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ライラと『私』の物語【最終部開幕】  作者: GiGi
最終部 第四章
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決戦[introduction] 07 —英雄—






 ——『影の天使像』の戦場。



「——『灯火の魔法』!!」


 宙に立つビオラから、想いを込めた灯火が地上に向かって放たれる。


 その眩ゆいばかりの光は、地表から掴み掛かってくる『影の手』の力を弱らせた。


 地下に逃げる『影の天使像』本体は、地中に潜ませてあるジョヴェディの分身体が牽制している。


 月の力がない今、天使像は影の障壁を張れない。側からみれば、圧倒的にこちらが優勢だ。


 だが——地中への移動を繰り返す相手を前に、膠着状態は変わっていなかった。


 戦況を見守るエンダー。早くこの天使像を撃破しなければ、その分、各場所で戦っている仲間たちが危険にさらされることになる。


 エンダーたちに与えられた役割は、『影の天使像』の早期撃破。それを成し遂げることなくして、この戦いに勝利はない。


(…………よし……『祝福』っていうヤツを受けた、今なら……)


 エンダーが決意をしたその時、ビオラから通信が入った。


『——……エンダーさん、聴こえる?』


「——はは、奇遇だね。僕も今、君に連絡しようと思っていたんだ」


『——……じゃあ』


「——……ああ」


 遠く目配せをして、頷きあう二人。牽制の『光弾の魔法』を撃ちながら、エンダーはグリムに通信を入れた。


「——やあ、グリム。一時的に大量の『魔素』を使わせてもらうよ。どうか『僕たち』に、許可をくれ」







 ——『光の天使像』の戦場。



 その場所では、翼膜を射抜かれたサンカが地上に落ちてきた。


 ライラが駆け寄り、竜の姿のサンカに魔法を唱える。


「——『傷を癒す魔法』!」


 サンカは人の姿を形取って、頭を振りながら立ち上がった。


「……っつぅ……大きい姿だと、分が悪いみたいね」


 見ると、彼女の身体のあちこちに光線で射抜かれた穴が開いていた。空から降りてくる天使像を牽制しながら、エリスはサンカを庇うように前に立った。


「サンカ、無理しないで! でも、まいったねえ……」


「……ええ。アイツも空、飛べるんだもん……」


 『光』は空気中を移動できる。サーバトや、『赤い世界』の天使像は使ってこなかった能力だ。


 その戦いの様子を、端末を通して見るグリムは考える。


(……空を移動する相手……渡り合えるのは、莉奈、ジョヴェディ、ハティ、ヴァナルガンド……)


 だが、各人それぞれの持ち場で役割を果たしている現状、早期に動かせる可能性があるとすれば——『影』の戦場だ。



 ——グリムは決心し、エンダーに返事をした。


「——了解した、エンダー。ただし、危険だと判断したらすぐに中止するんだぞ」







「——ビオラ、許可がおりた」


 エンダーの通信を受けて、ビオラはきゅっと唇を結ぶ。エンダーは続けてジョヴェディに声をかけた。


「ジョヴェディ。君は『光の天使像』の方に向かってくれ」


「……ぬう? どういうことじゃ」


 ——最優先事項は、『影の天使像』の撃破ではなかったのか——?


