決戦[introduction] 10 —花畑—
†
『——……莉奈。瘴気の中の映像を、私に飛ばしてくれ……』
「——……うん」
莉奈はグリムの指示通り、瘴気内の天使像の様子を彼女の脳内に飛ばした。
徐々に崩れていく天使像の姿。レザリアの放つ矢が、正確に天使像を穿ち注意を引きつけている。しかし、エルフ達も一人、また一人と倒れていっていた。
「……みんな……もう、やめて……」
莉奈は懇願するように、エルフ達に声を飛ばし続ける。その声に応えるかのように、ナズールドの声が聞こえてきた。
『——やあ、リナ。安心してくれ。何とかなりそうだ』
「——……ナズールドさん! みんなが……みんなが……」
『——大丈夫だ。集落には子供たちや育む者は残してきてある。私たちエルフ族の血は、途絶えやしないさ』
「——……でも……ナズールドさんたちが……!」
『——……この戦い、勝利を祈ってるよ。私たちの一族が、安心して暮らせる世界を……』
そこで、通信は途絶えた。莉奈はしっかりと、紫色の瘴気を見つめ続けるのだった。
†
「——レザリア=エルシュラント、瘴気内に入ります。解毒魔法の準備を」
レザリアは天使像にとどめを刺すために、瘴気内部へと向かっていた。しかし、その彼女に通信が入った。
『——だめだよ、レザリアは来ちゃ』
「——ニーゼ!」
聞き慣れた声に制止され、歩みを止めるレザリア。彼女との通信は続く。
『——リナはレザリアが守るんでしょ? 私の分までしっかり守ってあげなかったら、承知しないんだから』
「——…………聞かせてください、ニーゼ……天使像は、倒せそうですか?」
『——当たり前じゃん。だから、レザリア、安心して。エルフ族の次期リーダーなんだから、頑張んなね!』
「——……………………」
レザリアのいる地面を、雫が濡らした。彼女は顔を上げ、ニーゼに通信を返す。
「——……わかりました。あなた達の行った誇り高き行動、必ずや、後世に伝えてみせますゆえ」
「——……ふふ……よろしくね……レザリ……ア……」
ニーゼからの通信は、そこで途絶えた。
†
瘴気内に残っているエルフは、もはや数人程度にまで数を減らしていた。そして、五体が無事である者は、誰一人として、いない。
先に倒れた同胞たちの身体が、ズブズブと崩れ落ちていく。チゼットは矢筒の中身を全部ぶちまけて、言の葉を紡いだ。
「——『木に花を咲かせる魔法』!」
新たな腐毒花が供給される。ミズレイアは最後の力を振り絞って、ゾルゼに魔法を唱えた。
「——『毒を無くす……魔法』……」
ミズレイアが崩れ落ちる。それを振り返ることなく、ゾルゼは目の前の天使像に斬りかかった。
「……フンッ!」
衝撃で、身体から千切れ離れる彼の両腕。しかしその剣は、かろうじて繋がっていた天使像の首を撥ね飛ばした。
『…………ァァ……ァァッ…………』
地面に転がり、最期の声を上げる天使像。やがてそれは、再生が追いつかずズブズブと沈んでいった。
——風が、止む。腐毒花が散っていく。
「……やったぞ、皆……」
ゾルゼが振り返ると、立ち上がっている者は誰一人としていなかった。その光景を見た彼も、静かに崩れていくのだった——。
†
「……なんで……みんな……」
莉奈は茫然とした様子で、瘴気の晴れた地に降り立った。そこには亡き骸と呼べるようなものは何もなかった。
後ろからレザリアが近づいてくる。
「……リナ。さあ、次の戦場へ」
「……レザリア……みんなが……」
「……ええ。皆の勇姿、このレザリアの心の中にしかと刻み込まれていますゆえ」
振り返ると、レザリアは強く歯を食いしばっていた。莉奈は少しだけうつむいたが、やがてその顔を上げた。
「……分かった。行こう、みんなのために」
「……はい……少々お待ちを」
レザリアは目を瞑り、静かに言の葉を唱えた。
「——『木に花を咲かせる魔法』」
辺り一面に、色とりどりの美しい花が咲き誇る。
その光景を背に、二人は次の戦場へと走り出した——。
†
エルフ達の覚悟は実り、二体目となる『風の天使像』の撃破に成功した。
グリムは皆に通信を飛ばす。
「——……二体目、『風の天使像』を撃破。『赤い世界』での成果に追いついた。ここからが、本番だ——」
彼女はシミュレートする。この世界での『厄災』戦での観測データ。『赤い世界』での観測データ。
——そして何より、ナズールドたちが遺した成果を。
「——仮説は立証された。『永久不変』の再生能力は、少なくとも短期間では『底』がある。皆、諦めずに抗ってくれ——」
攻撃を続けることができれば、いずれ光明は見えてくる。
その事実は、果たして毒となるのか薬となるのか——
——戦場は、激戦を繰り広げている他へと移り変わる。




