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ライラと『私』の物語【最終部開幕】  作者: GiGi
最終部 第三章
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紡がれる決意 07 —機械—






 静寂。



 果たして人は、どこまで他人に命を委ねることができるのだろうか。


 グリムの口から語られた『命を預けてくれ』。その言葉を聞き——



 絶望。不満。憤怒。



 ——その感情を露わにする者は誰一人としてなく、皆は覚悟を決めた表情でただグリムのことを真っ直ぐに見ていた。


 その視線を受け、グリムは息を吐く。


「……ありがとう。では、次に良い話を……というよりかは、我々の希望だ。『天使像』には、『実体』がある」


 グリムは紙に、距離を示す矢印を書き始めた。


「——それぞれの『天使像』間は、約五百メートル。我々は部隊を大きく六つに分け、『天使像』を合流させないように引きつけて、各個撃破を狙う。そして——」


 女神像の絵を指差し、グリムは続けた。


「——赤い世界での観測では、『天使像』を一体消滅させるごとに、『女神像』は実体を持ち始めていた。あの世界で倒せた『天使像』は二体だけだったが、もし全てを倒すことができれば、『女神像』への攻撃が可能になると私は推測している」


 皆の息づかいが聞こえる。絶望的な相手を穿つ、唯一の道しるべ。グリムは目をつむり、深く息を吐き出した。


「……だが、『天使像』は単体でも強い。加えて再生能力もある。『女神像』の放つ『大厄災』も、大きいのは最初の一回だけだが、小規模のものになると予測不能だ。都度、対応を迫られることになるだろう」


 無言。皆が戦いの様相、その苦難さを思い描く中、ジョヴェディが口を開いた。


「……聞かせい、青髪。ワシらが勝利するのは、どのくらいのもんじゃ。『赤い世界』とやらで、二体の『天使像』はワシが倒したんじゃろ?」


 静かに放たれたジョヴェディの質問に、グリムは苦しそうな表情を浮かべた。


「……キミを始めとする『厄災』三人……いや、利用したサーバトも入れれば四人か、が命を懸けてね。しかし、はっきりと言わせてもらう。それでもなお、あれは、『運が良かった』」


 ジョヴェディの眉が動く。あの『赤い世界』でマルテディ、メルコレディ、ジョヴェディが失われた時の状況は、グリムの記憶に詳細に引き継がれていた。


「『天使像』は攻撃を仕掛けてきた相手を執拗に狙ってくる。言い換えれば、全ての天使像の攻撃対象が一点に向き、『色彩』が渦巻くことになる。私たちはあの世界で奇襲を仕掛けた。そこから導き出される結論……奇襲の限界は、運が味方して二体だ」


「……ぬう。あと先考えなければ、二体、か。ワシだけならともかく、それで全滅したら洒落にならんのう」


 呻き声を上げるジョヴェディ。グリムは励ますように彼に声を掛けた。


「なに、皆が各『天使像』を引きつけた後は、キミの力に大きく頼ることになる。エリスにセレス、ハウメアもそうだ。『同時攻撃』を仕掛け、キミたちの強力な魔法で『天使像』を各個撃破、完全消滅させる。まずはそこからだ。よろしく頼むよ」


「……フン。それで、勝算は?」


 その問いに、グリムは苦笑いを浮かべた。


「不確定要素は多いが、星に知的生命体が生まれる確率よりかは高いと思うよ。さて、いったん休憩を挟もうか」







「どうしたの、グリム。休憩早いじゃん」


 椅子に座り水を飲むグリムの元に、莉奈が近づいて声を掛けた。グリムは肩をすくめながら莉奈に返す。


「……まあ、一つ一つが重要な話だ。区切りごとに頭と心を整理する時間が必要かと思ってね。休憩明けには質疑応答の時間を設けるから、キミも聞きたいことがあったら考えておいてくれ」


「……それだけじゃないんでしょう?」


 核心をつく、莉奈の言葉。彼女は心配そうな表情でグリムを見つめている。少し驚いた表情を浮かべたグリムだったが、やがて自身の震える手を広げてじっと見つめた。


「参ったね、その通りだ。正直、私の方がもたないよ。下手をすれば死刑宣告にも等しい言葉を語り続けなければならないのだからね。皆の命が私の采配に懸かっている。何億回とシミュレートを繰り返しても、最適解が見つからないんだ」


「……大丈夫だよ、グリム。ほら、見てごらん」


 莉奈は背後に回り、グリムの肩に手を乗せた。振り返り、莉奈の顔を見上げたグリムが彼女の視線の先を見ると——


 ——そこには、皆が談笑している姿があった。


「火竜の時も、ジョヴェディの時も、氷竜の時だって魔女狩りの時だってあなたがいたから今、みんなここにいるんだよ。それはみんなも分かっている」


「……莉奈……」


「だから、自信を持って、グリム。あなたの采配は『全てが必要なこと』なんだって知ってるから。今までだってあなたは、『みんなが生き残る道』を常に考え続けてきた。そんなあなたになら——」


 目の前には、アルフレードが皆のリクエストに応えて次々と家具を作り出す光景があった。驚く者、感心する者、過剰な要求をする者——ただ、そんな皆の顔には笑顔が浮かんでいた。


 莉奈はグリムの肩に置いた手に、ほんの少し力を込めた。


「——あなたになら、安心して命を預けられる」


 グリムは息を吐き、眩しそうにその光景を眺めた。


「……そうだね。すまない、少々弱気になっていたみたいだ」


「ふふ。あなたもだいぶ、人間らしくなってきたじゃーん」


 おどける莉奈の言葉を聞きながらグリムは立ち上がり、水を飲み干した。


「覚悟は決まったよ。勝利への道へと繋がる可能性があるのならば、私はこの最後の戦いにおいて——」



 グリムは莉奈の目を、真っ直ぐに見つめた。



「——どこまでも『機械』に、なりきってやる」




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