決戦[development] 02 —展開—
†
——『氷』の戦場。
この戦場は、今、吹雪に覆われていた。
「……大丈夫かい、クレーメンス」
「……ああ。問題ない、エンプレス・ハウメア。この滾る炎がありさえすれば」
氷人族の血を引くハウメアや、氷竜のフィアであればこの体温を奪う吹雪の中だろうが問題ない。
人間族であるクレーメンスは、刀身にまとわせた炎を燃やして極寒を耐え抜く。
そして、最前線で天使像と渡り合っている莉奈は——
「………………」
——無言で『空間跳躍』を繰り返し、幾度も天使像を斬り抜けていた。
彼女の得意とする『防寒魔法』で寒さの影響は最小限に抑えられている。雪の足場も、空を舞台とする莉奈には何の影響も与えない。
更に——
——トスッ、トストスッ
——魔法の矢が、天使像を貫いていく。吹雪の外から援護射撃をする、レザリアだ。
莉奈が天使像の注意を一身に引きつけているので、現在のところ他の者には余裕ができていた。その隙に回復を試みる、クレーメンスとフィア。
その時——グリムから、全体に向けて通信が入った。
†
「——『オペレーション・F』の展開を開始する」
各地で戦う者たちは、戦闘を繰り広げながら静かに聞き入る。
「——これから名を上げる者は、私の指示通りに動いてくれ。まずはライラ。キミは後方待機、誠司を守ってやってくれ」
通信を受け、強く頷くライラ。
「——そして、エリスとジョヴェディ。キミたちも後方待機箇所に集合、高台に来てくれ」
エリスとジョヴェディは目配せをし合い、頷いた。
「——ルネディはとりあえず『氷』の戦場へ。莉奈と交代、莉奈は抜け次第、こちらへと戻ってきてくれ」
その通信が入るなり、影に潜り移動を開始するルネディ。莉奈は無言で頷く。
「——配置変更については以上だ。『光』、『影』、『風』の三体を倒したことにより、『女神像』の前面を守る者はいなくなった。今がチャンスだ。各自、残りの天使像を引きつけ続けてくれ。最後に——」
ハウメアは聞き入る。一つの号令を期待して。そしてついに、彼女の待ち望んでいた言葉が、放たれた。
「——各地、『魔素』の使用を解禁する。待たせたね、ハウメア、セレス。連発は避けて欲しいが、その力、存分に振るってくれ」
†
再び『氷』の戦場。
莉奈と相対する天使像の背に、一発の黒刃が突き刺さった。
反射的に氷の障壁を張る天使像。
だが——
——無数の鋭刃が一斉に天使像に向かって飛び、次々とその氷の障壁を削っていく。
「……ハウメアさん……」
莉奈は振り返り、見る。詠唱をしながら前に歩み出てくるハウメアの姿を。
その彼女の周囲には——漆黒の千刃が浮かび上がっていた。
「……待たせたね。ここはわたしの場所だ。ルネディを待たなくていい。リナちゃんは作戦のために、戻ってくれ」
「……でも」
氷の天使像は新たな脅威を認め、ハウメアに無数の氷柱を発射する。
しかしハウメアから放たれた千の漆黒の鋭刃が、それらを呆気なく削り落とした。
『…………アアアアァァッ…………!』
漆黒の刃が次々に天使像に襲いかかる。ハウメアは天使像に杖を向け、更に言の葉を紡いだ。
「——『闇深き鋭刃の魔法』」
氷の女帝、『北の魔女』ハウメア——
——彼女の双眸は、深く蒼い光をたたえていた。
†
——『砂』の戦場。
砂嵐の中に浮かび上がる、十体もの天使像の姿。ダイズとポラナは歯噛みをしながら一体の天使像目掛けて斬りかかった。
「——電光石火!」
鍛錬により隙をなくしたポラナの俊刃が、天使像を斬り抜けた。しかし天使像は掻き消えて、新たな場所へと出現した。
「……ちっ、ふざけんなしっ!」
ここまで数が多いと、メルコレディもどこに足場を作ればいいか咄嗟には判断できない。
——戦いを通して積み上げてきた三人の連携は、呆気なく崩された。
徐々に迫り来る、十体を超える天使像。
焦りが、募る。それは決して、身の危険を感じているからではない。もし奴らに気を取られている内に、その中の一体でも他の天使像に合流されてしまったら——
——その時、戦場を嵐が駆け抜けた。
「——『渦巻く颶風の魔法』!」
砂漠を横断する、強大な竜巻。
天使像たちはある者は砂嵐、ある者は砂の障壁を張って防ごうとするが——
——それすらをも飲み込んで、竜巻は吹き抜けていった。
狙撃銃を肩に担ぎ、ゴーグルを掛けた女性が歩いてくる。
「あら。なんかウジャウジャいたわね。大丈夫?」
「……セレスさん!」
「これは、セレスお嬢様……」
「セレスちゃん!」
ポラナ、ダイズ、メルコレディは、頼もしい援軍の到着に顔を綻ばせる。
セレスは軽く息を吐いて、笑顔を返した。
「私ね、風の魔法は得意なの。ここは私に、任せてちょうだい」
見ると、再び砂嵐は起こり始め、天使像の数はまたもや十体ほど出現していた。
セレスは言の葉を紡ぎ始める。
「——『渦巻く颶……』」
「ていっ。解禁したとはいえ、魔法の無駄撃ちは控えてもらおうか、セレス嬢」
何者かの手刀が、セレスの後頭部を打った。頭を抑えながらセレスは振り返る。
「……グリム……ごめんなさい、つい。でも、そんなこと言ってられる状況かしら?」
口を尖らせるセレスの肩に手を置いて、トレードマークのゴーグルを掛けたグリムは前に出る。
「ああ、まずは奴の現象を解明しなくてはな。直接戦闘だと足手まといになってしまうが、こういうのは私の得意分野だ、任せてくれ」
端末として各場所に派遣していたグリムは、つぶやきながらメルコレディの作った氷の道を歩き始める。
「……『蜃気楼』、『砂の彫像』、『分身体』、『全てが本体』、いろいろと考えられるが……そうだね」
グリムは短刀を抜き、構えた。
「——仮説は、立証しなくてはな」
砂の天使像は、変わらず不気味な微笑みを浮かべていた。




