約束の宴 04 —四人の魔女—
「——それで、だ。『西の魔女』がいると言う事は、北や南、東の魔女がいても不思議ではないだろう?」
手紙を開封しながら、誠司は莉奈に——皆に問いかけた。
まあ、確かにそうだ。いなくても不思議ではないが、いてもおかしくはない。というか、いた方がしっくりくる。
周りの者達が頷くのを見て、誠司は続けた。
「実は彼女らとは縁があってね。特に、最後の『厄災』は彼女達の協力なしでは勝てなかった。いや、あれを勝利と言っていいものかどうかは分からないがね——」
過去の記憶を見るように、遠い目をしながら誠司は話す。そして、皆を見渡した。
「——まあそんな訳で、ルネディとの戦いに備え、私は彼女達に助力を仰ぐ為に手紙をしたためた。彼女達の力を借りられれば、『厄災』の肉体を消滅させる事が出来るかもしれないからね。これはその返事って訳だ。では、ちょっと失礼——」
そう断りを入れ、誠司は手紙を読み始めた。邪魔にならない様に黙ってその様子を眺めていた莉奈達だったが、だんだんと誠司の顔が険しくなっていく事に気付く。やがて——
「……ふぅ」
——誠司は上を向き、大きく息を吐いた。
「……で、どうだったの?」
芳しくない結果であろう事は誠司の様子から窺えるが、莉奈は誠司に一応尋ねてみる。
誠司は手紙と睨めっこをしながら、皆に手紙の内容を話し始めた。
「まずは『南の魔女』だ。彼女は魔女と呼ばれる人物の中で唯一の人間でね、かなりの高齢だった。私が一番期待していた人なのだが……数年前に亡くなったとの事だ」
「……そうなんだ」
沈痛な面持ちを浮かべる一同。莉奈も言葉が続かない。誠司は続ける。
「——だが、彼女には後継者がいたらしい。その彼女は協力を申し出てくれたよ。ただ、彼女の力が分からないので一度彼女の所に伺う必要があるな。『厄災』に対抗出来る力がないのなら、彼女を巻き込みたくはない」
「えー。私は巻き込まれてるんですけどー」
口を尖らす莉奈に、誠司は苦笑する。
「ああ、悪いとは思っている。だから莉奈。次に『厄災』が現れた時は、私に任せて君は大人しくしていなさい」
「それは、嫌」
ぷいと横を向く莉奈を見て、レザリアがオロオロする。
誠司も、そしてレザリアも莉奈には戦って欲しくはないが、止めても彼女は飛び出して行くのだろう。そう、この前の『人身売買』、そして『厄災』の時の様に。
彼女は守るべき物がある時は、逃げない。
莉奈のとった行動、そして莉奈が語った顛末を聞き、それを二人は分かってしまったのだ。
「続けるぞ。次に『東の魔女』だ。彼女は……いや、見せた方が早いか」
誠司がテーブルに差し出した手紙を覗き込む一同。そこには。
——『そっちが来い!』と短く殴り書きされていた。
「ねね、誠司さん。どういう事?何なのこの人!?」
莉奈は思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。メッセージアプリならともかく、とても手紙の返事には思えない。そんな莉奈の反応に、誠司は答える。
「——彼女は『魔人』と呼ばれる存在だ。といっても種族名ではなく、魔族を超越した力を持つ魔族の事を畏怖の念を込めてそう呼称しているに過ぎないがね。エリスもそうだ。さて、そんな彼女は周りから慕われているよ。エリスの悪友でもある」
「文章を見る限り、そうは思えないけど……」
もっともな莉奈の反応に、誠司はかぶりを振った。
「そうだな……普段は優しいが、私に対して当たりが強い時がある。そして、彼女は私が最も会いたくない魔女でもあるな。それでこの文章の意図を無理矢理汲み取ると……『手伝ってあげない事もないけど、まずはそちらが挨拶に来るべきなのでは?』といった所だろうね」
——どんな人物だ、と莉奈は測りかねる。なんか厳しい人の様な気がする、特に誠司に対して。莉奈は憐れみの視線を誠司に送った。
そして、誠司は最後の一枚を取り出す。
「最後に『北の魔女』。要約すると『自分達の国に危害が及ぶ様なら考える』だ、そうだ。まあ、彼女には期待していなかったがね。そういう人だ」
その話を聞き、全員が嘆息する。少なくとも、今月の満月までに彼女達の助力を得るのは不可能であろう。
「という訳でだ。今月現れたら手の打ちようがないな。かと言って何もしない訳にもいくまい。ライラの結界が張り終わり次第、サランディアに向かう。レザリア君、君も一緒に来てくれるかね?」
突然話を振られたレザリアはドギマギしながら答える。
「わ、私がお供しても宜しいのでしょうか!?」
「ああ、勿論だ。君程の狙撃能力を持つ人物を私は他に知らないからね。危険だろうが、宜しく頼むよ——ああ、ただし、明日の酒の席で何かやらかしたらその時は——」
「大丈夫です! このレザリア、身命を賭して酒の席に臨みますゆえっ!」
——いやいや、身命を賭すのはそこではないだろう。というその場の皆が思っている事を気にも留めず、レザリアはフンスと気合を入れる。
誠司は苦笑し、次は莉奈の方を向いた。
「さて、莉奈。君にはこの家でお留守番をお願いしたいのだが——」
レザリアが「え」と固まり、誠司と莉奈を交互に見て一気にスンとなる。
誠司がレザリアの反応を楽しんでいる事に気付いた莉奈は、ニヤニヤしながら誠司に返す。
「——したいのだが?」
意図が汲み取られた事が分かった誠司も、釣られて頬を緩めた。
「——どうせ君は置いていっても、ついて来てしまうのだろう。君も来てくれ、ライラの相手もあるしな。ただ、危険な事はしない様に」
「分かってんじゃん。オーケー。誠司さんが危険な事しなきゃ、私だってしないよ」
「約束は出来ないが、覚えておこう」
二人のやり取りで莉奈が来る事がわかり、あからさまに安堵するレザリア。「リナは私が守りますからね!」と莉奈の手を取りブンブンと振る。その様子を目を細めて眺めつつ、誠司はヘザーに尋ねた。
「ヘザー、君はどうする?」
「そうですね。まだエルフ達の生活も安定しているとは言い難いですし、私は残ります。ただ、リナにバッグを持たせますので、定期的に様子を見に行きますね」
「そうか、ありがとう」
誠司とヘザーはお互いに頭を下げ合う。横では莉奈とレザリアが談笑を始めた。
一通り話に区切りがついた誠司は立ち上がり、窓辺へ向かい空を見上げた。
果たして『厄災』ルネディは現れるのか。誠司は彼女の言い残した言葉を反芻する。
——『次は是非、満月の夜に』
その言葉はまるで呪縛の様に、誠司を縛り付けるのであった。




