約束の宴 02 —大惨事—
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「——そう言えばライラ。眠気は大丈夫?」
私はライラを心配し、確認をとる。
そう、この少女は眠ってしまうと、体質により誠司さんと身体が入れ替わってしまうのだ。
「うん、だいじょぶ。今日はバッチリ、だよ!」
そう言ってライラはウインクし、私に親指を立てた。こういう時のライラは大丈夫だ。私は安心する。
その会話を聞いたレザリアが、「ああ」と納得した声を上げた。
「——ライラが眠るとセイジ様が出てきてしまわれますものね。確かに……これは気持ち良くて眠くなりますよね。実際、眠ってしまった事ってあるのですか?」
レザリアの問いかけに、ライラは無言でニコニコしている。こいつめ、と思いながら、私は代わりに答えた。
「聞いてよ、レザリア。この娘ね、目を離すとすぐ寝ちゃうんだよ。いい、ライラ。いつもも駄目だけど、レザリアいる時は絶対に寝ちゃ駄目だよ?」
私に指でおでこを突っつかれたライラは、照れくさそうに「はあい」と返事をする。そのやり取りを聞き、レザリアが首を傾げた。
「私がいる時は駄目? 何故でしょう?」
その言葉に、三人が「え?」「え?」「え?」と固まる。いち早く解放されたのは、私だ。
「え、だって、レザリア、誠司さんに裸見られちゃうかもじゃん?」
「え、はい……セイジ様が出てこられたら……まあ、見られますよね?」
キョトンとして答えるレザリア。痴女か? もしかして痴女なのか?
いや——と、私は雑念を振り払い、一縷の望みに賭け切々と説明する。頼むからレザリアは純朴であれ。高潔であれ。
「だって、誠司さんだって一応男じゃん!? 裸見られたら困るでしょ!?」
んー、と考え込んだレザリアは、私の言葉を咀嚼し、やがて一つの結論に辿り着く。
「あ、もしかして、人間は異性に裸を見られるのが恥ずかしいのでしょうか?」
「……あの、もしかして、エルフは異性に裸を見られるのが恥ずかしくないとか?」
思わず質問を質問で返してしまった。だが、この反応を見るにそうとしか考えられない。
「はい。私達エルフは水浴びをしますが……森の中、いつ魔物が襲ってくるか分からない状態で行いますので、集団で水浴びをするんですよ。それが当たり前なので、恥ずかしいと思った事は……」
なるほど、エルフの文化という訳だ。そう言われてみると、人って何故肌を晒すのを恥ずかしがるんだろう、不思議だ……いや、恥ずかしいよ!
「うん、なるほど、レザリア。でもね、人間の女性はね、男の人に裸を見られたら『えっち!』って言って、そこの風呂桶とかを投げつけるものなんだよ」
「わっ、そうなんですね。勉強になります!」
私の適当知識に感心するレザリアの横で、ライラも「ほへー」とか言っている。
いや、ライラよ、真に受けるな。あなたには後で教えるけど、まずは胸を隠せ、尻を隠せ。
しかし、危なかった。今日ここでこの話題にならなかったら、来るべき時にずぶ濡れになった誠司さんに「風邪を引いてしまわれます、お召し物をお脱ぎ下さい!」と、裸で縋るレザリアが容易に想像つく。これを未然に防いだのだ。誠司さん、貸し一つね。
そこで私は、ふと思い出す。エルフの文化の話が出たついでだ。せっかくなので、ここで聞いておこう。
「ねえ、レザリア」
「はい、何でしょう?」
「レザリア……というかエルフって、頭触られるの苦手だったりする?」
その私の言葉を聞き、一瞬で顔を赤くするレザリア。口をパクパクさせた後、しどろもどろで声を発する。
「な、な、な、なんで、そう思うので、しょうかっ!?」
「だ、だってあなた、いつも頭撫でると、ひゃっとか、ひうっとか言ってるじゃない……」
その私の言葉に「あー」とか「うー」とか目を白黒させながら、レザリアはこちらをチラチラ見る。そんなに言いづらい事なのか?
やがてレザリアは観念したのか、私の疑問に答えてくれた。
「あの……前置きとして、人間にその様な文化が存在しないのは重々承知しています。えと、リナはエルフの抱擁は親愛の証である事はご存じですよね?」
「あ、うん。それは聞いた事ある」
知っていながら、友達感覚でハグしてしまう私も私だが。
「で、その……子供は別として、エルフは配偶者同士でしか頭を撫でたりしないんです。つまり、未婚の者が相手の頭を撫でた場合……」
ほうほう、そういう事ね、理解したよ私は。これ以上、話を続けない方がいい事を。
「オーケー、分かったレザリア。皆まで言わ――」
「……きゅ、求婚の意味を持つのですっ!」
今まで俯いていたレザリアがガバッと顔を上げ、私を真っ直ぐ見つめる。私は知っている。覚悟を決めた顔だ、これ。
「お、落ち着いて、レザリア! エルフの、エルフの文化の話だよねっ!?」
「そ、そうですよ?エルフの、エルフの文化の話ですよ!?」
ずずいとレザリアが身を乗り出してくる。そして何やらブツブツ呟き始めた。
「……そうだ……人間の文化では頭を撫でても問題ない……リナは人間……何も問題はない……」
そう言うやいなや、レザリアはバシャっと私に抱きついてきた。私は避ける事は叶わず、なすがままに抱きつかれてしまう。
そう、レザリアは強いのだ。力も、動きも、私では相手にならない程に。
「レ、レザリア? やめよ? ね、落ち着こ?」
私は懇願するが——駄目だ、レザリアの目は座っている。そしてレザリアは、私の頭を愛おしそうに撫で始めた。
「……ふふ、心配しないで、リナ。ただの友人としての行動ですよ、うふふ……」
耳元で囁くレザリア。さすがの私も、裸で抱きつかれてはたまったもんじゃない。
困った私は……そうだ、ライラだ。ライラは何やっている!
「ライラ、助けて——」
私がライラの方に首を向けると、今、目の前で繰り広げられている光景が刺激的すぎるのか「あわわわわ」とグルグル目を回している。
そして、事もあろうに——
「——『子守唄の魔法』!」
——逃げやがった。
ライラの身体が一瞬の光に包まれる。
私はこんな状況だが、私とレザリアの身体を隠す為にやむを得ず彼女の身体を引き寄せた。
裸を見られるのは別にいい——いや、よくはないが、これで見られたくない部分は隠れた。
だが、このままではあらぬ誤解を生じさせてしまう事になる。
そんな私の思いも露知らず、レザリアは「ああ、リナ!」と息を荒くし腕に力を入れる。何だよこれ。
そして、ついに作務衣姿の誠司さんが湯船の中に現れてしまった。とりあえず私は、叫ぶ。
「——見ないでええぇぇっっ!!」
だが——ライラはこちらの方を向きながら眠りについたのだ。
つまり、必然的に誠司さんは私達の方を向きながら現れる事になり——誠司さんの視線が一瞬こちらを捉えてしまったのを私は見てしまった。そう、裸で抱き合う私達の姿を。終わった。
——最近では誠司さんが風呂場で顕現してしまった場合、軽口を二、三交わすのが当たり前になっていた。
しかし今日の誠司さんは大げさに視線を逸らし、いつもよりも速い動きで無言でスタスタと外へと向かっていく。
私はその背中に向け、悲痛な叫び声を浴びせた。
「——何か言ってよおおぉぉぉっっ!」




