決戦[development] 03 —静止—
——『土』の戦場。
「……くそっ!」
ノクスは大剣を拾い上げ、投擲する。土の障壁を張り防ぐ天使像。その上空から、ヴァナルガンドの遠吠えが鳴り響く。
「——……ゥゥオオオオォォォォーーーン……」
遠吠え一つ。そして、二つ。
土の天使像目掛けて、無数の青炎が降り注いだ。
その光景を前に、獣人ボッズは斧を杖にして身体を引きずってきた。
「……大丈夫かい、ボッズよお」
「ふん、問題ない」
少し土に触れただけで腐り落ちてしまった彼の右足。ノクスの心配する声に、にべもなく返事をした彼は斧を背中に担ぎ、獣のように両手を地につけ前傾姿勢をとった。
「……馬鹿、無理すんじゃねえ」
「そうは言っても、ノクスよ。お前の大剣も、そろそろ底をついてしまうだろう?」
「まあ、な」
アルフレードの用意した大剣は、今や数えるほど少なくなっていた。
この長丁場だ。投擲した大剣も拾い上げて再度利用していたが、その大半は土に飲み込まれてしまっている。
幸運なことに、今の段階で地面に散らばっている大剣はどれも腐食していないが——少なくともボッズの身に起こった現象を見る限り、迂闊には拾いに近づけない。
額に汗を流すノクスを横目で見て、ボッズは鼻息を吐いた。
「どちらにせよオレたちの役割は、限界までヤツを引きつけることよ」
「違えねえ」
今、マルテディは力を一点に集中させ、ノクスたちの足元に強固な砂の足場を作り上げている。侵食する土。それをさせまいと覆い被さる砂。
比較的肉弾戦と相性がよかったはずが、一転して最悪の相性に——現状、この戦場で頼りになるのは、空を駆ける神狼、ヴァナルガンド、ただ一人だ——
——と、誰もが思った、その時。
青髪の女性が、駆け寄ってきた。
「……グリム、おめえ!」
ノクスの方をチラリと見たグリムは、砂の足場を通り過ぎたところで立ち止まる。
土に触れ、足元から腐敗していくグリムの身体。しかしグリムの再生スピードはそれを上回った。
「……ふむ。どうやらこちらも、仮説の立証が必要そうだな」
グリムは観察する。腐敗する身体、散らばっている大剣は無事。グリムは自身の指を何本も斬り落として、土に向かってばら撒くように放りなげる。
それらは例外なく、腐敗して土に飲み込まれていった。
「……範囲は広大。キミらは絶対に土に触れるな。私とヴァナルガンドが、なんとかこの場は引きつける」
グリムは端末を増やしながら、ヴァナルガンドに通信を入れた。
「——キミは攻撃の手を緩めずに上空から炎を撃ち続けてくれ。何とか突破口を見つけてみせる。私ごと、やれ」
†
——『氷』の戦場。
ハウメアの数多の魔法が、『氷の天使像』に襲いかかる。
何とか氷の障壁を張り防ぐ天使像だったが——
——圧倒。
今やハウメアは、『分身魔法』でもう一体のハウメアを作り上げ、息をもつかせぬ連続攻撃を仕掛けていた。
それを見るフィアは、茫然とした様子でクレーメンスに漏らす。
「……ハウメア……強すぎない……?」
「ああ。彼女は氷人族、君たち氷竜の血を引く者だ。そして——」
極寒の吹雪の中、ハウメアの魔法は加速していく。
「——血を積み重ねていった氷人族は、『寒ければ寒いほど魔力が増大する』といった特性を獲得した。この戦い、もうすぐ決着がつくかもな」
「——ふうん。なら、私は別の場所に行った方がよかったかしら?」
突然、声がかけられた。二人が驚いてその声の方を向くと——地面からルネディが現れた。
「……ルネディ、か。援軍、感謝する」
「ふふ。でもこの寒さ、たまったもんじゃないわね。あなたたち、ここにいなさい」
そう言ってルネディは、吹雪を避けるように半円状の影のドームを作り上げた。寒さにさらされていたクレーメンスは、深く息を吐く。
「ありがとう、ルネディ。これなら俺の炎の『魔剣』で、暖をとれそうだ」
「どういたしまして……ねえ、ハウメア。できることなら早くしてちょうだい」
そのルネディの声が聞こえたのか、ハウメアはわずかに口角を上げた。
「じゃあ、特大のいくよー。ルネディ、クレーメンスたちをしっかり守ってねー」
「わかったわ」
ハウメアは言の葉を紡ぎ始めた。魔力が増大する。魔素が収束していく。
これなら——影の隙間から、傷口を抑えながらフィアは見る。氷の天使像を牽制するハウメアの分身体。その背後から紡がれるハウメアの言の葉。
これで終わる——はずだった。
フィアは見た、見てしまった。
——天使像が『微笑み』を浮かべて、両手を広げるのを。
(……あれ……?)
フィアの頭の動きが、鈍くなる。彼女たちを覆っていた影のドームが消え失せる。
「……どう……したの……?」
フィアが微睡みながら、クレーメンスとルネディの方に首を回すと——
——二人の動きは、静止していた。
まるで、時間が止まってしまったかのように——
「……ハウ……メア……」
異変を感じたフィアがハウメアの名を呼びながら向くと——
分身体は消え失せ、詠唱を中断し、霞んだ意識を払うかのように頭を振る彼女の姿があった。
ハウメアは杖をつき、身体を支える。
「……まいったね……いくら氷人族が寒さに強いと言っても、これは……」
天使像は、ハウメアに掌を向けた。ハウメアは急ぎ、グリムに通信を入れる。
「——……グリム……足元の雪、氷人族に伝わる『凍てつく時の結界魔法』の原理……奴は、進化した……」
そこまで伝え終え、ハウメアは詠唱を開始した。天使像から、氷の渦が放たれる。
「——……『護りの……魔法』……」
その魔法は、完全に攻撃を防ぐことは叶わず——
——前に突き出したハウメアの左腕は凍りつき、砕け散った。




