決戦[development] 09 —抗う者たち—
——『砂』の戦場。
ポラナは、駆け続けていた。
アルフレードの『祝福』、クラリスの『歌』。それがある限り、ポラナは駆け続ける。
「……電光、石火」
血塗れの紅い軌跡が、また一体の天使像を斬り抜けた。ポラナは分析する。この斬った時の手ごたえ、それに、ダイズが犠牲になったあの攻撃——
「——こちら、ポラナ。確信した。『砂の天使像』たちには『本体』がいる。間違いない」
グリムに通信を入れたポラナは、駆けながら冷静に辺りを観察する。
その時、砂嵐に紛れて一本の腕がポラナを掴み取ろうと手を伸ばしてきた。
「……お前か、本体は……」
天使像の腕を払いのけ、ポラナは天使像を両断する。
しかし、払いのける際に触れてしまったポラナの左手首から先は——干からび、砂となって崩れ去ってしまった。
「……ちっ」
ポラナは舌打ちをして、剣を逆手に構える。
「——続けて連絡。本体は触れたものを『風化』させる力を使う。グリム、セレスさん、メル。うちが引きつけるから、その間に打開策を」
セレスやメルコレディの攻撃をかわした天使像が、ポラナにサンドブラストを放つ。それをかわしながら、ポラナは砂の戦場を駆け巡るのだった——。
†
——『氷』の戦場。
ハウメアが、フィアが、レザリアが、『氷の天使像』に攻撃を続ける。
今や氷塊の中に閉じこもっている天使像。その氷塊から、無数の氷柱が発射される。
「フィアちゃん、下がって!」
満身創痍のフィア。ハウメアの分身体が彼女の前に駆け向かった。
「……——『護りの魔法』!」
「……ありがとう……助かったわ……」
『時止めの雪』が敷き詰められているこの戦場で膠着状態を保てているのは、まさに奇跡というより他になかった。
時止めに対し、ある程度の耐性のあるフィアとハウメア。そして、文字通り矢継ぎ早に『魔法の矢』を放ち、天使像を足止めしているレザリアのおかげだ。
しかし——その頼みの綱の『魔法の矢』も、決して無限にあるわけではない。その矢が尽きた時、この膠着状態は崩れるだろう。
(……なにか……なにか、手を考えないと……)
あのグリムですら、この『時止めの雪』には迂闊に近づけない。この戦場での頭脳であるハウメアは、奪われた思考速度で、必死に考えを巡らせるのだった。
†
——『土』の戦場。
「ライラ!」
ノクスの絶望の叫び声が上がる。
土に足を踏み出していたライラはその足を掴まれ、瞬く間に土に覆われてしまった。
「……くそっ!」
ノクスが悪態をつきながら駆け出した。『土の天使像』は消滅した、そう思い込まされていた。
だが奴は、恐らく衝突の瞬間に地中へと退避したのだろう。そして、ヴァナルガンドを撒き餌に獲物が罠にかかるのを待っていたのだ。
——『腐敗』の天敵であるライラを、確実に仕留めるために。
ライラには『身を守る魔法』が掛けられている。圧死の心配はないだろう。
問題は、窒息。生き埋め状態である今、数分の時間の猶予も、ない。
ライラが閉じ込められている土塚に向かって、マルテディが石英の道を作る。ノクスが駆け向かう。ジュリアマリアが本体を警戒する。
ノクスは腐敗を厭わず、土塚に向かって大剣を振り下ろした。飛び散る土。腐敗するノクスの身体。
その時、土塚の中から声が聞こえてきた。
「……——『毒を無くす魔法』」
その魔法は、ノクスの身体に作用し——
「……くそっ、今助けるからなっ!」
ノクスは大剣を打ちつける。しかし、多少なりとも腐敗の影響が出ている彼の身体では、自慢の膂力は十全には発揮できなかった。
「……くそっ、壊れろよおっ! セイジに……申し訳が立たねえだろうがよっ!」
「……奴が……来るっす……」
ジュリアマリアが、ポツリとつぶやく。
その視線の先には——静かな微笑みを浮かべながら浮上する天使像の姿があった。
†
「……ライラが……危ない」
土の戦場へと端末を新たに派遣したグリムはその状況を確認し、高台の上、つぶやいた。
それを聞いた誠司は——太刀を携え、ゲートに向かって駆け出していった。
「……待て、誠司! キミは動くな!」
しかし誠司は足を緩めることなくグリムに通信で返した。
「——すまないね、グリム君。私にとっての『勝利』はね……家族みんなで、家に帰ることなんだ」
「誠司!」
呼び止める言葉は、届かない。
ゲートへと入っていってしまった誠司の姿を見て、グリムは伸ばした腕を下げた。自身の失言。その言葉を聞けば、誠司は飛び出していくのは明らかだろうに——
「……もうすぐだ……もう少しなんだ。この状況を打破できるのは……」
そうつぶやいたグリムは、東の空を眺めた。




