決戦[introduction] 04 —初動—
†
——トスッ、トストスッ
レザリアの三本の魔法の矢が、『風の天使像』を穿つ。
撃たれた勢いで身体を有り得ない方向に曲げた天使像は、そのままの姿勢で周囲に風の障壁を作り上げた。
「皆、一斉射撃を!」
次の魔法の矢を弓につがえながら、レザリアは同族であるエルフ族たちに号令を下す——。
ここ、『風の天使像』の相手はレザリア率いるエルフ族たちだ。
総勢、二十余名。彼らは天使像に向かって、矢の雨を降り注がせる。
だが、それを嘲笑うかのように天使像の周囲に竜巻が巻き起こる。放たれた矢は、全てが届かずに宙へと巻き上げられていく。
「攻撃の手を緩めないでください! 風は、私たちの味方です!」
手を緩めれば、一瞬の内に天使像は最大の攻撃を仕掛けてくるだろう。そうでなくとも、今も竜巻の余波で離れたこの場所にも強風が吹き荒れている。
そう、『風を防ぐ魔法』が掛けられていなければ、簡単に吹き飛ばされてしまうくらいには。
レザリアは、集中する。『月の集落』随一の戦士と謳われた彼女は、弓を扱わせたら右に出る者はいないと自負している。
この、『魔法の矢』の扱いにも慣れてきた。レザリアは風の流れを睨み、その中心部にいる天使像をジッと見据える。
——音が、消える。
——深く、暗く、白い道標しか見えない世界。
漆黒の瞳を宿したレザリアは、必殺の一撃を解き放った。
果たして、風の隙間を縫うように飛んでいくその矢は——
——トスッ
——見事、『風の天使像』の眉間を貫いた。
『——……ァァアアアァァ…………』
不気味な声を上げながら、風に乗り上空へと浮かび上がる天使像。それを見たニーゼが、叫び声を上げた。
「レザリア! あいつ、逃げるよ!」
だが、レザリアは次の矢をつがえ、集中を始める。そして、まるで独り言のように呟いた。
「……大丈夫です。空に浮かんだのは、失敗ですよ?」
天使像は上空へと飛んでいく。事前の作戦で最重要事項として注意されていたこと、それは『天使像同士の合流』。
このままでは、『風の天使像』は他の天使像と合流してしまうだろう。
——そう、このままでは。
その時だ。
「……空は、私の場所だ。地に落ちなさい」
——飛来一閃
一陣の風が、吹き抜けた。
その白き光——莉奈は、『空間跳躍』で竜巻の中を斬り抜けた。
両断され、落ちていく天使像。まさに思い描いていた光景を目の当たりにしたレザリアはフッと笑い、再度号令を下した。
「さあ、私のリナがやってくれました。集中射撃を!」
無防備な風の天使像に、矢の雨が降り注いだ——。
†
「——『空刃の魔法』!」
エリスの魔法が、『光の天使像』に襲いかかる。胴体に深い傷を作る天使像。だが、天使像は身体を再生させながら指先を向けた。
複数の光線が、エリス目掛けて真っ直ぐに飛んでくる——。
「——『光を防ぐ魔法』!」
しかしその光線は、ライラの張る『光無効の障壁』に全て弾かれてしまった。
「——『光を防ぐ魔法』」
続けてエリスも、障壁を重ねていく——。
ここ『光の天使像』戦は、厄介な『光攻撃』を防ぐ手段を持つエリスとライラが担当していた。
だが、防ぐだけでは駄目だ。攻撃を仕掛け続けて、注意を引きつけないと。
「——『空弾の魔法』!」
エリスの空間魔法が乱れ飛ぶ。
しかし天使像は、『時止めの結界』の効果が現れている緩やかな時の中でなお、物凄い速さで攻撃を避けかわしていた。
「速いねえ。一筋縄じゃいかないか」
「お母さん、頑張って!——『光を防ぐ魔法』!」
天使像は光線を放ち、高速移動を繰り返しながら徐々に距離を詰めてくる。懐に入られたらアウトだ。
