冒険者莉奈の苦悩 09 —魔力量計測—
私とライラ、そしてレザリアは紙に必要事項を記入する。それを確認したクロッサさんは、よっこらせっ、と何やら少し大きめの水晶玉みたいなものを取り出した。
「それではこちらに両手をかざして下さい。個々の魔力の波長を、ギルドカードに登録いたしますので。リナさんからどうぞ」
後ろの人達が距離を詰めてくるのがわかる。多分、覗こうとしているのだろう。なにかあるのか?
私はとりあえず両手をかざしてみる。そして——。
私が手をかざすと、水晶玉は『ビビッ』という音を鳴らして赤く光った。クロッサさんの眉がピクリと動く。
「……これは」
そう言って、クロッサさんは魔法書をめくり始めた。え、なによ。後ろの人も騒ついているじゃん。もしかして、私——すごかったりして?
やがてクロッサさんは本をパタンと閉じた。
「……エラーですね。リナさんは魔力認証ではなく、指紋認証にしましょう」
にこやかに告げるクロッサさんの言葉に、私を含め、一斉に気が抜ける周囲の人々。
一瞬、もしかしたらって思っちゃったけど……まあ、今まで魔法に関してはそこそこ試してきた。私に突出した何かがないのは分かってるよ。
「それではリナさん。今度は両手の指先を水晶玉に当てて下さいね」
「あ、はい」
私は言われた通りに水晶玉に両手の指先を当てる。
今度は水晶玉は青く光り出し、やがて『ピピッ』という音と共に中央に数字が浮かんだ。ん? なんだ【057】って。
その数字を肩越しに覗き込んでいた人達が、「普通だ」「普通だ」と連呼する。何なのよあなた達。あと、近いって。
「……あのう、この数字って」
「はい、こちらはリナさんの『魔力量』になります。魔法職以外なら平均的、といった感じですね」
ああ、なるほど。とりあえず平均以下でなくて良かった。そう私が胸を撫で下ろしていると——
「待ちたまえ、君達!」
——何やら魔法職っぽい男が観衆に声をかける。
「君達。彼女の数字を『普通』、そう言ったね」
「ああ、まあ普通だろ。それがどうした、エンダー」
エンダーと呼ばれた優男は、チッチッチッと指を振る。キザだ。
「彼女は空を飛ぶんだろう? その魔力消費量は甚大だ。とてもじゃないが魔力量57で扱える魔法ではない。そして、この水晶玉は三桁までしか表示出来ない。つまり——」
唾を飲み込む聴衆。それを見てニヤつくライラとレザリア。エンダーさんは息を吸い込み、大仰な身振りで続けた。
「——少なく見積もっても1057。『厄災』戦の話を聞く限り、僕の見立てでは2057はあるだろうね」
わあっと湧く聴衆。バカなの? あなた達。隣では、便乗してライラとレザリアもパチパチと拍手をしている。いや、君達まで乗るな。
皆の反応に満足そうなエンダーさんが、私の方に近付いてきた。
「やあ、白い燕。その魔力量、どうやって身につけたのか気になるな。よかったらこの後、一緒に食事でもどうかな?」
何言ってんだ、この人。私に話を聞いても何も出ないぞ。
視線の端でレザリアが剣の柄に手をかけるのが見える。マズい。私はエンダーさんに手のひらを向け、顔を背ける。
「いや、すいません、そういうのはちょっと……」
エンダーさんはその返答を聞き、やれやれと肩をすくめた。いちいちキザだな。
「はは、なるほど。企業秘密って訳だ。まあ気が変わったらいつでも言ってくれ。僕の名前はエンダー。二つ星冒険者さ。じゃあね!」
そう言って彼はピッと指を振り自分の席に戻っていく。「振られてやんの!」とからかう声が聞こえてくる。
まったく、余計なことだけしてくれたな。恐らく数値の正常性を理解しているであろうクロッサさんだけが、憐れんだ視線で私を見つめていた。
「……それでは次、レザリアさんお願いします」
「は、はい!」
レザリアが水晶玉に手をかざすと今度は正常に、私が指をつけた時と同じ様な反応をした。
そして、表示された数値は——【174】。周りから「おおー」という声が上がる。私はどのくらいなのかとクロッサさんに尋ねる。
「クロッサさん、これ、結構高いの?」
「そうですね。エルフ族は人間族より基本高めではありますが……それを考慮しても、戦闘職にしてはかなり高い方かと」
「すごいじゃん、レザリア!」
私の素直な賞賛に、「えへへ……」と顔を赤くするレザリア。戦闘職とはいえ、彼女の魔法にはこれからもお世話になるかもしれない。
「それではライラさん、お願いします」
最後にライラだ。クロッサさんの呼び掛けに、ライラは周りにも聞こえる様な声を上げる。
「はい!『白い燕』の愛弟子、ライラ行きます!」
おい、ちょっと待て。この娘ノリノリじゃないか。楽しんでやがる。こいつも後で説教だな。
そしてライラは目を瞑り水晶玉に手をかざす。その結果は——
「な、ななひゃくごじゅうにいいぃぃっっ!?」
——クロッサさんの素っ頓狂な声が再び響き渡る。周りからも、驚嘆の声が上がる。
そう、水晶玉には【752】という数値が浮かび上がっていたのだ。反応を見る限り、かなり高い数値なのだろう。
「ねえ、クロッサさん。どのくらい高いの?」
「は、はい……。魔族の方は魔力の高さが特徴ですが……それでもだいたい三百くらいです。これはなかなか……」
周りからも「白い燕、西の魔女に次ぐ記録じゃないか」「ああ、西の魔女は【999】だったな。それに近い数値だ」などの声が聞こえてくる。
あるんじゃん、カンスト。それ、絶対カンストだよ。というかエリスさん、冒険者だったのね。
まあ、ライラは幼少の頃より毎日『身を守る魔法』を、その魔力量限界まで注いで唱えてきたのだ。
加えて『西の魔女』と呼ばれるエリスの娘である。半魔族とはいえ、このぐらい当然といえば当然か。私はライラの頭を撫でる。
「すごいね、ライラ。見直しちゃったよ」
「いえいえ、先生には遠くおよびません、のでっ」
ライラはそう言って私にペコリと頭を下げた。誰が先生だ、誰が。感嘆の声を上げる周りの視線が突き刺さる。辛い。
私はライラにデコピンをかましたが——くっ、私の指の方が痛いぞ。




