決戦[development] 11 —ハッピーエンドの条件—
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今から十日ほど前。
最終決戦へ向かうために皆が現地入りする数日前の出来事だ。
ヒイアカとナマカ、二人の姉妹はグリムの端末に秘密裏に接触していた。
「——……というワケなんだ。私たちもマッケマッケさんも、今度の戦いに参加したい。ねえ、グリム。なんとかならないかな?」
「……ふむ。事情はわかったが……いいのか? キミたちはハウメア嬢やセレス嬢から、国を任されたのだろう?」
その質問に、ナマカは苦笑しながら答えた。
「……まあねえ。でも、やるべき指示は出しといたから。別に私たちがいなくても取り敢えず国は回るし。なによりブリクセンもオッカトルも、王の帰りをみんな待っているから」
「なるほど。そういうことなら、あとはどうやってハウメア嬢やセレス嬢を言いくるめるかだが——」
グリムの言葉を、慌てた様子でヒイアカが遮る。
「ダメ、ダメ! バレたら強制的に帰らされちゃうから! だからね、グリムにも協力して欲しいんだ」
「……協力?」
キョトンとするグリムに、二人の姉妹は微笑んだ。
「『氷竜』を一人貸してもらえないかな? 最初の『大厄災』が終わり次第、範囲外から一気に向かう。マッケマッケさんも了承済みだよ。ああ、あとそれから——」
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姉妹の頼みを聞き入れたグリムは、ゼンゼリア国の端末を動かし、ブリクセンから移送した犯罪者の収容施設へと向かった。
収容者が収容されているその個室には、虚ろな目で椅子に座っている男性が一人。グリムは近づき、その男に声をかけた。
「彗丈、元気にしているかい?」
彗丈はしばらく俯いたままだったが——もう一度声をかけようとグリムが口を開きかけたところで、顔を上げた。
「……ああ、元気さ。自由を満喫させてもらっているよ」
「……人形を動かしている、のか」
「そうだよ。この世の中は美しいね……おっと、止めるなよ? 処刑されるまでの時間、旅行を楽しんでいるんだ。僕のことは放っておいてくれ」
そう言って彗丈は再び沈黙をしようとする。その彼を、グリムは引き留めた。
「今日訪れたのは、好奇心から一つ、キミに訊きたいことがあってね。キミのチートスキル、『偽りの人形師』についてだ」
目を閉じかけた彗丈は、興味深そうに顔を上げた。薄ら笑いを浮べながら、彼はグリムを見据える。
「……なんだい、今さら。前にも言った通り、僕の『偽りの人形師』はもう打ち止めだ。あの時の言葉に嘘偽りはない。心配しなくても、もう何もできないさ」
「いや、私が訊きたいのは『代償』についてだ」
一転、彗丈はその顔から表情を消した。そして、わずかに口角を上げる。
「……はん。それこそ今さらだな。まあ、教えてやるよ。僕の『偽りの人形師』の代償は『現実感の喪失』。使うたびに僕は、世界がまるで『人形劇』を見ているかのような錯覚に陥っていった。今こうして君と話していても、これが夢なんだか現実なんだか、僕には区別がついていないのさ」
一気に言って、彗丈は自嘲気味に笑った。それを聞いたグリムは、深く息を吐いた。
「……彗丈、取引だ。『大厄災』の話は聞いていると思うが、その戦いに協力してくれ。そうしたら『恩赦』を出してもいいと、ブリクセンの重鎮は言っているよ」
「……『恩赦』? どうせ死刑になる僕に、『恩赦』だって? アハハッ、頭おかしいんじゃないのか!? この国の重鎮とやらは!」
「——彗丈。そもそもキミは、『死刑』にはならない」
