涙 01 —エルフとドワーフ—
帰りの馬車も莉奈が御者を務めた。行き同様、手綱を握っているだけで馬達は自ら道を選び進んで行く。
莉奈としては少し物足りない気持ちもあるが、致し方ない。うっかり道に迷うよりはよっぽどいい。
カルデネの心的外傷を考慮し、人気の少ない早朝にサランディアを発った彼女達は、予定通り数時間後には家に着く。
そしてその『魔女の家』の庭には、見慣れない者達の影があった——。
その人影に気付いたレザリアは、まだ馬車も止まってもいないのに飛び降り駆け出して行った。そして——
「ドワーフ、何故ここにいる!」
——細剣の柄に手をかけ、怒気をはらんだ叫び声を突きつける。それを面白く無さそうな目で見たドワーフの一人が、レザリアに吐き捨てた。
「エルフの嬢ちゃん。ワシ等は頼まれて仕事をしに来ただけだ。そこの馬のかな、その馬房をな。そういきり立ちなさんな」
「くっ!」
レザリアの肩がぷるぷる震える。そこに慌てて馬車を停めた莉奈が、文字通り飛んできた。
「ちょ、レザリア、どうしたの!?」
「だって、リナ、リナぁ……ドワーフですよっ?」
その言葉を聞き、莉奈は腑に落ちる。
物語の世界ではエルフとドワーフは仲が悪いと相場が決まっている——まあ、作品次第ではあるが。どうやらここは仲が悪い方の世界であるらしい。
空を飛んで来た莉奈に多少の驚きを見せたドワーフ達だったが、すぐに平静を取り戻し莉奈に話しかけた。
「あんたこの家のもんかい。ワシはドワーフのマッカライ。依頼を受けてやって来た。よろしくな」
「リナに話しかけるな、痴れ者め……はうっ!」
莉奈はレザリアの頭に手刀をぽこっと叩き込む。種族同士仲が悪いのかも知れないが、さすがに看過出来ない。莉奈はマッカライに謝罪をした。
「ごめんなさい、ウチのレザリアが。マッカライさん、私は莉奈っていいます。宜しくお願いします」
「ああよろしくな、人間の。あと、そこのエルフを何とかしてくれ。仕事にならん」
莉奈が横を見ると、レザリアは「フーッ、フーッ」とマッカライを睨みつけている。他のドワーフは我関せずと仕事に戻った様だ。莉奈はレザリアを諭す。
「ねえ、レザリア。エルフとドワーフが仲悪いのは分かるけどさ、そういう態度はよくないと思うよ?」
だが莉奈の思っていた反応とは違い、レザリアとマッカライはキョトンとしている——あれ、私、何か変な事言っちゃった?
しばらく呆けていた二人だったが、やがてマッカライが豪快に笑い出した。
「がはは! よく知っとるの、嬢ちゃん。確かに古代、ドワーフ族とエルフ族は仲が悪かったと伝え聞いておる。ワシも言われるまで忘れておったわい」
「え、じゃあ今は……」
今度は莉奈がキョトンとする番だった。マッカライは楽しそうに答える。
「時代は流れてるのだよ。種族同士でいがみ合う事に何の意味がある。今では良き隣人として、エルフ族とは仲良くやってるよ。あいつらの造る酒は美味いし、この突貫工事で作った仮の馬房もなかなかしっかりしている。とぼけた所もあるが、大したものだよエルフ族は」
なるほど、と莉奈は納得する。エルフとドワーフの確執は、莉奈の先入観だった訳だ。でも、それなら何故、と疑問は残る。
「じゃあ、なんでレザリアはドワーフに怒ってるの?」
その莉奈の問いに、レザリアは涙を浮かべながら訴えた。
「皆、騙されているのです!この卑劣なドワーフ共に——」
——私はその昔、噂に伝え聞く温泉というものを探していました。有識者の話によると、ここに聳え立つ山になら温泉があっても不思議ではないと。
だけど、どうしても見つからない。しかし、何処かにはきっとあるはず。そう信じた私は、集落の者に断りを入れて旅立ち、この山を隈なく探すことにしました。
辛く、苦しい旅路でした。山には食糧となる物もわずかしかありません。それでも私は木の根をかじり、泥水をすすって探し続けました。そして二ヶ月間さまよい続けた結果、ついに、それらしき洞窟を発見したのです!——
莉奈はいつまでこの話続くのかなと体育座りをしている。ドワーフ達も丁度休憩なのか、レザリアを囲む様に胡座をかいて座り弁当を広げ始めた。
そんな周囲の態度お構いなしに、レザリアは続ける。
——私は胸を躍らせ洞窟の中を進んで行きました。ああ、もうすぐだ。憧れの温泉はすぐそこに!
