家族 05 —それはこの家族の日常風景—
ドメーニカの魂の消滅——それが私たちの勝利条件だ。
でも、千年前の話を私たちは聞かされている。ドメーニカとファウスティ、その二人がヘクトールの手によって、望まぬ運命を迎えてしまったことを。
そして、『赤い世界』の話はグリムから聞いた。赤い宝石の中にいるであろうドメーニカ、彼女が『大厄災』を抑えつけていたことを。
ドメーニカ——彼女の『魂』は、赤い宝石の中で『生きている』。
ただ、『赤い世界』でのグリムの観測に基づく仮説だと、彼女の肉体は消失してしまい『魂』だけが束縛されている状態みたいなんだけど——。
私はチャプと、湯面に広がる波紋を見つめた。
「……ねえ、誠司さん……ドメーニカを助けてあげられる方法って、ないのかな……」
その言葉に、誠司さんは深く目を瞑った。
「……そうだな。現状、二月に現れるという『滅びの女神像』。そこに囚われている彼女の『魂』を解放してあげることこそが、彼女の救済だと思っている」
「……そっか……そうだよね……」
仮に女神像を何とかできたとしても、ドメーニカの『魂』をただ解放するだけでは、『滅びの女神』の存在は消えないというのがグリムの見立てだった。
『永久不変』——その主導権が女神像にある以上、やがてドメーニカの『魂』を取り込み再生してしまうだろうと。
だから、誠司さんの能力で、彼女の『魂』を斬って消滅させるしかない。それが悲しい運命を辿ってしまった彼女にしてあげられる、唯一の『魂』の救済。
私はやり切れない思いを抱き、湯面に揺れる私の顔を眺め続ける。誠司さんは静かにお酒を注いで、飲み干した。
「……ただ……期待しないで聞いて欲しい」
誠司さんの言葉に、私はゆっくりと顔を上げる。誠司さんは息を吐き出して、雪の降る空を眺めた。
「……皆、思いは一緒だよ。グリム君もカルデネ君も、何とかできないかと必死に考えを巡らせている。肉体が失われている以上、どうにもできないが……それでも、私も『彼女たち』の『魂』を斬る結果にならないよう、願っているよ」
「……誠司さん!」
複雑ながらも顔を綻ばせる私に向かって、誠司さんは目を細めて頷いた。
「でも、期待はするな。それで躊躇して世界が滅びてしまったら、元も子もないからな。例え皆から恨まれようが、その時が来たら私は迷うことなく剣を振るうだろうから」
「……うん、それは分かっている……でも、ありがとね、誠司さん」
「……ヘクトール……本当に死すべき者は千年も生きながらえ、生きるべき者たちは人生を奪われた。まったく、やり切れないな」
「そうだね。でも、私にとってみんなも『生きるべき』人たちなんだから、絶対にみんな無事で帰ってこようね」
「ああ、そうだな」
雪は、降り続ける。それを飽くことなく見続けながら、私は誠司さんに語りかけた。
「ねえ、誠司さん」
「なんだ」
「もう少し近くに寄ってもいい?」
「だめだ」
「ふふ、けちんぼー」
幸せな時間。家族の時間。この生活を、そしてみんなを守るためなら、私はいくらでも戦える。そのために私は、強くなったのだから——。
私は肩に湯を流しながら、はにかんだ。
「今からみんなも呼んでこよっか。みんなで一緒に温泉入るの。きっと、楽しいよー」
「断る。私は上がるから、その後は好きにしなさい」
「えー、温泉回だよ? 異世界作品だったら、ハーレム展開だよ?」
「ここは三次元だ。二次元の常識を当てはめるな」
「あ、そうそう。それで思い出したけど大陸の方に私たち以外にも——」
その時だ。誠司さんが何かに反応した。
「……莉奈、追い返せ!」
「……へ?」
ガララララララッ!
めっちゃ勢いよく入り口の扉が開いた。何事!? と、振り向く私の目に入ったのは——
「リナ! なんで私を置いていくのですか!?」
——バスタオルを身体に巻きつけたレザリアの姿だった。
くるりと背中を向ける誠司さん。ペタペタと歩み寄ってくるレザリア。私は立ち上がって彼女を問いただす。
「あ、あの、レザリア? バスタオルの下、水着つけてるよね!?」
バサァ!
「いえ、私は誇り高きエルフ族。裸を見られることは恥ずかしくありませんゆえ」
「あなたが恥ずかしくなくても私が恥ずかしいんだよ! 早く巻きなおせ! あと誠司さん、絶対にこっち向くな!」
「……分かっているが、そろそろ上がりたいんだ。二人とも出て行ってくれ——」
ガララララッ!
「レザリア、だめだよ、セイジ様が入っているんだから!」
「私もお父さんの背中流したい!」
続けて、着衣状態ではあるがカルデネとライラが入ってくる。おい、収拾つかないぞ、コレ。
「お姉様、大丈夫ー?」
「……ビオラ君まで……おい、エリス、何とかしてくれ」
「あははー。ごめんねセイジ、レザリアにリナの場所言っちゃったー」
「ふむ。混浴はまだ未経験だな。どういうものか見学してもいいかい?」
ひっちゃかめっちゃかの温泉の風景。頭を抱える誠司さんと私。仕方ない、私は誠司さんに抱きついた。
「みんな温泉入ってて! 誠司さん、腰のタオルしっかり押さえてて!」
「なっ……!」
「『空間跳躍』!」
次の瞬間、ずぶ濡れの誠司さんと私はリビングへと移動した。茶をすすっているジョヴェディが、ため息をつく。
「……なんじゃ、騒々しいのう」
「ジョヴェディ、誠司さんのことよろしく! 私は温泉に戻るから!」
——こうして私は、なし崩し的に『魔女の家』の女性陣と温泉を楽しむことになるのだった。
ま、さすがに誠司さんには目の毒だよね!
†
「セイジよ、お主も大変じゃのう」
「……はは、すまないね、ジョヴェディ。どうやらこれが、我が家の日常風景らしい」
「……フン。それがお主たちの、強者たる所以なのかもしれんのう。ほれ、——『乾きの魔法』」
——雪の中に灯る、森の奥の小さな明かり。
新年を迎えようとするこの家からは、笑い声が絶え間なく響くのだった。
お読みいただきありがとうございます。
これにて第二章完。次回より第三章「紡がれる決意」、始まります。よろしくお願いします。




