紡がれる決意 02 —残す者、残される者①—
一月中旬、オッカトル共和国、首都ケルワン。
トロア地方南部からの避難民の移送は、終わった。あとは継続して、避難民を『大厄災』の影響の及ばない地域へと分散させれば全ての避難計画は完了する。
ようやっと落ち着いた。『東の魔女』セレスは、久しぶりに彼女の自宅『201』室で、マッケマッケとの休暇を過ごしていた。
「——ようやく目処が立ったわね、マッケマッケ。ここまで順調にいくとは思っていなかったわ」
「そうですね。これも、みんなの協力あってこそです。あとは『大厄災』が、グリムさんの予定の範囲内に収まってくれれば……」
「……そうね。こればっかりは祈るしかないわね。さすがにこれ以上避難させるには、時間が足りないわ」
セレスは目を伏せ、紅茶を口につける——。
二月に現れる『滅びの女神像』、そして発生する『大厄災』。
グリムの案では、その『大厄災』を一発は撃たせる、とのことだった。そこさえ凌げば、『大厄災』はしばらくは起こらない。少なくとも、『赤い世界』ではそうだったらしい。
とはいえ、全てはその『大厄災』を封じ込めているドメーニカ次第なのだろうが——未来のデータを信じて、その隙に『滅びの女神像』をなんとかするしかない。
マッケマッケは息をつき、今や指導者に相応しい魔術師の正装をしているセレスに問いかけた。
「それで、セレス様。あーし達はいつみんなと合流するんですか?」
だが——セレスはカップをテーブルの上に置き、目を瞑りながら答えた。
「……マッケマッケ、あなたは置いていくわ」
「……え?」
信じられないといった表情で絶句するマッケマッケ。セレスは薄目を開け、テーブルの上の紅茶を見つめている。
やがてマッケマッケは、声を絞り出した。
「……どういうことですか、セレス様……世界の存亡が懸かっているんでしょう? なんであーしを置いていくんですか……?」
「簡単よ。あとを任せられるのは、あなたしかいないから」
マッケマッケは拳を握りしめる。そして、セレスが抱えているであろう決意を、震える声で言葉に出した。
「……それって……帰ってくるつもりがないってことですか……?」
「……そうね。もう国を治めるのにも疲れちゃったし、戦いが終わったらのんびりとどこかで暮らすわ」
「……嘘つきっ!」
声を荒らげて、マッケマッケは叫ぶ。セレスはカップを手に取ろうとしたが、その手はマッケマッケに押さえつけられた。
「あーしとセレス様、何年の付き合いだと思ってるんですか!? 嘘は言わないでください! セレス様、死ぬつもりなんでしょう!?」
「……ごめんなさい、マッケマッケ。死ぬつもりはないわ。ただ、それだけの相手だというだけよ」
「なら! そんな危険な相手に、なんで挑むんですか! あーしが行きます、セレス様は留守番しててください!」
「……私ね、セイジとエリスを守ってあげたいの」
その言葉を聞き、マッケマッケは動きを止めた。彼女の想い人である誠司、そして彼女の大親友であるエリス。
セレスとは長年の付き合いだ。だからこそマッケマッケは悟ってしまう。彼女の決意が、いかに儚く、そして重いものであるかを。
マッケマッケは力なく椅子に座り、つぶやいた。
「……じゃあ、一緒に行きましょうよ、セレス様。あーしだってセレス様のこと、お守りしたいんですよ……?」
「ありがとね、マッケマッケ。でも、戦いが終わったあと国を守る人がいなかったら、大切なこの場所を守れないわ」
「……セレス様」
虚ろな視線でセレスを見るマッケマッケに、セレスは微笑んでみせた。
「安心して、マッケマッケ。私はどうなるか分からないけど、何としても戦いには勝ってみせるから。だって、火竜百頭からこの街を守った人たちが集結するんですもの。きっと、大丈夫よ」
その、優しく気づかう言葉の一つ一つがマッケマッケには重く——彼女は目頭を拭って、セレスを真剣な表情で見つめた。
「それでも、あーしは連れていってくれないんですね?」
「ごめんね。国のトップの判断として、受け入れて欲しいわ」
「……分かりました」
外から子供たちの声が聞こえてくる。彼女は彼女の守りたいもののため、そして未来のために戦いに赴くのだ。決心は、固い。
マッケマッケは息を深く吐いて、目を伏せた。
「……そのかわり、必ず生きて帰ってきてください。この国は、セレス様を慕う人たちばかりなんですから」
「ふふ。約束はできないけど約束するわ、マッケマッケ。さて、私は戦いに着ていく服を買いに行くわ。あなたも一緒に行く?」
「……いいえ。セイジ様に見せても恥ずかしくない服くらい、自分で選んでみせてください」
「厳しいわね、マッケマッケ。じゃあ、どこかから連絡きたらよろしくね」
セレスは立ち上がり、部屋をあとにした。去っていくその背中を見送ったマッケマッケは、しばらく何かを考えていたが——
——やがて立ち上がり、通信魔道具の方へと向かうのだった。