決戦[introduction] 09 —十や二十—
一方、『風の天使像』の戦場では——
「……なにやってんのよ……お願い……戻って……!」
——眼下で繰り広げられるエルフ達の行動を見た莉奈の、悲痛な叫び声が響いていた。
シズルの鳴らす草笛の音を合図に、彼らは一斉に動き出した。
吹き荒れる暴風を厭わず、矢を放ちながら距離を詰めていくエルフ達。
『風の天使像』の注意が、エルフ族達に向く——。
だが。
「——よそ見をしている、場合ですか?」
——トスッ
暴風の隙間を縫って、レザリアの一矢が天使像を穿った。エルフ族達から気を逸らさせるように、レザリアは矢をつがえ駆け出してゆく。
暴風の余波で、何人かのエルフが切り刻まれ倒れ込む。しかし彼らは、血まみれの身体で立ち上がって再び歩き出した。
「……みんな……止まってよ……」
皆の脳内に声を飛ばすが、誰一人として反応しない。
上空に浮かぶ莉奈は、泣き出しそうな声でグリムに通信を入れた。
「——……グリム……見えてるでしょ? みんなを止めて!」
『——エルフ族に告ぐ。急いで所定の位置に戻れ。勝手な行動はしないでくれ』
しかしその毅然と放たれる指揮官の指示に、誰からも返事は返ってこなかった——。
その地表では。命令違反を犯しているエルフ族の一人、チゼットが隣にいるゾルゼに笑いかけた。
「……グリムさんの指示を無視するからには、失敗は許されないな、ゾルゼ。何としてでも、成功させなければな」
「ああ、無論だとも。この戦いを勝利に導くため、我らの命の十や二十、惜しくもなんともないわい」
傍らではミズレイアを始めとする魔法の使い手が、皆に解毒魔法を施している。
風に抗い進むエルフ達は、ついに目標地点に到達した。
「ナズールド、範囲内についたよ」
ニーゼの報告を聞き、シズルに支えられているナズールドは声を張り上げた。
「では、始めてくれ。勝利を、捧ぐために!」
風に混じり応じる声が伝播する中——エルフ達の言の葉は次々と紡がれていった。
「「——『木に花を咲かせる魔法』」」
†
「……馬鹿な……何をやっているんだ……」
高台の上にいるグリムは、呻く。エルフ達は他の戦況が落ち着くまで『風の天使像』を引きつけておく、その役割だったはずだ。
エルフ達に矢を放ち続けさせたのは牽制のためであって——こんなことをさせる為にやったんじゃない。
いつかの、ヴェネルディ戦の光景が頭をよぎる。
——そう。彼らは今、『風の天使像』の周りに『腐毒花』を咲かせていた——。
†
戦場は、瞬く間に紫色に染め上げられていた。
エルフ族達が今まで放った無数の木の矢——それを媒体として、この戦場には腐毒花の花畑が出来上がっていた。
その光景を上空から見下ろす莉奈は、涙を流しながら首を横に振る。
「……やめて……やめてよ……」
その時だ。レザリアから通信が入った。
『——リナ。瘴気に巻き込まれないよう、距離をとって下さい。天使像は私が引きつけますゆえ』
「——……レザリア! みんなを止めて!」
莉奈の声に沈黙をしていたレザリアだったが、やがて通信を返してきた。
『——私たちは誇り高きエルフ族です。必ずやり遂げて見せますので、リナは見守っていてください』
「——……ダメ……ダメだよう……」
苦しい表情を浮かべて、莉奈は瘴気内へと意識を飛ばした。
そこでは——皆が輝く意志を持つかのように、突き進む姿が映し出された。
†
「——『毒を無くす魔法』」
「——『木に花を咲かせる魔法』」
エルフ達の魔法が飛び交う。それでも、瘴気の毒に蝕まれていくエルフ達。彼らの身体は、既に紫色に染まっていた。
ナズールドはよろめきながらも、また一歩前に踏み出す。
「……ゴホッ……なあ、シズル。妖精王様の『祝福』がなければ、とても耐えられなかっただろうね」
「ええ、ナズールド。妖精王様は事前に『祝福』について私たちに告げてくださった。感謝しなければなりませんね」
アルフレードの慈悲。千年間共に暮らしてきたこの一族への誠意、『祝福』の詳細。
彼らはその『祝福』の効果を聞かされた時から——この役割を果たすことを、心に決めていた。
ヴェネルディ戦の顛末は、レザリアから報告を受けていた。エルフ族に伝わる『木に花を咲かせる魔法』。エルフ族の得物である木の弓矢。
実に自然と共に暮らす彼ららしい戦法じゃないか。皆はこの戦いに勝利するため、満場一致でこの作戦の決行に賛成をした。
ナズールドは紫色の瘴気の中、睨む。果たして『風の天使像』は——
『……グ……ギ……ギィアアァァ……』
——風の障壁を身にまとい、瘴気を吹き飛ばそうと足掻いていた。
その身体は、未だ原型を保っている。その時、ついに耐えられなくなったエルフが倒れ込む姿が目に入った。
(……駄目……なのか……?)
ナズールドの目に失意の影が差す。なんとか立ち上がり持ち直す者、そのまま動きを止める者——
——しかし、『運命』は彼らに味方した。
『…………ァァアアアァァッッ…………』
天使像の身体が、わずかに崩れ落ちた。腐毒花の瘴気による侵食ですら追いつく再生能力に見えたが——ついに綻びが見え始めた。
ナズールドはほくそ笑み、グリムに通信を入れた。
「——こちら、ナズールド。見えるかい?『天使像』の再生能力は無限じゃない。攻撃を続けていれば、いつかは再生が追いつかなくなる時がくる。戦いに、役立ててくれ」




