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ライラと『私』の物語【最終部開幕】  作者: GiGi
第二部 第三章
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涙 01 —エルフとドワーフ—





 帰りの馬車も莉奈が御者を務めた。行き同様、手綱を握っているだけで馬達はみずから道を選び進んで行く。


 莉奈としては少し物足りない気持ちもあるが、致し方ない。うっかり道に迷うよりはよっぽどいい。



 カルデネの心的外傷を考慮し、人気ひとけの少ない早朝にサランディアを発った彼女達は、予定通り数時間後には家に着く。


 そしてその『魔女の家』の庭には、見慣れない者達の影があった——。




 その人影に気付いたレザリアは、まだ馬車も止まってもいないのに飛び降り駆け出して行った。そして——


「ドワーフ、何故ここにいる!」


 ——細剣の柄に手をかけ、怒気をはらんだ叫び声を突きつける。それを面白く無さそうな目で見たドワーフの一人が、レザリアに吐き捨てた。


「エルフの嬢ちゃん。ワシ等は頼まれて仕事をしに来ただけだ。そこの馬のかな、その馬房をな。そういきり立ちなさんな」


「くっ!」


 レザリアの肩がぷるぷる震える。そこに慌てて馬車を停めた莉奈が、文字通り飛んできた。


「ちょ、レザリア、どうしたの!?」


「だって、リナ、リナぁ……ドワーフですよっ?」


 その言葉を聞き、莉奈は腑に落ちる。


 物語の世界ではエルフとドワーフは仲が悪いと相場が決まっている——まあ、作品次第ではあるが。どうやらここは仲が悪い方の世界であるらしい。


 空を飛んで来た莉奈に多少の驚きを見せたドワーフ達だったが、すぐに平静を取り戻し莉奈に話しかけた。


「あんたこの家のもんかい。ワシはドワーフのマッカライ。依頼を受けてやって来た。よろしくな」


「リナに話しかけるな、痴れ者め……はうっ!」


 莉奈はレザリアの頭に手刀をぽこっと叩き込む。種族同士仲が悪いのかも知れないが、さすがに看過出来ない。莉奈はマッカライに謝罪をした。


「ごめんなさい、ウチのレザリアが。マッカライさん、私は莉奈っていいます。宜しくお願いします」


「ああよろしくな、人間の。あと、そこのエルフを何とかしてくれ。仕事にならん」


 莉奈が横を見ると、レザリアは「フーッ、フーッ」とマッカライを睨みつけている。他のドワーフは我関せずと仕事に戻った様だ。莉奈はレザリアをさとす。


「ねえ、レザリア。エルフとドワーフが仲悪いのは分かるけどさ、そういう態度はよくないと思うよ?」


 だが莉奈の思っていた反応とは違い、レザリアとマッカライはキョトンとしている——あれ、私、何か変な事言っちゃった?


 しばらく呆けていた二人だったが、やがてマッカライが豪快に笑い出した。


「がはは! よく知っとるの、嬢ちゃん。確かに古代、ドワーフ族とエルフ族は仲が悪かったと伝え聞いておる。ワシも言われるまで忘れておったわい」


「え、じゃあ今は……」


 今度は莉奈がキョトンとする番だった。マッカライは楽しそうに答える。


「時代は流れてるのだよ。種族同士でいがみ合う事に何の意味がある。今では良き隣人として、エルフ族とは仲良くやってるよ。あいつらの造る酒は美味いし、この突貫工事で作った仮の馬房もなかなかしっかりしている。とぼけた所もあるが、大したものだよエルフ族は」


 なるほど、と莉奈は納得する。エルフとドワーフの確執は、莉奈の先入観だった訳だ。でも、それなら何故、と疑問は残る。


「じゃあ、なんでレザリアはドワーフに怒ってるの?」


 その莉奈の問いに、レザリアは涙を浮かべながら訴えた。


「皆、騙されているのです!この卑劣なドワーフ共に——」





 ——私はその昔、噂に伝え聞く温泉というものを探していました。有識者の話によると、ここにそびえ立つ山になら温泉があっても不思議ではないと。


 だけど、どうしても見つからない。しかし、何処かにはきっとあるはず。そう信じた私は、集落の者に断りを入れて旅立ち、この山をくまなく探すことにしました。


 辛く、苦しい旅路でした。山には食糧となる物もわずかしかありません。それでも私は木の根をかじり、泥水をすすって探し続けました。そして二ヶ月間さまよい続けた結果、ついに、それらしき洞窟を発見したのです!——




 莉奈はいつまでこの話続くのかなと体育座りをしている。ドワーフ達も丁度休憩なのか、レザリアを囲む様に胡座あぐらをかいて座り弁当を広げ始めた。


 そんな周囲の態度お構いなしに、レザリアは続ける。





 ——私は胸を躍らせ洞窟の中を進んで行きました。ああ、もうすぐだ。憧れの温泉はすぐそこに!


