣っての事だろう。
「んじゃ馬車、玄関前につけるね。クロカゲ、アオカゲ、よろしくねー」
「ブルッ!」
二頭の馬の元気な返事を聞き、莉奈は馬車を動かす。
ドワーフ達は男性だ。今はまだ、カルデネの目には入れない方がいいだろうという判断である。馬車が動き出したのに気づいたレザリアが慌てて追いかけてきた。
「——待って下さーい!」
莉奈達はカルデネを家の中に招き入れる。ライラはカルデネに、自慢げに家を紹介した。
「じゃじゃーん。ここが我が家なのです! どう、キャル。よさそなとこでしょ?」
「うん、いい雰囲気だね……とっても」
——『キャル』というのはカルデネの愛称である。
ライラは初めて会った魔族のお姉さんに、積極的に話しかけて仲良くなっていた。カルデネも楽しそうだ。莉奈が初めて会った時よりも、格段に笑顔の回数が増えた気がする。
彼女達の声が聞こえたのだろう、莉奈達が帰って来た気配に気づいたヘザーが奥からやって来た。
「あら、お帰りなさい。そちらがカルデネさんでしょうか」
ヘザーは莉奈達がサランディアに滞在中も何度か様子を見に来ていたので、カルデネの話は聞かされていた。同じくヘザーの話を聞かされていたカルデネは、彼女に挨拶をする。
「お初にお目にかかります。カルデネと申します。しばらくこの家にご厄介になる事になりましたので、宜しくお願い致します」
「これはご丁寧に。私はヘザー。ヘザーと呼んで頂ければ」
二人は深々とお辞儀をする。そして頭を上げたカルデネは、まるで意を決したかの様に口を開いた。
「それで、不躾なお願いなのですが……私がこの家に住むにあたって、セイジ様から条件を出されました。この家に住む者に、気楽に接してくれと。なので、その、ヘザー様にも私のいつもの口調で接しても宜しいでしょうか……?」
その言葉を聞いたヘザーは、優しく微笑む。
「ええ、勿論ですとも。それに、呼び捨てで構いませんよ。私も皆には気楽に接して欲しいと願ってますので」
「……はい、それではお言葉に甘えて……ありがとう、ヘザー」
「ふふ。それでは先にお部屋にご案内します。どうぞ、ついて来て下さい。ああ、ライラ、リナ、レザリア。昼食の用意が出来てます。先に食べてて下さい」
「はーい!」
穏やかな空気。元気よく返事をする三人に見送られながら、カルデネは彼女の為に用意された部屋へと向かうのだった。
「どうぞ。こちらの部屋を自由にお使い下さい」
部屋に案内されたカルデネは荷物を置く。なかなか居心地の良さそうな部屋だ。カルデネはヘザーに感謝を述べる。
「とてもいい部屋ね、ヘザー。私なんかの為に……ありがとう」
「いえ、お気になさらずに。それでは落ち着いたら下に降りて来て下さい。食事の用意が——」
「ヘザー、少しいい?」
ヘザーの言葉を遮り、カルデネが真剣な表情で彼女を見つめる。不思議に思ったヘザーは小首を傾げた。
「はい。どうされました?」
「詳しく教えて欲しいの。セイジ様とライラの体質について」
カルデネは先程馬車の中で待たされていた時に、ライラに彼女の体質についてそれとなく聞いていた。
その答えは——よくわからないとの事だった。そして、こう言った。ヘザーなら詳しいと。
だが、ヘザーは警戒する。
「——それを聞いて、どうするのです?」
とてもではないが、世間話一発目で話す様な内容ではない。しかし、ヘザーを見つめるカルデネのその表情は変わらなかった。
「お話次第では、試してみたい事があるの――」
†
——私は目を覚まし、辺りを観察する。
いつもの自宅の部屋だが、表はまだ明るい様だ。まだ眠い。ライラは昼寝でもしてしまったのだろうか。いや、それにしては——。
私は起き上がって、そばで私を見守るヘザーと緊張した様子のカルデネ君に問う。
「どうした。何があった」
莉奈やレザリア君、それに仕事を依頼したドワーフ達の魂がだいぶ離れた所に固まっているのを感じる。
カルデネ君は私の質問には答えず、唾を飲み込み逆に質問を返した。
「セイジ様、教えて。ライラが胎児の時、セイジ様の意識はどこにあったの?」
「突然何を——」
「セイジ、カルデネの質問に答えてあげて下さい」
今度はヘザーが私に促す。
一体、何だというのだ——訳も分からぬまま、私は質問に答えるべく口を開いた。
「ああ。ライラが胎児だった時、私が眠っている間は意識だけ空間に行っていたよ」
「肉体はこちら側にいた、間違いない?」
「そのはずだ。ヘザーに聞いた限りではね」
ヘザーが同意して頷く。心なしか、カルデネ君は少し肩を落とした様に感じた。だが、続け様に私に質問を重ねる。
「セイジ様は、胎児のライラは認識出来ていた?」
「そうだね。ライラがこの世に出て来る前は、空間の管理者と二人でライラの事を見守っていたよ——ああ、空間の管理者の話は——」
「うん、軽く聞いた」
私に尋ねる前に、彼女はヘザーにある程度聞いたのであろう。
しかし、この質問攻めは何なのだ。好奇心からだろうか。まるでエリスみたいだな——私は妻を懐かしむ。
カルデネ君の質問はまだ続く様だ。
「もしセイジ様とライラ、二人が寝ている時はどうなるの?」
「それについては、こちら側にいる者が寝た場合、空間にいる者が強制的に起こされる。ちなみに二人共起きている場合は、私が空間で過ごす事になるよ」
頭も冴えてきた私は、カルデネ君に付き合う事にする。たまにはこういうのもいい。彼女は傷も抱えている事だし、私と話す事で彼女が歩き出せる一助になれば——そう思い始めた時だった。
彼女から、この話の核心を突く質問が飛び出す。
「——だったら、片方が絶対に起きない時……ううん。二人とも絶対に起きない状況になった時はどうなるの?」
「……それは……」
私は言葉に窮する。
二人共眠る状況は当然ある。
特にライラが赤ん坊の時は大変だった。赤ん坊はよく眠るので、必然的に私の時間が多かった。うっかり私が寝落ちしようものなら、突然起こされたライラはギャン泣きした事だろう。ノクスもミラも何も言わなかったが、相当迷惑だったに違いない。
しかし——二人とも起きる事が出来ない状況は試した事がない。
いや、試す手段がなかったと言うべきか。眠り薬は飲み過ぎると命に関わるし、子守唄の魔法では睡眠の域を出ない。だが、もし安全に昏睡状態に陥る手段があれば——。
「……ねえ、セイジ様。試してみない?——私の『深き眠りに誘う魔法』を」
深く考え込む私に、カルデネ君が恐る恐る申し出る。
だが、彼女のその強い眼差しからは、何か確信めいた物を感じられた。




