紡がれる決意 08 —夕焼け空—
軍議は、休憩を挟みつつも念入りに行われた。
予測される最終決戦日より一週間も前に現地入りしたのは不測の事態に備えるためでもあるのだが、情報の共有、作戦の周知、そして各人の連帯感を高めるためでもある。
「——影響する可能性は低いと思うが、一つ伝えておく。私たちは浮上中の『種』の様子を確認するために一回だけ地中の『天使像』と接触した。もし『赤い世界』とのデータに差異が見られた場合は指示を出す。その時は速やかに従ってくれ——」
不確定要素は、多い。『赤い世界』でグリムは『天使像』が反応する範囲、攻撃範囲なども確認していたが、結局そのデータが十全に活かせるかどうかは分からない。
それでも、やるべきことは決まっている。
「——繰り返しになるが、『オペレーション・F』が最高の成果を残せなかった場合、最終目標は『赤い宝石』の破壊、及びドメーニカの『魂』の消滅に設定している。それを為すためには、『誠司の生存』が絶対必須条件だ。誠司、キミは何があってもその時まで動くんじゃないぞ」
「……ああ。分かっているさ。後方待機は本意ではないが、『オペレーション・F』が上手くいくことを、祈っているよ」
一日を費やして、全体への概要の説明は終わった。翌日以降、グリムは端末を増やし各個人とのすり合わせを行う。
面談を行いながら、グリムは莉奈に問いかけた。
「莉奈。『種』の浮上は?」
「……うーん。土の中だと意識飛ばしてもよく見えないんだよね。誠司さん、何か感じる?」
「いや。五百メートル以内に近づけば、下方向とはいえそろそろ私の探知に引っ掛かるかもしれないが」
「……いや、やめておこう。引き続き私の端末が見張るが、おそらく予定通りの日付になるだろうね」
あの『赤い世界』では、『大厄災』発生前まで女神像は観測されていない。いや、そもそも近くにいた者たちは全て『大厄災』で命を落としてしまったのだが——それでも、少なくとも事前に出現していたのなら多少なりとも話題になっていたはずだ。
そのように張り詰めた空気の中でも、時間は流れていく——。
——決戦予定日まであと二日。未だ動きは、ない。莉奈は身体を動かすために、夕焼けの赤光が辺りを照らし出す天幕の外へと歩み出た。
『——フフフーフン、フフフフフン、
フフフーフーフーン……』
岩壁の上から、鼻歌が聴こえてくる。莉奈はそちらを見上げた。
(……ハティさん?)
見ると、人の姿をしているハティが夕焼けを眺めながら歌っていた。莉奈は懐かしさのあまり、ハティの元へと空間跳躍をした。
「……あ、リナちゃん……」
「ずいぶん懐かしいメロディが聴こえてきたからね。隣、いいかな?」
「……ああ」
岩壁の上に座って、夕焼けを眺める二人。
無言。静寂。沈黙——。
莉奈は居た堪れなくなり、ハティを睨んだ。
「……いやいや、鼻歌の続きを歌う流れでしょ!?」
「ん? 聴きたいのか?」
「だから来たんだけど。もしかしてそれ……シェリーさんに教えてもらったのかな?」
ハティは夕陽を眺めながら、フッと笑った。
「……ああ。シェリーがよく口ずさんでいた歌さ。歌詞の方はさっぱりだけど」
「そっか。夕焼けにピッタリの曲だね」
「そうなのか?」
「うん。私たちの国ではほとんどの人が知ってる曲だよ」
「……なんかさあ、これ歌っている時のシェリー、物悲しそうなんだよなあ」
「……まっ、歌詞もメロディもそうだからねえ」
莉奈の言葉を聞いたハティは、再び寂しそうに鼻歌を刻み始めた。
『——フフフーフン、フフフフフン、
フフフーフーフーン……』
きっと彼は今、大陸にいる転移者、シェリーこと『ちえり』のことを、郷愁に浸りながら思い出しているのだろう。
莉奈は気を遣って、静かにその場を——
「ちょ、待てよ! リクエストしておいてどこに行くんだよ!」
「いやいや、ここはスッと立ち去る流れでしょ!?」
「いやいやいや、リナちゃん、ここは歌詞の解説とかする流れじゃね!?」
どうにも噛み合わないなあ、と苦笑いを浮かべて、莉奈はその場に座り直した。
「歌詞はね、正確には思い出せないや。グリムに訊けばきっと解説してくれるよ」
「……あー。グリムちゃん忙しそうだし、それどころじゃないだろうし、終わってからでいいや」
ハティは手を後ろに伸ばして、空を見上げた。
「この赤い夕焼け空も、もしかしたら『大厄災』でずっと赤くなっちゃうかもしれないんだって?」
「……うん。らしいね」
「……夕焼け空はシェリーにとって、とても大切なんだと思う。オレ、この空をアイツから奪いたくねえ」
「……カッコいいね、ハティ。シェリーさんのこと、大切に想ってるんだね」
その莉奈の言葉を聞き、ハティは鼻を拭った。
「リナちゃん、惚れるなよ? そもそも、リナちゃんにはレザリアちゃんいるんだから」
「……待って。いろいろと誤解が生じているようだけど——」
その時だ。一匹の氷竜が飛び立っていく姿が見えた。
「……あれは、ルー?」
急いで立ち上がってそちらを見上げる莉奈。勢い余ってハティにぶつかり彼が崖下へと落ちていくが、それを気にせず莉奈はルーへと声を飛ばした。
『——ルー? どこ行くの?』
『——…………あ、リナ様……ごめん、内緒…………』
そのように言葉を返して、ルーは飛び去っていく。
首を傾げる莉奈の元に、ハティが崖下からピョンと跳ね上がってきた。
「ひっでえな、リナちゃん。これあれだぜ?『ほーていであおう』ってヤツだぜ?」
「……どんだけ偏った知識してんのよ、シェリーさん……」
明後日の夜には決戦が始まるのだろう。
莉奈は、皆は、今は迫り来る時に向けて最後の穏やかな時間を過ごすのであった。
お読みいただきありがとうございます。
これにて第三章完。次章より本物語、最後の戦いが始まります。
引き続き、よろしくお願いいたします。




