「それぞれの」 10 —ハティ、ヴァナルガンド—
「「はあっ!?」」
莉奈とグリムが同時に大声を上げる。ハティが動きを止める中、莉奈は困惑しながらグリムに尋ねた。
「……ねえ、『ちえり』って多分……日本の女性の名前だよね?」
「……ああ、恐らくは。驚いたな……大陸の方にも『転移者』がいたとは……」
そんな二人をよそに、ハティはのんびりとおかわりを口にし始めた。
「ああ。シェリーも聞いたらびっくりするだろうな。喜ぶぜ、アイツ。同郷人がいるって知ったら」
「……ふむ。ちなみにそのシェリーとやらは、何か不思議な力とか使えたりするのかい?」
そのグリムの問いに、ハティは首を傾げて考え込む。
「うーん、わっかんね。ゴタゴタがあると、いつもアイツがなんとかしちまうけどな。『正義!』だとか、『罪には罰を!』だとか言って駆け回ってたぜ」
「……オタク文化を口にする風紀委員気質か? まったく分からないな」
「ねえねえ、ハティさん。シェリーさんってどんな人?」
興味を持って尋ねる莉奈の問いに、ハティは頬を緩めた。
「いいやつだよ。『住みよい街づくり』とか言って、毎日頑張っている。なんか住んでる街を『どうじんし』? とかの発祥の地にしたいって意気込んでるぜ」
「……えっ」
固まる莉奈とグリム。二人の様子をよそに、ヴァナルガンドがハティのことを目を細めて見つめた。
「なんだ、ハティよ。そのシェリーという女子のこと、憎からず思っておるのか?」
「……うるせえ、オヤジ。悪いか」
「フッ、よいよい。エルフ族なら長い時間、共に歩むこともできるだろう」
目を伏せ、ククッと笑うヴァナルガンド。そのやり取りを見た莉奈の口元も、自然と緩んだ。
「……そっか。じゃあそのシェリーさんっていう人のためにも、頑張って世界救わなきゃだね、グリム」
「ああ。能力次第では助力を仰ぐ可能性もあったが……距離も距離だし、彼女には彼女のステージで頑張ってもらおうか」
「うん、そだね。いつか、会いたいね」
「そうだね。という訳でだ、ハティ。今日は折り入ってキミに頼みたいことがある」
「……うん?」
グリムは向き直り、彼に頭を下げた。
「来たるべき『滅びの女神』との決戦時、キミの力を貸してほしい。『月の光を喰う』という、キミの力を」
しばらくグリムの方を呆けた表情で見ていたハティだったが、やがて右手を差し出した。
「ああ、まだこっちに戻ってきて何もしてないからな。シェリーの住むこの世界を守れんだったら、オレも力を貸すよ」
グリムは右手を握り返して、目を細めた。
「ありがとう。頼りにしてるよ、ハティ」
「……ゴホン!」
その時、突然ヴァナルガンドが咳払いをした。何事かと注目する一同。
「……コホン。此度の戦いは、世界の命運を賭けた戦いなのだろう? 誰か一人、忘れておらんか?」
その言葉に莉奈が、キョトンとした顔で訊き返した。
「え、もしかしてヴァナルガンドさん、手伝ってくれるの?」
「……むむ。本来、人の子のいざこざには手を貸さんのだが……そう言っていられる状況でもなかろう?」
目を伏せ、居心地の悪そうな佇まいを見せるヴァナルガンド。それを見たグリムの口角が上がる。
「いいのか、ヴァナルガンド。今度の敵は……『強い』ぞ?」
「……フフッ、我を誰だと思っておる——」
神狼の目が、白銀を帯びた。
「——唯一無二の存在、獣人族の始祖にして神話の時代より生きるヴァナルガンドよ。概念的な存在だかなんだか知らんが、喰らい尽くしてくれるわ」
「……えっ、オヤジ、決めてるところ悪いんだけどさ。リナちゃんに割と全力でなんとかついて行ってる感じじゃね?」
沈黙。ハティの空気を読まない発言に、あたりは静まり返る。レザリアの莉奈への頬ずり音だけがシンと響く。
やがてヴァナルガンドは勢いよく立ち上がった。
「休憩は終わりだ、リナよ! これからは本気だ! 全力でいかせてもらうからな!」
「……はいいぃぃっっ!?」
ズルズルと引きずられ、空中に放り投げられる莉奈。残された面子は食事の後片付けをしながらボヤいた。
「……ハティ。せっかくやる気になっている人物に、水を差すのはやめてもらおうか」
「ん? 結局やる気になったみたいだし、いいんじゃね?」
「申し訳ありません。私、加勢してきます。リナ、あなたのレザリアが今、参りますね!——」
——こうして、レザリアとグリムも加えて莉奈の『特訓』は加熱していく。
やがて、年明けも間近に迫る頃——
「…………ゼェ、ゼェ……どうだっ……!」
「……くっ、今回は我の負けだ、リナよ。だいぶ力を使いこなせるようになってきたのう」
「……あの、リナちゃん。痛い、足どけて……」
——『空間跳躍』を使いこなせつつある莉奈は、ヴァナルガンドとハティの二人を相手取っても互角の戦いができるようになっていた。
不意を突いて放たれたレザリアの矢を『空間跳躍』でかわし、莉奈は空に立つ。
「じゃあ、私、一回家に帰るから! 年明けにはまたよろしく!」
「ああ、リナ! 置いていかないでくださーい……!」
慌ただしく飛び去っていく莉奈を眺めながらヴァナルガンドは起き上がり、その背中を見送る。
「……成長著しいな、彼奴は。グリムよ、次は勝つ。知恵を貸せ」
「はは。キミとハティとレザリアが束になっても勝ってしまうとはな。『女神像』との戦いは『個』が全てではないが……それでも彼女の力は大きく戦況を動かすだろうね。さて、では年明けに向け、戦略を組み込んだ『特訓』の準備をしようか」
「……はあ。オレもリナちゃんたちと一緒に、新年ってやつ? 迎えたかったなあ……」
「甘いわ。シェリーとかいう女子に生きて会いたかろう? ハティよ、うぬも特訓だ!」
「……えぇ……オヤジ、それパワハラ、コンプライアンス違反? ってやつだぜ?」
こうして莉奈は、ひと時の休息を取りに久しぶりの我が家へと戻る。
「……あ、雪……」
『大厄災』まで、あとひと月と少し。降り始めた雪の中に灯る暖かい光を目指し、莉奈は帰宅への空を進むのだった——。
お読みいただきありがとうございます。
これにて第一章完。次回より第二章「家族」、団欒のひと時をお届けいたします。お楽しみくださいませ。




