決戦[introduction] 07 —英雄—
——『影の天使像』の戦場。
「——『灯火の魔法』!!」
宙に立つビオラから、想いを込めた灯火が地上に向かって放たれる。
その眩ゆいばかりの光は、地表から掴み掛かってくる『影の手』の力を弱らせた。
地下に逃げる『影の天使像』本体は、地中に潜ませてあるジョヴェディの分身体が牽制している。
月の力がない今、天使像は影の障壁を張れない。側からみれば、圧倒的にこちらが優勢だ。
だが——地中への移動を繰り返す相手を前に、膠着状態は変わっていなかった。
戦況を見守るエンダー。早くこの天使像を撃破しなければ、その分、各場所で戦っている仲間たちが危険にさらされることになる。
エンダーたちに与えられた役割は、『影の天使像』の早期撃破。それを成し遂げることなくして、この戦いに勝利はない。
(…………よし……『祝福』っていうヤツを受けた、今なら……)
エンダーが決意をしたその時、ビオラから通信が入った。
『——……エンダーさん、聴こえる?』
「——はは、奇遇だね。僕も今、君に連絡しようと思っていたんだ」
『——……じゃあ』
「——……ああ」
遠く目配せをして、頷きあう二人。牽制の『光弾の魔法』を撃ちながら、エンダーはグリムに通信を入れた。
「——やあ、グリム。一時的に大量の『魔素』を使わせてもらうよ。どうか『僕たち』に、許可をくれ」
†
——『光の天使像』の戦場。
その場所では、翼膜を射抜かれたサンカが地上に落ちてきた。
ライラが駆け寄り、竜の姿のサンカに魔法を唱える。
「——『傷を癒す魔法』!」
サンカは人の姿を形取って、頭を振りながら立ち上がった。
「……っつぅ……大きい姿だと、分が悪いみたいね」
見ると、彼女の身体のあちこちに光線で射抜かれた穴が開いていた。空から降りてくる天使像を牽制しながら、エリスはサンカを庇うように前に立った。
「サンカ、無理しないで! でも、まいったねえ……」
「……ええ。アイツも空、飛べるんだもん……」
『光』は空気中を移動できる。サーバトや、『赤い世界』の天使像は使ってこなかった能力だ。
その戦いの様子を、端末を通して見るグリムは考える。
(……空を移動する相手……渡り合えるのは、莉奈、ジョヴェディ、ハティ、ヴァナルガンド……)
だが、各人それぞれの持ち場で役割を果たしている現状、早期に動かせる可能性があるとすれば——『影』の戦場だ。
——グリムは決心し、エンダーに返事をした。
「——了解した、エンダー。ただし、危険だと判断したらすぐに中止するんだぞ」
†
「——ビオラ、許可がおりた」
エンダーの通信を受けて、ビオラはきゅっと唇を結ぶ。エンダーは続けてジョヴェディに声をかけた。
「ジョヴェディ。君は『光の天使像』の方に向かってくれ」
「……ぬう? どういうことじゃ」
——最優先事項は、『影の天使像』の撃破ではなかったのか——?