 だけど——進めど進めど温泉には辿り着けませんでした。これはおかしい、と思った私は一旦引き返す事にしました。


 けれど、洞窟の中は入り組んでいます。私は勘を頼りに戻ろうとしましたが……森とは勝手が違う洞窟の中、道が分からなくなってしまったのです——





「はい、しつもーん」


「はい、リナ」


「なんでその洞窟に温泉があると思ったの?」


「イメージです」


「あ、そ。続けて」






 ——私はろくに食事を摂っていない事も相まって、意識が朦朧もうろうとしていき……ついには倒れてしまいました。


 そして次に私が目を覚ますと、そこはドワーフの集落でした。状況が分からない私に、ドワーフはとんでもない事を言いました。『お嬢ちゃん、ワシ等の炭鉱で倒れてたんだぞ』と。


 なんと、私が温泉があると思っていた場所はドワーフの掘った炭鉱だったのです! ええ、私は気づいてしまいました。私を騙すために掘った炭鉱だと! 私を笑い者にするために掘った炭鉱だと! きっとそうに違いありません! なんて卑劣な!——





 レザリアはよよと泣き崩れる。なるほど、と莉奈は理解した。ドワーフ達に謝らなければ、と。


「ごめんなさい、ドワーフの皆さん。レザリア助けてくれたんですよね、ありがとうございます」


「ちょ、リナ、何を言って——むぎゅ」


 莉奈は何か言いたげなレザリアの顔を両手で挟み込む。


「いい、レザリア。自分の勘違いを人のせいにしちゃ駄目。私の国、温泉多かったけどさ、洞窟の中にある温泉なんて少なかったはずだよ」


「そ、そんな……」


「それにさ——」


 莉奈はドワーフ達を見渡す。


「——ドワーフさん達がレザリア助けてくれなかったら、私、レザリアに会えてなかったかもじゃん? 二人でお礼言おう、ね?」


 その言葉にレザリアは恥ずかしそうにドワーフ達の前に出る。そして「うぅ」と顔を赤くした。


「あの……一つ確認ですけど、本当に私を騙す為に炭鉱を掘った訳では……」


「こら!」


 冷静に考えれば——いや、考えなくともすぐに分かりそうなものだが、この勘違いエルフはまだ疑っているらしい。良くも悪くも自分の思ったこと一直線なのだ。


 だが、そんなレザリアをドワーフ達は笑い飛ばす。


「がはは、それなら『温泉はこちらです』って立て札でも立てときゃよかったかな。いや、失礼。嬢ちゃん一人のためにそこまでする訳なかろう。あん時ゃ驚いたぞ、よくも騙したな、ってすごい剣幕でなあ。そんなに温泉に入りたきゃ、この家にワシらの作った温泉に繋がってる場所があるぞい」


「え、あの温泉……あなた達が作ったのですか?」


 マッカライの言葉に、レザリアは驚く。ドワーフ達は顔を見合わせて昔を懐かしんだ。


「ああ、知ってたか。あれは昔、エリスとセイジに頼まれてな。どうだ、中々のもんだろう?」


「あん時ゃエリスが温泉に興味津々でな。ワシらに頭を下げてお願いしてきたな」


「まあ、ワシらも面白そうだから張り切ったもんだが……なんにせよ楽しかったな、あの頃は」


 次々とドワーフ達が当時の思い出を口にする。


 その会話を聞く内に、記憶に整理がついたのかレザリアの顔がみるみる青ざめていった。どうやら自分が相当失礼な事をしでかしたと完全に理解した様だ。レザリアは莉奈を泣きそうな顔で見る。


「リナ……私を殺して下さい……」


「ちょ、ころ……何言っちゃってんのレザリア!」


「私は命の恩人に大変な失礼を……」


 だがそんなレザリアを、マッカライは再び笑い飛ばした。


「ワシらは気にせんよ。良き隣人の誤解が解けて何よりだ。ただ、お前さんが悪いと思っているなら、そうだな、今度酒でも酌み交わそう。ドワーフ流の仲直りだ」


「は、はい! 大変申し訳ありませんでした!」


 レザリアは立ったまま、地面に頭が着くんじゃないかと思われる程に頭を下げた。莉奈も続けて頭を下げる。


 マッカライは二人に頭を上げる様に促し、莉奈に声をかける。


「リナといったな。お前さんのおかげで誤解が解けた、ありがとよ」


「いえ。この、すごいいい娘なんです。ただ、今回の様に暴走してしまう時があるので……誤解が解けて良かったです。あと、温泉ありがとうございます。毎晩使わせて貰ってます」


「ほう。その言葉は職人冥利に尽きるってもんだ。分かってるじゃないか。よし、最高の馬房を作ってやるぞ」


 マッカライ達は顔を合わせて頷きあい、楽しそうに笑った。気持ちのいい人達だな——と莉奈は思う。


 莉奈は再度お礼を言い、ドワーフ達に手を振って馬車へと戻る。ライラとカルデネを待たせてしまった。ふと振り返ると——レザリアはまだ頭を下げていた。





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