この『光の天使像』戦では、その予測される攻撃の激しさから、緒戦は魔素量を気にせずに撃ってもいいという許可が出ている。エリスは連続して魔法を放つが——
「ふふ。無理しないでちょうだい。今だけなら力を貸してあげられるわ」
——突如、天使像が『影』に包まれた。動きを鈍くする天使像。
そして、その『影』の力の持ち主、黒のゴシックドレスを着た女性ルネディが前に歩み出た。
「さて。私ね、光って嫌いなの。少しおとなしくしてもらえるかしら?」
エリスの魔法が、影に囚われ動きを鈍くした天使像を穿つ。
「ありがとうね、ルネディ。ちょっと頼らせてもらおうかな」
影を振り解いて飛び退いた天使像の光線を『影』で防ぎながら、エリスの言葉に月下美人は微笑んで返した。
「——ええ。満月の夜の私は、無敵よ」
†
「——『爆ぜる光炎の魔法』」
ジョヴェディの光属性最大の魔法が、『影の天使像』に襲いかかる。それを地面に潜ってかわした天使像は、そのまま姿を消した。
「……フン。厄介じゃのう」
「ヒュー。凄い威力だけど、大丈夫なのかい? このまま他の天使像と合流されたらマズイと思うんだけど」
肩をすくめるエンダー。しかしその言葉に、ジョヴェディは肩を揺らした。
「……クックッ……地面にはワシがたくさんおる。奴の動きを追うだけなら、わけないわい」
そう言い残し、ジョヴェディは沈黙をする。恐らく、地中に潜ませた分身体に意識を集中しているのだろう。
地中から振動が伝わってくる。ジョヴェディの魔法だ。
——ここ、『影の天使像』は真っ先に倒すべき相手として設定されている。
地中を自由に移動できる能力。つかみどころのない影。
各『天使像』の中で、一番警戒するべき能力。事実、『赤い世界』では『影の天使像』の行動で全てが崩された。
なので、ここを担当するジョヴェディには魔素量の残量を気にせず使っていいという許可が出ている。エリスとは事情が違い、ひとえに真っ先に『影の天使像』を仕留めるために。
そして、『影の天使像』の特効人物がもう一人。
「んじゃ、ちっくら月喰らってくるわ。いいよな、グリムちゃん?」
『——ああ。現在の状況を見る限り、『光』の方はエリスとライラの二人でしばらくは凌げそうだ。ただ、短期決戦で決着を狙ってくれ』
「りょーかい!」
グリムの許可を得て、ハティは天へと駆け上がった。
——彼の能力、『月の光を喰らう』能力。
その間、ルネディが無力化されるのは痛手だが、『影の天使像』はそれほど警戒するべき相手なのだ。
杖を構えて、注意を払うエンダー。もう少し経てば、『影の天使像』の無力化に——
「……避けろ、優男!」
——突然、ジョヴェディが叫んだ。反射的にエンダーは身をかわすが——
「……ぐっ……!」
——その左腕は、地面から伸びてきた『影の手』に掴まれていた。メキメキという音の中に、骨の砕けていく音までもが混じりだす。
「……ぬう。早くせい、ハティ!」
ジョヴェディは叫ぶが、急かしたところでどうなるものでもない。あと数十秒は掛かるはずだ。
しかし、ジョヴェディが次の行動を思考するよりも速く——エンダーは言の葉を紡いだ。
「——『光弾の魔法』」
その零距離から放たれたエンダーの光弾は、影の手を吹き飛ばした。
——そう。彼の、左腕ごと。
絶句するジョヴェディを気にも留めず、エンダーは器用にポーチから回復薬を取り出して傷口に振りかけた。
「……優男……いや、エンダー、お主……」
苦悶の表情を浮かべながらも、彼、エンダーは笑顔を作り上げた。
「……ハハ、存外に痛いね。でも、大丈夫だ。右腕一本でも、魔法は唱えられる」
エンダーは見据える。地面を、未来を。
その地面からは、『影の天使像』が無表情で浮かび上がってきた。