だけど——進めど進めど温泉には辿り着けませんでした。これはおかしい、と思った私は一旦引き返す事にしました。
けれど、洞窟の中は入り組んでいます。私は勘を頼りに戻ろうとしましたが……森とは勝手が違う洞窟の中、道が分からなくなってしまったのです——
「はい、しつもーん」
「はい、リナ」
「なんでその洞窟に温泉があると思ったの?」
「イメージです」
「あ、そ。続けて」
——私はろくに食事を摂っていない事も相まって、意識が朦朧としていき……ついには倒れてしまいました。
そして次に私が目を覚ますと、そこはドワーフの集落でした。状況が分からない私に、ドワーフはとんでもない事を言いました。『お嬢ちゃん、ワシ等の炭鉱で倒れてたんだぞ』と。
なんと、私が温泉があると思っていた場所はドワーフの掘った炭鉱だったのです! ええ、私は気づいてしまいました。私を騙すために掘った炭鉱だと! 私を笑い者にするために掘った炭鉱だと! きっとそうに違いありません! なんて卑劣な!——
レザリアはよよと泣き崩れる。なるほど、と莉奈は理解した。ドワーフ達に謝らなければ、と。
「ごめんなさい、ドワーフの皆さん。レザリア助けてくれたんですよね、ありがとうございます」
「ちょ、リナ、何を言って——むぎゅ」
莉奈は何か言いたげなレザリアの顔を両手で挟み込む。
「いい、レザリア。自分の勘違いを人のせいにしちゃ駄目。私の国、温泉多かったけどさ、洞窟の中にある温泉なんて少なかったはずだよ」
「そ、そんな……」
「それにさ——」
莉奈はドワーフ達を見渡す。
「——ドワーフさん達がレザリア助けてくれなかったら、私、レザリアに会えてなかったかもじゃん? 二人でお礼言おう、ね?」
その言葉にレザリアは恥ずかしそうにドワーフ達の前に出る。そして「うぅ」と顔を赤くした。
「あの……一つ確認ですけど、本当に私を騙す為に炭鉱を掘った訳では……」
「こら!」
冷静に考えれば——いや、考えなくともすぐに分かりそうなものだが、この勘違いエルフはまだ疑っているらしい。良くも悪くも自分の思ったこと一直線なのだ。
だが、そんなレザリアをドワーフ達は笑い飛ばす。
「がはは、それなら『温泉はこちらです』って立て札でも立てときゃよかったかな。いや、失礼。嬢ちゃん一人のためにそこまでする訳なかろう。あん時ゃ驚いたぞ、よくも騙したな、ってすごい剣幕でなあ。そんなに温泉に入りたきゃ、この家にワシらの作った温泉に繋がってる場所があるぞい」
「え、あの温泉……あなた達が作ったのですか?」
マッカライの言葉に、レザリアは驚く。ドワーフ達は顔を見合わせて昔を懐かしんだ。
「ああ、知ってたか。あれは昔、エリスとセイジに頼まれてな。どうだ、中々のもんだろう?」
「あん時ゃエリスが温泉に興味津々でな。ワシらに頭を下げてお願いしてきたな」
「まあ、ワシらも面白そうだから張り切ったもんだが……なんにせよ楽しかったな、あの頃は」
次々とドワーフ達が当時の思い出を口にする。
その会話を聞く内に、記憶に整理がついたのかレザリアの顔がみるみる青ざめていった。どうやら自分が相当失礼な事をしでかしたと完全に理解した様だ。レザリアは莉奈を泣きそうな顔で見る。
「リナ……私を殺して下さい……」
「ちょ、ころ……何言っちゃってんのレザリア!」
「私は命の恩人に大変な失礼を……」
だがそんなレザリアを、マッカライは再び笑い飛ばした。
「ワシらは気にせんよ。良き隣人の誤解が解けて何よりだ。ただ、お前さんが悪いと思っているなら、そうだな、今度酒でも酌み交わそう。ドワーフ流の仲直りだ」
「は、はい! 大変申し訳ありませんでした!」
レザリアは立ったまま、地面に頭が着くんじゃないかと思われる程に頭を下げた。莉奈も続けて頭を下げる。
マッカライは二人に頭を上げる様に促し、莉奈に声をかける。
「リナといったな。お前さんのおかげで誤解が解けた、ありがとよ」
「いえ。この娘、すごいいい娘なんです。ただ、今回の様に暴走してしまう時があるので……誤解が解けて良かったです。あと、温泉ありがとうございます。毎晩使わせて貰ってます」
「ほう。その言葉は職人冥利に尽きるってもんだ。分かってるじゃないか。よし、最高の馬房を作ってやるぞ」
マッカライ達は顔を合わせて頷きあい、楽しそうに笑った。気持ちのいい人達だな——と莉奈は思う。
莉奈は再度お礼を言い、ドワーフ達に手を振って馬車へと戻る。ライラとカルデネを待たせてしまった。ふと振り返ると——レザリアはまだ頭を下げていた。




