冒険者莉奈の苦悩 11 —クエスト受注—
「それではクエストの説明をしますね」
中庭から戻った私達に、クロッサさんは説明を始める。ようやくだ。
「まず、リナさんは一つ星なので、無印の採集クエストに加えて一つ星用の魔物討伐のクエストも受注出来ます。そこにある黄色と緑色の貼り紙ですね」
私達は、壁に貼られている紙を眺める。そこには黄色と緑色、そしてオレンジ色の貼り紙が貼られていた。恐らくオレンジ色が二つ星で受けられるクエストなのだろう。
「ただ、一つ星クエストを受けて無印の冒険者とパーティーを組む場合、責任が重くのしかかるので注意して下さいね」
「……と、言うと?」
私は唾を飲み込む。
「はい。パーティーメンバーに何かあった場合、責任は全て一番ランクの高い人が負う事になります。もしギルドが問題有りと判断した場合、最悪、資格剥奪も有り得るのでその点は注意して下さいね」
クロッサさんはにっこりと微笑む。いやいや、怖いって。
「分かりました。無茶はしないと思うから大丈夫です」
「はい、お願いしますね。あと、それと便宜上『受注』という言葉を使っておりますが、基本的に特殊個体の討伐や採集クエストに関しては受注の手続きは必要はなく、討伐記録の確認、依頼物を納品すれば達成という形をとっておりますのでご了承下さい」
ふむふむ。頷きながら私は考える。早い者勝ちという訳だ。
特殊個体の討伐とやらは置いといて、採集クエストなんかは慣れた人は普段から依頼の多い物をストックしておいてあるのだろう。そして、クエストが貼り出された瞬間即納品、なんて事をやっていたりして。というか、そのやり方が主流なのかもしれない。
「はい、了承しました。えと、それじゃあ西の森で期限に余裕のあるクエストって何かありますか?」
私の言葉に、クロッサさんは「そうですねえ」と言いながらクエストファイルらしきものを開き、十枚程取り出した。
「あちらにも貼ってありますが、リナさんが受けられるのはここら辺でしょうか」
「ありがとうございます。ちょっとお借りしていいですか?」
「どうぞどうぞ」
クロッサさんから紙束を受け取った私達は、近くのテーブルに座って顔を寄せ合いながら提示されたクエストを見ていく。
「魔物討伐は……ないね」
「ええ、西の森限定ですから。魔物の討伐は人里に現れない限り依頼はそうそう無いでしょうし、魔物討伐をギルドに依頼するという事は基本、急を要する案件でしょうからね」
なあるほど、とレザリアの言葉に私は頷く。
西の森で期限に余裕があるとなると、必然的に採集クエストになる訳だ。運が良ければ護衛の仕事なんかもあるかもしれないが、ルネディの出現次第で動きが変わるであろう私達には難しい。
そう考えながら一枚ずつめくっていくと、一つだけ報酬金が飛び抜けて高いクエストがあった。他のクエストに比べ、桁が二桁は違う。
「——ええと、『トキノツルベの採取』だって。なんでこんなに報酬金高いんだろ……レザリア、知ってる?」
私は声を潜めてレザリアに聞く。レザリアもライラも更に顔を寄せてきた。三人のおでこがくっつく。
「——はい。妖精王様のおられる周辺にしか生えていない魔力草です。あそこには結界が張られているので、普通の人には見つけられないでしょう。もしよろしければ、私が案内出来ますが……」
なんてこったい。という事は、ライバルを気にする事なくクエストに臨めるではないか。私の胸が高鳴る。
だけど今の話を聞いて、一つだけ気になった事があった。
「——でもさでもさ、結界が張ってあるって事はさ、よそ者の私が入っちゃマズいんじゃない?」
「——いえ。妖精王様とエリス様は懇意にされていたので、その家族であるリナなら大丈夫かと。それに、その結界もエリス様が張られたものですし、何か言われたら『あ、結界の点検にきましたー』とでも言っておけば問題ないでしょう」
いや、そもそも私とエリスさんは血が繋がってない訳だが——まあ、ライラを言い訳にすれば悪い様にはされないだろう。
レザリアに頼んで採ってきて貰うのもなんか違う気がするし、よし、決めた。時間に余裕が出来次第、『トキノツルベ』を採りに行ってみよう。
「——オーケー。分かった、皆んなで行ってみようか。レザリア、よろしくね。ライラ、メモお願い」
「——はいっ」「——バッチリ、だよ!」
私に言われるまでもなく、ライラは額を合わせながらメモを取っていたのだ。器用なヤツめ。
そして他にも何点か、ついでに採取出来そうな物をライラにメモして貰い、私達は紙束をクロッサさんに返しにいく。
「ありがとうございました。ちょっと採集クエスト頑張ってみます」
「はい、気をつけて下さいね。あとクエスト対象外の魔物も倒せば僅かばかりの報奨金が出ますし、何よりあなたの実績として記録されますので無理しない程度に頑張って下さいね!」
「はい、頑張ります!」
こうして私達は、周囲の好奇に満ちた視線を浴びながらギルドを後にする。外に出たライラが、晴れやかな笑顔で私に話しかけてきた。
「リナ、楽しかったね!」
隣ではレザリアも同意して頷いていた。私も晴れやかな笑顔で二人に語りかける。
「うん。二人とも、私が黙ってるのをいい事に随分と好き勝手やってくれたよねえ。あー、そりゃもうさぞかし楽しかっただろうねえ」
ライラとレザリアが「あ」と言って顔を引きつらせる。
「い、いえっ、私はリナの素晴らしさを皆にも分かって貰いたくてえっ!」
「せ、先生、おちついてくださいっ!」
「——まだ言うかあっ!」
ライラがキャッキャッと逃げ回る。レザリアも私にヘッドロックをかけられながら笑っている。
この三人で冒険が出来るんだ——私は怒ったフリをしながらも、期待で胸を膨らませるのだった。こら、無い胸言うな。
†
莉奈達三人の冒険者手続きを終えたクロッサは、休憩の時間になり街に出る。
今日の遅めのランチのメニューを考えながら歩いていた彼女の頭に、突然男の声が鳴り響いた。
『——久しぶりだね。こっちだ。君から見て左の路地にいる』
クロッサは驚く。近々現れるんじゃないかとは思っていたが、こんなにすぐに来るとは。
彼女は一応周囲の人気を確認し、言われた通りの路地裏へと入る。
そこには赤いロングマントにフードで顔を隠した、短期間で三つ星冒険者まで駆け上がった人物、『義足の剣士』の姿があった。
「——お久しぶりです、リョウカさん」
クロッサはリョウカと呼ぶ人物に丁寧にお辞儀をする。
『——休憩の所、邪魔して悪いね。お願い事を聞いてくれてありがとう。見ていたよ』
「……いたのですか、あの場に」
そのクロッサの質問に、リョウカは答えない。その代わりに、別の質問を彼女にぶつける。
『——結構無茶なお願いだったと思うけど、大丈夫だったかな』
「はい。かなりのレアケースですが、その時のマニュアルもあるので。ただ——」
——その後もしばらく二人は会話を続ける。やがて話を終えたリョウカは、クロッサに別れの挨拶を切り出した。
『——では、私の事は口外しない様に頼むよ。では、元気で』
「はい。これからも冒険者ギルドを宜しくお願いします」
会った時同様丁寧なお辞儀をし、クロッサは通りに引き返す。
彼女がふと思い立ち路地を振り返ると、忽然と消えたかの様に、そこにはもうリョウカの姿は無かったのだった。




