決戦[development] 05 —隙—
高台の上、後方待機箇所——。
「——『身を軽くする魔法』」
自身に魔法をかけたエリスは、グリムに向き直った。
「準備できたよ、グリム」
「わかった。合図と共に開始する」
エリスに返事をしたグリムは、各戦場に連絡を入れる。
「——ただいまより、『オペレーション・F』を開始する。余裕のない中で申し訳ないが、攻撃を合わせてくれ」
通信を受けたレザリアが矢をつがえる。セレスが詠唱を開始する。ヴァナルガンドが土砂の上に佇む天使像に、炎を放ちながら接近する。
言の葉を紡ぎ終えたエリスを見て、グリムは作戦の開始を告げた。
「——行動、開始」
その言葉を受けて、各戦場で攻撃が合わせられた。
レザリアの一矢が『氷の天使像』を穿つ。
セレスの颶風が、『砂の天使像』を吹き飛ばす。
ヴァナルガンドの炎をまとった一撃が、『土の天使像』を削り取る。
それぞれ、再生を始める天使像たち。ほんの一瞬の隙だったが——
——その一瞬は、これから危険を冒すエリスたちにとって、必要な『隙』であった。
莉奈はエリスを抱え、一瞬のうちに『女神像』本体の胸部、『赤い宝石』の前へと空間跳躍する。
「エリスさん、お願い!」
「——『空間を繋ぐ魔法』!」
エリスの魔法が、『赤い宝石』に向かって放たれる。
各地の天使像は、再生をしながら反応する。そして、『赤い宝石』に危害を加えようとする者に攻撃を仕掛けようと振り向いたが——
——そこにはもう、攻撃対象となる者はいなかった。
†
エリスを抱えて高台の上に戻ってきた莉奈は、ひと息ついた。
グリムは真剣な表情でエリスに問いかけた。
「エリス、どうだった手ごたえは?」
「うん、多分大丈夫。『守りの結界』に邪魔されずに、『赤い宝石』の中に『空間』はできたと思うよ」
「……そうか……まずは第一段階、クリアだな」
エリスの空間魔法。それは、『赤い宝石』を座標としてその内部に作り上げられた。
肉眼で見ることは叶わない、そこに無いけれども確かに存在する空間。
——エリスはその昔、ライラを助けるために誠司の中に作り上げた『空間』を、今、『赤い宝石』の中に作り上げた。
グリムは自身の端末を作成しながら、女神像をしっかりと見据えた。
「では第二段階。私にも『身を軽くする魔法』を。さあ、『オペレーション・F』がどういう結果を生み出すか分からないが、いよいよだ。莉奈、エリス、ジョヴェディ……行くぞ」
†
——『砂』の戦場。
セレスの『渦巻く颶風の魔法』でいったんは『砂の天使像』たちを掻き消すことには成功したが、奴らは再び現れてセレスたちへの距離を詰め始めていた。
メルコレディが天使像たちの足場を凍り付かせる。だがそれは、瞬く間に吹き続ける砂嵐によって覆われてしまった。
「……キリがないわね……」
魔法の無駄撃ちは、それほどできない。何しろもう一発、『オペレーション・F』の第二段階に合わせて放つ必要があるのだから。
セレスは狙撃銃で牽制しながら、徐々に後退していく。
その彼女を守るように立つのは、ダイズとポラナだ。
「……砂の圧縮砲……『サンドブラスト』と申しておりましたか。ポラナ、十分に警戒するように」
「……ええ。アレまともに喰らったら、アウトっしょ。余波でもこんなんだし」
二人の身体には、無数の裂傷ができあがっていた。『祝福』がなければ、立っていられるのも困難なほどに。
彼らは近づいてくる一体に狙いを定めて、再び駆け出した。
「さあ、合わせますよ、ポラナ!」
「はい!」
天使像が手を向ける。だがそれよりも早く、ポラナの俊撃が天使像を斬り抜けた。
砂となって崩れ落ちる天使像。再生は、しない。
(……本体じゃ、ないか……)
戦っていて気づいたことがある。天使像が増えてから、大抵の天使像はこのように傷を与えると消えてしまうのだ。
グリムの言っていた、まるで『分身魔法』に近い性質。もし仮に本体がいたとしてそれを常に見破ることができれば、状況を打破する大きな道標になるかもしれない——。
「——ポラナ!!」
「……えっ……?」
思考を巡らせていたポラナのことを、何かが突き飛ばした。
ポラナは見る、その光景を。
「……まったく……警戒するようにと、伝えたはずですよ……?」
「…………うそ…………うそ…………」
その姿を見たポラナは、イヤイヤと首を振る。
砂になって崩れ落ちたはずの天使像は——分身体かと思われた天使像『本体』は、砂を落としながら立ち上がっていた。
そして、ポラナのいた場所には、ダイズがおり——
——彼は、『砂の天使像』に抱きつかれていた。
「……ダイズさん!」
「……ポラナ……これに懲りたら、常に油断しないように……」
接しているところを中心に、瞬く間にダイズの身体から水分が失われていく。
ポラナは反射的に天使像を斬り抜けた。
「……ダイズさんを離せよおっ……!」
ポラナの一撃を喰らった天使像は砂に潜り、少し離れた場所に現れた。
彼の全身が干からび、崩れ落ちる。ダイズは最後の力を振り絞り、空を見上げてつぶやいた。
「……リナ殿……ご武運を……妖精王様……今、そちら……に……」
首が、落ちた。ダイズの身体はサラサラと砂となり、砂嵐の一部となって消えていった。
「……そ、んな……うちが……うちのせいで…………」
涙を浮かべて睨みつけるポラナの視線を受け止めながら、欺きさえも利用する天使像は、まるで嘲笑をするかのように『微笑んで』いた。




