決戦[development] 06 —もっと強く—
「ポラナちゃん!」
メルコレディの叫びが響く。すっかり動きを止めてしまったポラナに向けて、複数の『砂の天使像』からサンドブラストが放たれた。
しかし——
その攻撃は、ポラナを穿つことはなかった。紅い光の線が残像となり、地表すれすれを駆け抜ける。
「——……電光、石火」
瞬く間にポラナは一体の天使像の背後に現れていた。その天使像は、砂となり消え去る。
——『そうです、ポラナ。あなたは体格が小さい。しかしそれは、時として大きな武器になるのです』——
師、ダイズの教えが脳裏をよぎる。
剣を逆手に構えたポラナの双眸は——紅く染まっていた。
†
——『氷』の戦場。
「……どうしました、私はここです! さあ、こちらへ!」
焦りを孕ませた声を放ちながら、レザリアの一矢が『氷の天使像』を貫かんと襲いかかる。
だが天使像は氷の障壁で防ぎ、それ以上レザリアを追ってこようとはしなかった。
(……くっ! これ以上は、誘いに乗ってこない……!)
天使像は当初の作戦通り、『風』の戦場近くまではおびき出せてはいた。しかし、そこまでだ。まるで持ち場を守るかのように、これ以上は近づいてこないのだ。
天使像は攻撃を仕掛けてきた者を執拗に狙ってくるはずだ。縄張り的なものがあるのか、それとも——
(……天使像はまだ、ハウメア様たちを攻撃対象に定めている……?)
——その考えを肯定するかのように、天使像はレザリアに背を向けて戻ろうとする動きを見せた。
「……待ちなさい!」
レザリアは矢を続けざまに放つが、天使像の背後に巨大な氷の障壁が現れる。
「……くっ!」
追いかけようとするが、数歩先の足元には天使像の作り上げた雪。
レザリアは強く歯を噛み締めながら、迂回の足場を登り始めた。
「…………ハウメア……大丈、夫……?」
朦朧とする意識をなんとか繋ぎ止め、氷竜の娘フィアはハウメアの元へとたどり着く。
そこには、うずくまりながら、失った左腕の止血をしている彼女の姿があった。
「……ごめんね、フィアちゃん。このザマだ。まさか、わたしたちにすら影響するほどの『凍結』を使ってくるとはね……」
「……ハウメア……クレーメンスや、ルネディが……」
クレーメンスとルネディは、今や彫刻のように動きを止めていた。微動だにしない彼らの身体に、雪が積もっていく——。
ハウメアは頭を振りながら、片手で持つ杖を支えに立ち上がった。
「……ふう。少し吹雪は弱まったように思えたけど……また強くなってきたね……」
「……それって……」
フィアの頭に、最悪の予感がよぎる。
そしてそれは、吹雪の中『微笑み』を見せながら浮かび上がる姿を見て、現実になったと実感するのだった。
†
——『土』の戦場。
「——それでは皆さん、浮上します!」
土砂に飲み込まれたマルテディは、土中、砂の球体を作り上げ皆を守っていた。
ノクス、ジュリアマリア、右足を失ってしまったボッズ——全員無事だ。
マルテディは土の侵食を防ぎながら、慎重に砂の球体を浮上させていく。
ノクスは球体の中から通信魔法を飛ばす。
「——ヴァナルガンド、無事かっ!?」
だが、応答はない。焦りながらも残された一本の大剣をしっかりと握りしめるノクス。最後の一本だ、もう投擲は使えない。
やがて球体は、地上へと出た。マルテディはジュリアマリアと目配せをする。
「砂を展開しますっ!」
マルテディは慎重に砂の球体を解除する。現れる歪な空の光景。そして、『土の天使像』の前には——
——ところどころが腐り落ちた身体で、孤軍奮闘するヴァナルガンドの姿があったのだ。
「始祖!」
ボッズが叫ぶ。ヴァナルガンドは傷つきながらも、宙を駆けながら天使像の注意を一身に引きつけていた。
だが——天使像は微笑みながら、片手をゆっくりと上げた。
次の瞬間、地面から触れた者を腐らせる土が大量に巻き上げられた。
「……ぐぬう……」
ヴァナルガンドは駆け抜けかわそうとするが、無数の土片、そのいくつかはヴァナルガンドの身体に貼り付き、ブスブスと煙を発してその箇所を腐らせていく。
「……お前らは、近づくな。そこで見ておれい……」
そう呟いたヴァナルガンドは、怯まずに天使像へと駆け向かっていった。ノクスは大剣を構えながら叫んだ。
「マルテディ、足場を!」
「……は、はいっ!」
砂の道が伸びていく。しかしその道は、すぐさま土に侵食されてしまう。
(……どうすれば……いいの……?)
砂は土に対して、『相性抜群』ではなかったのか。マルテディは血の出るほど唇を噛み締めて、砂の能力を最大限に発揮する。
(……もっと、もっとだ……もっと、強く、固く……!)
グリムの通信で、天使像は各戦場で能力を拡張していると伝えられていた。
——なら、きっと、私たちの力も……!
マルテディは、強く、強く願う。
——その時だ、
まるでマルテディの祈りが通じたかのように、戦場に異変が起きたのは。
「……これ、もしかして、マルティさんがやったんすか……?」
ジュリアマリアは茫然としながら目の前の光景に目を見開く。
——触れた者を腐らせる、腐敗の土。そこには強固な、乳白色を帯びた鉱石の道が現れていた。
砂を強固に圧縮すると、砂岩と呼ばれるものになる。
だがこれは、更に圧縮された——結晶構造そのものが変化した『石英』の道が、そこには出来上がっていた。
光を反射するその道を広げながら、マルテディは天使像を睨む。
「足場を広げます。みなさんはヴァナルガンドさんを助けてあげてください!」
「フッ、承知!」
そう応え、ボッズが両手をつき駆け出そうとしたその時。背後から、魔法をかけられた。
「——『毒を無くす魔法』」
ボッズの身体が、対毒耐性を帯びる。彼が振り返ると、そこには白い杖を握りしめた少女がいた。
「グリムから聞いた。この土、毒なんだってね。毒なら私に任せて」
——回復魔法のエキスパート、ライラは『土』の戦場に降り立った。




