決戦[development] 12 —『赤い宝石』—
——『砂』の戦場。
端末を増やし、戦場を取り囲むように立つグリムの端末たちは、じっと佇む。
(……動かなければ、攻撃対象の優先順位は下がる、か)
天使像は、ある程度の攻撃優先順位を定めているようだった。グリムへの攻撃は、たまたま近くに現れた時だけだ。
グリムは、風を読む。『モニターチェック』に由来する彼女の能力、『精密観測』。戦場に吹き荒れる砂嵐から、その中心点を探る。
脳内に戦場の地形を描き出し、天使像一体一体を中心点と仮定し、風速・風向き・地形の影響を考慮したシミュレーションを繰り返す。
高速のトライ&エラー。そのシミュレーションに矛盾が生じなかった個体が、本体だ。
やがて数秒間の計測の後、グリムは口角を上げた。
「——見つけたぞ……整合率99.8%、ポラナから三時の方向、セレスから十時の方向奥側。恐らくヤツが、本体だ」
「……うしっ!」
グリムの通信を受けたポラナは、身を屈めながら右方向に振り向いた。
紅く身を染めた彼女は、その方向にいる天使像に真っ直ぐに駆け向かう。
天使像の手が上がる。だが、それよりも速く——
「……電光、石火……!」
——ポラナは、紅い軌跡となって斬り抜けた。砂となりかき消えていく天使像の姿。分身体と同じ消え方だ。
だが。
ポラナは冷静に跳び退き、セレスに通信を入れた。
「——間違いない、ヤツが本体。セレスさん、追撃を」
通信と共に、セレスの銃弾が火を吹いた。不意をついてポラナを襲わんと身体を作り上げる天使像だったが、その身体をセレスの魔法弾が穿つ。
『…………ァァアアァァッッ……!』
悶え、叫ぶ天使像。その天使像を捕らえるかのように、メルコレディの氷が足元を凍らす。
ポラナは振り返り、天使像を見据えた。
「……この手ごたえ……忘れるワケないでしょ……?」
彼女は覚えていた。ダイズの命を奪った天使像の『抱擁』。その時に斬った感触を。もう、欺きは通用しない。
佇むポラナに、分身の天使像たちが手を向けながら迫り来る。
しかし、あらかじめ言の葉を紡いでいたマッケマッケが、風の魔法でその分身体たちをかき消しポラナを援護する——。
「……それにしても、進化したサンドブラストか……」
戦況を眺めつつ、天使像本体の割り出しを行っているグリムは、少し前に受けたポラナの通信を思い出していた。
——『サンドブラストの中に、石の破片が混ざってきた。殺傷能力、増大』——
実際に観測してわかった。その石とは、『石英』だ。
そしてその通信を受けたのは、マルテディが『石英』の能力に目覚めたタイミングの直後である。
(……嫌な予感がするな……)
こちらが新たな手の内を見せると、それを模倣するかのように使ってくる。戦場が離れているのにもかかわらず、だ。
もしそれが事実ならあまり手の内は見せたくないが——各場所とも、そうも言っていられる戦況ではない。グリムは眉間をしかめながら、『女神像』本体を見上げる。
(……『影』、『光』、『風』を初期段階で倒せていたのは、幸運だったのかもしれないな……)
戦闘が始まってから一時間近く。その内の三体は、三十分以内に撃破している。
あの三体は、文字通り皆が命を懸けて勝ち取った勝利だ。もしあの三体までもが更なる能力拡張をしていたら、すでにこの戦い、敗北していた可能性が高い。
ふと、散っていった者たちの顔が脳裏を横切る。だが彼らへの想いを今は振り払い、グリムは戦場への注視を続けた。
「……それに……」
グリムは気づいていた。セレスやマッケマッケの放つ魔法が、その込められた魔力量の割に威力が落ちてきていることに。
「……頼むから……魔素切れだけは、起こってくれるなよ……」
もし大気中の『魔素』の枯渇が起これば、戦況は瞬く間に劣勢へと追いやられてしまうだろう。
グリムは一人、つぶやいた。
「……頼むぞ、カルデネ。『オペレーション・[フェアウェル、ハロー]』のもたらす結果が、全てを左右するかもしれない」
今、『赤い宝石』の内部で行われている作戦。
そこでは粛々と、儀式が行われていた——。
†
赤い宝石内に形成された、何もない空間——。
その内部へと侵入したカルデネは、先行していたグリムの端末とジョヴェディの姿を見て安堵の表情を浮かべる。
そして、もう一人の人物——。
「——ご無沙汰しております、アカシア様」
「やあ、カルデネ、久しぶりだね。話は『支配の杖』の中で聞いていたよ」
束ねた緑髪を持つ、妖精王アルフレードと同じ姿を持つ人物。アルフレードの手により作られた魔道具、『支配の杖』の概念的存在で、今は『魂』が宿っている人物——
——『空間の管理者』ことアカシアは、顔を少し綻ばせてカルデネを出迎えた。