 眉をしかめるジョヴェディに、エンダーは笑いかけた。


「はは、あっちは人手不足のようだ。ここは僕たちが何とかする。君は一秒でも早く、加勢に向かってくれ」


「……だから、どういうことじゃ!」


 エンダーの目を覗き込むジョヴェディは、彼の目から不穏な気配を察した。あの、全てを悟ったかのような目。



 ——そう。まるで、リョウカが全ての覚悟を決めた時のような——



 次の瞬間、エンダーは『影の天使像』目掛けて駆け出していた。彼は駆けながら大声を上げる。


「いけ、ジョヴェディ! 僕たちに構わずに!」


「待て! 犬死にする気か!?」


 天使像は、『微笑み』を浮かべながら両手を広げた。構わずに杖を携えて駆け行くエンダー。



 その時。



 空からビオラが言の葉を紡ぎながら降り注いだ。




「——『凍てつく時の結界魔法おっっ』!!」




 ——現在、この戦場はジョヴェディの分身体四体によって『時止め』の結界が構築されている。


 それでも『天使像』の動きを鈍くするのが精一杯なのだが——




 ——魔法に想いを込める天才、ビオラ。




 彼女の全力の『時止め』の魔法は、今、強大な五箇所目の『結界点』として『影の天使像』に降り注いだ。




「…………ビオラーーッ!」


 ジョヴェディが、叫ぶ。


 ぎこちなくも動き続ける天使像。だが、ビオラの全力によって地中に逃れるほどの動きは見事、封じ込めていた。


 魔力回復薬を飲み続けながら、ビオラは叫び返す。


「行って、お爺様!!」


 歪に微笑む天使像の手が、震わせながらもゆっくりとビオラの身体に触れる。その触れた部分から影が侵食し、彼女の身体を黒く染め上げていく。


 が。



「——さあ、フィナーレだ」



 ——駆け寄ったエンダーが、天使像の口に杖を突っ込んだ。天使像の手が、ゆっくりとエンダーの肩をつかむ。


 じわじわと侵食する影。だが——エンダーは冷静に、言の葉を紡ぎ始めた。


『——中止だ、戻れっっ!』


 グリムの通信が響き渡る。しかしビオラは、苦しそうに笑いながら応えた。


「……『祝福』の……おかげかしら……間に合いそう、ね……」



 ビオラは、新年の自身の発言を思い返す——。



 ——「ええ、もちろん! だって、最後の年越しになるかもしれないから!」——



 あれは何も、考えなしに言ったわけではない。あれは彼女なりの決意表明。あの時すでに、ビオラの心の内は決まっていた。


 ——この家族に、次の新年を迎えさせてあげたい。例えこの身が、朽ち果てようとも——。




 ——ボト、ボト……




 黒く侵食した部分が、次々と欠け落ちていく。腕が、足が、臓器が——。だがビオラは、エンダーは、決して自らの行動を止めることはしなかった。


 二人は、二人を見る者は、直感で感じとる。影による侵食、欠落、剥き出しになった骨。



 ビオラとエンダーが助かるラインは——既に越えてしまっていた。



 その光景を見たグリムは、唇を噛み締め、ジョヴェディに通信を入れた。


『——……行ってくれ、ジョヴェディ。『光の天使像』の、元へ……』


「——……青髪……」


『——……行ってくれ……』


 顔を上げると、ビオラとエンダーは優しい目でジョヴェディを見つめていた。


 その視線を受けたジョヴェディは——空へと浮かび上がった。


「……お主たち……任せたぞ……」


 苦しそうな表情で背を向けるジョヴェディ。その背後では、結界点が眩ゆいばかりに輝きを増した——。





「……エンダーさん……いける、かしら……?」


 ビオラの問いかけに、エンダーは頷く。



 事前に話し合っていたことだ。『配置B』になった時、二人で何かできないか、と。ビオラの特性、エンダーの必殺。この戦場における『最優先事項』を遂行するための、賭けの一つ。指揮官には言えない、秘密の作戦——。



 どうやら賭けには勝てそうだ。白い世界への扉を開く最初の鍵、『影』の天使像の速攻撃破。満足そうな笑みを浮かべたエンダーは、今、最期の言の葉を紡ぎ終えた。



(……どうだい。僕はみんなの、『英雄』になれるかな……)



 彼は全ての想いを込め、言の葉を解き放った。



「——……『火光かぎろいの魔法』」



 『影の天使像』の身体の中を、光が弾けながら駆け巡る。


 ボコッ、ボコッと膨れ上がる天使像の肉体。天使像は呻きながら身体を動かしていたが——



 ——やがてその光は爆発し、天使像の身体を粉微塵に消し飛ばした。





 訪れる、静寂。





 天使像は跡形もなく消え去った。対象の消滅を見届けたビオラとエンダーは、その場に崩れ落ちた。


 ビオラの放った『灯火の魔法』の優しい光が、天から、地から、二人を包み込む。



 ——終わりの時間。肉体のところどころが欠け落ち、身体の大部分を失ってしまった彼らは、空を見上げながらつぶやいた。




「……やったわ……ね……エンダーさん……ナーディアお婆様、褒めてくれるかなあ…………」




「……はは、上手くいって良かったよ……これで未来に、繋げられる…………ありがとう、ビオ……ラ…………」




「……ふふ、どういたしまし……て…………」





 …………————。





 ——二つの命が、戦場から消えた。



 彼らの犠牲により、六体の天使像、最初の関門は潜り抜けた。



 抗い、命を燃やす戦いは、次の戦場へと移り変わる——。





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何の犠牲もなく、とはいかないよな…
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