眉をしかめるジョヴェディに、エンダーは笑いかけた。
「はは、あっちは人手不足のようだ。ここは僕たちが何とかする。君は一秒でも早く、加勢に向かってくれ」
「……だから、どういうことじゃ!」
エンダーの目を覗き込むジョヴェディは、彼の目から不穏な気配を察した。あの、全てを悟ったかのような目。
——そう。まるで、リョウカが全ての覚悟を決めた時のような——
次の瞬間、エンダーは『影の天使像』目掛けて駆け出していた。彼は駆けながら大声を上げる。
「いけ、ジョヴェディ! 僕たちに構わずに!」
「待て! 犬死にする気か!?」
天使像は、『微笑み』を浮かべながら両手を広げた。構わずに杖を携えて駆け行くエンダー。
その時。
空からビオラが言の葉を紡ぎながら降り注いだ。
「——『凍てつく時の結界魔法おっっ』!!」
——現在、この戦場はジョヴェディの分身体四体によって『時止め』の結界が構築されている。
それでも『天使像』の動きを鈍くするのが精一杯なのだが——
——魔法に想いを込める天才、ビオラ。
彼女の全力の『時止め』の魔法は、今、強大な五箇所目の『結界点』として『影の天使像』に降り注いだ。
「…………ビオラーーッ!」
ジョヴェディが、叫ぶ。
ぎこちなくも動き続ける天使像。だが、ビオラの全力によって地中に逃れるほどの動きは見事、封じ込めていた。
魔力回復薬を飲み続けながら、ビオラは叫び返す。
「行って、お爺様!!」
歪に微笑む天使像の手が、震わせながらもゆっくりとビオラの身体に触れる。その触れた部分から影が侵食し、彼女の身体を黒く染め上げていく。
が。
「——さあ、フィナーレだ」
——駆け寄ったエンダーが、天使像の口に杖を突っ込んだ。天使像の手が、ゆっくりとエンダーの肩をつかむ。
じわじわと侵食する影。だが——エンダーは冷静に、言の葉を紡ぎ始めた。
『——中止だ、戻れっっ!』
グリムの通信が響き渡る。しかしビオラは、苦しそうに笑いながら応えた。
「……『祝福』の……おかげかしら……間に合いそう、ね……」
ビオラは、新年の自身の発言を思い返す——。
——「ええ、もちろん! だって、最後の年越しになるかもしれないから!」——
あれは何も、考えなしに言ったわけではない。あれは彼女なりの決意表明。あの時すでに、ビオラの心の内は決まっていた。
——この家族に、次の新年を迎えさせてあげたい。例えこの身が、朽ち果てようとも——。
——ボト、ボト……
黒く侵食した部分が、次々と欠け落ちていく。腕が、足が、臓器が——。だがビオラは、エンダーは、決して自らの行動を止めることはしなかった。
二人は、二人を見る者は、直感で感じとる。影による侵食、欠落、剥き出しになった骨。
ビオラとエンダーが助かるラインは——既に越えてしまっていた。
その光景を見たグリムは、唇を噛み締め、ジョヴェディに通信を入れた。
『——……行ってくれ、ジョヴェディ。『光の天使像』の、元へ……』
「——……青髪……」
『——……行ってくれ……』
顔を上げると、ビオラとエンダーは優しい目でジョヴェディを見つめていた。
その視線を受けたジョヴェディは——空へと浮かび上がった。
「……お主たち……任せたぞ……」
苦しそうな表情で背を向けるジョヴェディ。その背後では、結界点が眩ゆいばかりに輝きを増した——。
「……エンダーさん……いける、かしら……?」
ビオラの問いかけに、エンダーは頷く。
事前に話し合っていたことだ。『配置B』になった時、二人で何かできないか、と。ビオラの特性、エンダーの必殺。この戦場における『最優先事項』を遂行するための、賭けの一つ。指揮官には言えない、秘密の作戦——。
どうやら賭けには勝てそうだ。白い世界への扉を開く最初の鍵、『影』の天使像の速攻撃破。満足そうな笑みを浮かべたエンダーは、今、最期の言の葉を紡ぎ終えた。
(……どうだい。僕はみんなの、『英雄』になれるかな……)
彼は全ての想いを込め、言の葉を解き放った。
「——……『火光の魔法』」
『影の天使像』の身体の中を、光が弾けながら駆け巡る。
ボコッ、ボコッと膨れ上がる天使像の肉体。天使像は呻きながら身体を動かしていたが——
——やがてその光は爆発し、天使像の身体を粉微塵に消し飛ばした。
訪れる、静寂。
天使像は跡形もなく消え去った。対象の消滅を見届けたビオラとエンダーは、その場に崩れ落ちた。
ビオラの放った『灯火の魔法』の優しい光が、天から、地から、二人を包み込む。
——終わりの時間。肉体のところどころが欠け落ち、身体の大部分を失ってしまった彼らは、空を見上げながらつぶやいた。
「……やったわ……ね……エンダーさん……ナーディアお婆様、褒めてくれるかなあ…………」
「……はは、上手くいって良かったよ……これで未来に、繋げられる…………ありがとう、ビオ……ラ…………」
「……ふふ、どういたしまし……て…………」
…………————。
——二つの命が、戦場から消えた。
彼らの犠牲により、六体の天使像、最初の関門は潜り抜けた。
抗い、命を燃やす戦いは、次の戦場へと移り変わる——。




