家族 02 —娘と母—
「エリスさーん、ただいまー!」
「ふふ、お帰りなさい、リナ。なんだか騒がしかったねえ」
台所に立つエリスさんは、お鍋の中をかき混ぜながら私に振り返った。私はエプロンを身につけ、腕まくりをして魔法を唱えた。
「——『汚れを落とす魔法』」
「ん? リナ、手伝ってくれるのかな?」
「もちろん! あの大人数、一人じゃ大変でしょ?」
そう答えながら、私は調理しているものをチェックしていく。鍋からはハーブの香りと、骨付き肉がコトコト煮える音、立ち昇る湯気——これはポトフか。
石窯に火がついているので、おそらくパンを焼いているのだろう。香ばしい匂いが漂ってくる。となると後はサラダは必須として——キノコ焼きやチーズの盛り合わせなんてのもいいかもしれない。
エリスさんは味見をしながら私に答えた。
「みんなたくさん食べるからねえ。でもね、嬉しいんだ。この家に人がいっぱいいて」
「ふふ。もう少ししたらレザリアも帰ってくると思うから、そしたらしばらくはゆっくりしててね。じゃあ私、サラダ作っちゃうねー」
「ありがと、リナ。でも、帰ってきたばかりなんでしょ?」
「気にしないでー。あっちでも料理担当だったから。それに私、料理するの好きだし」
私は野菜を丁寧に水洗いしていく。あ、そうだ。私は前に思ったことをエリスさんに尋ねてみた。
「そういや、エリスさん。そろそろライラに料理教えてあげたいんだけど、私とエリスさん、どっちがいいかな?」
「ん、なんで?」
小首を傾げながら尋ね返すエリスさん。えっ、『なんで?』ってどういう意味だろう。はっ、もしかして私、差し出がましいことを言ってしまったのでは……?
「……あ、ごめんなさい。ライラには料理、まだ早いかな?」
「ううん。『どっち』って言ってたから。二人で教えればいいんじゃない?」
「えっ……ほら、でも、家庭の味というか、私は独学というか……ライラもお母さんの味を継承した方がいいんじゃないなかあ、って」
なんだかしどろもどろになってしまう私。けど、エリスさんは、優しい目で私を見た。
「なあに言ってんの。リナだってうちの家族でしょ? 家庭の味だったら、私が教えてもリナが教えても一緒じゃん! ライラ、喜ぶと思うよー」
エリスさんは鼻歌まじりでアクを掬い取り、鍋にフタを乗せた。私はそれを見て、声をかける。
「あ、エリスさん。フタは少しずらした方が、煮崩れと煮詰まり、両方しづらくなるよ」
「へえ、そうなんだ! やってみよー!」
「フタするのもしないのも、どっちも利点があるんだけどね。いいとこ取りって感じかな」
「うんうん、勉強になるなー。あっ、リナちょっと待って!」
洗い終わった野菜に包丁を入れようとする私を止め、エリスさんは水の入ったボウルに魔法を唱えた。
「——『冷水の魔法』」
その瞬間、ボウルの中の水に氷が浮かび始める。『冷水の魔法』。水を冷やす日常魔法だ。その魔法を利用した魔道具はこの家にもあるけど、氷を手軽に生み出せるものではない。エリスさんの魔力あってのものか。
ほー、と感激する私に、エリスさんはにっこりと微笑んだ。
「これなら野菜も引き締まるでしょ?」
「……はぁ、氷、欲しかったんだよねえ……。料理に魔法か……勉強しよっかな……」
「うんうん。この後、水を切る時の仕上げには『乾きの魔法』もいいんだけど、野菜を『放水魔法』の水源にして水分を直接飛ばしちゃうのが一番かな。すごくシャキッとするよ!」
「へえ! 絶対に覚えよ!」
そっか。魔法を料理に活かすという手もあるんだ。料理のレパートリーが広がるなあ。
ポトフはもう少し。野菜は冷やし中。パンは焼き上がったので窯から取り出した。
エリスさんは腰に手を当て、一息ついた。
「さて、もう一品作っちゃおうかな。この料理に合う、サクッとできるものだと——」
「あ、エリスさん、やっぱり——」
私たちは顔を見合わせる。
「「——キノコのグリル!」」
台所には、私たちの笑い合う声が響くのだった。
†
「「ごちそうさまでしたー!」」
みんなの声が、魔女の家のリビングに響き渡る。みんながみんな、美味しい美味しいと言って食べてくれた。どうよ、私とエリスさんのコラボレーション。
しかし、こんな日が迎えられるなんて、この世界に来た時には思いもよらなかった。
誠司さん、エリスさん、ライラ、グリム、カルデネ、ジョヴェディにビオラ——父がいて、母がいて、子供たちがいて、お客さんがいて——そして、私がいる。
在るべき家族の形。私は一人ひとりの顔を見ながら感慨に耽り、食器の後片付けを始めた。
「あー、リナは座ってて! 料理作ってくれたんだから!」
「そうよ、お姉様。後片付けくらいはアタシに任せて!」
ライラとビオラの二人は私から食器を奪って、台所へと駆けていく。
その二人の背中をため息をついて見送った私は、水を飲んでいる誠司さんに声をかけた。
「あれ、誠司さん、お酒は? 今、用意するよ」
「あー、いい、いい、後で。それより、莉奈。疲れているところ悪いが——」
そう言って誠司さんは、静かに立ち上がった。そして、真剣な眼差しで私を真っ直ぐに見据えた。
「——私と、手合わせをしてもらえないか。君の……私の娘の成長した姿を、是非、剣で語ってくれ」