おかしそうに笑い出した彗丈は、グリムの言葉によって表情を固まらせる。歪な表情を浮かべながら、彗丈は言葉を絞り出した。
「……なんだって……?」
「正式な沙汰はまだ出ていないが、あの時エリスが復活してキミが去ったあと、誠司はハウメアに嘆願したのさ。『極刑だけは勘弁してやってくれ』とね。当事者の意見だ。その意向は、完全に汲まれている」
「……はは……相変わらず甘いな、誠司……いや、だからこそ、僕は君に……幸せになって欲しくて……」
「……どういうことだ? 誠司の幸せを願っていたのなら、キミはなぜ……?」
グリムはじっと彗丈を見据える。その視線を受け止めた彗丈は、不敵に笑った。
「当たり前だろう? 誠司は僕にとって、ヒーローなんだから。ただね、起伏のない物語に真のハッピーエンドは訪れない。苦難を乗り越えた先にこそ、真のハッピーエンドがある、そう思わないか?」
「……なるほど、随分な理論だな。それに巻き込まれた方は大変だと思うが……しかし、今まで理解できなかったキミの行動原理についてはよくわかったよ。キミの『誠司に幸せになって欲しい』という思いは、本物だったんだな」
「……そりゃ、そうさ。僕がこの世界で誠司に出会えてどれだけ嬉しかったか、あの時店を出す手助けをしてくれてどれほど涙したか……わかるのは、僕だけでいい」
どことなく寂しげに語る彗丈を見て、グリムは静かに目を閉じる。そして、次には目を見開き、しっかりと彗丈に告げた。
「話を戻す。『ラスボス』の登場だ。もちろん、誠司を始めとし、私たちは戦いに向かう。なので、改めて問う。このままでは誠司の物語はバッドエンドを迎えてしまうだろう。そこで彗丈、ストーリーテラーであるキミに……キミの作った『最高の人形』に、私たちは協力をお願いしたい」
「あはは! 乗せようとしているのが見え見えだね!」
彗丈はおかしそうに腹を抱えたあと、静かに立ち上がった。そして、ゆっくりとグリムの前に歩み出る。
「——いいだろう、乗せられてやるよ。詳しく話を聞かせてくれ。彼の物語をハッピーエンドにするためなら、協力は惜しまないさ」
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——『土』の戦場。
ヘザー人形——彗丈の身体に、無数の土人形が群がる。取り囲まれた彗丈だったが——戦鎚一振、爆発が起こったかのような衝撃と共に土人形を粉々に弾き飛ばした。
彗丈の足元の土が、ぬかるみ始める。それを察知した彗丈は、石英の柱に飛び乗った。
飛んできた土人形の破片をかわしたノクスが、大声で叫ぶ。
「危ねえだろ! この土は、触っただけで身体を腐らせちまうんだから!」
「なら、大人しく下がって観ていろよ、『友人A』。僕も君も、誠司の物語の端役なんだからさ」
「……な……」
彗丈は飛び、天使像に鉄槌を激しく叩きつける。土に潜ってかわそうとする天使像だったが——その一撃の破壊力は、周囲の地面ごと天使像を粉砕した。
その勢いのまま彗丈は横たわっているヴァナルガンドの元に飛び、軽々と抱え上げ、ノクスたちの方に放り投げた。慌てたマルテディが砂のクッションで受け止める。
茫然とその光景を見るノクスを背に、彗丈は再び石英の柱に飛び乗り戦鎚を肩に担いだ。
「……とはいえ、君もそこの狼も死んだら誠司が悲しむだろう? 彼の物語に、もう『悲劇』はいらない」
天使像が身体を再生させながら浮かび上がってくる。彗丈はその天使像に、戦鎚を真っ直ぐに向けた。
「このヘザー人形を作ったのは、僕だ。構造、可動域、何ができて何ができないのか、僕は全部知っている。さあ、天使像。誠司の物語に君はいらない。ご退場、願おうか」
戦鎚を向けられている天使像の顔には——初めて『苛立ち』のような表情が浮かび上がっていた。




