決戦[development] 04 —考察—
高台の上、ハウメアから通信を受けたグリムは思考する。
(……足元の雪……が、トリガーなのか? まるで『土』と一緒だな。そして『凍てつく時の結界魔法』の原理、か……)
グリムの解釈では、時間の静止とは分子運動の静止を意味する。
物質の温度が下がるということは、それは分子運動が低下しているということだ。
——積もる雪に触れた者の、『急速な温度低下』——
まさに、『氷』の能力の発展した力なのかもしれない。
「……どうするの、グリム?」
莉奈が不安そうな顔で尋ねる。
——主力メンバーが集う『オペレーション・F』。
それを決行するか、いったん中止して危機に瀕している『氷』の戦場に救援を向かわせるか——
グリムは顔を上げ、苦渋の決断を皆に告げた。
「——……作戦は決行する。『氷』の戦場は……今は彼女の奮闘に期待しよう」
†
フィアは、思考の回らない頭ながらも本能的に前に出た。
それは、後ろのクレーメンスとルネディを守るため。それは、主力であるハウメアを助けに行くため。
「……わたしが……クレーメンスを……みんなを……」
景色が歪む。寒さを意に介さない氷竜すらをも鈍らせるほどの、体温低下。
今やうずくまってしまっているハウメアに、天使像は手を向けた。
「……だ、だめ……」
無駄だと分かりつつも、フィアはハウメアに向かって必死に手を伸ばす。
が、その時。意識の外からその攻撃は飛んできた。
——トスッ
天使像の眉間を、ひと筋の矢が穿ち抜いた。反動で仰け反った天使像は、その攻撃の出どころの方を向く。
「——お忘れですか? あなたの『吹雪』の外にいる、私のことを」
そのエルフは直感で危険を感じ取り、雪の積もっていない場所から攻撃を仕掛けていた。
天使像は彼女を攻撃対象に定める。しかし彼女は、身軽に動き回って的確に天使像を射抜いてゆく。
『——……ウ……ウ、アアアァァッ……!』
ハウメアの攻撃で再生能力の低下している天使像。その再生の隙を突き、彼女の必中の矢は次々と放たれていく。
「さあ、私の懐に入ってきてごらんなさい。それができるのであれば、ですが」
——世界最高の狙撃手、漆黒の瞳を宿したレザリアは、二百メートル先から『氷の天使像』を見据えるのだった。
†
——『砂』の戦場。
『——レザリア。『風』の戦場の方へ引きつけるように戦ってくれ』
レザリアに通信で指示を出したグリムは、思考する。
現在、『女神像』の前面に位置していた『天使像』、左から『風』、『影』、『光』は撃破済み。
後方の戦場は左から『氷』、『土』、『砂』だ。レザリアが『氷の天使像』を隣接している『風』の戦場の方へと上手く誘導してくれれば、『天使像』同士の合流の可能性は低くなるだろう。
そして、目の前の『砂の天使像』。できればこちらも『光』の戦場の方へと誘導したいが——。
(……まったく……まだ、数が増えたギミックすら解明していないというのに……)
天使像の一体が、増やしたグリムの端末の一体に手を向ける。そしてそれは、放たれた。
——パンッ
グリムの肉体が、弾け飛ぶ。肉片が削げ落ち骨が剥き出しになったその個体は倒れ込み、流砂に飲み込まれていった。
(……まるで、サンドブラストだな)
——サンドブラスト。砂などを圧縮空気と共に高圧で放ち、金属製品の表面などを加工する技術のことだ。
例えるなら、エリスの『空間魔法』やセレスの『風魔法』に砂を組み合わせたような厄介な攻撃——まるで各地で行われているこちらの攻撃を、学習しているかのような不気味さを感じる。
「……と仮定すると……この増えた天使像たちも、『分身魔法』の応用に近いのかもしれないな」
その仮定通りだとすると、心配なのは、『魔素』。
自然現象を操る『厄災』の力に、『魔素』は影響しない。だが、もしも『天使像』がいま使っている『応用』した攻撃に、『魔素』が使用されているとするのならば——
グリムは皆に情報を共有しながら、駆ける。道なき砂の上を、流砂に飲み込まれながらも、なお。
——しかしグリムの足止めでは抑えきれず、『砂の天使像』たちはセレスたちの方へと向かっていった。
†
——『土』の戦場。
現象を観測しながら、グリムは思考を続ける。
「……『砂』での仮定が事実だとするならば、こちらは『毒魔法』、あるいは『腐毒花』の持つ毒性を参考にしたのかもな」
土に触れた者を腐らせる能力。
だがそもそも、『影の天使像』が使った『影による侵食』。あれはこちらの攻撃を学習したとは言い難い。
学習、発展、応用——それは滅びの使命を持つ者の本能なのだろうか。グリムは顔をしかめながら、端末をばら撒いていく。
——検証の結果、戦場全面の『土』が、触れた有機物を腐敗させることが判明した。
更にはぬかるみ、その土に全てを飲み込んでいくという——。
宙に立つヴァナルガンドは青炎を吐きながら、天使像を守るように立つ土壁を睨む。
「……まったく。埒があかんのう」
現状、『土の天使像』の足止めをできるのはヴァナルガンドだけだ。地に足をつけられない今、こうして空中から牽制することしかできない。彼の性分には合わないが、今はこうして足止めさえ続けられれば——
その時、ジュリアマリアが大声で叫んだ。
「……逃げて! 最大級の嫌な予感がするっす!」
その言葉を聞いた皆に、緊張が走る。もはや行動原理の根拠とすらなっている彼女の『嫌な予感』。それが、発令された。
天使像は、微笑みながら両手を広げた。空へ駆けるヴァナルガンド。砂の障壁を展開するマルテディ。
直後、巨大な土壁が地面からそびえ立つように現れた。
瞬時にして現れた、見上げるほどのその土壁は——
——次の瞬間には崩れ、全てを飲み込むかのように戦場を覆い尽くした。




